asleep

現代ヴァンパイアの連作短編集。


公園のはじにしゃがみこんでいる少女がいた。天気のいい昼下がりである。公園ではたくさんの子どもたちがはねまわって遊んでいたが、その少女だけは長いあいだひとりでぽつんとそこにいる。私は昼食を終え、腹ごしらえにチェスをしにやってきていた。日課なのだ。今日はいまのところ二人に勝っているが、そのふたりともどうもまだ初心者だったようで、もう少し骨のある者はいないだろうかとベンチで考えていたときに、その少女を見つけたのだった。少女は上等そうなワンピースを着ていた。しかし、髪は長くゆたかなプラチナブロンドで、きっと、ヴァンパイアなのだろうと思う。私も、いまはひとまとめにして帽子のなかへしまっているが、彼女とまったくおなじ頭をしている。私はベンチから離れ、その少女のもとへしずかに歩み寄っていった。こんにちは。声をかけると少女はこちらを見上げ、ものすごく小さな声で、こんにちは、とあいさつをして自分の名を言った。

「あたし、ダフネっていうの」
「こんにちはダフネ、私はスザンナ」
「スザンナ、あたしとしゃべらないで、みんなに嫌われるから」

少女、ダフネは表情のないままひっそりとそう言い、そうしてまた前に向き直ってしまった。私は黙ったままとなりにしゃがみこみ、彼女が何をしているのか見ることにした。ダフネの足元には一匹の大きなハチと、それよりもさらに大きいクリームサンドクッキーがおいてあった。ハチはどうやら傷ついているらしい。羽がぴったりと胴体にくっついており、しかし、弱々しくうごめきながらクリームサンドクッキーのクリームの部分を舌で舐めている。私は自分がヴァンパイアであることと、だれに嫌われようと自分にはどうでもいいということを、ダフネにむけて勝手に話した。彼女は私の顔を見つめて、自分もヴァンパイアであることと、そのせいで同年代の子たちから嫌われていること、話しかけてもらえて嬉しかったということを、今度はちゃんとしたふつうの声の大きさで言った。

「このクリームサンドクッキーはセシリアおばさんが作ったの。あたしに食べなさいって毎日家に届けに来るんだけど、でもあたし、いつも庭にやってくる首輪のないイヌにあげてる。今日はたまたまこの子にもあげてるんだけど」

ダフネはそう言い終えると、すぐにまた足元へ視線を落とす。髪とおなじ色をしたまつ毛がふるえている。話しぶりからして、ダフネは人間の家系のなかから突然変異で生まれたヴァンパイアらしい。きっと、クリームクッキーを持ってくる人間のセシリアおばさんは、わざと彼女にそうしているのだ。ヴァンパイアは人間のようにものを食べることができない。医療機関から不要になった血液をもらい受け、それを飲んで毎日を生きている。私の家系は代々ヴァンパイアなのでこれほどの苦しみは受けずに育った。ダフネは本当に心からやさしいせいで、ひとりぼっちなのだろう。彼女は私がまわりから白い目で見られることを気にして、自分と口をきかないでほしいといった。クリームクッキーを受け取るのは野良イヌに食べさせたいから。友だちがいないのに公園へくるのは、毎日家に来客があり、家族に嫌な思いをさせたくないからだ。ダフネはとつぜん、不安げな顔をして私のほうを見る。きれいな青い目に涙がたまっていく。大丈夫、とつたえた。頭の中で何度も、彼女の心のなかで何度も繰り返しつたえてあげた。心のなかをのぞいたことは、ごめんねとも、きちんとつたえた。ダフネは、あたしはさみしいのだと、ものすごく小さな声でつぶやいた。私もわかる。大人になったいまでもそう感じることがある。だから大丈夫だと、またつたえてあげた。青い目がゆれて涙が一粒、おさない白い頬の上をすべり落ちる。血のように赤いくちびるがかすかにぎこちなく笑みをつくるので、私もおなじように少しだけ笑った。

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ヴァンパイア作品は映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」「ヴァン・ヘルシング」のみ観賞済み。ヴァンパイア代表作だといわれている(らしい)ブラム・ストーカー作の「吸血鬼ドラキュラ」や現代ヴァンパイアの恋愛映画「トワイライト」シリーズが積んであるので、イメージが固定される前に書いてみようと思い立ち、書いたものです。

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自分なりに考えた、現代に生きるヴァンパイアと人間の話。 舞台は世界中のどこか、登場人物もどこかのだれかです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-10

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