アトランティスの王女、第三部。

ヘブライの預言者モーゼが登場、モーゼの人物像は聖書とはやや異なる。
宗教冒瀆などと言わないでほしい、モーゼがエジプトの王族とヘブライ人との混血というのは最近の歴史小説の流行りです。
 この作品は、小説家になろう。に続いて、二度目のお目見えです。

 
 アトランテイスの王女第3部 『ユリアと砂漠の預言者』


マザーシップの展望台でヒッポリュテーはボルシチを食べ、ジャムの入ったロシア紅茶を飲んでいた。
 「これは美味い。こんな物を未来世界のロシア人が食べているの?」ヒッポリュテーが質問すると、涼子は、
 「ロシア人だけではない。世界中の人間が食べている。自分が何人かと言うのは関係ない。 誇り高いフランス人が、日本料理を食べたりもするよ」 と答えた。 
そこでミネルヴァ女史は、
 「ユダヤ教徒やイスラム教徒は食物のタブーがある。37世紀では本気で神も来世も信じないけど」と言う。
 「あんたらモーゼに会ったんだろう?」
 「会ったよ」
「以外な人物だったわね」
 涼子とフレイヤはモーゼの事を思い出していた。
 ユリアは、「十戒のビデオで見たモーゼと本物は、全然違っていたわね」
 しかしミネルヴァ女史は、「ケンタウロスだって実在したけど、神話とは全然違っていたわ」
 フレイヤが、「確かに。ケイローンには驚かされたわ」
 「そのくらいで驚いてたら、この先、身が持たないですよ」と涼子が言う。
 ヒッポリュテーはピロシキにかぶりつきながら、
 「豚肉が食えないんだから、気の毒だ」
 涼子は、「豚を食べないのはエジプトの古い習慣なんですよ。でもユダヤ人は別に苦にしていない」と述べた。
 ユリアは低高度衛星のビデオ映像を注視した。
 「東地中海が見えるわ。パレステイナが見える」
 「ここで近い将来、ペルシデ人とヘブライ人が争うんだから、歴史は面白い」フレイヤは感慨深そうにユリアを見た。
「モーゼに会ったときの話をしてよ」
 「では、その時の話をしてあげるわよ」
 ユリアはヒッポリュテーに説明を始めた。

第一章。砂漠にて。
「ここがパレステイナ? 砂だらけの荒地ね」
 ユリアはミネルヴァ女史と共に砂漠に降り立った。
 「パレステイナというのはもっと後の呼び名よ。この時代はカナンの地ね」
 「呼び名がコロコロと変わるのね。よくある事だけど」
 「ここが乳と蜜の流れる土地だなんて、誇大広告もいいところね。同時代の日本なら、差し詰めエデンの園かしら?」
 「エデン?」
「聖書に出てくる、草木が生い茂る、美しい土地よ。伝説だけど」
 ユリアは少し考えてから、
「あたしはこの時代の日本には行ったことは無いけど、世界中が大抵は、エデンのように美しいと思うけど?」
 「ヘブライ人は砂漠の民。緑の多い土地なんか知らない。だから、こんな土地でも豊かな土地に見えるかもね」
 「クレタの方が、ここよりもマシだったわ」
 「確かに。 でもミケーネに征服されるよりはマシよ」
 「ええ、そうね」
 そのときユリアの携帯端末から呼び出し音がした。
 「こちらクレイトー。 ユリア?どこにいるの?」
 「ミネルヴァ様がいるのよ。危険は無いわ。心配無用」
 「大至急戻ってきなさい。ウガリドから同胞が来る」
 「わかったわよ」
 カリスト島大噴火はクレタ島だけではなく、国外のクレタ人にとっても災難だった。本国が滅びたら、ハイそれまでよ。 と、冷たい仕打ちを受けたのだ。 国外に散り散りになったクレタ人を集めるのも、ユリアには重要な仕事だった。
王族なのだから当然の義務である。
 ウガリトというのは、シリア北部の、トルコとシリアの、20世紀の国境から、40キロほどシリアに入り込んだ処に、かつて存在した都市国家で、カリスト島大噴火の煽りで没落したのだった。
 1930年頃発見された古文書(当然粘土板だが)によれば、紀元前1370年頃、突然の大地震と海水の洪水(津波)でウガリトが崩壊しかかった。と書かれていた。
 キプロスやクレタから大勢の難民がやって来たとも・・・
 ユリアはウガリトから同胞を呼び寄せるつもりなのだ。
 クレイトーはウガリトにいるレダと、衛星携帯情報端末で連絡を取り合っていた。 ユリアも携帯端末でレダと打ち合わせをした。その詳細はミネルヴァ女史の携帯端末にも、メールで送信されていた。
「今夜か、明日の朝には、500人程こちらに来るわね」
ユリアは、 「ガレー船なら10隻ぐらいね。今回はワームホールを使わないわ」
 「後世に変な伝説を残さないようにするためね」
 「ここがクレタに比べてどれ程不毛でも、 あたしたちの新天地にして見せるわ」
 「ああ、そうね」
 「それにしても、ここにも先住民が居るわね。あたしたちとうまくやって行けるかしら?」
 「クレタ人がここで暮らすのは歴史上の事実よ。特定の個人の運命は、さすがに予想不可能だけど」
 涼子は暫くあたりをうろついていたが、このあたりには、蠍も毒蛇もいないね」と言いながら、帰ってきた。
 「本当に?」とミネルヴァ女史は問い質した。 
涼子は「少なくともこのあたりではね。無理に探せば遠くで見つかるかな?」と答えた。
 「油断したらやられるわよ。もっとも37世紀の医学なら簡単には死なないけど」
 ユリアは、「37世紀人を信用しているわよ。自分が生き証人なんだから」
 「クレイトーがネイトに、ありとあらゆる予防接種を施してくれ、と要求してくる。 予防接種は無闇にやれば良いというものではないんだけどね」
 「ウガリトから来る500人には、一通りやってよ」
 「当然だよ」
 「ところで、ここに住んでいるカナン人には未来のテクノロジーを提供するの?」
 「何とも言えない。 ただカナン人とクレタ人が仲良く暮らせるように、手を貸したいと思っている」
 「では、ヘブライ人は?」
 「史実によれば、クレタ人とヘブライ人は、そこそこの友人には為れても、真の友人には為れない。 争ってばかりいるんだ」
 「それはまた、なんで?」
 「宗教こそ争いの原因よ。カナン人とクレタ人は多神教。ヘブライ人は意固地とも言える程の一神教徒。
 唯一絶対の神を信じ、それ以外の神は存在しないだけではなく、不道徳だとまで主張したのよ」
 ミネルヴァ女史は苦い物を吐き出すような言い方をした。
 歴史家でもあるミネルヴァ女史は、知識として知っていたが、自分の目の前で見るとなると、少々不愉快だった。
 「おやおや。ではクレタ人がヘブライ人の神を信じれば、解決するのかな?」
 「うーん?」とミネルヴァ女史。
 どう教えたらいいのだ? ミケーネの末裔とも言うべきギリシア人は西暦の初めにはキリスト教に帰依し、ギリシア正教が国教になった。 西暦11世紀の初頭にギリシア正教を盟主とする東方正教とヴァチカンが相互に破門を宣告し、絶縁した。20世紀末に破門はうやむやのうちに解かれた。しかし、それでも東方教会は自分達が正統だという意識が強く、ローマ・カトリックやプロテスタントの信者がギリシア正教に改宗するときは、異端者が正統に帰依した。 という言い方に拘った。
 ところが、ユダヤ教徒から見ればキリスト教徒などは、ユダヤ教徒洗礼派、あるいはユダヤ教徒無割礼派、とでも言うべき、異端者でしかない。
 クレタ人が全員割礼を受け、ユダヤ教に帰依しない限り、ペリシデ人は、『カフトル(クレタ)から来た割礼無き者』でしかないのだ。
 「ねえ?どうなのよ?」
 涼子は、「従属するか、されるかだよ。対等な友人にはなれないんだ」決して嘘ではなく真実だった。
 未来人たちはユリアに聖書の中の、ペルシデ人の物語を教えていなかった。少なくともこの時点では 。
 そのときミネルヴァ女史の携帯端末に、アトルからの呼び出し音がした。
 「ミネルヴァ様?仮設住宅の建設は進んでおりますか?」
 「え?ええ、進んでいるわよ」
 「兄さんもせっかちね。前からやってるじゃない」
 「500人も来るんだから、 急がないと間に合わないかも知れません」
 ユリアは、「心配ないわ。何と言っても未来の建設機械を使って、この時代の材料で突貫工事で作っているんだから」とフオローした。
 建設現場まで行ってみると、かつてのカリスト島のアクロテイリを思わせる、石造りの家がポコポコと乱立していた。
 ギリシア風でもローマ風でもない、四角張ったまっ平らな屋根の家だ。クレタ島のクノッソス宮殿だって、平らな屋根だったし、その周りの人家も貴族や平民を問わず平らな屋根の家が建っていた。それを再現したわけだ。
 ミネルヴァ女史はユリアと一緒に家の中に入った。
 「どう?良く出来ているかしら?」
 「違和感は何もありません」
 ユリアは満足していた。
 巨大な人間型ロボットが歩き回りながら、作業をするさまは、ギリシア神話の青銅の巨人タロスを思わせた。
 未来人が驚いた事に、クレタ人はタロスを知らなかった。
 タロスの伝説は古典期の創作だとされていたが、それにしても、青銅器時代のクレタ人が何も知らなかったのは驚きだ。
 未来人の巨大ロボットのイメージが後世に残り、タロスのモデルになったのだろうか? そうだとしたらクレタが滅びた後のエピソードが、滅びる前の神話の中に取り入れられた、興味深い事例だ。
 涼子は仮設住宅を出て、近くの水源となる小さな湖に行き、ボーフラ退治の為の小魚が放流されているのを確かめた。
 この湖は飲用というより農業用だが、魚の糞で汚染されてもいても、田畑に使うなら問題無い。
 小魚は人間の食料にもなる。一石二鳥だ。あるいは、三鳥と言うべきか。
 まだ果実は実を結んでいないが、果樹園は荒地の中の楽園にも見える。 
モーゼとその一行が来たら、領土紛争になるのも当然だ。
 しかし、ネフェルテイテイは、『モーゼなんか知らん』と言っていた。驚いた事に。
 モーゼが何者でもヘブライ人の一行は必ずやって来る。
 その時こそ、歴史の謎が解ける。
 モーゼの正体こそ、プラトンのアトランテイスに匹敵する、
 人類史上最大の謎である。
 プラトンのアトランテイスは結局は、クレタ島のミノア海上帝国だった。ではモーゼの正体は? 
ヘブライ人とその一行が、シボリヌス湖で津波のどさくさに紛れてエジプト軍の追跡をかわし、うまく逃げおおせたのは、高々度偵察機から撮影されている。
リーダーの正体はどうもはっきりしない。
ヘブライ人の一行はミデヤン、後世の地名なら北西アラビアのあたりを放浪している。 警戒心が強く、リーダーは外部の人間と接触しない。
 どうせほっといても彼らはここまでやって来る。
 その時こそモーゼの正体を突き止めるのだ。
 涼子はモーゼがいるであろう、ミデヤンの方向を眺めた。
 さて、王女ユリアは新しい街の真ん中にある、神殿にと足を運んだ。 
そこにはオリンポスの神々とカナンの宗教を混合した社があった。
 涼子たちを誘っても御参りはしない。面白がって見物するだけである。
 かつて涼子は、
『37世紀人は神も来世も信じない。預言者や聖人の言葉を生かして、清く正しくいきるだけなのだよ』とユリアに教えた。
 『死後の世界は無いっ!!』とも教えた。
 『オリンポスの神々は、道徳的には何の教訓も無い。せいぜいフアンタジーだね』
 「それが正しいとしても随分な言い方だわ」
 ユリアは社の近くの鍛冶場に向かった。
 そこでは金銀より貴重な鉄が作られていた。
 ヒッタイト帝国の最高機密は、史実通りにクレタ人の手に入ったのだ。鍛冶屋たちは、日本では『たたら』と呼ばれる、大型のふいごを動かして砂鉄を溶かし玉鋼を作り、刀剣を作っていた。
 一般のクレタ人の為の刀剣は青銅の剣と同じく、鋳型に流して作る。
 しかし涼子はユリアの為に日本刀を何本か進呈した。
 江戸時代の最高の刀鍛冶に作らせて、時間を遡ってこの時代まで取り寄せたのだ!!ユリアは日本人が日本刀を製作しているところを、ビデオで見たことがあった。
あんな手の込んだ作り方は到底真似できない。
一度見たらウンザリする。 何度も刀を折り曲げて、叩いて伸ばし、また、叩いて伸ばすなんて。
 しかし日本刀が日本人のプライドの元だと言うのは理解できた。涼子がユリアに贈った日本刀は、鞘や鍔や柄の部分はこの時代の青銅の剣と同じだった。
 「この剣を護身用に使いなさい。 君の気性なら、自分から他人を傷つけることはしないと思うけど、 護身用なら最高の品だよ」
 ユリアは父親のミノス王から、隕石の欠片で作った鉄の短剣を護身用に授かったことがあった。しかし、日本刀に比べたら、お粗末なシロモノだった。
 興味深かったのは、 37世紀の日本人は混血が相当進んでいて、人種がハッキリしないのに、涼子は完全な日本人だった、と言う事だった。
 ビデオの中の、江戸時代の日本人と涼子は同じ顔をしていた。涼子は37世紀人ではないのだ。
 もっと古い時代の日本人に違いない。
 未来世界では、本人が自分から話さない限り、他人の出自を詮索するのはタブーらしい? 
しかし何とか自分から話して欲しいとユリアは思った。
 さてユリアは、鍛冶屋たちの仕事振りを見て満足し、製鉄所の外に出た。
 『ヘブライ人が来ても鉄の作り方を教えてはいけない。
 ヘブライ人が鉄の作り方を知るのはもっと後の時代だ』
 とユリアは言われていた。それにしても、未来人が来なかったら、自分達はどうやって、鉄の作り方を覚えたのだろうか? そもそも正しい史実とは何なのか?
 「あたしが生きている事自体が反則だと思うけど?」
 トロイの都で助けられた恩を棚に上げて、 ユリアは疑問を覚えたが、口には出さなかった。
 ユリアがクレタ人の町をぶらついていると、美味そうな匂いがしてきた。37世紀人のコック達がこの時代の食材でシチューを作っていた。 上手に処理していたが、化学調味料を使うのを忘れなかった。 
ユリアが魔法の塩と呼んだ、驚異の大発明!!さすがにこれをコピーするのはクレタ人には不可能だ。
しかし涼子は以前言っていた。『あれを使いすぎると、食塩の取り過ぎと同じで害があるよ』 
 『全然しょっぱくないのに?』
 『ユリアにナトリウムと血圧の関係なんて解る筈無いね』
 未来人の言う事は、よくわからないわ。
 「ユリア様、食べたそうな顔をしてますね。遠慮せずにどうぞ」
 「悪いわね」ユリアはシチューを受け取った。
 シチューを食べながら、「明日になればウガリトから仲間が来る。美味しいシチューを食べさせられるわね」
 「未来の秘密を守らないとね」とコックが言った。
 (ここでマザーシップのシーンに戻る。)
 ヒッポリュテーが、「未来の秘密ねえ?」と問い質した。
 涼子は恐るべき真実を語り始めた。
 「ウガリトに上陸した難民にはキプロス人もいたのだ。
 キプロスには後世に多くのミケーネ人が移住し、20世紀にギリシア政府がキプロスの領有権を主張する根拠になった。もっともこの主張は通らなかったんだけど。
 それにしてもギリシア人もヘブライ人とは少々異なるが、苦労の絶えない人たちだった。
 現時点、紀元前14世紀が最高の得意絶頂の時期で、紀元前1200年頃のカタストロフでミケーネは滅亡。400年の空白を過ぎてから古典期に入り、紀元前776年には第一回のオリンピックが行なわれ、紀元後394年までキッチリ4年ごとに続いた。 ちなみにこの年代は絶対的に正確な数字なんだ。
 しかし西暦の初め頃にはギリシアはローマの属領に成り果てていた。 ローマ人はギリシア人に最大限の敬意を払っていたので、決して奴隷扱いはしなかった。
 しかし政治的な独立は古代ローマ帝国が東西に分裂を遂げた後も、西ローマと東ローマが滅びた後も、決して回復しなかった。 東ローマがオスマントルコに滅ぼされ、領土を奪われた後も、ギリシアの国土とギリシア人はオスマントルコの支配下に置かれた。 ギリシアの独立戦争が始まったのは西暦1821年。悲願の独立は1830年。
 何と2000年ぶりの政治的な独立だった。
 その後もクレタ島はオスマントルコ帝国の支配下に置かれた。 クレタ人達は、古代とは人種が入れ替わっていたが、ギリシア本土への帰属を求めてレジスタンスを行い、 70年後の西暦1900年、20世紀直前ギリギリになって、クレタ島はトルコからギリシアに返還されたんだ。」
 ユリアは感慨深そうに溜め息を吐いた。
 「恐ろしいというか、何と言うか。」
 フレイヤは、「あたしだって紀元前16000年の生まれで、南フランス出身だけど、37世紀の養父母はドイツ人だった。では、あたしは何国人?フランス人?ドイツ人?」
 「うーん?」とユリア。
 「完全無欠な白色人種だ。ドイツ人に見えるよ」と涼子が言った。
 「ドイツとフランスは敵同士だった。 両国の不幸な歴史を学ぶと自分は何者なのか、アイデンテイに苦しむわ」
 涼子は、「フレイヤは純粋クロマニヨン人だよ。見た目は、まるっきりドイツ人だけど」と答えた。
 ユリアが、「涼子さんは古い時代の日本人なのね」
 「江戸時代より少し古い。室町時代が終わって7年後。西暦1580年生まれ。2歳で37世紀にやって来た。 高野というのは37世紀の養父母の姓だ」
 涼子の告白にヒッポリュテーは驚いた。
「ユリア、知ってたの?」
「ヒッポリュテーに再会する頃には知ってたわ」
ミネルヴァ女史は、「ユリアが未来世界で暮らすのは、何も問題は無いわ。適応できる」と言ったが、しかし、ユリアは、「全てのクレタ人を未来に連れてって欲しい」
 ミネルヴァ女史は、「それは、ちょっとね」
 涼子は、「話を戻そう」と言い、
 レダは、「戻しますわ」と言った。

 レダはウキウキした気持ちで仲間のクレタ人を送り出した。 仲間には船で行ってもらうとしても、自分はワームホールであっさりと、カナンの地に行ける。
 「今回送り出したのはクレタ人だけだけど、そのうちキプロス人も涼子様が助けに来る筈ですわ」
 海の民ペリシデ人は必ずしもクレタ人だけではなかった。と言う説明をレダはミネルヴァ女史から受けていた。
 しかしクレタ人とキプロス人が同盟を組むなら、盟主は当然クレタ人に決まっている!
 キプロスに降り注いだカリスト島の火山灰は、クレタ島の東半分に降った量よりはずっと少ないし、海水の洪水(津波)の被害も少なかった。だからそのうちキプロス人は故郷に戻る筈。 でもクレタ人は故郷には帰らない。
 クレタ人はカナンの地で楽しく暮らす。
 ギリシア本土のアカイア人がどうなろうと知った事では無かった。ギリシア連合軍とトロイの都が戦争になる?
 何て話を小耳にはさんだけど、それならクレタに侵入した新しい王家がギリシア連合軍に加わればよいのだ。
 自分達は侵略者には協力しない。 もっともクレタに残った人々もいたけど、その人たちはトロイでもどこにでも行けばいいのだ。
 「ミケーネとトロイは勝手に戦争でもしてればよろしいのですわ」と言いながら、レダは携帯端末を操作した。
 ユリアの携帯端末のチャイムが鳴り、レダの声がした。
 「もしもし?ユリア様?今からカナンに帰るわね。ワームホールを使ってね」
 そして目の前の空間に穴が開き、レダが現れた。
 「使いこなしているねえ」涼子が誉めた。

第二章。 新しい仲間。
王女ユリアは仮設住宅でウガリトから来た仲間を出迎えた。 仲間の熱狂ぶりは物凄かった。
 カリスト島大噴火のときにウガリト在住だったクレタ人は、クレタから来た難民から涼子の事を聞いていたが、
 本人に会ってみて、「東の果ての黄色い人間に会うのは、初めてだ」と言って妙に感心し、
ミネルヴァ女史の美貌に感激し、(多少、年を食っているが。)未来人のテクノロジーに圧倒され、魔法や奇跡の類と信じた。
 涼子は妙な事を言い出した。
 「そう言えば、 20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて、 ヒロイックフアンタジーと言う文学のひとつの分野が流行したね。魔法使いやら怪物が登場し、安易に困難を解決していくという物語だよ」
 ユリアは、「20世紀末だってあたしたちから見たら、魔法みたいな事が出来たと思うけど?」と問い直した。
 「人間は常に魔法を夢見るんだよ。何の道具も使わずに、心で思っただけで願いが叶うのを夢見るんだ」
 「そんなものかしら?」
 「そうだよ。僕が今いるのは僕から見た現実の過去であって、架空の異世界ではない。
そして僕の力はテクノロジーであって魔法ではない。20世紀末の人間が今の僕達を見たら何と思うかな?」
 「それは・・・?面白いわね?」
 ユリアは少し考えてから、「魔法の剣の代わりに、日本刀と重火器で戦うなんて話が考えられるわね」
 「テレパシーの代わりに、衛星携帯情報端末を使うとか」
 そしてふたりは笑った。
 テレパシーなど存在しない。魔法や奇跡と同じだ。特別な機誡を使わねば他人の心は読めない。
 21世紀の神経生理学は、超心理学を葬り去った。 
 数学の定理と同じくらい、不動の真理なのだ。ということを、涼子は知っていた。
 そして夜になり、歓迎会が始まった。
ユリアはマイクロホンに向かって、「全てのクレタ人に、オリンポスの神々の祝福を!!」と普通に話した。
クレイトーは必要も無いのに、良く通る大きな声で、「王女ユリアと全てのクレタ人の命の恩人、高野涼子にゼウスの神の祝福を!!」と叫んだ。
異様に大きな声が響き渡る。クレタから来た難民で、涼子たちを知っている人には、慣れているから、どうって事は無い。しかしウガリトで地震に遭い、涼子を知らない人には恐るべき驚異だった。
 クレイトーがネイトを連れてやってきた。
 ネイトはユリアの顔を見て、「ユリア、おねーちゃん」と声をかけた。 
「おお、よしよし」
 厳密にはおねーちゃんじゃなくて、叔母さんだけど、おねーちゃんでもいいよね?
 涼子が微笑した。 「赤ん坊の取り扱いに慣れたね。
 このまま結婚して、ネイトの従弟妹でも産んだら?」
 「クレイトーに毒されているわね。涼子さんは、あたしより年上で独身なのに、そんな事言えて?」
 「37世紀に行けば、ユリアと結婚したがる男は幾らでもいるよ。王族と結婚したがる、成り上がりの金持ちはね。」
 「名門の血筋が欲しくてあたしと結婚したがる、ゲスはお断りよ。本気であたしを愛してくれる人でないと嫌よ」
 「それでいいんだよ。 そこそこの社会的地位があって、君を養う力があれば、出自が卑しくても夫に選ぶべきだね」
 涼子さんは年上だけあって、説教臭いことを言うわね。 とユリアは思った。
 20歳を過ぎて独身なんて、37世紀ならともかく、ここでは、大年増だわ。
 何で未来人は晩婚なのかしら?
 (注。教育期間が延びたのと、平均寿命が著しく伸びたから。作者の声)
 ユリアがネイトをあやしていると、涼子の携帯端末のアラームが鳴った。
 「はい? 涼子です。え?ええ?わかりました」
 「どうしたのよ?」
涼子は何やら思案していたが、一言、「ヘブライ人がヨルダン河まで来ているよ」
 ユリアはショックを受けた。
 「モーゼが?」
 「モーゼかどうかは不明だけど、ヘブライ人が来ている」 
 ユリアは「ヘブライ人の一行なら、リーダーは当然モーゼよ。そうでしょう?」
 涼子は思いつめたような顔になった。
 「ネフェルテイテイは、モーゼなんか知らない。と言っていた」
「聖書の記述と史実の間には矛盾があるのね。でもそれを確かめるのは、涼子さんの仕事のひとつでしょう?」
「まあね」
 涼子は思い悩んだ。 ヘブライ人のエジプト脱出は、紛れも無く歴史上の事実だ。しかし、モーゼの正体は歴史上最大の謎で、古来多くの歴史家が頭を悩ませていたのだ。
 ある歴史家は、『旧約聖書の記述はフイクションだが、それでもモーゼには特定のモデルがいた』と断定した。
 しかしモーゼの実像は余りに謎めいていた。
 『キリストは実在しなかった』と、主張する歴史家は殆どいないが、(皆無ではない)『モーゼは実在しなかった』と言う意見も無くは無い。しかしそうなると・・・
 いったい自分は誰に会うのだろう?
 「ところで何処でモーゼに会うのよ?」とユリア。
 「ワームホールでヨルダン河まで行こう。 少し離れた所に出現して、徒歩で会いに行けばいい」
 「それがいいわね。楽でいいわ」
 ユリアが、「ワームホールは、この前見た、スタートレックのビーム転送機みたいね」と言い出した。
 ユリアはスタートレックのビデオを見ている。
 「ちょっと違うね。スタートレックの転送機は、『蝿男の恐怖』の電送機に似ている。 ワームホールは、丸ごと人間を送るんだ。 真空に穴を開けて」
 「この前、『十戒』のビデオを見せてくれたわね。モーゼがどういう人かは知っているわ。 あの映画が、何処まで真実に迫っていたかが、もうすぐわかるわね」
 「そのうち37世紀で、『十戒』のリメイク版が作られるかもね。でもどんな話になるやら」
 「アトランテイスだって伝説と真実は違うのよ。モーゼの真実が聖書と少しぐらい異なっていたとしても、別にいいじゃない」
 「その意見もひとつの真理だけどね」
 37世紀人は本気で神を信じていない。しかし、狂信的な原理主義者がいないわけでは無いのだ。
 タイムトンネルは歴史の醜い真実を根こそぎ明かにしてしまうのだ。涼子は覚悟を決めた。
「ユリアに交渉してもらうよ」
「あたしが?」
「当然だよ。君はペリシデ人の王女なのだから、未来人の代理でモーゼに会い、外交交渉してもらう。 ユリアの責任は重大だが、万一のときは守ってあげる。わかるね?」
 「と、当然よ。トロイの都でラオメドンの戴冠式に出席したんだから、そのくらいできるわよ」
 「よろしい」
 旧約聖書を読む限りでは、モーゼは敵には不寛容な男だ。37世紀人が守ってあげなくては危ない。
 「さあ、敵地に乗り込むぞ。転送降下だスコッテイ」
 「そのうちに、スタートレックの出演俳優に会わせてね。タイムトンネルを使って」
 ユリアは涼子のジョークにうまく調子を合わせた。
 うまいぞユリア。
 かくして涼子たちは、ワームホールを潜ってヘブライ人に会いに行ったのだった。

 第三章。ヨルダン河の岸辺にて。

 37世紀人の一団は完全武装してワームホールを通過した。
 王女ユリアを代表にして、ヘブライ人に会いに行くのだ。
 この時代のクレタ人に偽装してあるのは言うまでもない。
 涼子は日本人だから少々無理があるが、それでもこの時代の服装をしていた。
 涼子が「このあたりは、20世紀と同じで砂漠だね」
 ユリアは、「では37世紀なら?」と問い直した。
 「37世紀なら緑地化されているよ。そもそも37世紀では、重要な遺跡でも無い限りは遊んでいる土地はないんだ」
 ミネルヴァ女史は、「河縁なのに砂漠なんだから、何だかもったいないわね。 仕方が無いけど」
 涼子が「ユリアはヨルダン河まで来たのは初めてかな?」
 と聞いたら、「エジプトは何回も行ったし、ウガリトは一回だけ行ったわ。でもこの辺は初めてね」と答えた。
 「エジプト人と会うのに慣れているんだから、何とかなるね。うまく交渉してよ」
 「できるわよ」ユリアは自信ありげだ。
 37世紀の仲間が待機していた。
 「お待ちしていました。ヘブライ人はあの丘の向こうです」
 用心しながら丘まで登ると、何万人という、ヘブライ人の一団が集結していた。ユリアは少し驚いている。
 「怖じ気付いたの?」
 「全然」
 「十戒のビデオを見たのに?」
 「未来人ならモーゼ以上の奇跡が起こせるはずよ。
 それにあの映画が全部真実という訳でもないでしょう?」
 「たいしたものだね。これだけ合理的な思考が出来るなら、いつでも37世紀に移住できる」
 「全てのクレタ人を未来世界に連れてってくれるならね」
 「それはちょっとね」
 37世紀人の一団は丘を降りて行ったが、一人の男が制止した。「止まれ」
 「私達は怪しい者ではない。あなたたちの指導者に用があるのだ」と涼子が言った。
 「モーゼ様は下衆な異教徒には御会いにならない」
 「モーゼ?モーゼと言ったな?」
 「そうだ」
 やはりモーゼは実在したのだ。 ネフェルテイテイはモーゼなんか知らないと言っていたが、実在したのだ。
 ユリアは、「あたしは異教徒だけど、身分は低くないわ。クレタ島から来たミノス王の息女が、エジプトの元王族で、ヘブライ人の指導者のモーゼに会見したいと言っているのよ。外交上の礼儀に反するのでは無くて?」
 物怖じしない、堂々とした態度だった。
 もっともユリアには、こんな交渉は手馴れたものだ。
 これまで外交使節団の一員として、いろんな国に行ったのだし、ミノア王家の王女というだけで、相手は一目置いてくれる。親の七光り、と言ってしまえばそれまでだが。
 「では、上司に相談してまいります」
 一転して、丁寧な言葉になった。
 ミネルヴァ女史は、ヘブライ人に命じた。
 「アロンとミリアム、ヌンにも話を通しておくのよ」
 「何故その名を知っているんですか?」
 「ふふん?秘密よ」 涼子はミネルヴァに耳打ちした。
 「旧約聖書の記述は以外に正確でしたね」
 「モーゼの側近の名前はね。 モーゼそのものについては何とも言えない」
 「ネフェルテイテイはモーゼなんか知らない。と、言ってましたね」
 「モーゼなんて、エジプトでは有り触れた名前だけどね」
 「確かに同名異人はよくありますけどね。僕は涼子だけど、有り触れているし、Rが取れてヨーコならもっと平凡ですからね」
 「歴史上の重要人物を見つけたら、同名異人だった。では、笑い話にもならないわね」
 ユリアはミネルヴァと涼子の会話に割り込んだ。
 「心配は無用よ。ヘブライ人の指導者なら、あたしたちの知っているモーゼに決まっているわよ」
 涼子は、「ならいいけどね」
 そこに、さっきのヘブライ人が戻ってきた。
 「モーゼ様が御会いになります。来てください」
 ユリアとその一行は案内されて、ついていった。
 エジプト人とも、アラブ人とも、ハッキリしない顔の人々が37世紀人たちを取り囲んでいた。
 殺気立った空気を強く感じた。
 勿論モーゼの一行が37世紀人に危害を加えるのは、不可能に近いが、未来人が危害を加えるわけには行かない。
 歴史上の重要人物だ。 リンカーンや、ジョンFケネデイを大統領になる前に死なせるよりも、恐ろしい結果になる。
 モーゼの影響力は、リンカーンの比ではないのだ。
 モーゼ無くしてユダヤ教は無く、ユダヤ教が無くては、キリスト教も無い。
  キリスト教の倫理観が無ければ、その後の西欧諸国の歴史はどうなるのだ?
 37世紀人は基本的に、神も来世も信じていないが、それでもキリスト教の倫理観が、慣習法的強制力を持っているのだ。 イスラム諸国は言うまでも無い。
 モーゼは歴史上のどんな哲学者よりも偉大なのだ。
 ソクラテスやプラトンや、アリストテレスなど、比較するだけナンセンスだ。
 それほどの歴史上の巨人の実像が、 まったく不明というのも変な話だ。
 一人の老人がやって来て、ミネルヴァをジロジロと見た。
 「あなた様がモーゼ様ですか?」
 「わしはモーゼではない、兄のアロンだ」
 「アロン?」
 「有名ですね」と涼子。
 アロンの隣の中年女性がユリアに声をかけてきた。
 「お前が私達の弟に会いに来たのかね」
 ユリアは、「あなた様は、もしかして?」
 「私はミリアムじゃ」
 「ミリアム?」
 「大感激だわ」
 「モーゼ様に会えないのですか?」
 「お前がモーゼに会うに相応しいか、私が見定める」
 「失礼な!」 
 「失礼? お前たちはいきなりやって来た、 得体の知れない人間に会うのか?」
 ユリアは、「それは・・無いですね」と認めた。
 王族であるユリアは、アポなしでやって来た素性の知れない人間をどう扱うかは、よく知っていた。
 涼子は、「では、私達がモーゼ様に会うに相応しいかどうか、見定めてください」と発言した。いつもの男言葉ではない、ていねいでへりくだった、女言葉だ。
 「ふふん?異教徒のくせに気が利くのう」
 涼子は異教徒と言うより、無神論者だが、あえて言わなかった。話がこじれる。(笑)
 そこでミネルヴァ女史は反論した。
 「それは違います。私はギリシア正教徒です。 ユダヤ教の傍流です。異教徒ではありません」
 「何を言うか? モーゼの教えは異邦人には伝わっていないぞ?」 
 ここで涼子が割り込んだ。
「未来ではモーゼの教えが世界中に広まっています。いろんな宗派に変形しているけどね」
 「未来?」
 ユリアが、「この人たちは未来から来ました」
 アロンとミリアムの眼に侮蔑の色が浮かぶ。 やはりこいつらは狂人だったのか、と。
 「あたしはトロイの都でこの人達に命を救われました」
 「そうだとしても未来人なんて信じられるか。 未来は存在しない。 唯一絶対の神は占いや未来予知を禁じておられるのだ」
 「占いの禁止は知っています。しかし未来は存在する。 時間を遡ってここまで来たのです」と涼子。
 アロンは、「それが本当なら我々は死人だな。遥かな未来なら、我々は死んでいる筈だ」 
ミネルヴァは、「うまいことを言いますね。ある意味でその通りです」
 ミリアムが、「何年後から来たのかね?」と質問したが、
 涼子は、「5000年後です」と答えた。
 「それなら6000年後には、汝は死人じゃ」
 涼子は、「うまい事を言いますね。私達はユリアに会う前に、ここから3332年後(注。1963年)の時点で、 自分から見て300年後の人間に会っていますが、相手は、私達を尊敬しつつ、死んだ筈の人間に会ったような眼で見ていました」 
「死人?」
 「こっちの運命を知っているらしく、運命を知っている優越感と、過去の偉人だという劣等感が入り混じっていました」 アロンは涼子に対し、「もしも、もしも御主達が本当に未来人なら、御主達も同じ様な感情を、この時代の人間に持っている・・・」と言ったが、涼子は、
 「どんな人間でも過去の偉人には、そういう感情を持っているんじゃないんですか?」と答えた。
  ミリアムはユリアを見据えた。
 「王女ユリアよ、御主も変なのに命を救われたのう」
 「変じゃない。凄い人達です。命の恩人で大切な友人です」
 「恩人ねえ?」
 「この人達の科学力を見たらビックリします。心強い味方です」
 ミリアムが、
 「では我々がユリアに危害を加えたらどうなる?」
  涼子は、「殺さない程度に注意して、ユリアを守ります」と答えた。
 「この王女のどこがそんなに気に入ったのじゃ?」
 「まあ、色々ですね。この王女はいい娘ですよ」
 「どこが?」
 「とても心根が優しいのです」
 ユリアは何かを言おうとしたが、涼子は制止した。
 ツタンカーメンの死について、ここで発言させるわけには行かないのだ。 
 過去の人間の運命を知っているのは、未来人の特権だが、ある種の苦痛を伴う。
 ユリアも涼子たちと同じ苦痛を味わっていた。  
 アロンとミリアムは何やら相談を始めた。
 ミネルヴァ女史は、「そういえばヌンは何処にいるんですか?」と質問したが、アロンは、 「モーゼと共にいる」と、素っ気無く答えた。
 ユリアは、「モーゼ様に会わせて下さい」と、強い態度で要求した。 
 そこで一人のヘブライ人がやってきて、アロンとミリアムに耳打ちした。
 アロンは、「喜べ、モーゼが会ってやる、と言っている」
 アロンは肉親なので様は付けなかった。
 「モーゼ様が?」 涼子は敬称つきで喜んだ。
 涼子は無神論者だが、歴史上の重要人物なのだから、モーゼに関心があるのは当然だ。
 37世紀人は本気で神や死後の生を信じている人間は、一部の狂信者を除いてはまずいないが、それでも、ソクラテスや孔子と同じ様に、敬意を払われている。
 「どう?あたしの威光は?たいしたものでしょ?」 
 涼子は、「僕が命の恩人だという事を忘れないでよ」
 ユリアは、「当然よ。涼子さんは命の恩人で、大の親友なのよ」 と答えた。

 第四章。モーゼとの出会い。 

 37世紀人たちは緊張した面持ちでモーゼを待った。
 従者ヌン、と見られる人物がモーゼらしい人物を連れてやって来る。『以外に若いな?』と涼子は思った。
 老人ではなかった。どう見ても30代だった。
 顔は細くてスラリとしていた。 ほほ骨がせり出して、細く切れ長の眼をしていた。
 ミケランジャロのモーゼとは似ても似つかぬ顔だ。
 チャールトン・へストンとは、全然似てない。
 20世紀の日本人俳優なら、『帝都物語』でデビューした頃の、島田久作に似てなくも無い。
 確かに見覚えのある顔だ。この顔は知っている。アルマナ時代のエジプトの彫刻で見た顔だ。
 エジプトのフアラオ、イクナートンだった。
 (ここで、マザーシップのシーンに戻る)

 ヒッポリュテーはビデオスクリーンを凝視した。
 確かにこの顔は、島田久作に似ている。
 「モーゼがエジプト人で、しかもイクナートンだって?」
 「古くからある説なんですよ」と涼子。
 ミネルヴァ女史は説明を始めた。
 「西暦の初め頃、イエス・キリストが生まれた頃、ギリシア・ローマ人の間で広く信じられていた常識のひとつに、 ユダヤ人はエジプト人であって、モーゼに連れられて、出国した。というのがあったのよ。
 それによれば、モーゼは本当にエジプトの王族で、宮廷内の権力闘争に敗れたため、自分の新国家を建設する為に、エジプトの下層民と共にカナンの地に去ったのだ。 とされた。
 古代ユダヤの歴史家ヨセフスはこの常識に反発し、『ユダヤ古代史』という著作でユダヤ人の歴史が古い事を証明しようとしたが、それでもローマ人は納得しなかった。
 ユダヤ人の歴史を遡っても、モーゼの出エジプト以前に遡って確認できなかったから。 
やがてローマ帝国がキリスト教化されると、聖書の記述は絶対に正しい、とされ、モーゼ=エジプト人説は忘れられた。
 しかし19世紀になると、改めて聖書の記述を客観的に検討するようになり、モーゼ=エジプト人説が歴史家の間で検討された。先鞭を付けたのはジークムント・フロイトだった。精神分析学の創始者として有名な、あのフロイトよ。
 フロイトは、『モーゼと一神教』という著作の中で、モーゼはエジプト人の王子か、聖職者であって、エジプト人を多神教から、一神教に改宗させようとしたが、エジプト人は眼に見えない神なんか、ちゃんちゃら可笑しい、 邪教だと言って相手にしなかった。 その頃の人間は、神々は総て眼に見える、具体的な姿が有る、と信じていたの。
 失望したモーゼは当時の奴隷階級だった、ヘブライ人に、私の新しい宗教を信じるなら、奴隷の身分から解放し、故郷に、カナン(パレステイナ)に帰してやろう。と約束したのだ。とフロイトは考えた。
 さて、この推論に、何か根拠が有るのでしょうか? それが有るのね。
 あの、イクナートン、唯一絶対神アテンを唱えた、アメンホテプ4世こそモーゼの師匠だ。とフロイトは言う。
 イクナートンの宗教改革が失敗するのを見たモーゼは、イクナートンの後継者になり、イクナートンの理想を、カナンの地で実現しようとしたのだ。とフロイトは考えた」
 ヒッポリュテーは、「そんな?突飛過ぎる?」
 涼子は、「とは限らない。 偉大な宗教の多くは最初に生まれた土地では受け入れられず、他の土地で成功する。 キリスト教だってユダヤ人には受け入れられず、ローマ帝国の下層民、特に奴隷の宗教だったんだから」
 「あたしは、そのあたりの歴史をよく知らないんだ」
 「そのうち教えてあげるよ。なんなら、西暦の初めに連れてってもいいよ」
 「何とまあ。」ヒッポリュテーは呆れた。
 あるいは、本当にイエス・キリストとかいう聖人に対面させられるのかも知れない。 名誉なことなのだろうか?
 (注、そのうちキリストの話を書きます。作者の声)
ミネルヴァ女史の説明は再開された。
「モーゼ=エジプト人説がフロイトによって唱えられてから、エジプト学者の間でこの説を取り上げるのはタブーだった。しかし、1990年になってエジプト生まれの歴史家、アーマド・オスマンという人物が、『モーゼ=エジプトのファラオ』という本を出版し、この問題にブレイクスルーをもたらした。
オスマンは言う、モーゼとイクナートンは師匠と弟子の関係ではなく、実は同一人物に他ならないのだ。
オスマンの説によれば、イクナートンは治世の17年目、30歳で玉座を捨ててからシナイ半島に亡命し、40年間そこに留まり、ラメセス1世の短い治世、紀元前1308年頃から1307年までの、 たった2年足らずだったが、の一年目に、政治犯として囚われの身となっている、アテン教信者の解放を求めて帰国したのだ。とね」
 「なんとまあ」
 「それが正しいという確証は無かったけど、改めて、 モーゼ=エジプト人説が歴史家の間で、本気で検討されるようになったわけ」
「それを確かめに来たのかい?」
「それもあるわね」 
 涼子は、「オスマンの説とは少し違ってましたけど」
 ヒッポリュテーはビデオスクリーンを見ながら、「話を再開してくれ」と言った。
 ミネルヴァ女史は、「では再開しましょう」

 涼子の全身を戦慄が走った。20世紀の歴史家で、『聖書のモーゼはフイクションだが、モーゼには特定のモデルがいた』という説を唱えた人がいた。
 しかし、いざ本物のモーゼに会ってみると、絶句しそうになった。 
 ユリアが涼子に声をかけた。
 「ねえ?どうしたの?何故みんな固まっているのよ?」
 「いや・・。その・・」
 ミネルヴァ女史は一言、
 「ジークムント・フロイトに見せてやりたかったわね」
 「その気になれば可能です。フロイトかオスマンを20世紀から連れてきますか?」
 「ノーサンキューよ。現時点ではフロイトに会わせなくていいわ。」
 (その内、やってみます。作者の声)
 涼子はモーゼに声をかけた。
 「御会いできて光栄です。モーゼ様」
 「お前が、カフトルから来た王女の命を救ったのかね?」
 「そうです。」
 「余はトロイアまでは行ったことは無いが、ミタンニまでなら、行っている。エジプトの王子だった頃、父に、アメンホテプ3世に連れられて行ったのだ。 トロイアにも行ってみたかったな。 今となっては、トロイアに行く機会は二度とないだろうが、 トロイアの王族に会った事はある。相手がエジプトに来たのだ」
 ミネルヴァ女史は、モーゼに質問した。
 「あなた様はエジプトの王族なのに、何故ヘブライ人の味方になられたのですか?」
 モーゼは、ふふっ。と笑った。そして話し始めた。
 「余の生母はアメンホテプ3世の侍女で、ヘブライ人の女奴隷だったのだよ。もっともホンの一握りの人間しか、その事を知らないがね」
 「そんな?悪い冗談でしょう?」
 「余の父は、トンデモない好色漢だった。ハレムに何百人もの女を、身分の高低に関係なく器量の良い女を集めて、ひたすら子供を作ることに励んだ。 余はアメンホテプ3世の庶子の一人に過ぎん」
 これには驚いた!!!王妃テイイとアメンホテプ3世の嫡子ではなかったとは?
 「余は王妃テイイに養育されて成長した。実母は余の乳母だった。余は出生の秘密を知らされぬまま育ち、父の亡くなる直前に真相を知らされたのだ」
 何て事だ!!モーゼを養育した王女は王女ではなかった。
 王妃だったのだ!!! それにしても・・・
 夫の妾の子を我が子として育てたテイイもたいした人物だ。なかなかできる事じゃないぞ。と涼子は思った。
 ユリアが話しに割り込んだ。
 「あなた様は、赤ん坊のときに柳の枝で編んだバスケットに入れられて、ナイル河に流されたのですか?」
 セシルBデミル監督の名画『十戒』の冒頭のシーンは、ユリアに強烈な印象を与えたようだった。
 「何の話だね?アッカドの王サルゴン1世の伝説に、似たような話があるがね、余は普通に育ったのだ。 河に流された事は無い」
 涼子は、「そういえば、エジプトのホルス神にも、似たような伝説があったっけ」と言ったが、しかしモーゼはホルス神と聞いて顔をしかめた。
 ミネルヴァ女史は、「しかし、それで良くまあ、王妃テイイがあなた様を養育しましたね?」
 「テイイは王族ではなかった。平民の出だった。だから王族である夫の乱行を黙認した」
 女史は、「成る程納得しました。しかし聞きたい事は他にも山ほど有ります。太陽神アテンへの信仰はどうなった? 何故ヤーウェへの信仰に変質したのです?」
 モーゼは、「ふふん?アテンへの信仰なんぞ、当の昔に消え去った。ヤーウェへの信仰こそ正しい信仰だ。アテン信仰など通過点に過ぎん」
 「通過点?」涼子は聞きなおした。
 「アテン信仰は人類の歴史の始めから有った。人間は勝手な名前を使って太陽を拝んでいたのだ。わかるな?」
「わかります。」
 涼子は日本人だから天照大神を連想した。 もっとも37世紀では神道もフアンタジー扱いなのだが。
 「しかし太陽は厳密には神ではない。神の造られた道具に過ぎない。だから太陽を拝んではいけない。
 唯一絶対の神は言われる。
 『あなたたちはいかなる像も造ってはならない。
 上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、
 いかなるものの形も造ってはならない。あなたたちはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない』と言われたのだ」
 ミネルヴァ女史は、「知っています」と答えた。
 出エジプト記20章だ。
 「真の神は太陽さえも超越している。神は無数の太陽と世界を一度に造れるのだよ」
 「星が何であるのか知っておられるのですか?」
 「星は星だ。 神の被造物に過ぎん」
 「それで?」
 「神のおわす天界は宇宙そのものよりも広大なのだ。
 無限の時空の中に天があり天界の中に宇宙があり、宇宙の中に太陽と大地がある」
 涼子は少し考えた。モーゼの言う宇宙とは、せいぜい太陽系ぐらいのサイズのようだ。 この時代の洞察力ではそれが限界なのだろう。 夜空の星々が遠くの太陽だとは知らなくても、銀河系のような巨大な構造物を唯一絶対の神が建造し、太陽系ぐらいのミニ宇宙が属している、と考えているらしい。
 もっとも37世紀の宇宙論では、銀河系さえも宇宙の砂粒でしかない。
 「太陽でさえも真実の神を示す一つの被造物なのだ。それを悟った以上は、思い切って、アテン信仰など捨てなくてはならない」
 「眼に見えない神を信じろと?」
 「そうだ」
 涼子は無神論者だが、この説教に白けてしまった。 眼に見えなければ、否定も肯定もできない。 神がいるとも、いないとも、誰にも言えない。
 「あなた様は何故、神の名であるヤーウェを、無闇に唱えてはいけない。と命じられたのですか?」と涼子は聞いた。
 「無闇に神の名を使うのは神への不敬だ。人間だって、肩書きで呼ばずに本名で呼ぶと,なれなれしくなる」
 「それも一理ありますね。」
「だから神、ヘブライ語でエロヒムは、ヤーウェではなく、アドナイ(主)と呼ばなくてはならない」
 ミネルヴァ女史は少し意地悪な質問をした。
 「アドナイとアテンは発音が似てますわね。アトン、アテン、アドナイ、『われらの神、主(アドナイ)は唯一の神である』の主はアテンとも訳す事ができますわ」
 (注、ジークムント・フロイトの説。モーゼと一神教より)
 「アドナイはアドナイだ、アテンは関係ない!」
 「まだ聞きたい事は山程有ります」とミネルヴァ女史。
 「何故、占いをしていけないのです?」
 「占い師のところに行くのは、何か人生の重大事に悩んでいるからだ。答えが欲しいから行くのだ。しかし、占い師の言葉が正しいと誰が保証する? 占い師は神ではない。
 ただの人間だ。 占いが正しければ一日に何千人もの客が来て王侯貴族のような生活ができる筈。 こそこそとして門外不出の秘術だ、などということ自体が、俺はたいした事が無い。と白状したような物だ。 ところが大抵の人間はそれが判らない。占い師に人生を狂わされるまで悟れない。だから唯一絶対の神は占いを禁じたのだ」
 「反論の余地がありませんね」とミネルヴァ女史。
 ギリシア正教徒である女史は、神父の説教で答えを知っていた。しかしモーゼから直接聞くと改めて感激した。
 涼子もカマトトぶって見せた。
 「私の母(注、養母)は、自分の霊感に自信があっても、占い師なんかなるものではない。と言ってました」
 「してその理由は?」
 「占いが外れたら客に殺される」
 「汝の母上は面白い人だ。しかし正論だと断言できる」
 「占い師に実力比べをさせて、ハズレたら死刑!!
 なんてゲームをしたら面白いですね」
 「誰も勝者のいない、無意味なゲームになるな。まあ余としては、占い師など全員死んでも構わないがね」
 占いがハズレたら死刑。戦国武将の織田信長がやった事だ。 そして信長公こそ涼子の実父なのだ。
 ここでユリアが割り込んだ。
 「ツタンカーメンがどうなるか知りたくありませんか?」
 「ツタンカーメンか。 あの子には気の毒な事をした。余が、私がいなくて寂しいだろう」
 「ツタンカーメンはねえ、」
 「聞きたくもない!!」
 「未来予知の禁止ですか?」
「エジプトが国家としての体裁を調えてから現在(BC1369年)までに17の王朝が生まれて消えていった。
余がエジプトの王位を捨てた時点で18代目だった。余の家族がどうなるかなんて知りたくも無い」
「永遠に続く物は何も無い。ですか?」
「そうだ。」
 ミネルヴァ女史は問い直した。
 「あなた様が、アメンホテプ3世とヘブライ人の庶子だと言う事実は、とことん隠し通したわけですか?」
 「ネフェルテイテイには、お前の判断にまかせる。 といってある。もっとも、フアラオの実母が女奴隷だなんて知られたくないだろうが。たぶん私の出自の資料は残らない筈だ」
 ミネルヴァ女史と涼子は顔を見合わせた。
 では、ツタンカーメンの墓に収められた、奇妙なパピルスはいったい何? そこである可能性に思い当たった。
 悪逆な宰相アイは第18王朝の最後の王だったが、しかし、イクナートンの血族ではなかった。 アイがツタンカーメンの墓を作ったなら、イクナートンの出自について、不名誉な事実を残したかも知れない? しかし、あのパピルスは公式には、発見されていない。 もしも、カーナボン卿の手に渡ったら、モーゼの正体を知る手掛かりになっただろう。
 しかしそれは、トラブルの種に成ったはずだ。
 カーターやカーナボン卿が、トラブルに巻き込まれた事実は無い。悪名高い、ツタンカーメンの呪いを除いては・・・
 涼子は問い直す。「ミイラの呪いって知ってますか?」
 「そんな物は無い!」
 「本当に?」
 「無いと言ったら無いっ!!」
 ツタンカーメンもそう言っていた。しかし・・・?もしかしたら・・・?
 ミネルヴァ女史は涼子に代わって質問した。
 「遥か未来ではツタンカーメンが死んでいる。 わかりますね?」
 「わかるよ。当然すぎる」
 「未来世界でツタンカーメンの墓が発見される。 わかりますね?」
 「それはそうだろう」
 「その時、発掘した関係者が次々と変死、怪死をしました」
 「それで?」
 「ツタンカーメンの呪いだ。と評判になりました」
 モーゼ(イクナートン)はしばらく唖然としていた。 そして笑い出した。
 「馬鹿馬鹿しい。たわごとだ。人間の生と死は唯一絶対の神の御意思に因るのだ。死後の生が存在しても、死者の祟りなんか無い。神が許さなくては、幽霊が出ることも無い」
 「ミイラの呪いは無いんですね?」涼子は念を押した。
 「ふん? 余は何度でも言う。ミイラの呪いなど無い。迷信だ。そんな話を信じるな。世迷いごとの類だ。余は後世の為に、律法の書の中で、迷信を信じないように、念を押しておこう」
 勿論、涼子は呪いも幽霊も信じない。37世紀の教育の賜物だ。しかし、旧約聖書のモーゼ五書の中で、モーゼは、 くどくどと、霊媒や口寄せ、占い師を信じるな、と書いている。 元々のモーゼの信念なのだろうが、
『自分の馬鹿げた質問が旧約聖書の、その記述をもたらしたなら、歴史の皮肉だ』と涼子は思った。
 「迷信と言えば、」ミネルヴァ女史は質問を変えた。
 「海が割れた、という話が後世に残っています。それは何ですか?」
 「主がヘブライ人の為に行なわれた奇跡だ」
 「もっと具体的に」
 「余がシボリヌス湖の辺で神に祈ると、海水が沖に引いて行った。ヘブライ人が海底を渡ると神は、海水を洪水として沖から襲わせた。かくしてエジプト軍は全滅し、ヘブライ人は救われた。神は偉大なり」
 ユリアが話しに割り込んだ。
 「モーゼ様、それは違う、それは津波です」
 「ツナミ?」
 涼子は慌てた。ミネルヴァ女史も涼子の懸念を理解した。
 ミネルヴァ女史は、「海水の洪水です。洪水。ツナミという言葉は忘れてください。おホホホ・・・」
 涼子はユリアをとっちめた。
 「何て事を言うんだ? 津波は日本語が起源なんだよ?
 ツナミをヘブライ語の語彙にするつもりなのかい?」
「ちょっとした不注意よ。気にしないで。 どうせ、フォゲッターがあるじゃない」
 「まったく、もう」
 「海水の洪水?そうかもしれない。 しかし全ての自然現象は神の御業だ。神はヘブライの民を救われたのだ」
 「それも一理ありますね」と涼子は同意した。
 大災害を何かの天罰と解釈するのは、人間の常なのだが、『どんな逆風も誰かの利益になる』という諺があるのだ。
 カリスト島の大噴火は、ギリシア本土のアカイア人やクレタ人には災難だったが、ヘブライ人には天佑だった。
 一つの大災害が、ギリシアではアトランテイス伝説、旧約聖書ではモーゼの奇跡となって後世に残ったのだ。
 ミネルヴァ女史は、「それにしても、モーゼ様から聞きたい事は、他にもいっぱいあります」
 「何を聞きたい?」
 「安息日ですよ。何故そんな掟があるのですか?
 十戒の他の掟はともかく、安息日は、他の国々には、類例の無い掟です。」
 「奴隷だったヘブライ人に強制的に休みを取らせたのだ。労働は神聖だが、働く事が自己目的化して、自分で自分を搾取するようになる。仕事の為に生きているのか?
 苦しむ為の人生か?だから安息日の掟を与えたのだ。安息日は神聖なり」
 安息日が後世のユダヤ人の重荷になった。という一面もあるのだが、あえて何も言うまい。とミネルヴァは思った。
 「奴隷と言えば、ヘブライ人は同胞を奴隷にするときは、人道的に扱いましたね?」
 「何で知ってる?」
「未来人ですから」
 モーゼはミネルヴァ女史を胡散臭げに見詰た。
 そして答えた。
 「ヘブライ人はエジプトで居留民であった。 そして奴隷として使役されたのだ。
 だから同胞の奴隷は節度をもって扱わねばならない。
 男の奴隷は6年使役したら7年目には解放せねばならない。これで答えになっているか?」
 そこでユリアが、「奴隷と言うより召使みたいね」
 と言い出した。モーゼは、「召使?そうかもしれないな」
 ミネルヴァが、「では女奴隷は何なのですか?」質問した。
 「金で買った妻だ。それ以下であってはならない」
 「性的な玩具にするな?」
「そうだ」
 「あなた様の実母はアメンホテプ3世の妾だった・・・」
 「そうだ。不愉快な話だが、真実だ」
 「ミリアムやアロンはあなた様の兄弟で間違い無いのですか?」
「そうだ、もっとも全員の母親が違うがね」
 「何だか乱れてますねえ」とミネルヴァ女史。
 モーゼは、「余は後世のヘブライ人には、断固として、一夫一妻制を守るように求める」
「女奴隷を妾にするのに?」
 「妾と言うのは結婚を前程とした関係だ。いずれ結婚する。後妻になる。という前程で夜伽を行なう。正式な妻にならないなら、妾になどなるべきではない」
 「もっともな、お話ですね」
 涼子は日本人だが、日本で一夫一妻制が比較的守られるようになったのは、明治を過ぎて大正時代か、昭和になってからだ。江戸時代の将軍や大名は側室が大勢いた。戦国時代は言わずもがな。
 幼児の死亡率が高かった事もあるが、権力者はやたらと多くの妾を持っていたのだ。
 『モーゼは、否、イクナートンは、と言うべきか、アメンホテプ3世がやたらと多くの妻妾を蓄えたので、一夫多妻に抵抗感があるのだろう。きっとそうだ』と涼子は思った。
 「他に何か聞きたい事は無いのかね?」とモーゼ。
 「そうですねえ?」ミネルヴァ女史は少し考えた。
 「せっかく御会いしたのだから、こちらから教えたい事がありますね」
「どんな?」
「天地創造の真実。というのはいかが?」
「天地創造の真実?どんな話だね?」
 「この世界が創造されてから、人間が現れるまでの、色々な生物が現れた順番」
「それは?面白そうだな?」
 涼子は慌てふためいた。「ちょ、ちょっと待ってください、そこまで教えていいんですか?」
「いいのよ。 聖書には正しい答えが書いてある。 誰かが教えたのよ。その誰かが私達でも不都合は無いわ」
 『もはやトンデモの世界だ』と涼子は思った。
 『エーリッヒ・フオン・デニケンは、聖書の神は宇宙人で、ユダヤの預言者に知恵を付けた。と主張した。どうせヨタ話だと思っていたが、僕達がその役割を果たすのか。何て事だ』
「では、天地創造の真実という話を教えてもらおうか」
 ミネルヴァ女史は説明を始めた。
 「地球、もとい、世界が創られたばかりの頃、世界は混沌として、大空は厚い雲に覆われていました。やがて雲が晴れて光と闇が分けられ、昼と夜ができました」
「それで?」
「天の下の水は一つ所に集まり、乾いた所が現れた。一つの巨大な大陸が現れたのです」
 「ふむふむ?」
 「そして植物が現れた」
 「植物?動物より早く?」
 「そして魚類が現れ、両生類が現れた」
 「どのくらい昔?」
 「魚は4億年前。両生類はその5千万年後ですね」
 「そんなに古いのかね?」
 「更に1億年後に爬虫類が現れました」
 「2億5千万年前?」
 「そうです。爬虫類から鳥類、少し遅れて哺乳類が現れた」
 「まるで見てきたような言い方だな?」
 「タイムトラベラーですから」
 アロンとミリアムはミネルヴァ女史を胡散臭げな顔で見た。それも当然ではあるのだが。
 「哺乳類というのは、野の獣、家畜の類かね?」
「そうです。人間だって哺乳類の一種です」
「そりゃあ、女が腹の中で子供を育て、産み、母乳で育てるのだから。 しかし人間と獣は別の存在だ。 人間は全ての生き物を治めるべく、主から創造されたのだ。人間と動物を安易に同一視してはいけない」
 「ええ、その通りです」
 「では、人間はどうなのだ? 人間がこの世に現れてから現在まで、新しい生き物は現れていない。
 人間が最後で良いのだな?」
 「人間以前の人間というのを御存知ですか?」
 「知らないな?」
 「人間と似ているが、少し異なった人間です」
 「それは?興味深いな?」
 「昔々、そうですね、30万年以上前、ネアンデルタール人という、我々と少し異なった人間がいました。           
 少し遅れてホモ・サピエンス現生人類が生まれました」
 「少し遅れてって、どのくらいだね?」
 「ざっと10万年」
 「では人間は20万年以上昔からいたのかね?」
 「そうです」
「ちょっと信じられないな」
 「でも真実です」
 「しかし、ネアンデルタール人なんて、何処の国の伝説にも残っていないぞ?」
 「ここ(BC1369年)から2万4千年ぐらい前に滅びましたから、知らなくて当然です」
 「現在の人類と共存していたのかね? それも17万年もの年月に亘って?」
 「信じられなくても真実です」
 ミリアムとアロンは眉をひそめた。
 「こいつら狂人か,騙りの類よ。追い払いましょう」
 「まあ待て、もう少し話を聞いてみよう。以外に面白いではないか」
  (ここでマザーシップのシーンに戻る)
 「ネアンデルタール人ねえ?」 ヒッポリュテーはビデオスクリーンのネアンデルタール人を凝視した。
 涼子は、「ネアンデルタール人は、白人なんだよ」 と説明した。 
 しかしヒッポリュテーは、「白人? しかし何か違和感があるなあ?」と言った。
 「あたしたちよりは、ごつくて野生的な人達だ」
 フレイヤは、純粋クロマニョン人で、完全な白人だ。
 「ネアンデルタール人は眉の上が盛り上がっている。スラブ人にも似た特徴がある」と涼子が説明した。
 「アマゾネスにネアンデルタールの血が入っているとでも?」 ヒッポリュテーの疑問に、涼子は、
 「20世紀のジョークで、ブレジネフは、ネアンデルタールの末裔だ。というのがあった」と述べた。
 「ブレジネフ?確かにヒヒみたいな面構えしてるな」
 「君の同族なんだぞ、ヒッポリュテー。 ロシア人は完全なクロマニョン人というより、ネアンデルタールの特徴が、ホンの少しあるんだ」
ヒッポリュテーは、「なんとまあ」と呆れた。
 ミネルヴァ女史は、「紀元前2万8千年の人骨で、明かにネアンデルタールとクロマニヨンの、混血児と思われる物があったのよ」
 「別に驚くような事じゃないと思うが」
 「現代人にも、ネアンデルタール人の遺伝子が微かに残っていて、ときたま先祖がえりを起こす人がいる」
 涼子の説明にヒッポリュテーは、自分がギリシア本土で出会った少年、筋肉の塊のような王子を思い出した。
 「あの筋肉坊やも、ネアンデルタールの先祖がえりかな?」
 「かも知れない」
 ユリアは、「そうだとしても、不都合は無いわ」
 涼子は、「話を戻そう」そして本題に戻った。
 
 「しかしネアンデルタールというのも面白いな。神は人間を二回に分けて創造された。 最初はネアンデルタール、二回目は我々かね?」
 「そうですね、ネアンデルタール人に出会っても、別の人間だとは思わない。少々風変わりな人間としか思わないでしょう」
 「では後世に、そう書き残すとしよう。
 神は人間を二回に分けて創造されて、古い人間は、うやむやのうちにいなくなった。 と」
 そんな? 涼子は驚愕した!!
 旧約聖書の創世記には人類の創造が二回に分けて、何故か重複して書かれていたのだ。
 聖書学者や文献学者はとっくに気付いていた。
 創世記一章の26節と27節。そして2章6節。
 しかも一章では男と女が同時に創られているのに、二章では、6節からだいぶ経ってから、22節で女が創られているのだ。 聖書学者はうまく説明できなかった。
 しかし創世記の著者が、現生人類以前の人類について、何かを知っていたなら、それも理解できる。
 創世記の著者は進化論について、何らかの知識があったのだ。そしてその知識を与えたのは・・・。 ミネルヴァ女史だ・・。そんな莫迦な!!!
 ミリアムはモーゼに詰め寄った。
 「こんな馬鹿話を信じるんですか?」
 「余り期待していなかったが、面白かった。そのまま書いたりはしないがね。少々脚色して書いてみるつもりだ」
 涼子はミネルヴァ女史に詰め寄った。
 「あそこまで教えていいんですか?」
 「いいのよ。私達がここに来る前に、1963年のダラスで、40世紀のタイムパトロールに会ったのを忘れたとは言わせないわ。 私達は古代世界で大発見をする運命だと言われたでしょう?」
 (注、作者が以前書いて没になった小説の内容を引用しています。アトランテイスの王女が活字になったら、改めて再アタックします)
 モーゼは少し機嫌が良くなったようだ。
 「他にも聞きたい事はあるのかね?」
 「そうですね、割礼に付いて聞きたいですね」
 「変な事に興味を持つね? ギリシア人は割礼をしない筈だが?」
 「ギリシア人に割礼の習慣が無くても、割礼がなんであるかは知っています」
 「割礼は主(アドナイ)が命じられたのだ。 神(エロヒム)の民は体にこれを受けなければならない」
 「割礼はエジプトの習慣ではなかったんですか?」
 「アブラハムが主との契約の印として割礼を命じられたのだ。 エジプトにも割礼の習慣があったが、それとは別に主が命じられたのだ」
 『それでは、アドナイがエジプトの神々の一人だと、白状したようなものだ』と涼子は思った。(注、フロイトの説)
「アブラハムは伝説ではバビロニア人で、ウルの街で生まれ、唯一絶対の神の啓示を受けてカナンの地に旅立ったんですよね?」
 「そうだ。その通りだ」
 「しかし、アブラハムがエジプト人だという説が、後世にありました」
 「それは違う!主はバビロニア出身のアブラハムに割礼を命じられたのだ。あなた方はどうあっても、エジプト人とヘブライ人を同一視したいのかね?」
 「怒らないで下さい。そういう説があると言っただけです」
 そしてモーゼは涼子の顔を見た。涼子が若い女であるにもかかわらず、ストレートな質問をした。
 「東の果てに黄色い人種がいると聞いているが、あなた達は割礼をしないのかね?」
 涼子はミネルヴァ女史の顔色を伺った。
 「いいわよ。どうせフォゲッターがあるから」
 そして涼子は語り始めた。
 「この時代なら南方系の先住民が割礼をしていました。
 しかし、少し時代を下って中国文化が伝わると、体をいじるのは道徳上の罪だとされるようになりました」
 「例えば?」
 「刺青はそれ自体が、反社会的行為とされています」
 「刺青?アフリカの黒人も刺青をしているぞ。
 しかし刺青は恥ずべき悪習だ。文明人はそんな事はしない。主はヘブライの民に刺青を禁じられた」
 「知っています。」 レビ記19章28節だ。
 『死者を悼んで身を傷つけたり、入れ墨をしてはならない、わたしは主である』
 涼子は、「37世紀では刃物を使わなくても、包皮を短くできます」 と言い切った。
 そこでモーゼはミネルヴァ女史の顔を見た。中年なのに、顔に皺がひとつも無かった。
 「皮膚を収縮させるのかね?」
 「そうです。包皮を短くするのです。一滴の血も流さずに」
 「しかし刺青は消せまい?」 
 「方法はいくらでもあります。 肝臓を活性化して、色素を吸収させることは別に難しくも無い」
 「確かに小さな刺青が自然に消える事はあるが・・・ 信じられない」とモーゼ。
 「急ぐなら、皮膚を剥がして体を洗い清めてから、再生刺激剤を塗って皮膚を再生する事もできます」
 「それは痛そうだな?」
 「別に痛くはありません」
 ユリアもフェローした。「この人達の医学は想像を絶するレベルです。 全身の生皮を剥いでも元通りにできます」
 「どうも信じがたいな?」
 「でも事実です」
 そしてユリアは右の脇腹を見せた。モーゼは眼を逸らしたが、改めて腹の傷を見た。
 「何だね?その傷は?」
 「虫垂を取り去った傷跡です。 何だか凄いでしょう? この人は命の恩人で大切な友人です」
 「再生剤とやらを使えば、この傷跡も消えるんじゃないのかね?」
 「確かに。しかしそれをすると虫垂が再生します。」
 「虫垂とは何かね?」
 「あれば災いを招くだけの、邪魔な器官ですよ」
 20世紀の宇宙飛行士や、軍の特殊部隊などでは、健康な虫垂を切りまくっていたのだ。 任務の最中に虫垂炎にならないようにするために・・・
 ユリアは、「この人達は凄い人達です。普通なら確実に死ぬような病気でも、助ける事が出来ます」
 「それが本当なら不幸な人間はいなくなると思うが?」
 「しかし、人間の内心はそうは行きません。宗教は精神の不幸を扱います。だからモーゼ様、あなたの教えが重要なのです」
 涼子は自分が無神論者であることを棚に上げて質問した。
 モーゼは暫らく黙っていた。そして口を開いた。
 「余の教は簡単明瞭だ。
 眼に見えない、唯一絶対の神を信ぜよ。 魔術的思考や迷信的な儀式を排除せよ。
 倫理を重んじ、汝の隣人を愛せよ。 人間を救うのは、人間の自助努力である」
 「死後の運命は考えずに?」
 「そうだ。 エジプト人は死後の生を可能にすべく、多大な努力を行い、無駄な精力を費やした。 
しかし人間の死後の運命は神の胸三寸だ。死後の運命は死んでから考えればいいのだ」
 どこかで聞いたような台詞だな?そうだ!孔子の言葉だ。
 「私はいまだに生を知らないのに、何故、死がわかるのか? というわけですか?」
 「そうだ。わかっているではないか。」
 孔子はここ(BC1369年)から800年以上未来の人間だ。しかし孔子の言葉とモーゼの言葉は何処と無く似ている。 現世主義的で人民に禁欲を求めている。
 もっとも孔子は、『怪力乱臣を語らず。』で神など敬してこれを遠ざける、とされる。
 しかし、モーゼは唯一絶対の神に拘った。
 孔子は無神論者というより、不可知論者に近かった。
 そういえば、『汝の欲せざる事を、他人に施す無かれ』というのが、孔子とモーゼの双方にあった。 世界中に見出すことができる、人類普遍のルールだ。
 モーゼは、「死後の運命などで、くよくよしても仕方が無い。神に全てを委ねよ。霊媒や口寄せなどは、他人の不幸を食い物にする詐欺師だ。そんな輩は石で打ち殺せ」
 ユリアが話に割り込んだ。
 「石って、小石みたいなやつかしら?」
 「そんな生易しい話じゃない。人間の拳かそれ以上に大きいんだよ」
 「死んじゃうわ」
 「死刑の道具なんだから、当然だよ」
 「いっそ剣で刺殺した方が楽な死に方だと思うけど?」
 「苦しめて殺す事に意義があるんだよ」
 「怖いわ」
 「この人は敵には不寛容なんだよ」
 モーゼは聖人ではあるが、異教徒にも敵にも不寛容だった。
 この時代は権力者に逆らえば、嬲り殺しにされるのが当然なのだ。3000年後の日本の戦国時代もまたしかり。
 比較的まともになったのは、20世紀の第二次大戦後で、ここ(BC1369年)から3300年以上未来だ。
 霊媒や口寄せは死刑にせよか・・・
 37世紀で教育を受けた涼子は、『神も来世も存在しない』と知っている。
 信じているのではない。知っているのだ。
 科学がどんなに進歩しても、1プラス1が2であることが覆らず、あるいは2と3の間に未発見の整数が存在しないように、『神も来世も存在しない。』無意味な努力だ。
 37世紀の宗教は預言者や聖人の言葉を通じて、清く正しく生きることなのだ。
 だから自分達は怖気ずに、古代の聖人に会えるのだ。
 ミネルヴァ女史が少し意地悪な質問をした。
 「何故人を殺してはいけないのですか?」
 『これは難問だぞ』と涼子は思った。答えようが無い。
 「人の命は神が与えたのだ。人間が奪ってよいはずが無い」 
 『優等生的な答えだな。』と涼子は思った。
 「神を信じない不信心者にはなんと言って説得するのですか?」モーゼはミネルヴァ女史を見据えた。
 「人間には理屈ぬきで従うべき掟があるのだよ。
 殺すな。と言われたらとにかく殺すな。盗むな。と言われたらとにかく盗むな。
 神の言葉に黙って従え。人は一人では生きられないのだ」
 涼子が、「何故、男同士で結婚してはいけないのですか?」
 「解りきった事を聞くな」
 「もっと具体的に」
 「男同士で結婚しても構わないとなれば、人間と他の動物との、獣との結婚を認めろ。という要求が必ず出てくる。
 そのときどうやって止めるのだ?人間には超えてはならない、最初の一歩というものがあるのだ」
 (ここで、マザーシップのシーンに戻る)
 ヒッポリュテーはモーゼの説教のビデオを見ていた。
 そしてミネルヴァ女史に質問した。
 「ヤーウェって何処の神だっけ?」
 「あなたは初めて聞くでしょうけど、シャスの地よ」 
 「シャス・・・」
 「イクナートンとその父アメンホテプ3世は、古代ヌビア王国があったスーダンの遥か南、ソレブに一対の神殿を建造した。 一方は自分自身、もう一方は王妃テイイの為の物だった。 王自身の神殿にはアメン神、アテンではなくアメンが祭られ、そこに並ぶ柱にはアフリカや西アジアの地名がずらっと刻まれている。
 その中にシャスの地の三つの場所が挙げられていて、そのうちの一つには『シャスの地のヤーウェ』と書かれている。
 南のアカバ湾と北の死海の高原地帯で、エジプトの文書では、『シャスの地』と呼ばれている。ここに出てきたヤーウェと言う言葉は、記録されたものとしては最も古いのよ」
 「王自身の為の神殿にアテンじゃなくて、アメンが祭られていたというの?しかも地名に託けてヤーウェの名が書かれていた?」ヒッポリュテーは驚き呆れた。「ヤーウェの名を無闇に使ってはいけない。などと言いながら変な所に出てくるのね?これではイクナートンとモーゼにある種の繋がりが有ると白状したようなものね。 同一人物だったけど」
 「しかも、後世のロシア人がロシア正教に帰依するんだから、歴史は面白いわ」とミネルヴァ女史。
 ヒッポリュテーはミネルヴァ女史に、アマゾネス(スキタイ)の末裔である、ロシア人の事が聞きたくなった。
 「何故、ギリシア正教ロシア派なんだ?カトリックでも良かったと思うけど?」
 「ヴァチカンは政治団体の性格が強く、内政干渉をしてくる。 西欧諸国で政教分離と言えば、カトリック教会の干渉の排除だった。 ギリシア正教ならヴァチカンに内政干渉されないで済む」
 「なるほど。しかし、ロシア人がモーゼの正体を知ったら、さぞ失望すると思うな」
 「37世紀では本気で、神も来世も信じない。モーゼが何者でも問題は無いわ」
 「モーゼにあんたたちのテクノロジーを見せたんだろう?」 
 「見せたわよ」
 「その時の話をしてくれ」
 「では話を戻しましょう」
  
 ミネルヴァ女史はモーゼに会った甲斐があったと思った。
 「御会いできて良かった。ここでの会話はビデオに納めて5000年後の人々が喜んで見るでしょう」
 「ビデオ?」
 ユリアはビデオの再生装置を取り出した。そして使って見せた。さあ、見物だぞ!!
 モーゼはしばらく画面を見ていた。そして顔色を失った。
 「な?なんてこった!?」翻訳機からは意味不明の呻き声が聞こえた。
 ユリアとレダにクノッソス宮殿の外でビデオを見せたときも、『涼子様はやっぱり神々の御使いなのですか?』
 と言っていた。この時代なら当たり前の反応だ。
 「これは? 神の奇跡かね?」
 「科学の力です」ユリアは自分の発明でもないのに、偉そうに胸を張って見せた。
 「これなら、らい病でも治りそうだな?」
 「私の発明ではないけど、らい病の特効薬はあります」
 涼子は丁寧な女言葉で説明した。
 アロンやミリアム、ヌンはビデオの画面を見詰て、ひたすら恐れ入っていた。この時代の知識なら、この画面は鏡か何かだと解釈するのが当然だ。
 しかしこの時代の鏡は研磨した金属板でしかなく、ぼんやりとしか映らない。しかも、数分前から数時間前の姿が映っているのだ。このテクノロジーは神懸りに見えたはずだ。
 しかも神懸りな力を持った人間が自分の説教をありがたがっているんだから、さぞ気分がいいだろう。
 宗教家冥利に尽きる。てとこかな?
 そこへ10歳くらいの子供がすっ飛んで来た。
 「モーゼ様! 父上!非常事態でございます」
 モーゼの従者、ヌンは叱責した。
 「ヨシュアよ、客人の前であるぞ、落ち着け」
 「ヒッタイト軍団がやって来ます」
 「ヒッタイト!!」
 そこにいた全員に戦慄が走った。
 ヒッタイトはエジプトの宿敵だ。しばしば、東地中海でエジプトと覇権を争った。
 しかし未来人は、ヨシュアと言う名前にショックを受けた。
 ミネルヴァ女史は、「こんな子供がヨシュア?」
 涼子は、「ジェリコを攻め落とした偉業で有名だけど、出エジプトの40年後ですよ。この時点では少年の筈です」
 ジェリコを攻め落としたヨシュアは、残虐な征服者のイメージが残っている。 ナチのホロコーストはヨシュアの悪業の報いだ。 因果応報だ。と言った日本人が20世紀にいたくらいだ。 もっともヨシュアは神の命令で大量殺人を行なったとしても、良心の呵責など感じなかった筈だが・・・
 「ヒッタイトだと言う証拠はあるのか?」
 「鉄で作られた武器を大量に持っています。 ヒッタイト以外に考えられません。」
 ユリアは、「ヒッタイトなら多少のコネがあるわ。あたし止めてみせる」と言った。
 しかし涼子は、「莫迦を言うなよ。現在の君に何ができるんだ?
 没落した国の王女なんだぞ? 今となっては ヒッタイトに何の影響力も無いよ」
 「じゃあどうするの?まさか、力ずくで止めるの?」
 「そうなるね。不本意ながら」
 「余り乱暴しないでよ。 相手は無力な古代人なのだから」
 「呑気なことを言ってると、自分が乱暴されるぞ」
 涼子はユリアに釘を刺した。(親父ギャグ)

 (ここでマザーシップのシーンに戻る)
 「で?ヒッタイトを嬲り殺しにしたのか?」
 「仕方が無かったんだ。僕は誰も殺さなかったけど」
 「ヒッタイトなら、あたしも知っている。鉄の作り方を知っているが、それでも青銅の材料の錫を買っていた。鉄は作るのが大変だけど、青銅はまだ簡単だ」
 「確かに。鉄が普及しても青銅は無くならなかった。鉄が青銅を完全に駆逐するのはもう少し先の時代だ」
 「ヒッタイトも滅びるんだろう?」
 「後200年ぐらいだ。ミケーネも滅びる。そして暗黒時代に突入する」
 ミネルヴァ女史が割り込んだ。
 「その前に、カデッシュの戦いと言うのが有るけどね。第19王朝のラメサス2世が、ヒッタイトの皇帝ムワタリと戦った」
 涼子は、「100年後ですよ」と念を押した。
 「カデッシュの戦いはどうでもいい。今回の戦いの事を教えて欲しい」
 「では、話を戻そう」

 第五章。壮絶な戦い?

 ヒッタイトの軍団は先頭から最後列まで、カイゼル髭のように広がっていた。
 カイゼル髭というのはこの場合、ミネルヴァ女史の印象で、涼子には、漢字の八の字に見えた。
 先頭が一言発すれば、後列がどっと広がって、一気に獲物を包み込むように襲い掛かるのだ。 恐るべし!!ヒッタイト軍団!!!
 ミネルヴァ女史が、「しかし何故ヒッタイトがここにいるのかしら? エジプトとヒッタイトが戦ったカデッシュの戦いだって、 あと100年も先の筈よ?」
 涼子は、「あるいは別の目的かもしれません」
 「たとえそうだとしても、ここでヘブライ人に会ったのが彼らの不幸だわね」
 「モーゼをここで死なせるわけにはいかないですね」
 ヒッタイトには万に一つの勝ち目も無い。完全な敗北あるのみ。大殺戮になるのは眼に見えている。
 涼子は、「交渉しますか?」とミネルヴァ女史に提案した。
 「その方が良さそうね」
 できれば相手を殺したくなかったので、ミネルヴァはヒッタイトの指揮官に会いに行った。
 兵士は口汚く身元を問い質す。
 「何だおめーは?」
 「私は天の使いよ」
 「天の使いー?」
 別の兵士が、「大年増の姥桜が何をぬかす」 
 さすがにミネルヴァは頭に血が昇ったが、必死で抑えた。
 「指揮官に会わせてちょうだい」
 エジプトのアイの軍団を蹴散らしたのと同じだ。 もっと凄い、大殺戮になるのは眼に見えている。 できれば殺したくないのだ。
 30歳ぐらいの王子がやって来た。
 「あなたが指揮官?」
 「そうだ、ヒッタイトの王子だ」
 「何処まで行くの?」
 「エジプトを討伐する」
 「この人たちに危害を加えない、と約束して」
 「逃亡奴隷だな?」
 「まあ、そんなところね」
 「エジプトとの取引材料にできるな」
 「命が惜しかったら止めときなさい」
 今回の紛争は何の記録も残っていないのだ。 あるいは小さな小競り合いで後世に記録が残らないだけかも知れないが、ヒッタイトの大敗北は確実だ。
 ミネルヴァ女史は、衛星携帯情報端末でマザーシップを呼び出した。
 「ヒッタイト軍団を適当に転送してちょうだい」
 「もっと具体的に」オペレーターのダイアナは、普段はユリア以上にアバウトだが、仕事は丁寧だ。
 「私の目の前の王子以外は、アラビア半島の一番苛酷な所に転送して」 
 「了解しました」
 そして全員がまるで幽霊のようにスーツと消えた。
 「な???」
 「どう?命が惜しい?」
 「仲間を返せ」
 「ダイアナ、ホンの少しだけこの王子の仲間を戻して」 
 そして、10人程戻ってきた。
 「ここは何処なんだ?地獄か?」
 「落ち着け。何があった?」
 「大きな白い城のようなところに行ったと、思ったら、ほんの一瞬のうちに砂漠のど真ん中に移動していて、 そしたら、逆を辿って戻ってきた」
 「白い城?」
 「私達のマザーシップよ」
 「マザーシップ?母の船?」
 「もう一度砂漠に送りましょうか?」
 「仲間を返せ」
 ミネルヴァ女史は指輪型光線銃を取り出した。
 「これが何かわかる?」
 「何か不吉な感じがする」
 「御名答。これは武器よ」
 「武器―?」
 ミネルヴァはいきなり発射して見せた。そして砂丘が吹っ飛んだ。
 「なー?」
 声にならない声。 悲鳴にもならない。サイスの街のエジプト兵と同じで情けない。
 そして頭に拳を突きつけた。
 「お許しを、お許しを・・・」
 ユリアは、「この王子は情けないわね。無理も無いけど」
 涼子は、「それも仕方ない。彼我の実力差が有りすぎる」
 ミネルヴァ女史は、「ところでユリアさんは、この顔に見覚えあるかしら?」
 「うーん?ヒッタイトの女ったらしの、スケベ王には、王子が大勢いたからねえ? 全員の顔は知らないわ」
 「王女様、わたくしは王女様を知っています。8年前に兄上のアトル様と共にヒッタイトを訪問されましたときに、御尊顔を見ました」
 「8年前?」
 「心当たりがあるのかしら?ユリアさん?」
 「そういえば、8歳ぐらいのときに訪問したわ。 でもこの人には会った覚えが無いわ」
 「わたくしは20歳を超えていました。 王女様は8歳ぐらいでわたくしは幼児性愛の趣味はありませんから、声をかけなかった。でも現在なら魅惑的な美しい御姫様。 どうです?このまま夫婦になっては?」
 「誰と?」
 「勿論わたくしとです」
 バキッ!!骨が砕ける音がして、ヒッタイトの馬鹿王子はユリアに殴り倒された。
 「まったく!!父王と同じでスケベで軽薄なんだから」
 涼子は馬鹿王子を引き起こした。
 「鼻の骨が折れている。でも大事にはいたらないよ」
 「死ねば良かったのに」
 「自分の手で殺したいのかい?」
 「できれば自分の手では殺したくない。でもあたしを辱めるなら、片輪にしてやるわ」
 「男にとっては死ぬより辛い。 もっとも37世紀なら体の一部が欠けても再生できるよ」
 「あたしを陵辱するような男を救って欲しくないわ」
 ミネルヴァ女史は、「何の話だか?」と変に感心した。
 「わたくしはどうなるのでしょう?」
 馬鹿王子は鼻声になっている。
 涼子は、「ユリアならどうする?」
 「何処かに転送しちゃおう」
 これが冗談ではない事は馬鹿王子にも判る。
 「わたしをスーッと消して、どこかに送るんですか?」
 「ええそうよ。何処を選ぶ?大海のど真ん中?
 それとも高山?砂漠のど真ん中?」
 「故郷のヒッタイトがいいです」
 涼子は、「父王に怒られても命は惜しいんだね?」
 ユリアは、「ちょっとまって、どうせなら誰も、この人の身分を知らない土地がいいんじゃない?」
「ユリアも底意地が悪いな」涼子は冷やかした。
 ミネルヴァ女史は、「では中央アフリカの草原に放り出しましょう。 黒い肌のアフリカ人が、この馬鹿王子を指導者として受け入れるかどうか、面白いわね」
 「そんな?」
 「野垂れ死にしなさい」とミネルヴァ女史。
 そしてヒッタイトの馬鹿王子はスーッと消えた。
 モーゼは、「あの男は何処に消えたのだね?」と質問した。
 ミネルヴァ女史は、「アフリカの奥地です。エデンの園のように美しい。アフリカ人は結構生きていける。もっともあの王子がどうなるかは、それこそ、神のみぞ知る。ですね。」
 モーゼは少し考えてから、「異教徒に命を救われるとは思わなかった。唯一絶対の神に申し訳ない」
 ミネルヴァ女史は、「遠い未来ではギリシア人はギリシア正教に帰依しています。オリンポスの神々など滅びている。
 私はたまたま、異教の神の名前だというだけです」
 涼子はオペレーターのダイアナの事を思い出した。
 アルテミスのローマ名のダイアナと言うのは、よくある名前だ。 第18代アメリカ合衆国大統領で、 ユリシーズ・グラントという人がいたが、ユリシーズがオデュッセウスのローマ名だからといって、グラント大統領が古代の異教の神を信じていたわけではない。 オデュツセウスはここから80年後の人だけれども。
 モーゼはアロンの顔を見た。
 「アロン、今回の事件は後世に書き残さないぞ。未来の知識とやらは、部分的に引用するがね」
 「わかりました。注意深く出エジプト記を書きましょう」
 ミネルヴァ女史が教えた知識は聖書の中に生かされるわけだ。本人が望んだ事ではあるが。
 モーゼはヒッタイト軍団から助けられた礼を言うと、37世紀人と別れた。

 エピローグ。
 (ここでマザーシップのシーンに戻る)
 ユリアがぼそっと呟いた。
 「結局の所、聖書は壮大なフイクションだったわけね」
 「なんで?」とミネルヴァ女史。
 「ビデオで見た十戒のモーゼと、あたしが会ったモーゼは全然似てないわ。 聖書はフアンタジーよ」
 「とは限らない」ミネルヴァ女史は説明を始めた。
 「聖書では、ヘブライ人の氏族である、レビ人のある男が、同じレビ人の女を娶って男の子を産んだが、フアラオは全てのヘブライ人を、男の子が生まれたら一人残らずナイル河に投げ込め、女の子はみな生かしておけ。と命じた」
 「それ映画で見た」
 「最後まで聞いて。三ヶ月の間隠して置いたが、隠しきれなくなって籠を作りナイル河に流した。
 そしてフアラオの王女がそれを拾った。そして姉が実母を連れて来て、養育係として、雇い入れられた」
 ヒッポリュテーが、「御都合主義だな」
 「モーゼの姉はその時点で大きな子だったわけね?」
 「何か変ね?」
 「さて、何が変かわかる?」
 「モーゼの父が、モーゼの母を娶ってすぐにモーゼが生まれたなら、何故そんな大きな姉がいたのよ?」
 「御名答。確かに不自然よ。姉は後でミリアムという名前で再登場するけど、兄のアロンはモーゼが神の啓示を受けてから、唐突に登場するのよ」
 「アロン?会ったわね?」
 「モーゼの家族についての聖書の記述は、矛盾だらけよ。
 元々の記述にはモーゼの家族について、何らかの資料が含まれていた筈よ。 しかし後世に削除されて改竄された。と考えられる」
 「エジプト人とヘブライ人の混血だとは、知られたく無かったのね?」
 「多分ね。ヨセフスの名著、『ユダヤ古代史』では、モーゼの父はヘブライ人の貴族のアムラムで、母の名はヨケベテとなっている」
 「アムラム?アメンホテプ3世に似ているわね?」
 「モーゼを育てた王女の名は聖書には書かれていない。ところが、『ユダヤ古代史』ではテルムーテス。と明記されている」
 「テルムーテイス? アメンホテプ3世の正妻はテイイよ?」 
 ミネルヴァ女史は、「似ているわね?」
 ユリアは、「うーむ?」と考え込む。
 涼子は、「明智光秀が生き延びて天海僧正になった。という説があったっけ」
 ヒッポリュテーは、「何の話?」と聞き直した。
 涼子は、「僕の実の親の仇さ」と答えた。
 (注、高野涼子は信長の御落胤。作者の声)
 「死んだ筈の人間が生き延びて、別の名で再び世に出る。よくある伝説よ。珍しくも何とも無い。 ときには真実も含まれるのよ」とミネルヴァ女史。
 ユリアはビデオのスイッチを切り、長椅子で背伸びをした。
 涼子は、「少なくともモーゼはカナンの地には辿り着けないんだなあ・・」と呟いた。
 ミネルヴァ女史は、「そうよ、フランツ・カフカは、1921年10月19日の日記でこう書いている。
 『モーゼがカナンの地に辿り着けなかったのは、彼の寿命が短すぎたからではなく、それが彼の一生だったからだ』 とね。」
 ユリアは、「他人の運命を知っているのは苦痛ね」
 「まあね。でも私達はユリアの命を救ったわ」
 「あたしは大した人物じゃないのね」
 「それは少し違うわ。あなたは何の痕跡も残さずに、トロイの都で病死した。
だから後世の影響を考えずに救えた。
しかしモーゼは後世の影響のスケールがまるで違う。
 もしも私達がここに来なかったら、ヒッタイト軍団はモーゼを殺していたかも知れない。そうなったら歴史はどうなったかしら?」
 ここで涼子は、「トロイで僕がユリアを救うまでは、ユリアは死人だった。事前のリサーチではユリアは、15歳で死んでいた」と言った。
 ユリアは少し考えてから、
「あたしが死ななかったから、ヒッタイト軍団がここにやって来た。 そしてモーゼがヒッタイトの馬鹿王子に殺されなかったのも、運命の書に書かれていた。 と考えられないかしら?」と言い出した。
 「運命の書?」と涼子。
 「あるいはそうねえ?時間のタペストリーの模様と言っても良いかしら・・・」
 「面白い表現をするね?」
 「後世ではどうか知らないけど、この時代なら王女が自分で機織をするわ。タペストリーの模様を上手に作るのも、腕の見せ所よ」
 「知っているよ」(注、これは本当の話です。作者の声)
 「神か、神に相当する何者かが、タペストリーを作りながら、模様が気に入らないと言って、作りなおしているのかも知れないわ」
 「神なんかいない。と思うけどね」
 「モーゼは映画では最後に、ヨシュアの前から去っていったわね」
 ミネルヴァ女史は、「しかし現実は少し違うわ。
 ヘブライ人によって殺された。と言う説も有るのよ」
 「まさか?」
 「フロイトの説だね」と涼子。
 ユリアは、「だからモーゼの運命を教えなかったのね?」
 ミネルヴァ女史は、「ええ、そうよ」
 涼子は、「イクナートンはアテン教の教義が厳しすぎて、 王位を追われた。そしてイクナートンの後継者のモーゼはやはり、ユダヤの民に殺された。とフロイトは考えた」
 「それが正しいと証明されたわけではないでしょう?」
 「だから、それを確かめる為にここまで来たのだよ」
 ヒッポリュテーは、「時間の中を前進してみたら?ツタンカーメンのときのように?」と言った。
 涼子は、「安易すぎるよ」
 ミネルヴァ女史は、「そうよ。安易な事はしたくない。 ユダヤ人を見守りながら、他の歴史上の出来事を調査し、 答えを出すのよ」
 ユリアは展望台の窓から、地球を見下ろした。
 「あの人達と、あたしたちは因縁がありそうね。クレタ人とユダヤ人はいろいろと関わり合って、歴史に名を残すのね?」
 「そうだよ」と涼子。 
 「モーゼにはまだまだ会いそうな気がするわ。 どんな運命が待っているかは、分からないけど、楽しみね。 それともミネルヴァ様は知っているのかな?」
 「さあ?どうなるのかしらね?個人の運命は予測不可能よ」
 「予測不可能? という事は何が起きてもおかしくないのね? 楽しみだわ」
 ユリアは自分の未来に思いを馳せると共に、クレタ人の同胞の運命を思い、モーゼとヘブライ人の事も考えた。
 そしてミネルヴァ女史は、小休止を提案したのだった。

 第三部終了。パート4に続く。


 
 


 

アトランティスの王女、第三部。

 特に無し。

アトランティスの王女、第三部。

ヒロイックフアンタジーでありながら歴史小説のリアリテイがあります。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-18

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