僕と彼の話


「結婚するんだ」
僕は彼に見せるようにして、薬指に指輪が嵌められている左手を彼の眼前に出した。彼は僕のこの言葉に対して何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。しばし僕の方を乾いた目で見詰めたり、見詰めたと思ったら目を背けたり、口をぱくぱくと動かしたりしたが、やがて諦めたようにうつむいてしまった。僕が次に何かを言わなければ、二人の間の沈黙がやむことは無さそうであった。
 僕と彼は恋人同士ではないが、恋人であるかのような仲であった。『のような』である。僕には、前から付き合っている彼女が居たし、彼女をとても愛していた。しかしそれとは別に、僕は彼に対して彼女への愛とはまた違った愛情の念を抱いていたのだ。恐らく、彼も僕の事を愛していたと思う。彼は僕に彼女が居ることを知っていた。それでも関係を続けていた。できることならば、このまま曖昧な関係を続けていたかった。ところがそうも行かないのである。周りが急かすのだ。そろそろ一人の男として身を固めてはどうだと、上司や後輩、家族に問い詰められる。最初は無視をしていたが、ある時、後輩の一人に言われた、
「そのままで居るつもりですか」
という言葉によって、僕はひとつこの問題と向き合ってみようと思いたった。そして、僕は彼女との結婚を選んだ。彼よりも彼女の方が大事だったというわけではない。ただ、世間的にも、彼や僕や彼女のためにも、こういう選択をした方が良かったのだ。
 僕は彼に色々を話した。このままの関係で居れば彼はきっとだめになってしまうということ、僕は彼の事を嫌いになった訳ではないということ。僕も彼も、そろそろけじめを付けるべきだということ。兎にも角にも、彼を傷付けないように言葉を選びながら、優しく子供に言い聞かせるように、僕は彼に別れの話をした。

僕と彼の話

僕と彼の話

男性同士の恋愛の話です。別れ話です。高校生のころのノートに殴り書きしてあった。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-08

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