実らないけど、実りのある秋に
三題話
お題
「投げる」
「すすき」
「池」
「もう昼間でも半袖では寒くなってきたね」
私の問い掛けに、隣に並んで歩いている彼はぼんやりと答える。
「ああ」
近頃は午後六時を過ぎると外はもう日が落ちて暗くなってしまって、ついこの間まで七時になっても明るかったのにと、時の流れを感じる。
夏が過ぎ、秋となって、冬が近付く。
季節が移り変われば周りの環境は変わっていくけど、私たちの関係は変わらないままがいいなと思う。
ダメ元で告白して、だけど断られて、それでも今まで通りでいられるような。
ずっと友達のまま仲良くできれば、私は満足なのだから。
「そーいえばさー、秋の七草ってあるじゃん?」
「う、うん……?」
「春のときはスーパーに七草粥の材料が並ぶのに、秋は見かけないよな」
「えっ、だって秋の七草って食べるものじゃないし……」
「ん?」
きょとんとしてる彼と目が合い、時間が止まる。
長いまつげ、少し色素が薄い瞳、きりっと整った眉。誰よりもかっこいい彼。
こうして見つめているだけで、幸せな気分になれる。
「七草粥にして食べるのは春の七草で、秋の七草は見て楽しむものなんだよ」
「そ、そうなのか。それは知らんかったわ」
恥ずかしそうに遠くを見る彼の横顔が、夕日に照らされて輝いて映った。
少し頬が赤く見えるのは、気のせいだと思う。
風が吹いて、道端にあるススキがゆらゆら揺れている。
「ほらっ、あそこのススキも、秋の七草の一つだよ」
「へえ、よく知ってるな。春の七草ならだいたいわかるけど、秋のは一つもわからん」
肌寒い空気。暗くなってゆく世界。
だけどゆるやかに流れる時間はとても心地良くて。
この瞬間がずっと続けばいいのにと、強く思う。
たぶん彼は、この場が気まずくならないように気を遣ってくれている。いつも以上に普段通りで変わらない態度が、彼の優しさをそのまま現している。
もしかしたら関係が変わってしまうかもしれないと不安だった。
それでも一度は本当の気持ちを伝えたかった。
彼が私のことをそういう対象で見ていないのは知っていたけど、自己満足のために告白してしまった。
申し訳ない気持ちもあるけど、後悔はしていない。
だって、こんなことくらいで態度を変えるような人だったら、好きになるわけがない。
何事もなかったようにはならないけれど、今まで通り仲良くしてくれる、そんな彼が大好きなんだから。
「暗くなってきたし、そろそろ帰るか?」
彼が池に向かって投げた石ころでできた波紋が、大きく広がって次第になくなってゆく。
私も足元の石を拾い上げて池に投げると、彼が作った波紋に取り込まれて一つになった。
波紋が消えるまでの刹那に彼との一体感を、心の繋がりを、感じた。
ここで初めて悲しみが込み上げてきて、遂に私は涙を流してしまった。
絶対泣かないって、そう心に決めていたのに。
「う、ん……ごめんね」
彼が困ったように俯く。せっかく気を遣ってくれてたのに、結局自分で壊してしまう。
「いや、お前は何も悪くないさ」
そう言って頭を撫でてくれる。
それはとてもつらくて、嬉しくて、でもやっぱりつらくて、それでも大好き。
彼は前から事あるごとに頭を撫でてくれて、それはもう無意識の行為みたいになってたのかもしれないけど、私は毎回ドキドキしてた。幸せだった。
今でも撫でてくれることに、嬉しさを感じているのは、私は彼が好きだからだろう。
せめて仲の良い友達で居続けたい。
いつか彼が誰かと幸せになれれば、それで私も幸せだと思える。
「……ありがとう。やっぱり大好き」
「うん。こちらこそありがとう。こんなに想われてるなんて、気が付かなかったよ」
「てっきりわかってるのに知らないフリをしてるのだと思ってた」
「まさか。俺はそこまで器用じゃないさ」
「うん、へへ、そうだね」
そんな彼だから、ずっと好きでいられたのかもしれない。真っ直ぐで、純粋で、優しい人だから。
誰にもない魅力が彼にはある。
もちろん見た目が好みだというのもあるけど。
それだけでは片思いがここまで継続しなかったと思う。
彼と仲良くなった中学二年の校外学習。たまたま同じ班になって、話すようになって、アドレスを交換したのがきっかけ。
好きになったのは一年のときだったけど、ずっと話す機会もないままだった。
自分から話しかける勇気がなかったから。
でもそれから仲良くなってメールもいっぱいして、高校は別だったけどたまに二人で遊んで、大学へ進んでもそれは変わらなくて。
周りの友達はみんな私の気持ちを知っていたのに、本人だけが知らなかったなんて。
もっと早く告白すればよかったのかな。
それでも結果は同じだろうけど。
「それじゃあ、帰ろっか」
「おう。家まで送るよ」
「……ありがと」
ここからだと彼の家は逆方向で、いつもなら断っているかもしれないけど、今日は甘えてしまおう。
大好きな彼と少しでも長く一緒にいたいから。
実らないけど、実りのある秋に