来世で幸せになる。
「運命の人と出会ったの!」
そう彼女は言った。彼女の言葉はあまりにも耳に馴染まなくて、こいつは何を言っているんだと思ったのが正直な所である。しかしそんな私を置いてけぼりにするかのように、彼女は意気揚々と運命の人についてを語り出す。
彼女曰く、運命の人は同じ職場の男性らしい。彼女より二歳年上で、すらりと背が高く、ガッシリとした男らしい体つき、彫りが深い顔立ちのイケメンで、とても誠実な紳士なのだそう。
「それでね、その人と付き合うことになったから、初ちゃん、別れてほしいの」
最後はそんな言葉で締めくくられて、私はやっと状況を理解する。
嗚呼、別れ話か、これ。
しかしよくよく聞いてみればおかしな話だ。彼女と私は付き合っていて、所謂恋人という関係だった。お互い女性同士ではあるが、問題なく恋人関係を続けてきた。それなのに「他の男性と付き合うことになったから別れてほしい」とはおかしな話だ。私という恋人がいながらほかの人とも関係を進めていたというのは、完璧に浮気ではないか。
「えっと…唯は、その彼と付き合うの?」
事実を確認しようと尋ねると、即座に「うん」と肯定の言葉が返ってくる。
「それでね、初ちゃんとは別れたいんだけど、別れても私達一番の親友よね?これからも私達のこと見守っててほしいの!相談にも乗ってほしいし」
何を言っているんだ、このクレイジーガールは。
キラキラとした目で嬉しそうに私を見詰めてくる彼女とは対照的に、私の目は死んだ魚の目のようになっているに違いない。
私は確かに彼女に恋愛感情を抱いていて今もそれは変わらない。それなのに一方的に別れ話をされ、挙げ句の果てに『親友』を押し付けられたのは二十数年生きてきて初めての経験で、どうすればいいか分からなかった私はとにかく首を縦に振ることしか出来なかった。
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友人である及川かな恵は私と彼女の別れ話を聞くと、即座に「なんだそのクレイジー野郎は」と顔を歪ませた。
「あ~なんだっけ、唯ちゃん?その子絶対ファッションレズだって」
酒を煽りながらかな恵言う。
正直な所私ももしかしたらそうではないかと思う瞬間がなくもなかった。彼女は私の事を恋人というよりも仲の良い友人のように思い接しているような感覚はあったし、キスはするもののそれ以上に進ませてはくれなかった。そういう雰囲気になっても、なんだかんだ理由をつけて逃げられてしまう。元々性欲を抱かないセクシャリティなのかとも疑ったが、これはかな恵に「絶対男とはシてるって」と一刀両断された。
つまり私は彼女の「普通とは違うんですアピール」のために利用されていたということになる。
「んで、初はその唯ちゃんと『親友』を続けていくわけ??」
「あ~……うん、そう、だね」
「なんでそんな女と関係続けていくのよ。初って別れたら一切連絡を絶つタイプだったよね?」
流石に長い付き合いであるかな恵は私の事をよく知っている。確かに私は別れた恋人とは一切の連絡を絶つタイプだ。メールアドレスや電話番号は即削除、彼女の痕跡は全て捨て去るのが私のやり方だった。本来ならば今回も彼女の連絡先を全て削除し、思い出のものも捨て、彼女の痕跡は全て消し去っている所だろう。しかし今回は何故かそれをしなかった。
「なんでまだ関係続けてるのよ」
そうかな恵に尋ねられたら、答えは一つだった。
「……好き、なんだよね」
この恋は今までの中でも一番の恋だったと今になって思う。彼女は私の事を仲の良い友人程度にしか思っていなかったのかもしれないが、私はそんな彼女のことが好きなのだ。一方的に別れを告げられても諦められない程度に好きなのだ。
「馬鹿な女ね」とかな恵は笑う。今になってようやくチクリと心が傷んだ気がした。
来世で幸せになる。