なよ竹のかぐや姫 ~竹取の翁~

竹林


 ……今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきのみやつことなむいひける……
 
 
 
「二年の竹中妃芽菜です。よろしくお願いします。」
 宮二中吹奏楽部に、転校生がやってきた。
 
 一月六日日曜日
 「ヒロくん」
 朝のミーティングの後、そういってきたのは沙也だった。
 宮二中吹奏楽部でサックスを吹いている竹臣紘は、合奏があるから早く楽器を出したいのに。何の用事だ。と毒づきながら振り返る。
 沙也とは小学校も一緒で、結構仲がいい。ちなみに沙也の担当楽器はトロンボーンだ。
 「さっきの転校生、サックスなんでしょう。案内してあげなよ。」
 転校生。
 竹中妃芽菜と名乗るあの女の子は、上野中でサックスを吹いていたといっていた。さらさらと流れる髪。白いつるつるの肌。切れ長細目。厚すぎでも、薄すぎでもない赤い唇。ぺこっと頭を下げるあのしぐさ。
「はいはい。わかってますよ。おまえも早く楽器出せよ。今日合奏だろう。それとも何。転校生の世話焼きしたいの。好きにしろよ。」
「うわぁー。なにそれ。あ、そうだ。」
 沙也はいたずらっ子のようににやにや笑いながら言った。
「上野中から来た子だもん。ヒロくんより絶対うまいね。だからかかわりたくないんだ。」
「俺パーリーなんですけど。」
 上野中は、毎回コンクールで上位入賞を果たしている学校だ。それなのに、なせ、うちの吹奏楽部に?
 この吹奏楽部、一学年十人ちょっとしかいない弱小校だ。
(なんか、あったのかな。)
 女子の集団に囲まれている竹中妃芽菜にそっと目をやる。
(しゃぁねえな。)
「竹中さん」
 竹中妃芽菜と彼女を囲む女子が振り返る。
「妃芽菜ちゃん。こいつ、サックスの竹臣紘。下手だけど、一応パーリー。こいつについていってねー。」
 わきから沙也が出てきて言う。
「いや、お前、一応ってなんだよ。下手って。」
「だってそうじゃん?サックスの二年が一人だから、必然的にヒロくんがパーリーなんでしょう。妃芽菜ちゃんが入ってきたらどうなるかわかんないじゃん。」
 それを見てパーカスの洸が言う。
「相変わらず仲いいね。沙也ちゃんと竹臣君。」
 それを聞いて沙也がぱっと顔をそらす。
「やだ、そんなんじゃ……。」
 女子の集団がそれを見て一斉に笑う。
「竹中さん、こっち」
 そう言ってその場を竹中妃芽菜と離れると、後ろで洸が「沙也ちゃん浮気されちゃった」という声と女子の大笑いが聞こえた。


一月の半ば月曜日
「ひめ~。」
 靴箱の前。沙也が妃芽菜を呼んでいる。いつの間にか、「妃芽菜ちゃん」が「ひめ~」に代わっている。あだ名らしい。
「ひめ。一緒にかえろー。」
 沙耶と妃芽菜は家が近いらしい。最近一緒に帰っている姿をよく見かける。

 予想通り、妃芽菜の腕はすごかった。
 上野中から来たのだ。当たり前だ。
 リズムやピッチはもちろん、強弱のつけ方、音の響きなど、細かいところまで、すべてが正確で素晴らしいものだった。どうやら妃芽菜は三月に行われるコンクールに出れるそうだ。まぁ、人数が少ないから当然かもしれないが。
「こんにちは~」
 先輩でも来ているのだろうか。沙也たちが誰かに挨拶をしている。
「おい、紘。」
 後ろを振り返る。
「善也先輩。お久しぶりです。」
「どうだ。曲の調子は。合奏は。小薬先生キレてたか?」
 前野善也先輩はサックスパートの三年生の先輩だ。さばさばしていて、後輩からの人気が高い。面倒見がよくて、もうそろそろ受験だろうに、毎日のように部活に顔を出し、指導をしていってる。紘と違い、成績のほうもとてもよろしいのだそうだ。家が近くて、何回か一緒に帰ったこともあった。
「まぁまぁですよ。小薬先生も機嫌は悪くありませんでした。」
 小薬先生は三年生の数学の教師であり、この吹奏楽部の顧問の先生である。機嫌が良かったり悪かったり。宮二中吹奏楽部生は、先生の顔色を見て行動する技術が必要だ。
「そうか。今度のコンサートも見に行きたいんだが。ちょうど受験の一週間前なんだよな。わりぃ。たぶん行けない。」
「いえ、そんな。受験、頑張ってください。」
 そういって、善也先輩と別れて、今日、一緒に帰る約束をしていた作のもとに走る。同じクラスで吹奏楽部の石野作はホルンを吹いている。
「つくる。」
ぼんやりと立っていた作はこっちを見た。そしてそのぼんやりした顔のまま言う。
「ああ、ひろ」
「わるい。遅れた。いこう。」
単語をつなげてそういう。
「ああ、うん。」
 そういいながら、歩き始める。校舎を出ると夕焼けで、あたり一面がピンク色に染まっている。まぶしさに、目を細めながら作が言う。
「竹中さんてさ」
「妃芽菜さんが?」
意外だった。こいつ、あんまり自分から話題を振らないのだ。しかも、その話題が妃芽菜だ。
「今度のコンクール出るの。」
「コンクール?あの、三月にあるやつ?」
 校門のわきで交通整理をしているボランティアの人にさようならと言ってから作はいった。
「そう。出るの?」
「たぶん。」
そう答えると、作はうなずきながら言った。
「そうなんだ。」
その顔がやけに真面目っぽいので、紘はふいっと顔をそらしていった。
「なに。お前まで、俺が下手だって言いたいの。俺がファーストおろされて、パーリー辞めさせられるって?」
「いや。そんなんじゃ。」
作はそこで、ようやく笑った。でもその笑い方がやけに真面目なので、紘はわざと真面目な顔をして、
「なに、おまえ、妃芽菜さんのこと、気になるの?」
といった。
「うーん、よくわかんない。」
作はやけにまじめに返してくる。今日は真面目だらけだ。紘は驚いて、
「えー。真面目なほうすか。え、え、え、好きなの。えーまさかの。」
といった。作はさっきと同じ言葉を繰り返す。
「わかんない。ただ、かわいいなって。なんか、この、なんつうの。この中学っつうか、部活っていうかに、いるカンジの人じゃないよね。別世界の人って感じ。なんかそういうのが、気になる。ぼく、よくわかんない。」
 作の一人称は「ぼく」だ。色も白いし、背も低め。そういうところが「かわいい」とうけたりする。気も弱いし、おとなしい。そんな作が妃芽菜の話題を振ってきた。しかも気になると言っている。これはどういうことだろう。
 「まぁ、いいや。また明日。」
 いつの間にか、いつもの別れる交差点に来ていた。うん、じゃぁ、と言って作と別れる。
 一人になってから、紘はさっき作の言っていた言葉を思い返していた。
 作の言いたいことがわからないでもない。
 竹中妃芽菜はこの宮二中の吹奏楽部にいる人間じゃないのだ。
 あの洗練された、上野中の音楽の中にいるはずの人間なのだ。
 雑音だらけのここに混じっていてはいけないのに。上野中で、素晴らしい演奏を披露していたはずなのに。
 音楽だけでない。その妃芽菜が醸し出す雰囲気はこの宮二中とは合っていない。
 妃芽菜は異世界から来たといってもおかしくない。
 異世界――まるで、月から来たような——。
 紘は思い出す。
 さらさらと流れる髪。白いつるつるの肌。切れ長細目。厚すぎでも、薄すぎでもない赤い唇――
 
 「ひーろー。」
 後ろから、急に肩をたたかれた。
 「春香。」
 二宮春香は紘と同じ小学校出身の吹奏楽部のやつだ。ユーホ(チューバのちっちゃいやつ)を吹いている彼女は、われら宮二中吹奏楽部をそのさばさばとした性格で引っ張る副部長だ。
 「春香、今帰り?」
 「うん、帰り。紘も?」
 「俺も、そう。」
 最近は少ないが、小学校の頃はよく一緒に帰っていたものだ。なんだか、懐かしくなる。
 「そういえば、今日、前野先輩来てたよね?」
 「うん、来てた。すごいよな、もうそろそろ受験なのに。」
 「日頃の勉強がすごいんだろなー。紘も見習えば?」
 「うっせーな。お前はどうなんだよ。」
 「へーん。私、期末五教科七番だもんね。」
 宮二中の二学年の人数は百五十人。紘がだいたい二桁と三桁の間をさまよっている間、春香はちゃっかり一桁をとっている。
 「それ前も聞いたし。俺だってちゃんと勉強してますよ、してますってば。」
 「ふうん。あやしい。」
 「げ、そこ信じろよ。」
 「全然信用できなーい。」
 「うわー。なんかあっさりひどいこと言ってません?」
 「うーん。言ってない言ってない。」
 「あはは。」
 二人で何となく笑っていたら、春香の家の近くまで来た。小学校のころから一緒に帰っていたからよく知っているのだ。
 「じゃあね、また。」
 また、あした。
 そういって別れる。
 
 なんてことない日常の一コマ。
 だけど、紘は後から知ることになる。
 もう、あの人の中で、『計画』は始まっていたことに。

貴公子

 
 春香と一緒に帰ったちょうど一週間後の月曜日。
 その日は作の都合が悪いらしく、一緒には帰れないといわれていた。それで一人で帰ったのだが、うちにつくと、沙也からLINEで連絡が来ていた。普段はろくにLINEで連絡をしていないのに。
 
 石野作のことで、相談が――。
 
 
 『石野作に、嫌いだと言ってほしい。』
 沙也からそんなことを返信された紘はすぐさま返事をする。
 『?』
 
 沙也の返信。
 
 『妃芽菜ちゃんが、
 嫌いだと言っていたといってほしい。』
 
 妃芽菜?妃芽菜が、作に?
 紘の返事。
 
 『これって……』
 
 沙也の返信。
 『妃芽菜ちゃんなりの配慮。』
 『直接言われるよりはましだろうって。』
 
 紘の中で、何かが緩やかにつながる。
 今日の放課後、用事があって、一緒に帰れないと言っていた作。
 竹中妃芽菜が気になる、と言っていた作。
 妃芽菜が、作を嫌いだと言っている。
 それを紘から伝えろと――。
 ははん。
 
 『もしかして、今日の放課後、作は、妃芽菜さんを呼び出したりしていたりしていなかったのかなぁ??』
 『・・・・・・・』
 『もしかして、そこで、何か、作が、妃芽菜さんに、言っていたりとか、していなかったかなぁぁ??』
 
 『わかってるなら、黙れ、このクソ』
 『はいはい』
 
 石野作、竹中妃芽菜に突っ込んで、当たって砕けて、見事に玉砕。
 お疲れさまでした。石野君。
 紘はにやにやと一人笑った。
 
 その次の日。火曜日。
 その日の紘の気分は最悪だった。
 朝、登校途中に、倉田圭らを見つけてしまった。
 倉田圭。
 サッカー部二年。ちゃらちゃらした雰囲気。彼に泣いた女子生徒は数多いという。
 昔――昔、小学生のころ、まだ小さかった紘の妹をからかい半分にいじめ、泣かせた奴だ。いまは大丈夫らしいが、その当時は廊下で姿を見るたびに、泣いていたらしい。紘の彼への印象は相当悪い。
 でもそれだけではない。
 そのあと――当時同じクラスだった紘に向ってこう言ったのだ。
 お前、いっつもいっつも妹べったりだよな。妹もお兄ちゃん、お兄ちゃんってべったりだし。もしかして、お前シスコン?はは、シスコン紘。はは、うける。シスコン紘、シスコン紘。
 
 それで、紘の朝の気分は相当悪かった。
 ぶすっとした顔のまま教室の席に着くと、後ろの席の阿部隼人が肩をたたいてきた。
 「ひろぉ。お願いなんだけどぉ、あのですねぇ、今日提出の数学のプリントをですねぇ、見せていただけませんかぁ?」
 「はいはい」
 プリントを差し出す。
 「ありがとうごさいまぁすぅ。」
 隼人が宿題を見せてくれと頼むのは今日に限ったことではない。普段なら、いえいえぇ、とこちらも調子を合わせるのだが、今日はそうする気分になれなかった。
 案の定
 「あれ、今日、紘調子悪い?」
 と聞かれてしまった。
 大したことないよ、と答える。
 「ふうん」
 隼人はそう頷いてから話を続けた。
 「ねぇ、そういえばさぁ、吹奏楽部に、超美人の転校生が来たってホント?」
 「超美人?竹中妃芽菜さんのこと?」
 「そうそれ。」
 隼人は言った。
 「ねぇねぇ。どんな感じの子なの?顔だけじゃなくてさ、性格とかも。やっぱかわいい子って性格悪いかなぁ。」
 「どうだろう。あんま、よくわかんない。」
 「そっか。」
 隼人が頷くと、そこにドアをガラッと開けて担任の田辺が入ってきた。
 「あっ、ヤベ」
 隼人はそこで数学のプリントを全然進めていないことに気が付き、シャーペンを握りなおして、プリントに目を落とす。紘はそれを見て席に座りなおした。
 隼人はうっとうしい時もあるが、気がよくて、一緒にいて自然と明るくなってしまうやつだ。今も紘はさっきまでも重い気分がいつの間にか晴れていることに気が付いた。
 それとあともう一つ。
 竹中妃芽菜のことを、隼人も気にしていた。妃芽菜はかなりのうわさになっているらしい。
 あっさり玉砕した作のことを思って忍び笑いし、その事実を作にどう伝えるか悩んだ。それから作のことを思い出してもう一度忍び笑いした。
 倉田圭のことはすっかり忘れていた。
 
 
 「妃芽菜さん」
 部活の時間。
 「これ、今度の楽譜。コピーしてきた。」
 パート室として使わせてもらっている一年三組の教室で、紘は妃芽菜に家でコピーを取った次のコンクールの楽譜を手渡した。
 「ああ、はい。ありがとうごさ、じゃない、ありがとう。」
 敬語はやめて、といったばかりだった。妃芽菜はそう言ってからこっちを向いてニコッと笑う。もてるんだろな、と紘は思う。やっぱ、美人だ。隼人が危惧するように性格が悪いわけでもない。実際、作はもう妃芽菜の虜だ。
 ああ、そうだ、作。そういえば、今日会っていない。早く、言わないと。紘はそれを思い出す。全然見ないから休みかもしれない。最近インフルが流行っているのだ。クラリネットパートの田代彩音は、作と同じクラスだったはず。それと、部長の大伴行人と副部長の春香は欠席者を把握しているはずだ。
 後で聞いてみよう——。紘はそう思った。
 
 その日の放課後、副部長の春香に作るの出席状況を確認すると、今日は作はインフルエンザにかかり、しばらく休むことになったらしい。言えなかった、と、沙也に報告した。沙也はそれなら仕方ない、と頷いた。
 
 そのあとだ。
 その日紘は、クラスの花壇の水やり当番なので、学校裏の畑にじょうろを手に歩いていた。
 その時――その時、体育館裏の木の陰に人影がふらっと見えたような気がして紘はそこに立ち止まった。目を擦る。
 そこにいたのは二人の男女だった。片方は妃芽菜だ。もう片方は紘に背を向けているため、顔は見えない。学生服を着ているところからかろうじて男子だということがわかるだけだ。そしてふっと妃芽菜は相手から顔をそらすと、体育館わきに向かって歩いて行った。それを見ているうちに、男子のほうはこちらに向かって歩いてきた。はっとした時にはそいつと目が合ってしまった。倉田圭だった。
 「ん。紘?」
 「紘ですが、何か。」
 暗い声で紘は答える。こいつは、やっぱり苦手だと改めて思う。
 「何やってんの。」
 「水やりの途中です。」
 「もしかして、見てた?」
 「それがどうかしましたか。」
 そういえば妃芽菜と倉田圭は同じクラスだ。
 「ああ、やっぱり。」
 口止めするかと思いきや、
 「んじゃね。」
 と言って去っていった。
 倉田圭。恐るべし。今のことも、彼にしてみればたいしたことはないのだろう。絶対あいつは女子慣れしている。
 
 それにしても、竹中妃芽菜はもてている。
 作に、倉田圭。他にも紘の知らないところで何回も呼び出されているのだろう。竹中妃芽菜が一番恐ろしいのかもしれない。
 
 
 二月のはじめ。日曜日。
 その日は、善也先輩の言っていた、冬のコンサートの日だっだ。冬コンと略されていたが、本名は「宮ウインターコンサート」だ。宮公民館を貸し切って行われる。後ろには宮1,2,3中学校の美術部が共同で作った垂れ幕が飾られ、それぞれ宮1,2,3の中学校の文化部が、それぞれ発表の準備をしている。午前中はリハーサルで、午後から客が来る予定だった。
 文化部といっても、吹奏楽部が二つ、合唱部が二つ、それに演劇部が一つしかない。それに保護者会の合唱団も参加しするが、それでも全部で六団体しか出ない。午後一時開演で、それから各団体が三十分ずつ発表し、午後四時過ぎにはお開きという流れだ。去年と同じような流れらしかったので、紘たち二年生は、てきぱきと作業を進めていた。
 このコンサートにも妃芽菜は出る予定だった。人数が多いほうが見栄えがいい、と小薬先生が言っていた。間に合わなかったら吹き真似でもいいから、というのは上野中から来た妃芽菜に対していささか失礼な気もするが、妃芽菜を出すことには紘も賛成だった。逆に紘が出て妃芽菜が出ないというのはとても恐れ多く感じてしまうのだった。
 その日から作はインフル復帰だったのだが、紘は忙しくて、妃芽菜のことは言い出せないでいた。
 「紘先輩」
 振り返ると、同じサックスパートの一年、磯上陸が立っていた。
 「これ、運んだほうがいいですか。」
 「なになに」
 陸は人懐っこくて、気配りのできる、それでいて面白いやつだ。紘はこいつを気に入っている。演奏の腕前も、妃芽菜のように飛び抜けているわけではないが、一年の中ではかなりいいほうだと思っている。
 「それはそこに持ってって。そこにだれか係でついてると思うから。」
 紘がそういうと、陸ははい、と返事をして荷物を抱えて走っていった。
 紘自身も準備の途中だ。神経を目の前の課題をこなすことに集中させる。
 もうそろそろ、コンサートが始まる。
 ただ今、十一時半を少し回ったところ。
 
 時間は飛んで、二時半少し前。
 もうそろそろ、宮二中吹奏楽部の出番だ。紘たちは楽器をもってステージ脇で待機していた。一個前の、宮三中合唱部の演奏が終わり、あたり一帯は拍手に包まれる。
 「いくよ」
 アナウンスを入れるため先頭に立っている部長の大伴がみんなに声をかける。大伴は自分のラッパを後輩で春香の妹の二宮桃香に持たせている。ステージのわきの壁がぱっくりと開き、そこに滑り込む大伴に楽器を持った皆がぞろぞろと続く。
 大伴のアナウンスが終わると、がらでもなくスーツを着た小薬が指揮棒を振り上げる。
 カンタベリーコラール。
 普段、このようなコンサートではやらない、とても落ち着いた曲だ。
 臨時記号がごちゃごちゃとつくこの曲はド、ミ、ソの和音を中心としてゆっくりと進む。その和音に乗せて、それぞれの楽器が数小節ずつメロディーを回す。妃芽菜はサックス2で、どちらかというと伴奏役なのだが、中心の音を吹いている紘よりも音が大きくならないように細かいところまで気を使っているのが脇でわかる。それにつられて、最近自分の音がよく響くようになった気がする。そして、のびのび吹かせられない環境を作っているこの宮二中吹奏楽部として恥ずかしくなる。
 それから定番曲のポップスを何曲か演奏した。
 ライジングサン、ハピネス。明るく、力強く。前に出て小薬先生が踊りだしたときには皆、笑いをこらえるのに必死になっていた。
 それからもう何代も前から毎年演奏しているという学園天国。
 最後に宮三中の吹奏楽部と合同で、翼をください。
 これは合唱部が歌を歌うので、ステージはいっぱいになった。七十人近くステージに出たのではないか。
 
 今回のコンサートはここ最近では一番の出来ではないか、と今日の演奏を振り返って紘は思った。妃芽菜が来てからなぜか自分の演奏も、だんだん良くなってきている気がする。いい影響を受けているのだろうか。ほかのみんなも特に目立った失敗はしていないし、まぁまぁの出来だと思うのだ。このコンサートは成功だ、と紘は思う。
 
 
 閉会式に臨みながら紘は思った。
 
 妃芽菜はなぜ、ここに来たのだろう。上野中ではもっとのびのびと音を出していたのだろうか。思いっきり音を出していたのだろうか。だとしたらなぜここに来たのだろう。
 いや、なぜここに来たか、ではないのだ。一番の疑問は。
 
 竹中妃芽菜はなぜ上野中を出てきたのだろうか。

事件

 二月。ウインターコンサートの次の日。月曜日。
 学ラン姿の武臣紘は、先程から、自分の金茶色のサブバックの中をガサゴソと探していた。
 紘が探しているのは、ネームプレートいう小さな2×4㎝ほどの小さなプラスチックの板だ。その板には「宮第二中学校」という文字と「学年カラー」と呼ばれる色で自分の名前が書かれている。「学年カラー」というのは、入学時に学校で学年ごとに指定された色で、紘たち二年生は水色になっている。このようなネームプレートのほかにも、学校指定の靴や、学校保管の教科書まで、これで仕分けされる。例えば「水色学年3組」と書かれた教科書があれば、今は二年生の3組の教科書だろうし、来年は三年生の3組の教科書ということになる。何かと便利、らしい。その学年カラーの色の線が入っているネームプレートには、後ろに小さな安全ピンがつけており、制服の胸ポケットのところにつけるように校則で義務付けられている。それは忘れると校則違反で毎日放送でクラスと名前を放送される。
 春と秋。
 衣替えの季節にはかなりの人間が付け替えるのを忘れ、放送で名前が呼ばれるが、この2月という季節にはほとんど忘れる人はおらず、その中で名前が呼ばれるのを紘は避けたかった。
 昨日、家で着替えるとき、糸くずを安全ピンに引っ掛けてしまい、外したのだが、めんどくさがってそれをつけずにサブバックの中に放り込んでいた。そうしたら、朝、学校に行ってかばんを下すか下ろさないかというときに学校風検査委員に指摘され、慌てて探しているのだった。
「おい、ひろ。名前が放送で呼ばれるようなことにはなるなよ。」
 それを目ざとく見つけた担任の田辺がそう言った。
 田辺は四十過ぎの数学教師だ。いつも大きな黒板板書用の黄色の三角定規を持ち歩いており、授業の時にはそれを黒板の上で器用に使って図形を描いていく。その図形はある意味芸術的だと、二年三組の美術教師、那須颯が言っていたと沙也が言っていた。沙也は二年三組——那須のクラスだ。
「あったぁ!」
 紘は小さなプラスチックの板を手に、小さな歓声を上げた。鞄の底にある板をめくったその下にその小さな板は落ちていた。紘は校風検査委員から確認をもらい席に着いた。
 
 後ろの席の隼人はなぜかやけに今日はおとなしい。それでいてそわそわしている。この前のお返しだ――と、紘は声をかける。
「隼人くーん。もしもし、大丈夫ですかー。なんかあなた、挙動不審ですよー。町中歩いていたら職務質問されちゃいますよー。」
 すると隼人は顔を上げた。
「職務質問かー。」
 隼人は考え込むしぐさをして、
「一回されてみたい。」
 と言った。
「お前馬鹿か。」
 紘はそう一通り突っ込んで、
「どうしたんだよー。やけにおとなしいじゃん。もしかしてお前、風邪?それともインフル?やめろ、うつすな。」
 と言った。隼人は
「ひいてない。ひいてない。」
 と首を振り振り言った。
「いや、ちょっと、考え事しててさ。」
 隼人が、考え事?
 そういうと隼人はいかにも心外というその言い方はないだろう、といった後でこう言った。
「いや、ね。あの、前話したじゃん。すいぶの。美人の。竹中さん。」
 ああ、妃芽菜さん。
 そううなずこうとしたところで何かが引っ掛かってそれをやめる。
 竹中妃芽菜。「あの、美人の。」隼人の言葉。あの隼人が考え事。
「竹中さんがさ、橋本の髪の毛とってきてって言ってたんだけどさ。どう考えたって無理だよな。先生ってだけでもムズイけど、橋本だぜ。そもそもあるのか?」
 橋本は教頭をしている禿げた定年間近の男性教師だ。その頭は見事に毛が一本もない。
「でさ――」
 隼人の言葉に、ああ、とか、うん、とか言いつつ、頭の中で、全く別なことを考える。
 妃芽菜。妃芽菜が気になる作と隼人。橋本の髪の毛?それは――。

「さや。」
 紘のその声に沙也が振り返る。
「沙也。今日、帰り、ちょっといいか?」
 わきにいた洸と春香がわっと歓声を上げる。
「わー。これはまさかの『放課後の呼び出し』ですかー!」
「沙也ちゃん。がんばれ。ファイト!」
 ちがうっつうの。俺が、今日、沙也を呼び出すのは、竹中妃芽菜のことなんだ。
 沙也が顔をしかめて反論する。
「んなわけないでしょ。この、変態女ども。」
 でも洸と春香はキャーキャー騒ぎ続ける。
「そういいながら沙也さん、あなたの顔少し赤くありません?」
「わー、セーシュン。セーシュンです!沙也さん」
 その声を背に紘はそこを離れる。


「沙也。あれは、沙也の入れ知恵か。」
 夕日が、合奏が終わって皆の帰った音楽室を照らしている。二月に入って、だいぶ日が伸びている。それを実感する。音楽室はもう今はあまり使われない北校舎の一階にある。遠くのほうから運動部の掛け声が聞こえてくるだけで、辺りはとても静かだった。
「あれって……」
 そうつぶやく沙也に紘は声を強める。
「たけなかひめな」
「妃芽菜さんに何がおきた?作と隼人の違いは何だ?」
 その言葉に合点がいった様子の沙也はじっと考え込んだ後、こう答えた。
「イソカミ君」
 沙也はもう一度繰り返す。
「ひめ、イソカミ君のことを気にしているの」
『イソカミ君』が紘の後輩の『磯上陸』だと気づくのに数秒を要した。
「イソカミ?陸か?」
「そう。」
 沙也はつぶやくように言った後、こう付け加える。
「絶対誰にも言わないで。」
「妃芽菜が陸のことが好きだから、なんだ?こんなことを言って、何を。なんで、こんなことを?」
 沙也はどういえばいいかという顔をして少し黙ったが、こう口を開いた。
「ヒロくんはさぁ、ひめが上野中を出てきたのはどうしてかって考えたことある?」
 紘が、「は?」という顔をすると沙也は続けた。
「ひめ、いじめられていたんだよ。」
 その時だった。
 
 悲鳴が聞こえた。
 
 思わず、沙也と顔を見合わせる。それは、北校舎と南校舎を渡す廊下のうちの一つ、東口のほうから聞こえてきた。東口――普段よく使われるのは西口だ。
 悲鳴がやむ。
 そして悲鳴と同じ女の子の声で、叫び声が聞こえてきた。
 
『誰か
 誰か、救急車を。』
 
 その声を聞いて沙也の目が真ん丸に見開かれた。
 
 その声は
 竹中妃芽菜の声だった。


 その二日後。水曜日。
 早朝。まだ、七時を少し過ぎたか過ぎていないかというところ。
 紘は器具室の前で鍵と格闘していた。
 昨日は部活が中止になっていたので、紘は早く楽器が吹きたかった。気のせいであると思うけど、こうしている間に、どんどん自分がまずい状態に陥る気がして放課後を待っていられないのだ。
 吹奏楽部では、土日休日の休みは皆無だ。
 それはただ単に厳しいのではなく、楽器を扱うという特性ゆえの事情がある。
 楽器は一日触れないだけで、三日間分の練習が無駄になるといわれている。口の形や息の吹き込み方――それが崩れてしまうらしい。
 吹奏楽部生はそれを避けるため、毎日部活に出ることを強制させられる。ほかの文化部が、「塾に行く」「旅行に行く」と言っては部活を休むと聞いた時には驚いたものだ。吹奏楽部では塾なんて部活の時間に合わせて決めるし、旅行なんてもってのほかだ。それが許されるのは受験生の三年生のみ。それも夏休みが終わらないと許されない。善也先輩は全然平気らしいが、ほかの先輩が「この夏ですべてが決まる!」と書かれた塾のチラシを恨めしげな眼で見ていたことを思い出す。
 たとえ何かの都合で部活が休みの日にも、吹奏楽部は全員楽器を持ち帰りうちで練習することを強制させられる。大型楽器のチューバのやつも自分で歩いて持ち帰っている。紘は自分が木管楽器でいたことにそのつど安堵の息を吐き出すのだった。
 しかし昨日は急にすべての部活を中止、そして一斉下校にしたため、楽器を持ち帰る暇がなかった。
 昨日一日楽器に手を触れていないことが怖い。それも事実であった。

 それで紘は朝早くから器具室の前で一人、鍵と格闘していた。
 器具室は吹奏楽部の部室として使われている。その中に多くの壊れかけた楽器が所狭しと並べられている。昔は結構たくさんの部員がいたのだ。たぶん。
 器具室の鍵は薄っぺらい金属の板だ。使いこなすのが難しく、壊してしまう人間が多くいる。紘も一年生のころ鍵を壊して先輩に叱られ、それ以来、ここの鍵に触れることを遠慮していた。
 その時だった。
「ヒロくん」
 声をかけられた。後ろを振り返る。沙也がいた。
「珍しいね。ヒロくんが朝練か。」
 紘は朝練なんかしない主義だ。よくいるのが、放課後の部活の時、練習中にずっとしゃべっているくせに、朝練、昼練に熱心に顔を出すやつが大嫌いなのだ。(←顔を出すだけで、たいして練習していないけど。)行動が矛盾しているよな、どうせ朝練や昼練は単なる「イベント」なんだろう、そう思っている。
 そうかな、と答えてから、沙也に聞く。
「おとといの話の続きを聞きたい。妃芽菜さんが上野中を出てきたのって。」
 沙也はああ、という顔をしてから言った。
「ひめが――ひめが上野中でいじめられたって話?」
「そう」
 紘が頷くと沙也は続けた。
「ひめ、一年生の時に三年生の先輩と付き合っていたらしいんだけど、それが原因で先輩に目をつけられちゃったんだって。それで不登校になっちゃったらしいんだけど、ひめは先輩が引退しても学校に行けなかった。それでここに来た。」
 沙也はそこまで言ってから一回紘に向かっていった。
「まだ鍵あかないの?」
「ごめん、あとちょっと」
 そういうと沙也は話を続ける。
「だから、イソカミ君にはそういう風になってほしくないっていうひめなりの考え。お願い事をして、それを一番最初にかなえてくれた人と付き合います。だって。」
「全員橋本の髪の毛をとってくるのか。」
 もうこれはお笑いの話の域だ。
「ううん。一人一人違うんだよ。」
「それは沙也の入れ知恵?」
 紘はおとといの最初の質問を繰り返す。
「うん。」
 ケラケラと笑う沙也。
「悪趣味」
 ぼそっと紘がそうつぶやいたのを聞いた沙也は途端に不機嫌になり、
「なによ、ツウかまだ鍵開かないわけー?」
 そう言って紘の手から鍵をひったくり、ガチャガチャと鍵穴の中に差し込む。かちゃり、という音を立てて鍵穴から金属の板を抜くとそれを紘の手に乗せ、戸をガラガラと開けた。中に入る沙也に続いて紘も中に入る。その時、朝焼けが夕焼けに見えてふっと一昨日のことを思い出す。
 妃芽菜の悲鳴を聞いた沙也の行動は早かった。驚いたのは一瞬のことで、すぐさま教室を飛び出して、東口に向かって走っていった。東口の戸を開け、まず目に入ったのは妃芽菜だ。反対側の南校舎の戸を開けた状態で妃芽菜は震えていた。
『ひめ』
 沙也がそう叫ぶと妃芽菜は紘たちの少し右側のほうを指さしながら言った。
『イシノ、くん』
『イシノツクルくんが』
 その声を聞いて妃芽菜の指をさしたほうを見た沙也はヒッと息を飲んだ。後ろから紘ものぞき込む。ちょうど、開けた戸が邪魔になって反対側からでないとみにくい位置だった。

 まず目についたのは血だまりだ。地面が朱い。

 その血だまりの中央。
 そこに石野作が倒れていた。

『作』
 出てきた声は声と呼べないつぶやきだった。

『救急車』
 沙也が言う。
『先生に言ってくる。紘君。ひめと、』
 さやはそこで一回押し黙ってからいう。
『ひめと石野君を、よろしく』
 そして南校舎に向かって走る。
 さっきの悲鳴を聞いた人たちが集まってきているのだろうか。ざわざわとした声が聞こえる。
 紘は立ちくすんだ。どうしようもなしに空を仰ぐ。
 沈む太陽。夕日がまぶしくて、紘は反対側に顔を背けた。
 反対側。
 濁った水色の空に、
 白い月が何かを見守るようにただそこにいた。


 紘はその時感じた得体のしれない恐怖を思い出してふぅと息をつく。作は三階の渡り廊下の橋から落ちたらしく、頭を強く打っていた。一命はとりとめたものの、まだ意識は戻っていない。柵は低く、誤って落ちた可能性が高いらしい。さやが救急車とともに呼んだ警察がそう判断した。

 急に沙也が言った。
「なにこれ」
「どーしたの」
 紘は極めて冷静に振り返る。
 沙也が手にしていたのは一枚のボードだった。
 掲示板。
 合奏の予定時刻。楽器運搬の係りの打ち合わせ。合奏中に来た引退した先輩からの連絡事項。その他諸々。
 様々な連絡に使われる、昔からあるという掲示板という名の白いボード。
 そこに、赤いペンでこう書かれていた。


 ひめを汚す愚か者に天罰を与える。

 一人目



 石野作。

天罰

 石野作の意識はまだ戻っていない。
 警察は事故の可能性が高いと判断した。
 その矢先に――

 ひめを汚す愚か者に天罰を与える。

「これ、どーゆーこと。」
 沙也が言う。
「石野作って書いてある。天罰って。まさか、」
 沙也が紘を見上げて言う。
「石野君に、天罰が下されたの?あれは、天罰なの?」
 紘の頭の中はその一言で真っ白になる。事故と思われる、作のけが。その真相は。
「知るか、そんなこと。」
 沙也がヒスをおこす手前のような声で言う。
「ねぇ、これ、一人目って書いてある。なにこれ。二人目が出るの。何なの。」
「さや。」
 うんざりした目で見ながらそう言うと、沙也ははっと我を思い出したような顔をしてから言った。
「ごめん。騒ぎすぎた。」
「でも」
 紘は言う。
「一人目って書いてあるからには二人目もいるんだろうな。――三人目も、四人目も。」


 紘の予想はすぐに当たった。
 翌日。木曜日。
 倉田圭が怪我をした。
 指を切っただけらしいが、血はかなり出たらしく、みんなはパニックになっていた。
 昼休み終わりごろ。倉田圭のクラスでのことだった。

「ヒロくん」
「さや。」
 その日の帰り道。
「出たね、二人目。」
 沙也が言う。
「ですね。」
「ひどかったらしいよ。春香が、二組で。聞いたんだけど。」
 倉田圭のクラスは二組。
「教科書を取り出そうとしたら、そこにカッターナイフが仕込んであったらしくて。人差し指の先を切っちゃったって。血がひどかったらしいよ。教科書が真っ赤になって。保健室に行った後も、机の上は真っ赤。通った後には血がぽたぽた垂れていたとか。」
「ふうん。」
「春香、真っ青だった。相当なものだったんだろうね。」
 沙也の口調はいたって平気。
 昨日は二人目が出るのかもしれないとおびえていたが、今は普段と特に変わらない。
 それを指摘すると、
「だって、倉田圭だよ。脅迫状?昨日のあれじゃないけど、ひめにたかる虫だよ。もともと、うるさかったし、いい気味って感じ。けがも大したことないんでしょ。」
 という返事が返ってきた。
「まぁ、確かに。」
 おおむね、自業自得という考えが多数らしい。作の時と違って、案じる人は少ない。
「そういえば、もうひめと陸は付き合ってるのか?」
「ううん。まだだと思う。昨日あんなことあったし。磯上君は北校舎のケヤキの木にテルテル坊主を結び付けたら付き合いますっていう話なんだよね。でも北校舎出入りできなくなっちゃったから、まだ無理だと思う。」
「ふうん」
 そう頷きながら地面から顔を上げる。
 ちょうど真上に半月になった月がぽっかりと浮かんでいた。
 一人目――二人目——。
 三人目は、誰だろうか。
 月に向かって、そうつぶやくが、月は何も答えない。

 その週の日曜日。午後四時過ぎ。
 北校舎の音楽室は、合奏終わりの吹奏楽部生達がおしゃべりをする声が聞こえる。おしゃべりができるということは、その日の合奏がうまくいったということ。先生に思いっきり叱られたときは、お葬式のように皆無口になり、あたりはとてもしんとする。カタカタと楽器を片付ける音だけが響くその空間は、普段の様子を知っている部外者が見たらとても異様なものだと言う。無理もない。あのピリピリとした雰囲気は経験者でないとわからない。入ったばかりの一年生が、おろおろとあたりを見回していたことを思い出す。
 紘はその中、一人、楽器を片付けずにいた。それに気が付いた春香がざわざわとした中で言う。
「ねぇひ…もし……するの……?」
「何?き・こ・え・な・い」
 周りがうるさくて、よく聞こえない。紘は普段より大きな声で春香に言う。
「もしかして、夕練、するのぉ?」
 今度は春香も紘に負けず劣らずの声を出す。
 夕練というのは部活の終わった後、音楽室に残って練習することである。普段の練習のようにパート室でなく、音楽室のみというのが皆は面倒くさいと思っているようで、朝練や昼練に比べて、やっている人数は少なかった。
「うん。」
「まじか~」
 その反応に違和感を感じて後ろの春香の席を見ると、わきに春香のユーホが片付けられずに置いてあった。
「春香もぉ?」
「そうだよー」
「ふうん。」
 聞こえるように、ふぅん、ではなく、ふ・う・ん、と発音する。
「ちょうどよかったから、Ⓓのところ合わせない?」
 今日先生に指摘されたところだった。
「うん、わかった。」
 そう返事をすると、春香はくるりと後ろを向いて楽器を抱えて音楽室を出て行った。

 ミーティングを終え、皆が帰った後、リードを濡らしていると後ろの戸がガラガラと音を立てて空いた。
「はるか」
 振り返ると楽器を持った春香が立っていた。
「あわせよっか。」
「そうだね」
 椅子を三つ引っ張ってきて、向かい合わせになって座る。余ったもう一つの椅子を間に置き、そこにメトロノームを置く。春香がテンポを楽譜通りに合わせて、手を放すと、カチ、カチ、という規則正しい音が人気のない音楽室に響き始めた。
「1,2,3っ」
 メトロノームに合わせて春香が言う。それから一拍分で思いっきり息を吸い、息を吐きだす。先生に注意されたのは紘達木管のメロディーに対する、春香の裏メロの強弱についてだったから、紘は特に直すことはなく、時々口を挟むだけで、淡々と練習は進んだ。ここは弱く、ここは強く。ほら、そこはもうちょっと音に深みをつけて。
 三十分ほどたったところで、休憩をはさみ、もう三十分ほど練習したところで春香が言った。
「今日、六時で北校舎閉めるって言ってたから、もうそろそろ終わろっか。」
 時刻は五時半少し前。片づけにかかるのはに十分ぐらいだが、ちょうどきりもいいしまぁいいか、というと、春香も片づけを始めた。
 ユーホのケースを取りに行った春香が戸をガラガラと開ける。ホルンやユーホなどの楽器ケースは、邪魔にならないように部屋の外に出し、廊下のわきに並べることになっている。
 お互いに楽器を片付けて、椅子をしまおうとしていた。そのとき廊下に顔を向けた春香が言った。

「ねぇ、今度ある、南高の定期演奏会、一緒に行かない?」

 無理して作ったような、明るい声。少し震えている。

「――え。」

 春香が振り返る。
 嫌な予感がする。
 顧問の小薬の命令で、吹奏楽部はコンクールや定期演奏会があると強制的にそれを見に行かされることになっている。でも、それは男子は男子で、女子は女子で固まっていく。
 宮二中吹奏楽部で、それを男女で見に行くのは――。

「付き合わない?私、紘のこと、好きだよ」

 春香の頬が、ほのかに赤い。声も、震えている。そこに、普段の春香らしさはない。
 小学生のころから、仲の良かった春香。でも、こんな顔をしているところは今までに見たことがなかった。初めて見る、顔だった。

 だめだ、春香が女の子の顔がしている。

「ご、ごめん。」

 ふり絞るようにそう答える。だめだ、息が苦しい。言えない。言葉が、声に出せない。
 ほんとはもっと別に言うことがあるはずなのに、それしか言えない。

「そ。」
 春香が答える。
「ね、1個さ、聞いていい?」
 春香がくるりんと後ろを向く。

「なんで、ダメなの」

 その問いに、紘は答えられない。

「別に、好きな子、いるんでしょ。」

 ドクンと、心臓が、音を立てて、跳ねる。

 春香は、壁に向かって歩いていく。後ろを向いているので、その表情はわからない。
 次の瞬間、春香が何をするつもりなのかが分かった。

 春香は、夏コンの時の額に撮られた写真を額に入れた飾ったものの脇、この前とられたウインターコンサートの時に撮った集合写真の前に歩いて行った。

「この子だよね。」
「——この子って。」
「紘の好きな子って、この子だよね」

 春香の指が、一人の女の子の前で止まる。にっこりと、カメラのレンズをのぞき込む目。金色の楽器をかまえる少女――。紘ははっと息をのむ。

 春香が面白がるように言う。
「ほら、この子だよね。紘の好きなのは、この子。」
 春香が明るい声で言う。
「はは、私、こうなるのわかってたのに、何言ってんだろ。はは、紘が好きなの、きっと私じゃないって気が付いてたのに。——周りの子だって、あんなに言ってるのに」
 そして、戸のほうに歩いて行って、ガラガラと開けて、出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと、はる――」
 紘は焦って声を出す。
 その途端、春香はパッと後ろを振り向いた。

 春香の顔を真っ赤だった。
 真っ白な、一回も日に当たったことがなさそうなあの顔が真っ赤になっていた。目は赤くなっていて、泣き出す一歩手前といったところだった。
 春香が、泣きそうになっている。
「は――」

「馬鹿にしないで。」
 はるか、と呼ぼうとした声を春香が遮った。

「馬鹿にしないでよっっ。」

 春香はそう叫ぶと戸を思いっきりバンと音を立てて閉めて廊下に向かって駆け出して行った。

 はるか、と口の裏でつぶやく。
 バタバタと、春香のかけていく音だけが、音楽室の中に響いていた。


 二宮春香は忘れ物をして、音楽室に戻ろうと、北校舎に入った。
 北校舎は六時に閉めるよ――。
 今は五時五十五分過ぎ。竹臣紘とすれ違わないように気を使っていたらこんな時間になってしまった。
(早くしなきゃ。)
 そう思いながら音楽室に置いてあった鍵で器具室の戸を開ける。これ、鍵の意味あるのか、と心の中でツッコミを入れる。
(シャーペン、シャーペン。)
 楽譜に、いつもミスをするところを書き込んでいたらそのまま楽譜に挟んでおいて来てしまった。
「あった。」
 シャーペン――水色のそのシャーペンは竹臣紘が小学六年の時の春香の誕生日の時にプレゼントしてくれたものだ。

(あの頃は、きっと紘も私のことが好きだった。だから、誕生日にプレゼントを買ってくれたんだ。)

 春香はそれを悟ると同時に全く別のことも悟る。

(だったらもう、これからは、誕生日に何もプレゼントしてくれない。もう、紘が好きなのは私じゃない――)

 はぁ、と、一つため息をつく。
(だめだ、だめだ、春香――、しっかりしなきゃ。)
 自分にそう言い聞かせ、立ち上がる。大切な、思い出のシャーペンを手にドアへ駆け寄る。
(――え?)
 何か、見慣れないようなものを見た気がして春香は振り返る。今感じた違和感は何だろう?
(あれだ――)
 掲示板。
 その名のついた白いボードにはミーティングの前に春香が次の合奏の日時を書いたはずだった。
 だけどそこに書かれていたのは春香の描いた合奏の予定を知らせるものではなかった。赤い文字が書かれていた。

 ひめを汚す愚か者に天罰を与える。二人目、倉田圭。

 その言葉の意味を理解した春香は悲鳴を上げた。
「いやっ。いやぁ――」
 赤い血。それに濡れた教科書。真っ赤な机。ぽたぽたとたれた血。真っ青になった倉田圭。
 いい気味。天罰だよ。
 それは現場を見ていないほかのクラスの奴らだけが言えることだ。

 景色がゆがみ始める。
 クリーム色の天井と薄汚れた木の板の天井と、倉田圭の赤い血の色が頭の中でぐるぐると回って春香は気を失った。

混乱

 夕食後。
 たんたたんた、たんたたんた、たんたたんた、たんたたんた、たたたたたたたた、た、たーた、た、たたた……
 自分の部屋でスマホをいじっていると突然、画面が切り替わって、電話が鳴り始めた。着メロは、去年の自由曲。——沙也だ。
「もしもし」
『あーひろぉ?』
 自分からかけたのに何言ってんだこいつ。
「なに。」
『あのさ、あのさ……、部長が、倒れたって。倉田圭の時と同じ。教科書に仕込まれていたカッターで指の先を切って。倉田圭の時と違って、こっちは全然血も出なかったらしいけど……。』
「……え?」
 大伴行人。あいつも妃芽菜ファンなのか?あいつ、彼女いなかったっけ。
「あいつも妃芽菜さんのこと好きだったの?あいつ、彼女って確か。」
『別れた。あいつもひめにこくってた。倉田圭ほどではないけど結構しつこい部類。』
「そう、だったんだ。」
『で、あともう一つ。ハルカが、ハルカが、いない。』
「は?」
 ハルカ、が、春香、に変換されて、頭の中が真っ白になった。春香が、いない?
『ハルカのお母さんから電話があった。まだ帰ってこないんです、って。紘って今日一緒に夕練してたよね。夕練の後から誰も見てないらしいんだけど。なんか知らない?』
「なんか知らないって……」
 一瞬、あの事を言うか迷って、やっぱり駄目だと思いなおす。
「特に何も。フツーに帰っていったよ。」
『それは紘のいる目の前で帰っていったのね。』
「そうだけど、何か……」
『ううん。別に何でもない。』
「そ。」
『一応聞くけど、紘はハルカの居場所は知らないのね。』
「うん。心当たりは全くない。」
 これは本心だ。
『そっか。じゃあね。』
 プツリ、と音を立てて電話が切れた。耳からスマホを話すと、ベットの上に寝っ転がって考えた。

 大伴行人。あいつも妃芽菜ファン。
 あいつの彼女は、それを知ってどう思っただろう。
 三人目の被害者か——。あいつが——。
 今回の犯人はだれだろう。教科書に仕込むのは同じクラスの奴らでも難しいのではないか。
 倉田圭は二組。部長の大伴は四組。
 まさか――犯人は別々?複数犯?
 それより、春香が行方不明ってどういうこと?あの後、誰も姿を見ていない?
 泣きそうな顔で紘を見たあの顔を思い出し、胸がチクリと痛む。
 春香――。


 翌日。朝七時ごろ。
「りくくーん」
 朝練に行こうと人気のない廊下を歩いていた磯上陸は後ろからパタパタとした足音とそう陸を呼ぶ声が聞こえた。
「洸先輩。」
 パーカッションの洸先輩は、朝練に来ている人たちの中でも特に熱心な先輩だった。いつも陸より早く来て遅く帰る。
「今日は僕が早かったですね。ようやく洸先輩に勝ちました。」
「そんな、早く来れば来るだけいいってもんじゃないよぉ。」
 陸は、先輩方の中での自分の評価がそんなに低くないと思っている。
「はい、ただいま洸先輩の名言出ましたー。朝練は早く来れば来るだけいいものではないのだ。だそうでーす。」
「ヤダ、私そんな言い方してなーい。名言とかやめて、恥ずかしーい。」
 陸が手に持った部室(器具室)のカギをちゃらちゃらといじると洸先輩が言った。
「ああ、りくくん鍵わざわざ借りてきちゃったの?」
「え。」思わず陸は自分の手の中にあるカギを見る。「借りてこないんですか?」
「知らないのー?音楽室に合鍵が置いてあるんだよー。みんなそれ使ってんの。」
「そうなんですかー。」
「そうそう。陸君、使ったことなかったっけ。」
「ありませんねー。これからはそっちの使ってみます。」
 陸は器具室の戸の前に座り込んでカギを差し込む。
「あれ……。」
「どーしたの、りくくん。」
「あの。」陸は洸先輩のほうを向いて言う。「これ、開いてます。鍵かっていません。」
「紘が閉め忘れたのかな。」
 そう言って洸先輩は戸をガラガラと開ける。
「ねぇ、りくくん。」
「洸先輩?」
「はるちゃんが。」
「はい?」
『はるちゃん』が、『二宮春香』先輩だとわかるまで陸は少しの時間を要した。
 顔を上げる。目に映ったものの信じられなさに陸は先輩の名を呼ぶ。
「ひかるせんぱい……」

 そこに二宮春香が倒れていた。



 その日の放課後。
「今日から一週間の部停?今後一切の朝練昼連夕練の禁止⁈」
「そうだってー。」
 騒ぐ紘を前に洸は落ち着き払った様子で答える。
「はるちゃんが夕練の時に倒れちゃってそのまま北校舎に取り残されたからさ。それに――、あの『メッセージ』を書いた人間がいるとなると部停になるのもわかるっつうかー。」
「『メッセージ』ね……。」
 ひめを汚す愚か者に天罰を与える——、こう書かれたボードが、春香を発見した洸たちによって先生に報告された。とうとう問題になって、先生方の知るところになってしまったのである。
「紘、一緒に夕練してたんでしょ。知らなかったの?発見が遅れたのって紘が「春香はもう先に帰った」って言ったからでしょー。」
「うん、事実先に帰って行ってたよ。」
「だろうね。忘れ物取りに来たぽかったし。」
「忘れ物?」
「シャーペン。はるちゃん、それを持ったまま倒れてた。」
「ふうん。」
「ふうん、じゃないっしょ。そのシャーペンって……。」
 洸はためらうように一回言葉を切ってから言った。
「紘、覚えてる?小学校の頃、紘、はるちゃんの誕生日にプレゼントあげてたでしょ。」
 紘の中にある、ぼんやりとした記憶。それが洸の言葉で引っ張り出される。
「あ……。」
「春香が倒れているときに持っていたのはその、シャーペン。」
 そして、気まずい話をしてしまった洸は無理やり話をまとめる。
「だから、はるちゃんは忘れ物を取りに来て倒れたんだから紘がどうたらいうところじゃない。逆にそんなこと言ってたらはるちゃんにうざがられるぞ。」
「はいはい。どうぞ、うざがってください。結構です。」
「わーひどーい。はるちゃん、かわいそー。」
 そのとき、
「ひかるぅー。」
 と洸を呼ぶ女子の声が聞こえた。鞄を持っている子だ。一緒に帰る約束でもしていたのだろうか。
「いまいくー。」
 洸はその子に向かってそういうと
「じゃ。」
 と紘に一言だけ言ってかけていった。
 紘は一つだけ思う。
 作はあの日からずっと入院していた学校に来ていない。
 じゃぁ、
 誰と帰ろう?


「ああ、ひろ。」
 後ろを振り返ると沙也がいた。
「さや。」
「部活。一週間停止になっちゃったね。」
「うん。」
「でも、ハルカが見つかってよかった。」
「そうだね。」
「大丈夫かな。」
「何が?」
「ハルカ。体調悪いんでしょ。」
「ああ。心配だね。」
「そういえば、また『あれ』が見つかったんでしょ。」
「『あれ』?」
「きょーはくじょー。」
「ああ。あれ。」
 ひめを汚す愚か者に天罰を与える、か。
「ああ、『あれ』」
「そー。倉田圭、けがした時からくると思ってたけど、やっぱり。大伴もかな?」
「ああ、わかんないね。そこら辺のタイムラグから、犯人絞れるかも。」
「あー、なるほど。あと、大伴がひめファンだったってこと知ってるやつも限られてたっぽいから、そこからも絞られるかもね。」
「ああ。そっか。俺除外。」
「ええと。吹奏楽部内、全員の中から、紘を除外。あと、石野君と大伴の二人も除外。ひめも・・・・・除外?」
「除外。自分で『ひめを汚す』なんて書けないだろ。」
「りょーかい。」
 いつの間にか名簿をポケットから取り出した沙也がそれを見ながら言う。
「一年生は除外?よく知らないんじゃないかな?」
「そうだね――、あ。」
 そういえば、とあることを思い出した紘は思わず声を上げた。
「犯人は複数かもしれない。カッターを仕込むには同じクラスの人間でないと難しいけど、大伴と倉田圭はクラスが違う。」
「そっか。そうなると一年生の線も消えないね。」
「あと、被害者の共通点は?」
「うーん、それは、全員ひめファンだってことかな。」
「妃芽菜ファンであと残っているのは?ツウか、そもそも何人ぐらいいたの?」
「そんなに多くないよ。石野君に、倉田圭、大伴に……後、紘のクラスの阿部君って子。」
「阿部!阿部隼人?」
「ああ、そんな感じの人。」
 そういえば、あいつ妃芽菜のこと気になるって言ってたっけ。そうだ、橋本の髪の毛ネタはあいつがばらしたんだ。
「その四人?」
「ぐらい。そんなに多くないよ。」
 四人が多いか少ないかはともかく。
「そうなんだ。」
「そういえば石野君のケガってどうなの。」
 今までの三人の被害者。重傷を負ったのは作だけだ。
「意識はまだ戻ってないらしい。かなりひどいけがだったもんね。だけど、回復傾向にはあるって。今は、薬で眠ってる部分もあるみたい。」
「そっか。」
「倉田圭とか、大伴は?なんか知ってる?」
「倉田圭はあれから学校休んでるみたい。大伴はフツーに何もなかったかのようですねー。」
「倉田圭が休み?」
「うん。相当ショックだったんじゃない。」
「へぇ。」
 あいつが。
 と、その時。
「さーやーちゃーん。」
 聞き覚えのある声が後ろから響く。
「ハルカ。」
 バタバタと走ってくるのは二宮春香だった。すっかり元気そう。
「だいじょぶー?体調、悪いんじゃ。」
「大したことないよー。うわぁ、沙也ちゃん、紘君と帰ってたの。ああ、ごっめーん。お邪魔しちゃったかな。」
「いや、フツーに、違うから。」
 慌てて訂正。
「ああ、ごめん。ほんとに。私お邪魔しちゃったね。ごめん。あとは二人でごゆっくり。」
 そういって、春香は沙也に向かって手を振る。
「あー。違うって。ねぇー、はるかぁ。」
 沙也が春香とじゃれあうのを見て紘ははぁとため息をつく。

 ごめんね、春香。
 もう、もどれない。あの頃のようには、いかない。

 本当に紘はそう思う。もう、無理だ。


 ごめんね、春香。


 その週の金曜日。放課後。
 阿部隼人は階段を所属している水泳部の活動場所へと走っていた。水泳部は夏以外の活動はないと思われているが、毎日のように筋トレをさせられている。かなり厳しいものだ。でもその成果は出ているとは言いにくい。隼人のぽっちゃり体形は小学校のころから全く変わらない。
 階段はしんとしていて、響いている音は自分の足音と、遠くから聞こえる部活中の生徒の掛け声だけだった。隼人は今日日直で、ほかの人はもう部活を始めている。遅刻だな――そう思ってさらに足を速める。次の段へと足を前に出したその一瞬だった。
 背中にあるはずのない力がふっと加わった。
 踏み出した足が宙をける。あっという間にバランスを崩し、階段に体をぶつけながら落下していく。その落下は踊り場の壁に全身を強く打ち付けて止まった。
「――いたっ」
 全身の痛みに耐えてうずくまる待った隼人は、その時後ろのほうで階段を駆け上がる『誰か』の足音を聞いた。


 阿部隼人がけがをした。
 その一報が紘の元に届いたのは、十六日の土曜日――部活動停止のとける二日前のことだ。クラスの奴からLINEが届いた。

『アべハヤがけが。階段から落ちた?』

『まじで?階段ってどこの?』

『学校のだって。昨日らしいよ。』

『へぇ。。。』

『部活に行くときに落ちたらしーよ。すいぶは休みだったから知らなかったのかな~。』

『うん、知らなかったわー。』
『どんな感じ?』

『大したことないみたい。数か所に打撲。全治三日。』

 よかった。
 思わずそうつぶやく。

 ひょっとしてこれは『四人目』か?
 安易な紘の発想はすぐに当たった。

 二日後。部活動停止の解けてすぐ。
 また、『あれ』が見つかった。

 ひめを汚す愚か者に天罰を与える。

 三人目 大伴行人

 四人目 阿部隼人

梯子

 18日。月曜日。
 部停が解けて早々に、朝練昼練をしようという人はいなかったらしく、『あれ』を発見したのは部活に一番乗りした春香だった。
 部室から悲鳴が聞こえてきたので何事かと思ったら、春香先輩がいた。
 一年フルートの片桐の証言だ。片桐は朝練昼練こそめったに顔を出さないが一番真面目に練習をしている。今後、妃芽菜みたいな例外が入ってこなければ、来年の木管長は片桐になるだろう。陸よりも実力は数段上だ。
 春香は今回も気分が悪そうだったが、特に異常はなかったらしい。前のように倒れたりということは一切なかった。ただ、いつもの明るさはなかった。
「うん、うん。だいじょぶ、だいじょぶ。」
 ひらひらと手を振る春香。だけど、その顔はいつも以上に真っ白だ。

 そういえば、この前の一件以降、妃芽菜もこのことを知っている。
〈自分とかかわる男子を排除する〉
 そういう顔のない脅迫者を、妃芽菜はどう感じているのか。最近、妃芽菜には凛とした美しさが備わっている。脅迫者に負けないという意識の表れか、何か。強さと美しさが=で結びつくことを紘は初めて知った。

 一つ、懸念していることがある。
 今まで事件にあったのは、妃芽菜に近づこうとした男子ばかりだ。『犯人』の目的が、妃芽菜に近づこうとしている男子どもを排除することなら、遅かれ早かれきっと陸を狙う。『犯人』にとって一番邪魔なのは陸のはずなのだ。倉田圭や部長の大伴のようにたいしたことのないけがならいいが、作のように意識が戻らない、なんて状況になったら、妃芽菜はどう思うだろう。次に「犯人」が狙う相手がもう陸しか残っていないこと、それが予想できてしまうことの二つが恐ろしかった。

「紘先輩?」
 ボンヤリとそんなことを考えていたら、急に陸にそう呼ばれた。
「どうかしました?」
 え。「ああ、なんでもない。」笑ってそう続ける。「そういえば、コンクールの譜読み始めたか?」
 毎年夏に行われるコンクール。紘たちの学校では毎年このころにそこで演奏する曲を決める。入学式などで演奏するため、暇のある人は今頃から譜読みを始めてる。
「ああ、すいません、まだです。」
「そっか。そろそろ始めとかないと。課題曲だけでも、ね。」そして妃芽菜に向き直る。「妃芽菜さんは?始めた?」
「ううん、まだだよ。」
 珍しく、困ったような顔をする。
「そっか。そろそろよろしく。」
 妃芽菜はそれに対してうんともなんとも言わずにあいまいに笑ってごまかした。
「じゃぁ、B♭ください。」
 いつも通りにパート練習を開始する。しかしなかなかピッチ(音程)が合わない。しばらく練習を進めて気が付いた。珍しく妃芽菜のピッチがずれている。わずかに上ずっているのだ。妃芽菜自身もそれに気が付いたのか微妙に調整しているが、高かったり低かったりなかなか合わない。陸も微妙な顔をしだした。
 五時を回ると、バリトンとテナー(サックス)の二年の峰と一年の近江が来た。今日はこの後木管全体で集まって練習をするこになっている。それから二十分ぐらいたつと、続々と人が集まりだした。
 フルートの片桐。クラリネットの早川と田代、一年の神原。バスクラ一年の木村。総勢十人ほどが集まったところで、紘は練習を開始した。今日は基礎合奏と卒業式曲の譜読みに間違いがないかチェックするぐらいだから、大したことはしない。
 基礎合奏を進める。やはり妃芽菜のピッチが安定しない。木村ちゃんのピッチも少し悪いけどそれはいつものこと。ここまで音が濁るのは妃芽菜のせいだ。珍しいね、元上野。
 卒業式曲で一番最初にやるのはハナミズキ。入退場の曲。最初にオーボエのソロがあるけれど、ここにオーボエはいないから、フルートの片桐が代役。まだちょっと音量が小さい。でも、伴奏の音量を落とせば何とかなるだろう。和音のピッチが悪いね。ちゃんと下げなきゃ。全体的にメロディーが弱い。もっとふけ。腹筋つかえ。俺に言われても説得力ないだろうけど。
 その次は校歌だ。これは体育祭だとか何かの行事のたびに吹かされるから出来はまあまあ。このまま出てもそんなに文句はないだろう。
 そう思いながら合奏を進める。
 一通り曲を通すとあとは合奏で指摘されたところを個人で練習することになった。メトロノームを♩=60ほどにセットして、各自個人練習を始めた。六時を過ぎると皆ちらほらと教室を後にしていく。先生方に六時半には北校舎を閉められる。普段使われていないせいか何のせいか、体育館と違って閉める時間が二十分ぐらい早い。楽器を片付けてミーティングをし、六時半までに北校舎を出るには三十分ぐらい前には片づけを始めなければならない。
 楽器を片付けていると、陸がしゃべりかけてきた。
「紘せんぱぁい。明日は何するんですかー。練習出来なくないすかー。」
 明日は新一年生の体験入学の日で、授業は早く終わる。しかし音を出してはいけないので、吹奏楽部、合唱部はろくに練習ができない。体育館を使うので、室内運動部は早く帰れるし、外の運動部は運動部でたくさん練習できるからうれしい。でも、吹奏楽部、合唱部は、部活は休み見ならずに普通に有るけどたいして練習ができないという、なんとももったいない日なのだ。
「譜読みだとか、小節番号振ったりだとかをやりながら待つことになるんだろーな。」
「ほんとーですか?」
「あと雑談。」
「そっちメインじゃないんですかね?」
「ご想像にお任せします☆」
「紘、きもい。」峰が言う。
「ごめんなさーい。」
 それを見て妃芽菜がケラケラと笑う。
「早く片付けろ~。」
 部長の大伴が顔を出す。
「はいはい。大伴センパイ」
 紘が言う。
 一人さっさと楽器を片付け終わった妃芽菜が
「お先に」
 と右手に白の楽譜ファイルを、左手に楽器ケースを持って器具室に向かう。
「せんぱ~い、待ってくださーい。」
 陸が慌てて追いかける。妃芽菜と陸が横に並ぶ。
「先輩、この前の——。」
 しばらくして、笑い声。
 ああ、と紘は目を細める。
 陸と妃芽菜はお似合いのカップルだ。あの『犯人』が陸を何かしらのことで傷つけたとしても、たぶん、何も起こらない。余計に二人の結びつきが強くなるだけ。
『犯人』はそれに気が付いているのだろうか。気が付かない程、妃芽菜に夢中?
 きっと違う。『犯人』は——。


 翌日、火曜日。
 新一年生、体験入学の日。
 男子は音楽室、女子は器具室(部室)にそれぞれ固まって雑談を繰り広げていた。
 その中で紘は、部長の大伴と陸との三人で固まってしゃべっていた。もともと、紘たちの学年は吹奏楽部に入っている男子の人数は普通に少ない。吹奏楽部は他の部活に、『男子と女子が一緒にできる部活』という風にみられているが、それでも男女比では圧倒的に女子の方が多い。(3:1のノリ)そのせいか、吹奏楽部の男子はどこか一致団結している節がある。仲間割れなんて見たことがない(するほどの人数がいない)。
 ここに集まってからすでに一時間半ほどが経っている。みんな話のネタが尽きてきたのか、一時は女子に文句を言われるほど騒がしかったのが、ぼそぼそとしゃべっている程度になっている。そんな時にわかにざわっと戸の方が騒がしくなった。
「竹臣君いるか。」
 そんな声が聞こえて後ろを振り返るとさやのクラス担任の美術教師、那須がいた。困ったことに辺りがさっきまで騒がしかったのがウソのようにしんと静まり返る。
「竹臣——、紘なら、いますけど。」
 何事かと固まったままの紘に代わって大伴が答える。
 音楽室にいるのが学生服姿の男子だけであることを確認した那須は
「いや、いい。」
 と言って音楽室を出ていった。
「女子は器具室ですよ。」
 気を利かせて陸が言った。
 那須はこちらを振り返って、
「ん。」
 とうなずくと分厚い防音機能のある音楽室の扉をガチャンと閉めた。
 戸が完全にしまったことを確認してからみんなは口々に
「何だ、那須かよ。びくった。」
 と言い出した。
「ほんと、小薬かと思いましたよ。」
 陸までが言う。
「はいはい。」
 と一応答える。
 その時、
「りく。このまえの。」
 と後ろから声がした。一年の前野卓也だった。そう、前野善也先輩の弟だ。
 陸は紘たちを見て軽く頭を下げると卓也の方を向いた。それを見て紘と大伴も陸に背を向けて向き直る。
 それをちらと見た大伴が顔を曇らせ、低い声で言った。
「ここだけの、話だけど——。」
「何。」
 紘は聞いた。
「竹中妃芽菜さん」
 大伴が言う。
「竹中さんがここに来たのの理由って聞いた?」
 彼の言う『ここ』はこの中学校、だ。
「一通り、聞いてはいるけど。」
 あの先輩がらみでいじめられて、という話だ。
「嫉妬されてイジメられたって話?」
 紘はうんと頷く。
「それ、違うらしいよ。」
「そうなの。」
「ちがう。いじめられたのは嫉妬されたからじゃない。」
「——え?」
「『気味悪がられた』からだよ。」


 その日の夕方。陽が完全に沈み、空が暗い青色になってくるころ。
 北校舎の裏はしんと静まり帰っていた。
 それもそのはず、北校舎で活動している文化部はすべて活動を終えている。普段使われていない北校舎を閉めるのは南校舎や体育館より早いし、活動自体がそこま厳しくないからだ。終了の三十分前ぐらいにに片づけをはじめ、運動部の三十分以上前に校門をくぐる。
「ふん。」
 と『犯人』は鼻を鳴らす。
『犯人』の目の前には一つの古びた梯子があった。アルミニウムで作られたそれは用具倉庫の裏に、忘れ去られたようにぽつんとそこに置いてあった。大きくて、小さな用具倉庫には入りきらなかったらしい。
 もう、話は聞いている。これに『細工する』というのがどういうことになるのかはわかっている。これを次に引っ張り出すのはだれか、この放置された梯子を次に使うのは誰か、もうわかっている。分かっているうえでやっている。
 磯上陸。人懐っこいあの少年。
 どうか大事になりませんように、と場違いだけど祈る。
『犯人』は恐る恐る梯子に手を伸ばす。

燕の巣

 体験入学の日から一週間後。火曜日。
「ねぇ、聞いた?」
 部活終わりの帰り道。紘の脇で沙也が言う。
「何。」
「ひめの事なんだけど。」
 今週一週間は何の事件も起きていない。
「前野先輩もひめのこと好きなんだって。」
「え。」
 善也先輩が?
「会ってる様子なかった気がするんだけど。」
 沙也はくっくっくと笑う。
「て・が・み・だよ!」
 マジですか。
「そうなのか(な)。」
「そうだよ!!」
「ふうん」
「ふうん、じゃないよ!」
「さや、うるさいって。」
「はいはい!」
「それほど騒ぐこと?」
「うん、騒ぐこと。だって、前野先輩だよ。」
「沙也の個人的な考えね、それは」
「わかってるけど……」
 前野先輩は、沙也の宿敵であり、クラスの中で絶対的な王者だった倉田圭を小学校の時に先生につきだすという偉大な功績を残している。沙也は心の中で喝采を送っていたに違いない。尊敬している、というのが一番当てはまるのかもしれない。
 その前の先輩が自分の友達のことを好きだということ。その誇らしさ。
「まぁさ、すごいよね、ひめ。もてっぷりがやばい。」
「それは同意。」
「でしょ。」
 改めて、
  そうなのか~。へぇへぇ、善也先輩も。
 と感心する。
 妃芽菜、凄い奴。

「そういえば、陸はもう妃芽菜と付き合ってるの?」
 紘がそう聞くと
「まだじゃないかな。何の報告も受けてない。」
「そっか。でも、もうありゃ付き合ってるも同然だよな。練習中にいちゃつくな。陸め、調子に乗って。」
 ここ最近、ずっと妃芽菜と陸が二人で行動していること、何だか居心地が悪いことを話す。
「それにしても『犯人』は何がしたいんだろうな。あんな二人の間に入り込む余地はもうない。」
「どーしてだろーね。嫉妬ぉ?」
「かな。それ以外の動機が見つからない。」
「誰なんだろうね。」
「さぁ。」
 そう、とぼけてみる。

 倉田圭のクラス。妃芽菜ファンの人間を知っている奴。
 大伴のクラスに知り合いがいて、そいつに犯行を手伝わせている。
 そして、吹奏楽部に所属しているということ。

 ある程度、犯人は絞られてしまうのだ。
 一学年、十人いるかいないかの吹奏楽部部員。五組あるから、一クラスにつき二人から三人程度しか同じクラスで同じ部活の人はいない。紘で言う、田代美由紀と、作だ。
「だよね。うん。」
 沙也が作り笑いをしながらこちらを見ている。
 沙也も、薄々感づいている。女子はもともと、そういうことに敏い。きっと気が付いている。
 でも、きっと違う、何かの間違いだ、という気持ちもあるのだろう。それが痛いほど、伝わってくる。伝わってきてしまう。
 沙也、沙也、沙也、沙也——。
 なんで、そんな顔をする。
 そんな風に、笑う?
「沙也——」
 名前を呼ぶと、頭を傾けて紘を見上げる。
「何?」
 自分と同じ位置にあったはずの頭はいつの間にか見下げる位置になった。それを実感する。
(もう、あんな顔をさせない。)
 ——二度とさせるものか。


 三月三日。ひな祭りの日。
 最近、ひな祭り関連グッツをよく見かける。ひなあられや、ちらしずしが簡単に作れるちらしずしのもとなど。挙げればきりがない。
 でも、それらは男子である竹臣紘にとっては何も関係のない話だった。だいたい、ひな祭りは小さい『女の子』のための行事。女子中学生にも関係のない話だろう。男子である竹臣紘にとっては断言できないが。
 今日は日曜日。
 最近よく一緒に帰っている沙也も今日は峰と一緒に帰るといっていて、紘は一人、帰路についていた。
(誰かいないかな——)
 そう思いつつ後ろを振り返る。作が事故にあって入院して以来、毎日一緒に帰れる男子、というものがいない。校舎の関係上、運動部とは下校時刻外れるし、同じ北校舎で活動している文化部には男子はほとんどいないし、しゃべったことない。大伴とはうちの方向が真逆。かといって、運動部の友達を二、三十分待つのも面倒くさい(その頃にはもう家についている)。ここ最近、沙也と帰るか一人で帰るかのほぼ二択だ。
 作は目を覚ましたらしい。ただしまだ記憶は混濁していて、まだ正常には戻っていないそうだ。早く帰って来い、と念じる。——なぜ戻ってきてほしいのか?それは一緒に帰れるからだ!!(ww)
 中二病っぽいこと考えたけど、別にいいや、と思い直す。だって中二だし、と言い訳をする。そしてもう一度後ろを振り返って誰もいないやとため息をつこう――とした時、十数メートル後ろに誰かがいるのがうすぼんやりと見えた。
 誰だ——そう思って目を凝らす。小柄な女子、ああ、春香だ。
 その瞬間、春香も顔を上げた。目が合う。
「春香。」
 立ち止まり、そう呼びかける。
 しかし、春香はぱっとはじかれたように顔を下に向ける。
(——え。)
 戸惑う紘をよそにして、そのまま春香は早足に立ち止まった紘の脇を黙って通り過ぎる。
「ちょ——、春香」
 春香はそのまま何事もなかったかのように歩き去っていく。紘のことなど、目に入らないように。

『——この子だよね、紘が好きな子って、この子だよね。』

 はじかれたようにぱっとあの瞬間のあの言葉が頭の中を流れる。無理をしたような、明るい声を出していた春香。

『馬鹿にしないで、——馬鹿にしないでよっっ』

 春香は、女の子なのだ。普段どんなにさばさばと男子のようにふるまっていても、あの時紘に見せたあの部分は、春香の『女の子』の部分なのだ。それを紘は軽い気持ちだと決めつけ、普段から男友達のように気安くしゃべっているからと、そのあと何事もなかったかのようにしゃべりかけたこと。春香の言った通り、紘は春香の気持ちを『馬鹿にした』のだ。今、何事もなかったかのようにしゃべりかけたことも、春香には耐えがたかったのだろう。
 ——だけど、前に一度、ふつうにはるかとしゃべりませんでしたっけ?あの時は普通にしゃべって、今回無視されたのはなぜなんでしょう?そう考えて気が付いた。
 まえは、一緒に沙也がいたのだ。
 春香は、沙也のいる前では普通に接するつもりなのだ。あの時春香の指さした金色の楽器をかまえるあの少女と、その子と仲のいい子の前では。
 それがいかに計算ずくの行為かは少し考えればわかる話だった。表だって仲が悪くなったことがばれれば問い詰められる。自分と仲のいい子ならいいが、仲の悪い、しかもこの不和の原因になった奴なんかに知られたくない——ということなのではないか。
 でも、あんま意味ないよ、と苦笑する。
「沙也。」
 後ろを振り返ってそういうと、春香のいたところよりさらに後ろの電柱の陰から沙也が同じく苦笑しながら出てきた。
 少し抜けているところも変わらない、と紘は思う。


 その一週間後、日曜日。
 部活も終わり、北校舎の窓は暗い夕陽を照らすばかり。中にはもう誰も居ないようだった。
 その中に一人、磯上陸はてるてる坊主という男子中学生の日常でめったにお目にかからないものを手に立っていた。
 用具倉庫の裏から脚立というか、梯子というか、あの鉄製の道具を引っ張り出す。それを北校舎裏のケヤキの木にそっと立てる。
 それが安定してかかっていることを確認してから、磯上陸はてるてる坊主を手に梯子に足をかける。
 一段一段と上がるたびに、ミシ、ミシ、と梯子は音を立てる。やがて、一番最初の枝に手が当たった。
(ここで、いいかな——)
 梯子を上るために口にくわえていたてるてる坊主をそっと手に取る。それを手に枝へ手を伸ばそうと右足を一段上に掛けようとする。
 その時、磯上陸はその足が手ごたえを感じずに梯子の段ごと宙を蹴ったのを感じた。そしてその反動で自分の体が足と反対方向に傾いたのが感じられた。
「……っ。」
 思わず梯子に縋り付くが、そのせいで梯子が自分の体と一緒に傾く。そのままバランスを失って、磯上陸の体は宙に投げ出された。



 大伴が紘と鍵を形式上の音楽室のカギを返しに職員室に向かっていると、外からガラガラン、と何か金属製のものが倒れる音が聞こえた。
「?」
 思わず紘と大伴は顔を見合わせた。
 音の下外を窓から見るが、暗くてよくわからない。だが紘は顔を曇らせ、そのわきにある戸を開けて外へ行く。大伴がそれに続いて外へ出ると、紘はその少し先で、急に立ち止まった。
「紘、どう……」
 した?、と続けようとしたところで、大伴は息をのんだ。紘がどうして足を止めたかがわかってしまったからだ。
「イソカミっ」
 磯上陸が倒れていた。


 陸はそこに倒れていた。目立ったような外傷はない。作のように血が出てているということはない。ただ、意識がない。
「りくっ、りくっ」
 顔をパシパシたたいてみるが反応がない。後ろから大伴が慌てた声で言う。
「だめだっ、ひろ、脳震盪の可能性がある。下手に揺さぶるなっ。」
 ハッとして紘は手を引っ込める。
「ごめんなさい……。」
「そんな場合じゃないだろっ、あほ。ひろ、先生を呼んでくるから、そこで待ってろっ。」
 大伴はそう言って駆け出して行った。
「りく。」
 紘は陸の脇にしゃがみこんで、様子を見るが、変りがない。完全に意識を失っている。重症だ。
 やっぱり……。
 次の被害者は陸だった。
 ぐるりと周りを見渡すと、さっきの何かが倒れた音の原因になったと思われる梯子があった。
 それは普通の梯子と一見変わりがなかったが、よく見ると上の方の一段だけ外れていた。片っ方のねじは梯子にそのままくっついているが、もう片っ方はどこを見ても見つからない。ほかの段を見てみるが、どの段もねじはしっかり固定されている。普通に外れるとは思いにくい。


 まさか、

「誰かが細工した——?」

月の都

 あれから、そろそろ一週間が過ぎようとしていた。
 しかし、いまだに吹奏楽部の中には重たい空気が漂っていた。

 あの陸が、事故にあった。

 明るくて、人懐っこく、先輩の受けも同級生からの評判も良かった、陸が。
 いつもきゃぁきゃぁとはしゃいでいる沙也たちのグループもここ最近やけにおとなしい。大きな声で器具室で今日の予定を決めながら、教室で楽器を出しながら、トイレに行くといって練習を抜け出しながら、いつも騒いでいたのが嘘のようにみな顔をしかめ、無言で黙々と動く。
 中でも落ち込みぶりが激しいのは妃芽菜だった。当たり前だった。自分の彼氏がけがをしたのだ。しかも、それの原因が自分にあるかもしれないという恐怖が常に付きまとっている。普段通りに生活できる方がおかしかった。
 家に帰って自分の彼氏にLINEでメッセージを送ったが、いつも律儀に返してくれるはずの返事が来ない。既読すらつかない。最初はただ単にまだ帰っていないだけかと思ったが、夜の八時を回っても連絡がない。不審に思い、電話をかけたがつながらない。どうしたんだろうと不安に思っていたところに事故にあったという連絡が入った。沙也がそう話を回してきた。——どれだけの恐怖にさいなまれた事か。
 陸は脳震盪を起こしていた。少しの間だが意識を失っていて、後遺症の可能性もあるという。今は普通に起きているが、病院での絶対安静が命じられているという。

 入れ替わりとは言ってもなんだが、作が退院し、学校に帰ってきた。今まで通り、一緒にしゃべって帰ったり。ここにだけ、日常が戻ってきた。
 そういえば、最初に学校に姿を見せた時、作は『一体あのとき何が起こったのか』と皆に質問詰めにされた。作は一瞬きょとんとした顔をしたが、すでに何回も聞かれていたらしく、普段通りの笑顔でこう答えた。
「わすれちゃった」


「もう終わった?」
 十二日火曜日。卒業式の前日。
 毎年、吹奏楽部は卒業式にバックミュージック代わりの演奏をする。今、紘たちは、それに必要な楽器を運び込んでいた。
「この後グロッケンが来るはず。それで終わり。だからもう体育館の方手伝っといて。」
 紘の問いかけに、北校舎から出てきた洸はそう答えた。それを聞いて紘は今来た道を引き返す。途中妃芽菜とすれ違ったのだが、同じようなやり取りをし、三人で体育館に向かう。後ろから来ているのはグロッケンを持った神原美里かんばらみさと。その四人以外は体育館でのセッティングを行っているようだった。
 妃芽菜がくしゅん、と咳をする。最近寒さがぶり返してきている。体調を崩す人も多い。大丈夫かな、と心配する。
 体育館では大伴が大声を上げて指示をしている。普段体育館で部活をしている、屋内運動部の皆さんも手伝っている。どうやら最初は保護者席にパイプいすを並べいたらしいが、それが早めに終わったので手伝ってくださっているとのこと。ステージ上では在校生代表の言葉の練習をしている生徒会長と思しき人もいる。屋内運動部の皆さんが運んできてくださったパイプいすたちを合奏体形に並べていく。十分ほどで作業は終わり、明日の打ち合わせを行った後、解散になった。この後、先生方で打ち合わせがあるそうだ。早く帰れ、と小薬が言う。
 妃芽菜がまたくしゅんと咳をした。
「大丈夫?ちゃんとあしたきてね。」
 そういうと、妃芽菜は困ったように愛想笑いを浮かべた。陸がけがをして以来、妃芽菜はこんな笑い方をする。今日も、この笑い方か、と思ったが、それを顔には出さず、
「妃芽菜さん、じゃぁね、また明日。」
 と言ってその場を離れる。

 しかし、
 それが、紘の妃芽菜を見た最後の瞬間になった。

 紘たちの目の前から、忽然と姿を消した。


 卒業式の日の朝。
 紘たち吹奏楽部員はリハーサルを行うため、早くから会場となる体育館に集まっていた。集合予定時刻の七時三十分を回った頃、部長の大伴が人数確認をし始めた。
「フルート。」
「いまーす。」
「クラ。」
「「「いまーす!」」」
 クラリネットの皆さんは朝からハイテンション。何故かは、聞かないでおこう。クラの三年生の先輩方には、強烈な性格のお姉さまがたくさんいたというだけだ。
「サックス。」
「いまー……せん?」
 妃芽菜の声が聞こえず、紘の声だけが宙に浮いたように響く。紘と大伴は顔を見合わせた。
「竹中妃芽菜さーん。いますか?」
 大伴が呼びかけるが返事はない。
「いなそうだね。珍しい。」
 初めてだった。
「パーカス……」
 人数確認の続く中、沙也と紘は顔を見合わせた。
(えー?)
 沙也が声に出さず、大げさな顔をしてそう言う。
(そうだね。どうしたんだろうね。なんか聞いてる?)
 紘も口だけ動かして返事をする。
(知らない。)
 沙也も口だけ動かしてそう答える。
 何があったんだ ろう、昨日咳をしていたから風邪かもしれない。大丈夫かな。そう、心配する。


 しかし、妃芽菜は風邪で休んだのではなかった。

 竹中妃芽菜は他校への転校が決まっていた。
 親の仕事の都合らしい。上野小の彼女の妹も、同時に転校していた。


 誰一人とて、それを聞かされた人はいなかった。

 後で聞いたことだが、陸ですら、何も聞かされていなかった。



 余談だが、その日の朝、善也先輩の下駄箱には、今まで自分が妃芽菜にあてて書いた手紙がすべてひとつ残らずおいてあった。
『ごめんなさい。』
 一言そう書かれたメモ用紙と一緒に。



 ……御文、不死の薬の壺並べて、火をつけて燃やすべきよし仰せたまふ。そのよしうけたまはりて、士どもあまた具してやまへ登りけるよりなむ、その山を「ふじの山」とは名づけける。
 その煙、いまだ雲の中へ立ち上るとぞ、言い伝へたる……

エピローグ または地上の者たちの小さな独り言

 四月十日。水曜日。新学期。
 紘たちは三年生に進級した。もう、受験生。あっという間にこんな時期。
 そういえば、春休み中には妃芽菜が消えた代わりのように、陸が戻ってきた。妃芽菜がいたあの三か月間がなかったかのように、普段通りに生活している。ただ、顔に出さないだけで、絶対、妃芽菜のことを引きずっている。陸の態度がそよそしい。
 昼休み。廊下にはあちこちで固まって雑談を繰り広げる集団がちらほら。三年生はクラス替えはなくすべてのクラスがそのまま持ち上がりだから対して騒いでいないけど、一年生と二年生はクラス替えがあったから騒がしい。ガヤガヤとした騒音の中、ちらほらしていた集団のうち一つに混ざっていた沙也が、目ざとく紘を見つけて、声をかける。脇には峰香みねかおりがいてこちらを興味津々という目で見ている。おい、お前もかよ。
「ひろくん、ねぇねぇ、今日って、部活休みだって。小薬が季節外れのインフルかかったってー。」
「えー、うつすな、小薬。なに今頃ひいてんの。」
「だよね、なんで今頃。」
「うん。まぁいいや、部活休みね。ラッキー。一週間休みか。楽器持ち帰った方がいいかな。」
「そうしたら?」
「そうする。じゃぁ。」
 そう言って沙也に背を向ける。最近全然遊んでいなかったから、久しぶりに作とどっか行こうか。そんなことを考えつつ、歩き出す。
 その時、
「あ」
 と沙也が後ろで声を上げる。
「おに——じゃない、ひろくん、ねぇ。」
「なに。」
 苦笑しながら振り返る。今でも時々、こいつは間違えるのだ。変なところが抜けている。
「あのさ、今日、一緒に帰っていい?」
「別にいいよ。」
「よかった。じゃぁ、前町の交差点の前で。」
 校門近くでたまっていると、生徒指導の先生にいつも早く帰れと叱られる。沙也の言った前町の交差点はよくそんな生徒の待ち合わせに利用されていた。
「うん。わかった。」
 そう言って、今度こそ、沙也に背を向け歩き出す。


   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ひろくん」
 待ち合わせ場所の交差点で、すでに沙也が待っていた。
「いこうか。」
 二人並んで歩き出す。
「ひめ、浜ノ浦学園に行ったんだって。」
「浜ノ浦⁈あの!」
 浜ノ浦学園は吹奏楽の名門校。中高一貫で中等部、高等部ともに全国大会で金賞をとっている。
「すごいね。」
 思わずつぶやきが漏れる。
「……そっか。」

「ひろくん」
 沙也が言う。
「ひめは、全部言ってくれたよ。」
「は?」
「ひめは、今回の事件のうち二件が自分がやったと認めたよ。」
 沙也は続けて言う。
「今回の事件の犯人はひろくんだよね。」

「妃芽菜ちゃんのうわさは聞いたんじゃない?妃芽菜ちゃんが上野中を出てきた理由。」
「うん、聞いた。」
 最初に聞いた嫉妬されてイジメられたというのはおそらくデマだ。事実は違う。
 三年生の先輩というのはストーカー化した妃芽菜の元彼。追い詰められた妃芽菜は元彼の楽譜ファイルにカッターを仕込んだ。けがをした彼は出場を断念。ソロを吹く予定もあり、妃芽菜は皆に強く責められた。しかしその次の日、妃芽菜は自分を責めた人全ての持ち物にカッターを仕込んだ。多くの人がけが。妃芽菜は病んでいる、とうわさされ居場所をなくした。それが最も信憑性の高かった話。
「ひめは倉田圭の教科書にカッターを仕込んだ。クラスが同じ妃芽菜ちゃんなら可能。ひめの常套手段。」
「大伴は?」
 大伴と妃芽菜はクラスが違う。
「香にやらせたって。」
「かおり?峰?」
「そう。峰香。大伴の元カノ。ひめが持ち掛けたって。香、振られて散々大伴の罵ってたから。まぁ、振られる原因になった人間に持ちかけられるのも、それはそれで嫌そうだけど。」
「そう、だったんだ。」
「それで、そのことを聞いた時にね、ひめ、ついでにって感じで教えてくれたの。」
 紘のことを無視して沙也が言う。
「自分に告白してきた男子でいまだに事故にあっていないのは前野善也先輩とあともうひとり、竹臣紘だけだって。」

『……この子だよね。紘の好きな子って、この子だよね。』
 夕暮れの音楽室。春香は金色のサックスをかまえて笑う竹中妃芽菜をまっすぐ指さす。

 そうだよ。その通りだ。
 俺が好きなのは、竹中妃芽菜だ。


 最初は、ちょっとした出来心だった。
 作が事故にあった。あれはただ単なる事故。紘は何の関与もしていない。
 ただ、その前に聞いていた『あの事』が、紘の中にくすぶっていた。
 竹中妃芽菜が陸を好きだということ。それが耐えられなかった。奪いたい、そんな独占欲が、自分の中にあることを知ってしまった。それに抵抗できなかった。
 ほんのちょっとした遊びだった。ひめを汚す愚か者に天罰を与える。そう書いてみただけだった。
 だけど、事件は自分の知らない所で独り歩きを始めた。倉田圭、大伴行人の二人が相次いでけがをした。あれは明らかに誰かが意図的にけがをさせていた。誰が?それを探る目的も兼ねて、紘はあの『脅迫状』を書き続けた。でも、そんなことをしなくても倉田圭のけがは妃芽菜がやったことだとなんとなくわかってしまった。それを知ってしまったら、もう止められなかった。隼人の事故も、陸のけがも紘がやった。隼人の背中を押したのも、陸がいずれ使うとわかっていた梯子に細工をしたのも紘だった。

「ひめに、黙っいてってお願いしたんだって?まったく。」
 沙也が憤慨の表情を作ってそういう。

 妃芽菜に告白したのはウインターコンサートの一週間か二週間前辺り。たぶん、宮二中で一番最初にしたと思われる。笑ってはぐらかされた。作にでさえ、きちんと断りの連絡を入れていたのに。
(ふざけんなよ、チクショウ)
 今回こんなことになったのの理由の一つはこれと言えるかもしれない。

「いやか?俺が妃芽菜のことを好きなのは。」
 ふと、冗談半分にそう聞いてみた。
「いいよ、別に。お兄ちゃんがだれ好きだろうが私カンケーないもん。」
「そ。」
 そう返事をしながら、脇にいる沙也の胸ポケットのあたりに視線を向ける。

  宮第二中学校
  竹臣沙也たけとみさや

 倉田圭にいじめられて、泣かされて、それを逆に懲らしめた前の善也先輩に喝采を送っていた、紘の妹、沙也。

『——竹臣君いるか?』
 音楽室に来てそう言った美術教師の那須。あいつは竹臣沙也を探していた。

「ひめが転校して寂しい?」
「どうかな。」
 そうはぐらかす。
「寂しそーな顔してる。」
「うそ。」
「そう、うそ。引っ掛けようとしただけ。」
「なんだ。」
 俺は、寂しいのかな。妃芽菜が転校して。
 ——でも、どうだろう。もう、会いたいとは思わない。

 卒業式の次の日。楽器を体育館から器具室に運び込んでいる時。
 パートの楽譜ファイルの棚に見慣れないファイルが一冊、おいてあった。
『——ん?』
 取り出して広げる。その時、ポケットに入れず挟んでいたと思われる紙切れが一枚、はらりと出てきた。思わず、拾い上げる。
 『今までお世話になりました。
        ——竹中妃芽菜』
 ファイルを慌ててめくる。中にあったのは今まで紘が妃芽菜に渡してきた数々の楽譜だった。
 音出しのメニュー、スケール(音階)、リズム練習などの基礎練習の楽譜から、ウインターコンサートや、卒業式、コンクールでやる予定だった曲もすべて。

 きっと新しい場所に行く妃芽菜にはここでの思い出は必要なくて、すべてここに置いていく。持って行っても、邪魔なだけ。全てをリセットして、新しいところでふさわしい生活を送る。
 ——たぶん、この先何かのきっかけで紘と会ったとしても、たぶん、ろくにしゃべってくれないだろう。それがふさわしいと思うし、そうされてもあきらめがつく。だけど、だからこそ、このままでいて欲しい。都合のいい、幻想でいて欲しい。そんな思いが、胸の奥でくすぶる。もう、どこかあきらめがついているのだと思う。

「ねぇ、さや。」
 そういうと、沙也はこっちを見上げて
「なに。」
 と聞き返す。
「やっぱ何でもない。」
 その顔を見ていたら、なんだかすべてがどうでもよくなって、そう返事をしてしまった。


『——今までお世話になりました。——』
 妃芽菜が残していったのは、善也先輩あてのメモと紘に託した楽譜だけ。陸にも、仲の良かった友達にも、他に何も残さなかった。

 うっすらと、妃芽菜の甘い香りが匂うあのファイル。
 あれがあるなら、他に何もいらない。

 目の前には白い月がぽっかりと浮かんでいた。

なよ竹のかぐや姫 ~竹取の翁~

なよ竹のかぐや姫 ~竹取の翁~

超弱小校の宮二中吹奏楽部に強豪校上野中から美人転校生がやってきた。彼女はここに溶け込んだように見えていたのだが――。 彼女を中心として起きる奇妙な事件。その真相とは――。 竹取物語をモチーフにした青春ミステリ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 竹林
  2. 貴公子
  3. 事件
  4. 天罰
  5. 混乱
  6. 梯子
  7. 燕の巣
  8. 月の都
  9. エピローグ または地上の者たちの小さな独り言