小説 2020.5.13「和音占い師Sayokoのライブ」にて

音楽スクールでヴォイストレーナーをしている木村 啓介は、歯科助手で働いている恋人のリナと和音占い師のSayokoのピアノ弾き語りライブに表参道に連れられて行く。
土砂降りの雨の中、気乗りしない啓介だったが、Sayokoと黒子のライブの巧みな演奏や彼女の歌に魅せられてしまう。更に全席禁煙、私語、スタンディング禁止、アンコール無しの
たった60分のステージ。
異例なライブスタイルやライブコンセプト、パフォーマンスに啓介は度肝を抜かれる。
実際のライブの模様やヴォイストレーナー啓介のSayokoへの心境の変化は曲が進むにより絶妙に変わってゆく。

小説 2020.5.13「和音占い師Sayokoのライブ」にて

僕は木村 啓介。あだ名は姓名のキと、名前のスケを合体して「キースケ」と呼ばれている。
仕事は音楽スクールでヴォイストレーナーをしている。
この話は2020年5月、東京オリンピックの年。
歯科助手で働いている僕の恋人、リナとあるライブに行った時の話だ。

「ねえ、今日ライブがあるから一緒に行こうよ!チケットも買ってあるし」
リナが笑って言った。さすがに仕事柄、自慢のホワイトニング済の白い歯だ。
「この雨の中?何のライブだい?」
僕はあまり気乗りしない感じで答えた。一般人と同じで、雨は憂鬱だ。
「私の占い師の先生のピアノ弾き語りコンサート!!」
リナは目をキラキラ輝かせて、微笑みながら目をわざと大きく見開いて見せた。
「でかい目だな、そのうち、目玉が落ちるぞ!落ちたらアイアンで打ち上げてやる」
僕はゴルフの打つ真似をした。
「あははー」
二人は笑った。笑いのツボが合う、いつも仲の良いカップルである。
「ところで、占いの先生って、いつも占ってもらっているの?」
「月1回位かな」
リナは言った。
僕は占いには全く興味がないが、リナの好奇心が好きだった。
リナの勧める映画、本、音楽、アーティスト、美術、旅行先などは
今までに一度も外した事がない。
僕はその感性には少し悔しいが、完全に脱帽で一目置いている。

「友達の紹介で知ったんだけど、3つの音の和音で2つの未来を見て占うんだよ。
Sayoko先生って言うの。先々月その友達とライブ観てきたけど、何か独特で面白いよ」
「わ、和音占い!?僕もギターは弾くけど聞いたことがないね。何か怪しいんじゃないの?」
僕は声がひっくり返ってしまった。
「まー、占いはタロットと同じような要素はあるけどね。でも音楽理論に基づいて
鑑定されるから何か凄く説得力あるのよね。先生の話術もあるかも」
リナはちょっと遠くを見ながら、淡々と言った。

「何を占ってもらっているのかなー?」僕は意地悪にリナの顔をのぞいた。
しかしリナはすまして何も答えなかった。

そして二人は早速、原宿の「表参道クアトロ」と言うライブハウスに向かう事になる。
しかしそこに向かうにつれて、雨足はいっそう強くなってきた。

表参道クアトロに着くと、もうすでにライブを観に来たと思われる人たちが、
雨の中、長い行列を作っていた。
どう見ても50人位は並んでいる。女性7対男性3位の割合であった。
人数では、斜向かえの有名なアイスクリーム屋の行列に十分対抗できる位だ。
あちらも行列、こちらも行列、日本人はどうしてこう並ぶのが好きなのか?
雨がブーツに染み込んできたのを感じながら僕は思った。

「Sayokoって女性は、ずいぶん人気があるんだね、プロデビューしているの?」
僕は当然の質問をした。
「ううん、インディーズだと思うよ。CDも何枚か出しているんだって、
お客さんは、ほとんど占いのお客さんとその友達じゃないかしら?」
リナは顎に右手の人差し指をつけ首を右に傾け答えた。
可愛い形なのか?たまにわざとこのポーズをする。
「占い師の信者達か。数珠や壺でも買わされるんじゃないかしら?」
僕もわざとリナと同じポーズを取って、少し意地悪を言ってみた。
「キー、ムカつく!」
少し上唇が厚く、顎が薄いリナは、怒るとセキセイインコの様な顔になる。
「ははは、その顔!」
これがいつもの2人のパターンだ。
既に土砂降りの表参道ライブハウスクアトロに着いた。

「Sayoko Live! with~黒子だって、何?誰?黒子って?なんか質素だね」
僕は素朴にそう思って言った。
表参道クアトロの本日のライブ予定が店の前に小さな黒板にチョークで手書きであった。
「黒子ってその名のようり歌舞伎の黒子よ。でもお店の中はゴージャスで意外と広いのよ」
リナがそう言ってライブハウスのフロントにツカツカ入って行った。
並んでいたのは当日券の人たちだ。

受付のフロアーにはライブのチラシとCDが3種類とライブDVDが2枚ずつ売っていた。CDは今年と去年と一昨年の作品で、ライブDVDは去年と一昨年の物だ。

Sayokoのスタッフと思われるコンサバ系の白いブラウスの美人が3人いた。
それと本人のサイン入りの書籍「2つの未来が見える和音占い」が置いてあった。
「今年の新作CD買っちゃおう!」リナは初めから決めていたようにすぐに購入した。

僕がチラシを見ていると、今年2020年の発表曲目が紹介してあり、
全席禁煙、私語、スタンディング、アンコール禁止と書いてあった。
「禁煙はわかるけどさ、黙って座って静かに観てろってか!クラッシックの発表会みたいだね。
それにアンコールも無し?凄く厳しいな、せめてアルコールはあってね!もう許してね」
僕は笑って独り言のように呟いた。
「あ、でも1時間だから気にならないよ、お酒は飲めるよ」
それを聞いていたかのようにリナは笑って言った。
「1時間なんだ、なんと意外に短いライブなんだね」
普通ワンマンライブなら90~120分位は演奏をする、アンコール曲もしっかり用意したりして。店の中に入りながら僕はそう思った。

ライブハウスの箱は中央にテーブル、フリーカウンター、周りに椅子がビッシリ並べてありキャパは100席位あった。席側が後ろに行くにつれ床がだんだん高くなり、後ろの席でも十分ステージが良い角度で観られる面白い作りだ。
スピーカーはJBLで前にPA用スピーカー2つ、後ろの席の方にも左右に2つあった。
音周りがとても良さそうだ。
「やっぱりライブハウスの空気とビールはおいしいね」
僕は早速ドリンク券をハイネケンに代えてすぐに飲み、上機嫌だった。
リナもカクテルを飲みながら意地悪そうな顔を作って僕に言った。
「Sayokoにぶっ飛ぶぞー!」
「そう?俺のこのハートにバーンと飛ばして、ホールインワン!入れて入れて、ははは」
僕は身体をクネクネさせながら言って笑った。
「もう、みっともない、ほんとアホか!」リナはまたセキセイインコの顔になった。

30分位で席はお客であっという間に埋まり、ざわざわと人間の音がしていた。
人がたくさんいると洋服や髪の毛などで吸音効果が多く出て、リハーサルと音の回りが変わる。
音響の専門学校でそう習った。更に雨で湿気も多く、音にはかなり影響があるのでは?と思った。
店内は熱気と湿気でジメジメしている感じもしていた。

僕は程よいアルコールで気分が良くなり、ライブ鑑賞の準備はすでに万端だった。
ステージを見ると真ん中に白いグランドピアノが横向きにドーンを置いてあった。
下手の右側にはパーカッションの太鼓があり、メロディチャイムやカウベル、ピッコロスネア、スプラッシュシンバル、コンガ、マラカス、トライアングル、ギロ、ビスラスラップ、カバサなどがあった。
珍しい色々な打楽器が並べてある。そして全て色は黒に統一してあった。
グランドピアノの少し左後ろにテレビモニターがあった。
「ピアノとパーカッションの二人か、しかし黒いスプラッシュシンバルなんて初めて見た」
照明で光っている綺麗なボンゴを見ながら、ボーッとそんな事を考えていると、だんだん照明が薄暗くなり、BGMの音が鳴りやんだ。

「お!いよいよだね!ライブ!ライブ!」僕がはしゃいで言うと、
リナが「シー」と人差し指を口に持っていって言った。
「はいはい」僕は片手でポーズを取り黙った。
すると場内が先ほどとは打って変わってシーンと静かになった。

こんなに静かになるものか。僕は関心していると、さっとステージに
白いドレスのような服を着た女性が現れた。一歩引いた後ろには歌舞伎の黒子のようなカッコの小柄のがっしりした人が立っていてその人はすぐに、素早く深くお辞儀をした。
「sayokoさーん、先生!」場内の拍手と歓声がいきなり雷のように湧いた。凄い人気だ。

そうです。この時、僕が初めて見るその女性がSayokoだった。
身長は160cm位で中肉中背、特別な美人ではなかったが、
とにかく肌の色が白かった。そして目はリナと同じ位大きくキラキラ光っていた。
耳には蝶か花の形のイヤリングかピアスが見えた。
何よりもビックリしたのが、腰まである真っ黒な長いストレートな髪がCMに出てくるような女優みたいで、絹のようにサラサラと綺麗だった。
そして不思議と風も無いのに髪がなびいているようにも見えた。
どう見ても田園調布や成城の音大生のお嬢様やピアノの先生と言う感じだった。

彼女は後ろの黒子とは違い、軽く会釈をするだけだった。
黒子(くろこ)はパートナー女性の名前ではなく、歌舞伎に出てくる黒子のカッコをした人間だった。男性か女性かも分からない。なにやらパーカッションを再チェックしているようだ。

しかし僕は、その時の彼女の笑み、笑い方を僕は一生忘れる事ができない。
何と表現するか、ほくそ笑むと言うか、何か冷たく上から目線のような、けしてオーディエンスに媚びていない「ニヤー」とした閉じた口の形だったと記憶している。
その唇も薄く形は良い。そして嫌味でない薄い赤い口紅がひかれていた。
顎を引いて上目づかいに客席を見回した。

ゆっくり白いグランドピアノに座り、ピアノに一礼した。右手で白い飾りのあるピンで止めた右耳の髪をさわり、かき揚げ、首の体操らしき動作をして、顎を引きしばらく目をつむって集中しているようであった。
短距離スタート直前のアスリートを見ているようだ。
場内は静寂に包まれている。誰も声を掛けられる雰囲気ではない空気になった。
僕らの客席から観ると右横顔で、うつむき加減の彼女の横顔は、この静寂を楽しんでいるかの様にも見えた。
1分位はたったか?僕はそんな時、急におならがしたくなり、思い切りお尻をしめた。
その分、人よりもをとても長い時間の演出を味わった。

「Sayokoです、こんばんは」

マイクに小さな声で囁いたかと思うと、ゆっくりと静かなインストメンタルを弾きだした。
黒子はメロディチャイムを鳴らし、マラカスでゆっくりリズムを作りだした。
驚く程グランドピアノの音は音域や音圧、音の拡がりがあり、さすが楽器の王様と言われる楽器だと痛感した。音はJBLスピーカーから原音を超える遥かに良い音になってオーディエンスを包んだ。

「やっぱり本物の楽器の音はいいな」僕はそう思った。
CDを聴いている客はその曲を知っているらしく、ため息と共にその雰囲気に合った、さざ波のような拍手でそのピアノの旋律を歓迎した。
清楚で美しい調べという感じの曲だ。十分BGMには聞ける曲と演奏力だ。
しばらく僕はサウンドやメロディの心地良さを感じてうっとりしていたその時、
彼女は突然ゆっくりと喋り出し、僕は少しはっとした。
それはラップなのか、セリフの語りのようでもあり、和音のトーンに溶け込んでいる音の高さの声で耳障りではない心地よい喋り、音だった。

語りMC

今夜も雨雲を呼びました。
外の雨音と、あなたが運んで来てくれた雨の匂いと、拍手の音、手拍子リズム。
それとパーカッションとで私のサウンドが成り立ちます。
ありがとう、今夜も一緒に楽しみましょう。

私は雨が大好き。あなたも雨が好きですか?
もしよければ、今日みたいな雨の日。そんな時は私を思い出してCDをかけて私を
あなたの部屋に導いてくださいね。
よろしくお願いします。
あと、できればCDは東の部屋に飾って下さいね。

以上

発音と綺麗な声で朗読力のあるセリフ語りだ。
このBGMのインストルメンタルは「雨音ピアノ」と言うタイトルで、
手元のパンフレットに書いてあった。

僕は彼女の「今夜も雨雲を呼びました」
と言う野付の言葉がおかしくておかしくて吹き出しようになっていた。
「何だ、あの子、大丈夫かな?気の違った音大生の発表会コンサートじゃないの?」
「くっ!」
内心そんな事を思ってつい鼻で笑ってしまった。

リナはそれに気づいたらしく、同じように僕を横目で見て鼻で笑った顔をした。
リナは俺の考える事や、感性をよく把握している。

いつの間にかその曲が終わり次の曲になって、彼女の歌を聴いた瞬間にびっくりしてしまった。

歌1曲目「最後のキャラメル」と言う、童謡や唱歌のような曲だ。

歌詞

A 机の引き出しに隠れんぼうで、忘れ去られていた
小さな白いサイコロに2つ入りのキャラメル
1つは食べてしまったから
ラストの1つはあなたと二人で味わいたいな

B 私から舐めて毒見をして
キャラメルを舌の先に乗せ
大好きなあなたに口移しであげる

C 何度も何度も二人で舐め合って
最後にキャラメルはあなたの口の中で
逝ってしまうの?

何度も何度も舐め合って
最後にキャラメルは私の口の中で
溶けて無くなるの?

A サイコロの目の1がこちらをじっと見つめている
背番号1はエースナンバーだよね
キャラメルは独りぼっち
結局、最小単位になってしまうのね

B つがいの小鳥のように
口移しで喜びを分かち合い
甘さに二人の心はさえずる

C 何度も何度も二人で舐め合って
最後にキャラメルは私の口の中で
落ちてゆくの?
何度も何度も舐め合って
最後にキャラメルはあなたの口の中で
溶けて逝ってしまうの?

「何だ、この歌?この世界・・・」
僕は美声には驚いたが、子供じみたキャラメルの歌だった。
典型的な声楽の歌唱。
わかりやすく言うと小中学校の音楽の先生のような歌い方であった。
ファルセットを使いながらも結構声量があり、マイクも10cm位放して歌っていた。
場内も僕の心中とユニゾンをしてどよめいた。その後、拍手が波のように鳴った。
清水のように澄んでいて、高音のトーンが何とも言えずに美しい綺麗なチャーチボイスだ。
歌の2曲目「希望のうた」も同じような曲が続き、僕はすっかり彼女の声楽に魅せられてしまった。ピアノも声楽も教室を開いてもおかしくない位のレベルで少し安心してしまった。

続く、歌の2曲目「希望のうた」は小学校の音楽教科書に出てくるような歌だ。

歌詞

A 星の砂 探していたあなたへのプレゼント
果てしなく続いている砂漠の陽炎が

B できるならこの熱い想いを
送りたい 星の形に変えて

A喜んで笑っているあなたのその顔を
灼熱の夏の空 想い浮かべている

C 時は願いを叶えてくれない
何もしないで 眠っているだけじゃ
だからさあ行こう!どこまでも夢を描いて
行こう 行こう どこまでも
愛は天下の回りもの 
大切なモノは それは明日

A 幸せのクローバー 私への贈り物
果てしなく続いている緑の絨毯が

B できるならこの熱い想いを
送ってね 四つの葉に変えて

A喜んで笑っている私のその顔を
草原の夏の空 想い浮かべている

C 時が何かを変えてはくれない
何もしないで寝ている人には
だからさあ行こう!どこまでも夢を描いて
行こう 行こう どこまでも
運を味方につけようよ 
大切なモノは それは明日


これは明るく希望のある歌詞で、綺麗な応援歌が心に染み渡るみたいだ。
隣のリナはうん、うん頷いて聴いていた。

目の前で歌っているSayokoの横顔はうつむき加減でほとんど目をつむっていた。
たまにゆっくり首を振ると髪がさらさらと動くだけであった。
静かな大人しいライブだ。
ライブと言うより声楽ピアノ弾き語りコンサートだと僕は思い、もうすでに退屈モードを感じていた。

僕は隣のリナに耳元で
「ねえねえ、Sayokoさんっていくつなの?」
ついついバカな日本人の典型的な質問をしてしまった。
僕の悪い癖。
「知らないよ!同じ位か、あたしより少し上だと思うよ」
Sayokoの世界に陶酔していたリナは僕の質問のくだらなさに、
見向きもせずに面倒臭そうにそう答えた。
リナの言い方に、「ふーん」僕は狼狽と、質問した事に後悔を感じ、
少し自己嫌悪で不機嫌な気持ちになった。

実を言うと、僕は声楽の歌や合唱隊、特にオペラの女性ソプラノの歌が苦手なのだ。
ソプラノを聴くとだんだん奥歯の虫歯が痛み出した経験もある。
いわゆるトラウマと言う奴だ。
「綺麗な声だけどこの調子じゃ、たまったモンじゃない!!」
僕はすねた半分、逃げ出したくなった。
「リナには悪いが、腹痛の振りをしてトイレにでも逃げ込んでスマホのゲームでもやってようかな?」
そんな心の葛藤を背負いながらもその場を耐えた。

ところが、ふとステージのSayokoをよーく見てみると、スポットライトの当たっている
彼女の横顔がとても美しい事に初めて気がついた。
鼻から2つの唇、顎にかけての真っ直ぐな線、これは歯科助手のリナが常日頃言っていた、
上下の顎のかみ合わせの完璧な美のラインだと説明してくれたのを思い出した。
「本当だ、そう言われて見ると綺麗だな」僕は彼女の歌と横顔、そして丁寧にピアノを奏でる白魚のような長く細い指と演奏する美しい姿に、ボーッと見とれてしまった。

2曲目が終わり、拍手が起こり、また少しの沈黙の後に再びインストルメンタルを弾きはじめMCのような語りが始まった。
黒子は波の音を作る楽器を使った。

語りMC

あなたは旅行が好きですか?外国ならどこに行きたいですか?
私はミクロネシアのアジアの海に行きたいと思います。
そしてそこはスコールのある街。
突然のスコールで天然のシャワーで全身ビッショリ濡れたら気持ちがいいと思います。

国内ならあなたと一緒に、森林や樹海で木の匂いの中で雨に打てれて、心と身体の全ての汚れや邪気を流れ落とし、山のパワーを吸い上げて共有したい。
そして海なら雨の真っ暗な夜の海に入り、血液に近い海水の天然塩のパワーをあなたと分ち合いたいです。

このBGMのインストルメンタルは「窓の外」と言うタイトルだ。

彼女のカリスマ性がまだ分からない僕にとって、このMCの内容に関してはノーコメントだった。暗い曲だが、他のお客さんは馴染みの曲のように拍手をしていた。
それよりもピアノを弾きながらよくあれだけ、間を取ったり、強弱をつけて喋れるな。
と他の客と違う所に関心していた。
あと、僕を含めて一般の人が初めてあの内容の語りを違和感なく聞けるのは、とても良い言葉の発音と喋りのうまさなのだという事に気がついた。
3曲目が始まる前にSayokoはマイクの位置をゆっくり直した。
歌の3曲目、4曲目は打って変わってマイクに口をかなり近づけて囁く様に歌い始めた。
これは専門的に言うとウィスパーボイスだ。宇多田ヒカルがそれに当たる。
タイトルは「セピアカラーのシネマ」「木漏れ日の中で」とパンフレットに書いてあった。

歌の3曲目「セピアカラーのシネマ」

歌詞

A 知らない異国の街
すれ違う異国の香り
B 偶然のいたずら
あなたとの出会いの瞬間
「Nice Meet You…」
素敵なその瞳

C 君の過去を消してあげる
君の明日を描いてあげる
二人の姿が街並みに消えてゆく
長い並木道のラストシーン La la la

A 昨日から私を
連れ出したAir Plain
刺激が強すぎるこの空は

B 偶然の過ち
私が振り向く瞬間
「Nice Meet You…」
セピアカラーのシネマの中に

C あなたの過去を消してあげる
あなたの明日を描いてあげる
二人の姿が街並みに消えてゆく
長い並木道のラストシーン La la la


3曲目は海外の旅先で知り合う男女の恋心をエキゾチックなアジアン風のアレンジで、
小柄の黒子がボンゴや色んなパーカッションの楽器を匠に操った。
歌詞の中の「あなたの過去を消して、あなたの未来を描いてあげる」
というリフレインが印象的だった。
囁いた歌なので聴き様にはとても切なく、色っぽい感じでもあった。

4曲目は聞き用によっては不倫を歌った詩にも思えた。
歌の4曲目「木漏れ日の中で」

歌詞
A 揺れているのは あなたの木漏れ日
あー あの日と まるで同じような場面
肩に手をやり 歩く二人の影が
幸せな時を 確かに刻んでいるから

B このまま帰るなんて 許されないかしら?
夕陽も帰ろうとして 許されないよね

C Sun Stream Through The Leaves Of Trees
木の葉の様に 揺れる私の想い
でも素直になりたいの 
揺れている木漏れ日の中で

A 揺れているのは 私の木漏れ日
あー あの日と 忘れてしまったような時間
肩に手をやり 抱き寄せるあなたの想いが
Love Story色のドラマを演じているから

B このまま帰るなんて 許されないかしら?
夕陽も帰ろうとして 許されないよね

C  Sun Stream Through The Leaves Of Trees
時間を止めたがる 私の想い
でも愛を掴みたい 
揺れている木漏れ日の中で

間奏では鼻歌、ハミングやスキャットでメロディを綺麗に奏でた。
僕は一瞬、何の楽器の音なのか分からなかった。とても意表をついた試みだ。
歌唱は打って変わって囁いている様だが、メロディやコードが凝っているのと、オブリガード(歌のメロディの無い所に入れる楽器のフレーズ)がとても凝っていてアレンジも良い。
客観的に弾き語りをしながらでは難しいそうなプレイを彼女は淡々と行った。
難解なフレーズを弾くときは右肩を少し上げて弾く癖を見つけた。
その事よりも、とにかく細く白い右手の指の速さに僕はビックリしてしまった。

そう言えば、気にはしていなかったけれど、ステージの後ろのテレビモニターは彼女の正面の顔を捉え、丁度彼女の後頭部のあたりに設置してあり、何となく彼女の顔の大きさ位に写っていた。
ほとんど下を向いているか目をつむって演奏をしているので、「何の為に写しているのか、あまり意味がないな?」と思った。
4曲目が終わり、また拍手が起こり今度は僕もつられて手を叩いていた。
思った以上の演奏力と歌唱のバリエーションだ。

歌が終わり、彼女は氷のような?笑みを浮かべながら、首を傾け左にうつむき、5秒位の間で、また次の曲を静かに弾きはじめた。
次もインストルメンタルの「白い旋律」と言う曲だ。
弾きながら再び語りを始めた。

語りMC

あなたの周りでも最近、「プラス思考になれ」とか
「もっとポジティブになれ」とか言う人っていませんか?

私はぜんぜん気にしていませんし、そうなるのが、ちっとも良いとも思ってないです。
なぜなら、簡単に考えて、元々小さい頃からマイナス思考やネガティブだった子が、
大人になって他人から逆になれ!と言われてもそれは無理な話です。
毎日無理な事をやろうすると、やっぱり凄くストレスやプレッシャーになりますよね。

それならマイナス思考もネガティブも自分で受け入れて、そしてちょっと開き直って
ゼロの思考や平常心を目指せばいいと思いますし、その方が気は楽ですよ。
私もそのタイプなので、あなたにも取り入れて欲しいな。
そうすると意外に今日と明日がだんだん楽しくなっていきますよ。

リナはこの語りに涙目で頷いていた。
僕もそうだよな、と素直に思い、リナの涙に心を打たれた。女の涙には弱い。
僕の職場ではそれ以外に、「モチベーションを上げろ、周りの空気を読め!」
というフレーズが日常茶飯事に使われている。
それをすべてクリアーするのが立派な大人の社会人なのか?
多分、そうなのだろう。僕は自問自答していた。

5曲目、6曲目はそんなモヤモヤした気持ちに追い討ちをかける様な暗黒のマイナーな曲のイントロが流れた。
ちょうど5曲目が始まる頃に、会社からメールがあった。
今日の仕事の報告不備の伝達内容だった。
「あ!しまった報告するのを忘れていた」
すぐに返信メールを打っていると、5曲目のイントロが鳴りSayokoの
ロングトーンが聴こえてきた。
クレッシェンドをした強い地声に見事なビブラートが掛かっていた。
僕はそのビブラートの声に気を取られてメールを打つ手が止まってしまった。
僕は「うわ、何だ何だ!急にビブラートを使った、今までと全然歌い方が違うじゃないか」
仕事柄、そのヴォーカルに本当に驚き耳がダンボになった。

そしてその曲は「恋愛論」と「Fineフィーネ」と言う曲だった。

歌の5曲目「恋愛論」

歌詞

A 抱きしめていたい
あなたの全てをそのままに
ケースに入れて大切に
しまっておきたい
壊さないように

A 落とさないで欲しい
私の愛のプレゼント
バックに入れて いつでもどこでも
しまっていて欲しい
あなただけの為のモノだから

A 残しておきたい あなたの涙をこぼさずに
冷凍庫でダイヤのように
輝きを保つよ
私の為のモノだから

B だけど無くした時 
私もあなたも おもちゃ箱から
落ちてしまった兵隊人形のように
何かが 何かが変わるよ
ハンデが消えて自由に旅立つジプシーたちよ

C 恋愛論でも読んでみようかな?
駅前の本屋やネットにたくさん並んでいるけど
買えるかな?検索できるかな?
お店じゃ人目が気になるけど
恋愛論でも読んでみようかな?
恋愛論でも読んでみようかな?

B 落とした時 あなたも私も
クロスパンチをくらったボクサーみたい
夢心地 起きられない動けない
レフリーのカウントは9を指している

C 恋愛論でも読んでみようかな?
駅前の本屋やネットにたくさん並んでいるけど
買えるかな?検索できるかな?
お店じゃ人目が気になるけど
恋愛論でも読んでみようかな?
恋愛論でも読んでみようかな?

なんと僕は、このR&Bのミディアムの歌で、このライブで一番衝撃を受けた。
3回のAメロは1回目を囁いて、2回目は普通に、3回目は強く歌った。
後半のB、Cメロは転調をして、テンポが少し早くなり、突っ込みラップのような感じで
歌詞をまくし立てた。楽曲のアレンジは最高にカッコ良く気に入った。
「この曲、バンドスタイルで演奏すればもっと凄い曲になるぞ!」僕は思った。
しかしこのラップはあまりラップらしくはなかったが。
リズムは16ビートのシャッフルで黒子はボンゴを丁寧に叩いた。

更にこの曲から彼女はなぜか、モニターカメラを見つめて歌い始めた。
それは暗く悲しく、少し怖く何かを訴えるような目だった。
横に開く赤い唇紅の中の、形の良い平らで柔らかなピンクの明太子のような色の舌が艶かしくよく見えた。白と黒のステージに唯一、ピンクや赤系の口元は生えた。
森の中のコケティッシュな妖精を見ているような感覚でもあった。
昔、ケイトブッシュというアーティストがいたが、イメージが似ていた。

目をつむって弾いてたり、カメラ目線でずっと歌っているので、彼女はピアノを見ないでも十分弾ける証拠でもある。
「Sayoko恐るべし!そしてフレーズの引き出しがとても多い!なんだこの子」
呆然とする僕。
そして音と歌とモニター画面の彼女の目力に僕は内心、蛇に睨まれたカエルのようになった自分に気づき始めていた。
それは少し恥ずかしいが、久しぶりの遠い記憶のマゾ的な快感みたいな気持ちだったのを今でも痛切に覚えている。このようなエロスもあるのか?
「何を考えているんだ!」この会場でよこしまな気持ちでいるのは、きっと僕だけだろう。

ボーッとそう思い、ふと何気なく右隣にいたヒゲのおじさんの顔を首の角度を変えずに横目でさり気なく凝視すると、彼も気持ち良さそうなトローンとした目で、とても愛しそうにSayokoを見つめ、口が半開きに空いていた。
おじさんは余りにも間抜けな顔だったので、僕はずっと見ていたら、本人もハッと僕の視線に気づいたらしく、僕にゆっくりと振り向いた。
その瞬間、僕は素早くステージの方に目玉を戻した。
彼に気づかれずに済んだようだ。
人間の首の速さよりも目玉の動きの速さが勝っている事を発見した。
たぶんストリップを見ている人の男達の顔も、あんな感じなのだろう。
と、思いながらも自分もあんな顔で見ていたのだろう。などと考え、なぜか男としてはずかしくなった。
結局、会社へのメールの送信もすっかり忘れてしまった。
次の曲のイントロが鳴ると客は喝采をした。

歌の6曲目「Fineフィーネ」モダンなシャンソン系の曲

歌詞
A もしもこの映画が終わってしまったら
あなたは何処へ行くのでしょう
たとえそれが儚い恋でも
過ごした夜は いつまでも明けない

B 時は流れて 思いは季節に流れるだけ
立ち尽くした私を残して

C Don’t Say goodbye ai
行かないで 行かないで 行かないで
あなたがいないこんな夜

A もしも微笑みから涙がこぼれたら
あなたは何を想うのでしょう
プラチナ通りでセピアを歩く
交わした愛は 心に刻まれる

B 時はめぐり 想いは季節に問いかけるだけ
悲しむだけの私を追い越してゆく

C Don’t Say goodbye ai
行かないで 行かないで 行かないで
私がいないこんな夜
C Don’t Say goodbye ai
行かないで 行かないで 行かないで
あなたがいないこんな夜


リナや周りの女性は歌詞の世界に入り込み、「行かないで 行かないで 行かないで」
の強い感情のリフレインに女性のすすり泣く声が多く聞こえた。

僕自身はこの2曲の歌詞の内容は全く頭に入っていなかった。
しかしこの歌い方は日本のベテランシャンソン歌手の越路吹雪の歌い方や、まくし立てる
歌詞の語りに近いのでは?と漠然と思った。
この2曲で完全にSayokoの歌の世界は客の心を鷲掴みした瞬間を見た気がする。

曲が終わると、拍手のあとに少し沈黙があり、アップテンポのジャズ風のインストルメンタルを「Doubtダウト」引き出した。
「おおー!」男性が歓声を上げた、女性も拍手で迎えた。
この曲は去年の作品のラストの人気盛り上がり曲とパンフレットに書いてある。
この曲は意外と長かった。客は満足そうに手拍子を打ち歌詞を歌った。

このライブでは、彼女はずっとピアノから指を離さず音を出し続けていた。

今度は少し感情的に、彼女は喋りだした。

語りMC

私は必ずライブの日に、今日の和音占いをして私とあなたの2つの未来を見て来ます。
そして今日は変える未来のチェンジと出ました。
何か古い事やマンネリな事に変えて、新しい事にトライやチャレンジをしましょう!
今がその時、物事には素敵なタイミングって必要ですね。
今日初めてライブに来てくれたあなたは、必然的に私に会えて、新しい事にチャレンジしましたよね。
タイムマシンはまだ発表されていません。便利そうだけど発明されたら、間違いなく悪用されます。
それだから過去や未来や運命はけして変える事は出来ませんが、和音占いを道しるべとして見える未来を選んで現在から歩き出す事は出来ます。そこまでが人間の能力の限界です。
2曲どうぞ。

僕笑いながらは「何をおっしゃるSayokoさん!」と思いながらも、もし本当に占いで見える2つの未来をチョイスして良い方に進めたら大きな失敗はないよな。などとも考えた。
そう言えば母親の観ていた、韓流の時代劇を思い出すと、将軍や帝王は戦の前に風水師などに重要な相談をして意見を真剣に聞いているいるシーンがよく出てきたのを思い出した。

「やっぱり占いって歴史が有って凄いモノなのかも?でもそんな物、僕自身は半信半疑でもいいよな、関係ないよな」と、無意味に自分に言い聞かせた。

歌の7曲目「2つの未来」
歌詞

A 右か左か コインの裏表
出会うか別れるか 生きるか死ぬか
毎日いつも そんな選択ばかり
YesかNoか いつもNoが言えない
すべてYesから始めたいとは思う

B もしも未来が見えるなら
当然良い道を選ぶはず

C 当たり!の昨日を 更に明日に再生して
今日を変えられたら 導けられるのなら
2つの未来の道しるべ 選ぶのはあなた

A 私か彼女か あなたか彼か
進むか止まるか 愛か無視か
私もあなたも 選択する時が来るかも
そんな事はない方が良い

B Ηello? それとも Goodby?
できればHelloを言いたい

C 正解!の昨日を 更に明日に再生して
今日を変えられたら 導けられるのなら
2つの未来の道しるべ 選ぶのは私



「心の中のサイレンス」
歌の7曲目

歌詞

A 果てしなく広い 宇宙の彼方に飛ばしてみる
あなたへの想いを流れ星に乗せて
恋に焦がれて 宇宙に憧れて送ってみる
あなたに届くように

B 見えない翼広げて 大空舞い上がると
心の樹海の中 何か聞こえる

C 私からのシグナル
繰り返す波のように
あなたの中のサイレンス 鳴り止む事はない
この胸に光が注ぎ込むように
Lucky Star &Lucky Day

D 移り行く時の流れ 巡りゆく星の流れ
すれ違う人の匂い 会えるのはあなた

A 果てしなく広い 宇宙に光よりも早い願いを送る
あなたへ確実に届く方法

C あなたからのシグナル
繰り返す波のように
あなたの中のサイレンス 止めど無く続く
あなたからのシグナル
降り続く雪のように
あなたの中のサイレンス 鳴り止む事はない
この胸に光が注ぎ込むように
Lucky Star &Lucky Day

D 移り行く時の流れ 巡りゆく星の流れ
すれ違う人の匂い 会えるのは私


MCで話した内容の詩の世界だった。和音占いの宣伝のような曲と分かってはいても、
心理学や哲学的なキレのある単語を並べた歌詞は70年代のプログレッシブロックに十分匹敵する説得力とポリシーが全面に出ていた。
詩の文章にも力があり、占いのファンにはたまらなく勇気が出そうな歌詞だった。
歌い方も地声がメインになり、いつの間にか力強い歌い方にどんどん変わっていった。

「ブライト」を聴いて下さい。
彼女はインストルメンタルのタイトルを言った。
場内は特に男性が盛り上がって、歓声を上げた。
これは黒子との激しいアドリブや掛け合いがある定番らしい。

ところが、ちょっと間があって黒子がSayokoに何やら指で5、3,4などサインを
送っていた。彼女は首を横に振り、次のサインを待ち、5,2,3のサインも首を振った。
5.3.1黒子のサイドのサインに彼女は真剣な顔で2度頷いた。
ほんの数秒ではあったが、真剣勝負の野球のピッチャーとキャッチャーのようなやり取りを見た感じで、野球ファンなら面白さに気づくシーンだった。

アップテンポのシャッフルのリズムの中で、手拍子に合わせアドリブ大会が始まった。
黒子がリズムを即興で作り、彼女はそれに合わせピアノを弾いた。
彼女がメロディやリフを弾き、黒子がリズムパーカッションでそれに応える。
黒子がソロで叩いている時、Sayokoは両腕をピアノの上に置き、首を縦に振り目をつむって聴いていた。
お互いにあおったり合わせたり、もたったり、突っ込んだり、見事に息が合っていた。
途中、裏リズムの掛け合いでSayokoは「Ah、Ah、Ah、Ahー!」と叫ぶフレーズがあり、
見方を変えると、悶えるシーンのようで、やたらに官能的だった記憶がある。
難関なブレイクや変拍子も入り、客の手拍子が一瞬、合わなくなると、いつの間にかわかりやすいフレーズに戻り、いつの間にか不思議に手拍子と合っていた。
ピアノのグリッサンドを多用して、
「バンバ、バンバンバン!」決めたフレーズをキッチリ決めて終わった。

観客は「オー!すげー!ブラボー」と叫び、
「うまい!」思わず僕は言ってしまった。
もう一つ、このアドリブ大会の途中でハッと、ある事に気がついた。

このライブは照明のライトの赤や青、緑や黄色やフラッシュなど色物照明効果やスモークなどは一切使っていない事だった。
普通のライブは曲の雰囲気に合わせてライブハウスのスタッフが適当に機械で操作する。
白いライト、スポットライトのみで、ステージには」白いドレスのSayokoと白いグランドピアノ、白と黒の鍵盤、黒い衣装の黒子と黒のパーカッション。
徹底して、色が白と黒しかステージに存在しない演出だった。

場内は拍手で湧きどよめきもあった。外国人はブラボーブラボーと吠えた。
「Sayoko先生!スゴーイ」リナも手をバンバン叩き、思わず叫んでいた。
拍手が鳴りやまねうちに、彼女は首を横に振り、
「Rescue Me!RescueYou!」と次の曲のタイトルを叫び、わざと客席の左と右を交互に見た。

歌の9曲目Rescue Me RescueYou

歌詞

A 暗い顔 悲しい顔 疲れた顔
最近あなたは毎日毎日 そんな顔
沈むタイタニックに乗り込んで
もし愛のプリズナーになっていたら

B  RescueYou  RescueYou
私があなたを救うから
笑顔に変えてあげる
絶対に 何があっても

A 暗い事 悲しい事 疲れた時
もちろん私にだって襲いかかる
マンネリ化した毎日に
こなしきれない寂寞感

B  Rescue Me  RescueMe
あなたが私を救うなら
笑顔に変えて下さい
約束ね 何があっても

B  RescueYou  RescueYou
私があなたを救うから
笑顔に変えてあげる
絶対に 何があっても
約束ね 何があっても

ノリの良いハードなナンバーで、何と彼女は更に地声を張り上げるSuperflyのようなロック系の歌い方をしていた。
正面の顔のモニターテレビの表情は助けを求める真剣な眼差しだ。
間奏ではのけぞり気味にピアノを弾くと、モニター画面では顎と鼻の穴が見えたアングルにもなった。
首を縦に激しく振り時々目を見開いて睨み、怖い位の雰囲気だった。
それはまるでロックの狂気にも似ていて圧巻だ。
ロック好きの僕にとっては、デープパープルのジョンロードを彷彿させた。
「あ、このリフは3度の音抜きのギターのパワーコードのリフに近い!」
そんな事を思い、僕もつい熱くなって拳を上げたり手拍子をしたり興奮してしまった。

1~2曲目のSayokoとは別人がそこにいて演奏をしているようだった。
これが彼女の変身、変体、チェンジの演出なのか。
僕の女子大生の声楽発表のコンサートみたいになる危惧はすっかり吹っ飛んでしまった。
「何て事だ!」まさに僕が逃げ出しそうな、合唱発表会からレスキューされた。

ところが、彼女も熱く歌い、サビの「レスキューミー、レスキューユー!」の所で、
声が見事にひっくり返ってしまい、モニタ一の顔が一瞬、赤くなったが動じずに更に強く歌い続けた。
歌詞も私があなたを絶対に助けるから、あなたも私を助けてね、約束よ。
そんな駆け引きの内容だった。
アイドルや普通の女の子の発想ならば、お願い私を守って助けてね。と歌う所だ。
男に媚びず、彼女なりの男女平等主義の意味と勝手に受け取った。
僕はそのような考え方は好きで、そんな粋でイナセな歌詞がとても気に入った。

曲が終わり場内は盛り上がり、イケイケ状態になった。
「レスキューミー、レスキューユー!」は2回もソロが入り、意外と長い曲だった。
僕も手や腕が痛くなったが、すっかりストレス解消になり、来てよかったと思った。

曲が終わり。拍手と歓声の中、
「ありがとう最後の曲です、また会いましょう。傘を忘れないでね」
と汗だくで、息を荒立てながら彼女は言った。
「えー!」数人の男性が甲高い声を出した。
「やだー!」女の子たちも言ったかと思うと同時に曲が始まった。

歌の10曲目「Over Sleep!!」

歌詞

A 朝靄の中 橋の上 あなたが微笑みながら歩いてくる
素敵なその瞳 浮かれた気持ち
どうかこのまま時間よ、止まれ!

B 友達が集まって 二人の熱いキッス
幸せのウエディングベル 目覚まし時計に変わり始める

C Uh  Over Sleep 走れ!すぐに
並木道がみんなで歌い続ける中
Uh  Over Sleep 急げ!すぐに
夜になるまで 続きはおあずけよ

A 怖い夢を見て 目覚めると
あなたが心配そうに見つめている
優しいその瞳 救われた気持ち
どうかこのまま時間よ、止まれ!

B ずっとずっとそばにいるよと あなたの温もり
耳元の囁きが 目覚まし時計に変わり始める

C Uh  Over Sleep 走れ!すぐに
並木道がみんなで歌い続ける中
Uh  Over Sleep 急げ!すぐに
夜になるまで 続きはおあずけよ

C Uh  Over Sleep 走れ!すぐに
並木道がみんなで歌い続ける中
Uh  Over Sleep 急げ!すぐに
夜になるまで 続きはおあずけよ

「何てポップな可愛い曲なんだろう!絶対にこれは売れる!!」
曲が終わると僕は痛感した。
基本的な8ビートリズムの明るいポップロックだった。
少女が憧れの恋人と愛し合い結婚するが、それは夢で、目覚まし時計に叩き起こされ、
遅刻に焦るストーリー歌詞で、とてもお茶目な面白い曲だ。
黒子の目覚まし時計の音をトライアングルで、16音符で叩き捲るのがユニークで
クレッシェンド演出が本当に目覚まし時計のベルのようだった。
メインリフとサビの所でパンパン!と手拍子を入れる所が決まっているようで、
観客に合わせて、僕もリナもそれに合わせてやってみた。
パンパンでWake Up!と叫んでいるお客さんが何人かいた。
子供のお遊戯みたいで少し恥ずかしかったがやってみると、パンパンがとても絶妙なタイミングで楽しかった。
Sayokoは最後まで楽しく笑って歌う事はなく、この曲も主人公の真剣な焦りの想いを
演じていた。また、それが逆に雰囲気に合っていた。
例えば、ベテランの漫才師は笑わずに真剣にネタをやり、観客は爆笑する。

曲が終わり、笑いと拍手喝采の中で、黒子は深々と頭を何度も下げ、スっと黒幕に消えた。

Sayokoも微笑みながらピアノに黒い布のようなモノを置き、ゆっくり閉じて、
蓋の部分を両手で触り、ピアノに頭を下げた。
そしてスっと立ち、ステージの中央に歩き深々と客にゆっくりお辞儀をした。
顔を上げると汗で額に長い髪がくっついていた。
その顔は入場の時とは打って変わって、真っ白な歯をむき出しにして、本当に笑っている無邪気な子供の様な感じだった。
そして場内をゆっくりとS字に見渡した。
その笑顔は、可愛く見せようとか、おざなりの作り笑いなどの性質ではなく、
まるで浅田真央が本番のスケートで完璧な演技を達成した時のような清々しい顔だった。
もう一度軽く会釈をしてゆっくり下手に向かって去って行った。

最後にもう一度、彼女は振り向いた時に僕と目が合った。
しかしその時には、
もう無邪気な笑顔は消えていて、大人の女性の切ない哀愁の顔に僕には見えた。

決めたとおりアンコールは無く、すぐに会場は明るくなりBGMが流れた。
余韻にひたり、誰も帰る者はいなかった。
60分の演奏なので、後はバータイムになるのかな?僕は思った。
ざわざわと客が喋りだした。人の音になった。
「どうだった?」リナは汗をハンカチで拭いながら言って、僕の額の汗を拭いてくれた。
「本当にぶっ飛んだよ、いいね!Sayokoさんて色んな歌い方が出来るんだね」
僕は笑った。
「でしょう?」リナは万遍のドヤ顔で言った。
「ここまだ居ていいの?」僕はリナに聞いた。
「演奏が短いから後はバータイムになるみたい、喉渇いちゃった。何か飲まない?」
リナはカウンターを指差しながら言った。
「梅酒ソーダ1丁!てヤンでえ、これが飲まずにいられるか!」
僕は江戸っ子のように言った。
「ちょっと買ってくるね」リナも喉が乾いているらしい。
カウンター方向に彼女の背中が消えて行った。

その間、テーブルに肘をついて僕はSayokoの事を考えていた。
「こんなライブもあるんだな、久しぶりにいいライブを観たな」
僕はつくずくそう思った。
最近の曲はデジタル化していて音が厚く、打ち込みサウンドでリズムも
メトロノームの様に正確だ。
それに慣れてしまって、久しぶりの生ピアノ演奏と人間のパーカッションのグルーブやビートのノリにすっかり魅せられてしまっていた。
「やっぱり楽器の原音と人間の生演奏っていいよな」

僕が独り言を言っていると、リナがドリンクとミックスナッツを持って戻って来て言った。
「先生は小さい頃からピアノをやっていたんだって。学生の頃はコーラス部にいたって言っていたよ」

「ふーん、そうだろうね、1,2曲はその名残があったな。
「ところでさ、あの黒子の人は男性なのかな?」僕は素朴な疑問をリナに投げかけた。
「そうそう、それが秘密、謎なんだよね。毎回ライブが終わると消える様に先に帰るんだって。プロのスタジオミュージシャンという噂もあるよ」
カシスウーロンを飲みながらリナは言った。
「でも、黒子のパーカッションは本当にうまかったな、Sayokoの左手ベース音と黒子の足のバスドラのような低音楽器とのリズム隊になるわけだから、息がバッチリ合っていたね。二人は相当練習しているぞ!」僕はまだ興奮が覚めやらなかった。

「ライブが近くなると、黒子と週3回は遊ぶって言っていたわ。代官山にある先生の和音占いのマンションは防音でピアノのある音楽スタジオになっているからね」
リナはメンソールのタバコに火をつけて言った。
「遊ぶ?くー、憎いね。僕もそんな風に言ってみたいね」
梅酒ソーダを手にミックスナッツをほおばりながら僕は言った。するとナッツの欠片が僕の口から飛んだ。

「汚いなー!」リナが笑った。
「あ、ライブのお金、払うよ。いくら?」
僕は財布を出した。
「ああ、いいよ、いいよ。こんな雨の日に付き合ってくれたんだから」
リナは手を振った。するとタバコの先の長い灰がテーブルに落ちた。
「汚いなー!ハイ、ハイ、灰!」僕も突っ込み返した。
「そう、でもこのライブの料金はいくら位なの?」僕は料金が分からないので気になった。
「1人1万円だよ」リナは平然と答えた。
「え?いちまんえん!高いな、高杉晋作!」僕はまた声がひっくり返ってしまった。

「あっ、はっはっは」テーブルの隣にいた先ほどのヒゲのおじさんが笑った。
「いやいや、ごめんなさい。面白い冗談が聞こえたもので、すいません」
僕はそんなに面白いのかな?と思いながら会釈をした。
「いやね、でも君、このライブはけして高くないと僕は思うよ」
おじさんはそう言ってもう一度笑った。

割腹が良く、お金持ちの地主か社長という感じだ。
彼の隣にいたスーツの美人女性が言った。
「すいません、社長はSayokoさんの大ファンなんです」
「そうですか、Sayokoさんは歌もピアノも上手ですからね」
僕が素直に肯定した。
「僕のワイフと娘がピアノをやっていて、しかし下手でね。
だからあのピアノのフレーズはそうそう簡単ではない位はワシにも分かるんだよ。
Sayokoは相当練習しているよねー?」
満足な笑みで、僕とリナの二人の顔を交互に見ながら言った。
リナは黙っていたので、僕が、
「僕はヴォイストレーナーをしていて、ギターを弾くのですが、鍵盤楽器については
あまり詳しくないんです。でも鍵盤をほとんど見なくて演奏していたのですから、
相当練習していると思いますよ」
「君は歌を教えているのかね?では専門家から見てSayokoの歌はどうだい?」
おじさんは身を乗り出して僕に聞いた。
「そうですね正直、あんなに色々な歌い方ができる人ってそういないと思います。
それに声質もいいと思いますよ」
僕は本心を伝えた。

「そうか、そうだろう、そうだろう、そうだよね」
おじさんは大変満足げに左手で自分のヒゲを触った。

僕は男性のヒゲが嫌いだった、自分の毛が薄くコンプレックスのせいもある。
そして日本の社会でヒゲはNGだとも自負していた。
ヒゲを生やすのは昔の軍人か美容師か社長かアウトロー位だ。
しかし娘ほど年下のSayokoの音楽に素直に満足している純真な横顔に嫌悪感は薄れた。

「実は、社長の娘さんにSayokoさんはよく似ているんですよ。ああゆう顔の娘が好きなんですよ」秘書は半分嫉妬心があるように意地悪そうに言った。

「そうなんですか、あんなお嬢さんがいたらいいですね」
次はリナがそう言って笑った。
「でも、うちの娘の方がもう少しスリム美人で、おまけに典型的な晴れ女なんだよ」
おじさんはローレックスらしき腕時計を見ながらそう言った。
「ライブはよく来るのですか?」
リナが会話をつないだ。
「そう、毎回で困っちゃう。会議や寄り合いをこっそり抜けてね、でも私もちょっとした息抜き」
秘書の女性はそう言って、僕たちにウインクをした。
アメリカドラマに出てきそうなキャリアウーマン役の女優の仕草に見えてカッコが良かった。

「僕は初めてなんですけど毎回、ライブは何か違うのですか?」
僕は月1回のライブの内容に興味があった。
「曲は今年のアルバムが中心で、やっぱり毎回黒子とのアドリブ合戦が楽しみなんだよね。でもそう言えば、でも1回だけ、ライブの途中で歌を歌わなくなってしまって、アドリブ合戦にしてしまったライブがあったね、幻の狂気のライブってみんなは呼んでいるんだ」
「幻の狂気のライブ?凄そう!興味ありますね。なぜ彼女は歌わなくなったのですか?
やっぱり喉の調子が悪かったのですかね?」
僕はヴォイストレーナーらしい質問をした。

「いやいや、客に関西のおばさん連中がいて、注意されてもベラベラ喋り続けたんだよ。
しまいに出て行かせるんなら、金返せって!タチの悪いおばはん達だったよな」

「なるほど、そんな事があったんですか、それで狂気のライブ」
僕が納得しかけたら、おじさんは目を見開いいて、
「そうじゃない、そうじゃない!そこから黒子との狂気のアドリブ合戦で
最後まで終わったんだよ。いやーあれは凄かった!テーマは「狂気」と言う感じだった。
面白かったよ、その辺の下手なジャズクラブのセッションライブなんか吹っ飛ぶよ」

「そうだったんですか、その時の録音を聴いてみたいですね」
僕は素直にそう言った。
「それが、それが、セカンドのDVDに編集されて入っているんだよ!あの時のSayokoの狂気の目付きがもう、たまらん!」
おじさんは口の横に泡を出してカニ星人のように夢中に話し出した。
「それでな、」と話を続けようとすると、
「社長、常務から電話が何度も入っていますよ!もう行かないと」
秘書が慌てておじさんの肩を揺すり言った。
「もう、ヤバイか。じゃ行こう!君たちありがとう、楽しかった。また会いましょう」
二人は笑って手を振ってカニ歩きで客を抜けて帰って行った。

「あはは、カニさんみたいで面白い二人ね」
リナが2本目のタバコに火をつけて笑った。
「何がワイフだよな、自分の娘をスリム美人だってさ。それにローレックスの時計なんか見せつけちゃってね。ヒゲおやじ!でもセカンドDVDの狂気のライブのシーンって観たいよな、何かマジ、やばそうだよな」僕は呟いた。

ライブ会場をSayokoのスレンダー美人スタッフが2人ライブのアンケートを取って回っていた。背が高く、スタイルが良いので白いコンサバブラウス姿が目立っていた。
「すいません、こんばんは。ライブは初めてですか?アンケートをお願いします」
僕に寄ってきてアンケート用紙を渡した。バラの匂いのような口臭がした。
「あ、はい。いいですよ、あのー、すいません。Sayokoさんっていくつ位ですか?」
僕は真っ赤になって美人のスタッフに聞いた。
「また聞いてる!そんなに歳が気になるのどうして?もー、デレデレして」
リナが僕の左の肩をつねった。
「イタタ、ごめん。一般的日本人代表の素朴な疑問だよ」
「ふふっ、よく聞かれます。そうですわね、Sayoko先生は十代ではない事は確かですよ」
美人のスタッフの、優しそうでいて頭の良さそうな切れ長の瞳と、何とも言えない知的な微笑みと、バラの匂いが僕を刺激した。
「あー、ごめんなさい。そうですよね」
僕は彼女に見とれそうになったが、隣のリナの視線が痛く、アンケート用紙に視線を逃がした。

アンケートは誰の紹介で来たか?今日のライブの感想や今、最近何かに悩んでいますか?
などの質問だった。
ライブの紹介者はリナで。
ライブの感想は曲による歌唱の変化、テクニックの使い方などに関心した事を細かく指摘した。自分がヴォイストレーナーをしている事も書いた。
現在の悩みは自分の結婚についてと、簡単に書いて受付に提出した。

後にこのアンケートの内容が理由でSayokoと再開する事となる。
勿論、その時はそんな事に気づいていない。

「何がふふっ、そうですわねよ。もう、キースケは美人だとすぐベラベラ話をしたがるんだから。それに先生が十代のはずないじゃない、バカにしているんじゃない?」
リナの顔がインコに変身しかけた。
「Oh!リナ、Im Sorry、I Love you、Sorry」
僕はアメリカドラマの外人の真似をして、リナを抱きしめて耳元で言った。
「もうー、そうやって調子いいんだからー」
少しにやっとしてリナが言った。メンソールタバコのフレイバーの匂いがした。

すると後ろのテーブルの4人の2カップルの話が僕らの耳に入ってきた。

「あ、そう言えば私、
今月の和音占いは通常の未来の方が、現在から未来の音が♭5だったんだよね。
変えた未来も♭5だよ」
「えー、それって超悪くない?」
「でしょう!だからなるべく新しい事に目を向けながらも、ちょっと用注意なんだよね」
「和音占いって、音楽理論を使っているから独自の説得力があるよな」
「それはSayokoさんの話術だよ。俺は他の占いとあまり変わらない気がするよ、所詮、占いは占いだからね」
「て言うか、本当に毎回Sayokoさんのライブって雨なんだよね、なんで?」
「何か噂では、Sayoko先生が降らせているらしいよ」
「まさかー、ばかじゃない!偶然でしょう」
「でも、ライブ活動2年半位で回数だと20回以上でしょ、全部雨なんだって。ありえないでしょう。
それって凄くねー?」
「あ、でもね一回だけ中止になった事があったらしいよ。体調不良って事でチケットが払い戻されたんだって。実はその日はパンパンに晴れだったって」
「へえー、ふーん、うーん」
4人は煮え切らない半信半疑な相槌を打っていた。

僕とリナはそんな話を聞いていて、彼らと同じタイミングで頷いた。
「もうそろそろ僕らも行こうか?」
「うんお腹空いたしね、ラーメンでも食べて帰ろう!美味しいとんこつあるよ」
リナが言った、僕らはラーメン好きのカップルだ。
原宿駅近くのAFURIと言う人気のあるラーメン屋でとんこつラーメンを食べた。
本降りの雨の中、店の前で10分位待ち、日本交通の黒いタクシーに乗った。

2DKのマンションの我が家に着き、二人は風呂に入った。
テレビでは東京オリンピックのスケジュールやアスリート情報が流れていた。
「そろそろ寝ようか」
リナがタバコの火を消しながら言った。時計は24時を回りかけている。
「そうだね、何か、アメかガムかある?お口がさびしいな」
僕はタバコを吸わないのでそうゆう時がある。
「何にもないよ。あ、仕事でもらったのど飴があったか」
リナがバックから出した。どこのコンビニでも売ってあるのど飴だった。
「おう、頂戴、頂戴。何だ、あれ、ラストワンじゃん」
「本当だ!じゃー、あげない。Sayoko先生のCD聴いちゃおう」
リナは最後の飴玉を自分の口に素早く投げ入れ、CDをかけた。
「あー、ちょっと殺生な」僕が言った瞬間にCDが流れた。
「最後のキャラメル」と言う曲が流れた。凄く良い音だった。
「うーんやっぱり、この曲いいな。ほら!」
リナはそう言って、口の中の飴玉を舌の先に乗せて、顔を僕に近づけた。
「んー、ありがとう。そうそう、この歌の様に幸せを分かち合おうぞ!」
そう言ってリナのとんがった舌をそのまま頬張った。
何度も飴玉は僕とリナの口を行き来して、小さくなっていった。
これぞ、セキセイインコの口移しみたいだ。
「バリッ」途中でリナは右の奥歯に飴玉をはさみ、僕に見えるようにそれを砕き
バリバリ音を立てて飲み込んだ。
うす暗い部屋の光はリナの顔をゴリラのメスの顔みたいに見せた。
「あっ」僕が声を出すと、
「キースケのもちょうだい」
リナはそう言って僕の上に乗ってきた。
僕らは何故かいつもより激しく抱き、お互いを求め合った。
その空間ではSayokoの歌が流れている。
僕は長い時間リナを強く抱きしめ、リナの中で思い切り深く果てた。
その時、
Sayokoがステージを去って行く時に目が合った、寂しく振り向いた彼女の顔が、
そして瞳が、僕の心の中で鮮明に蘇った。

ライブ曲のセットアップ

(インストロメンタル)
雨音ピアノ
窓の外
白い旋律
Doubtダウト
ブライト

(歌)
最後のキャラメル
希望のうた
セピアカラーのシネマ
木漏れ日の中で
恋愛論
Fineフィーネ
2つの未来
心の中のサイレンス
Rescue Me RescueYou
Over Sleep!


2020、6月のインディーズ雑誌のSayokoインタビュー記事にて

記者「お疲れ様です、今日はよろしくお願いします。前月のライブ観させていただきました。」

Sayoko「ありがとうございます、よろしくお願いします」

記「カッコ良いライブでした、満員でしたよ。人気がありますね?」

S「いえいえ、表参道クアトロはキャパ100名なんですよ。
皆さん和音占いのお客さんで、お友達を呼んで来てくれるんです」

記「1日2回のステージでトータル約200人ですよ。
凄いですね、そもそもライブを始めたきっかけは何ですか?」

S「3年前に風水関係の方の紹介で、ライブで一緒にやっている黒子さんに出会ってからですね。代官山の和音占いのスタジオに遊びにきた時に、音楽の話で盛り上がり、私の歌と演奏を聴いて頂いたら、黒子さんはドラムのスティックを持っていて雑誌や床や椅子やカバンを叩き出したんですよね。それですぐボンゴを持って来るからセッションしようと言われて。実際行ったら黒子さんのリズムにこちらが魅了されてしまって、是非作品にまとめようと言う話になったんです」

記「そうですか、黒子さんはどんな方なんですか?
ライブでは重要なリズムセクションのアンサンブルになっていますよね?」

S「どんな方かは詳しくは言えませんけど、それで生活している人ですよ。名前も性別も秘密という約束なんです」

記「そうですか。では話を変えて、あのライブスタイルはとても個性的ですよね。スタンディングやアンコール、私語も無し、確か照明も色のライトやフラッシュやスモークもなかった気がします。衣装もSayokoさんは白で黒子さんは歌舞伎の黒子姿で機材もほとんど黒色でしたけど、斬新ですよね」

S「そのとおりですね、全部統一しています。実は黒子さんのアイデアなんです。私も白と黒のモノクロが大好きなんですよね。スタンディングや私語がない方がじっくり観て聴いてもらえます。
私、人の喋る声って苦手なんです。頭の中で音になってしまい、言葉が歌詞になり歌に聞こえてしまうんですよね。そうなるとライブの曲の発表に支障が出てしまいます。リハーサルでライトも赤青黄色緑やフラッシュなどは使わない案を考えました。私の曲の色をつけるのは私自身の言葉の歌で、他で視覚の色が入るとイメージが違ってしまうんですよね、音楽に関してはちょっと神経質なんですよね」

記「そうなんですか。でもこだわりとかスタイルのポリシーって大切ですよね。
そう言えば演奏は60分ですよね、短くないですか?アンコールもやりませんよね」

S「ふふふ、ビートルズは30分だったらしいですよ、それもアンコール無しで。
素敵ですよね、そのマネではないんですけど。
私は60分ほとんどピアノを弾きっぱなしですし、お決まりのアンコールって、あの間が嫌なんですよね。ならば始めから時間を決めてキッチリ表現する伝えたい事をまとめた方がベストの演奏をできる可能性が高いです。」

記「それができるのが、インディーズのメリットですかね?」

S「そう思います。地方で公演に回ったりできません、表参道のクワトロ以外ではできないんですよ」

記「そうですよね、Sayokoさんはあのライブハウスがお気に入りみたいですね」

S「相性がいいんです、それに渋谷区のお天気はいつも味方してくれます」

記「あ、そうそう。私が行った時も雨だったですよ!あと、もう1つ聞かせて下さい。
今回は3thの曲を演奏していましたけど、1stや2ndのアルバムの曲はもう2度と歌わないって本当ですか?」

S「ええ、そう本当ですね。歌いませんと言うか、もう歌えません」

記「え?なんで、なんで?とても人気のナンバーが沢山ありますよね?」

S「うーん、そうですね。分かりやすく説明すると、作ったその年の、その時の気持ちやテンションに戻れないからです。年を越して他の曲を作ると気持ちがそっちに移ってしまうんです。でも、前作のアップテンポンの人気曲はバラードにアレンジしてインストルメンタルで弾く事はあります。でも歌いませんよ。そう!DVDがタイムマシンかな、その時のテンションの私が写っていますから。よくプロの歌手が20代で発表した曲を40代になっても歌っている事がありますよね。それ、私にはできないんです。あとアイドルみたいに作り笑いで手を振ったりもダメなんですよね。不器用なんですよ」

記「うーん深いですね。ありがとうございます、ところでお休みは何をしていますか?創作のスケジュールなどもできる範囲で教えて下さい」

S「毎年同じですよ、ルーティン化って言うんですか。毎日和音占いをやって、1月から10月まで月1回のライブをやって、11月と12月でアルバム作りと今年のライブDVDの編集期間です。作詞をするための旅行に2週間位行って来ます、基本的に休みって無いかな。あとはスタッフや音楽、占い関係の友達と買い物に行ったり、食事や飲みに行ったりです」

記「お酒好きなんですね、いいですね。旅行はどちらへ?」

S「そうなんですよ、だからライブではお酒はOKですよ。旅行は最近ではアジア方面が多いです、綺麗な海の島とか」

記「優雅な旅ですね。いいな、私も一緒に行きたいな。最後に今までで1番好きな曲やおすすめのアルバムはどれですか?ぜひ読者に紹介して下さい」

S「もちろん今年の3thアルバムです。
その中で「Fineフィーネ」と言う曲は1番感情が入りやすくて好きかな。CDアルバムは黒子さんとの1thは荒削りな探り合い、2thはお互いの信頼感の構築、3thは手の内が分かった安定と言う感じです。アレンジは3thが断然1番良いと思いますよ」

記「来年の4thも期待しています」

S「あ、ごめんなさい。私、音楽活動を来年は休止します。元々和音占いが本業ですから、来年法人化して会社にしますのでかなり忙しくなるんですよね」

記「え?ええー!そうなんですか、知らなかった!残念ですね」

S「すいません、物事は3年がピークって決めているんです」

記「わ、わかりました。ありがとうございます。がんばって下さいね」
以上

Sayokoは、この雑誌の発売と共にSNSやYouTubeでも3年目の今年を最後に、来年の音楽活動の休止を発表する。
ライブは12月まで活動延期となり、予約で夏以降のライブは一日3回のスケジュール
をこなして千秋楽を迎え、オリンピックで盛り上がった年に終わり、翌2021年1月に2020年の最後のライブDVDが発売された。

和音占い鑑定師Sayokoプロフィール

1990年代生まれ 年齢は定かではない、
2015年に和音の占いを発見して商標、パテントを取得する。
代官山の防音マンションにグランドピアノを設置して和音占いを開業。
他に恵比寿の占い館に所属。そこでも鑑定スペースを設けている。
2017年パーカッションの黒子なる人と知り合い、作詞作曲、アレンジ、レコーディング、CD自主製作を行い、2018年1月からライブを始める。
1年間に歌入り曲10曲とインストルメンタル5曲のアルバムとライブのDVDを
インディーズで発表して年10回のライブを表参道クアトロで行い、
一日2回のステージのライブで毎回100人の動員をした。
しかし2021年12月Sayokoが和音占い常連客のファンの女性に刺殺される。


2017年   Sayoko、パーカッションの黒子と知り合い、楽曲作品をまとめる
2018年   Sayoko&黒子ライブをクワトロで活動開始
2020年3月 リナが友人に和音占い師Sayokoを紹介される
2020年5月 キースケがリナに連れられSayokoのライブを観る①
2021年1月 Sayoko株式会社「コーズ フォーチュン」設立パーティーを開催②
2021年3月 リナに子供ができる
2021年6月 キースケとリナの結婚式の披露宴2次会でSayokoがライブを行う③
2021年7月 キースケがSayokoバンド「Blacks」に加入する
2021年12月 新生Sayoko&Blacksの2022年に向けたCDやDVDの作品が完成しライブのリハも入念に行われた。その打ち上げ後、Sayokoがファンの女性に刺殺される。
2022年1月 リナとキースケに女の子が産まれる。名前は「リサ」と名づけられた

Sayokoの趣味
海外旅行、グルメ、神社参拝、風水、作詞作曲、楽器演奏、レコーディング、音楽鑑賞
占い、音楽仲間との交流、SNS

読者解説
この小説はフィクションである。
舞台は近い未来の2020年、東京オリンピックの年である。
この年の5月13日に主人公キースケはSayokoと言う和音占い師のライブを表参道クアトロに恋人リナと見に行く。
ライブハウスで行われた未来の出来事を主人公キースケが過去系で書いている。
これが真逆の妄想の意味と実践であり、シンクロニシテイ(共時性)により、
後に必ずSayokoは出現するだろう。
ある意味、SF小説なのかもしれない。言葉を変えると予言小説とも言える。

終わり

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著者 関口 成一       

小説 2020.5.13「和音占い師Sayokoのライブ」にて

この小説はフィクションである。
舞台は近い未来の2020年、東京オリンピックの年である。
この年の5月13日に主人公キースケはSayokoと言う和音占い師のライブを表参道クアトロに恋人リナと見に行く。
ライブハウスで行われた未来の出来事を主人公キースケが過去系で書いている。
これが真逆の妄想の意味と実践であり、シンクロニシテイ(共時性)により、
後に必ずSayokoは出現するだろう。
ある意味、SF小説なのかもしれない。言葉を変えると予言小説とも言える。

小説 2020.5.13「和音占い師Sayokoのライブ」にて

音楽スクールでヴォイストレーナーをしている木村 啓介は、歯科助手で働いている恋人のリナと和音占い師のSayokoのピアノ弾き語りライブに表参道に連れられて行く。 土砂降りの雨の中、気乗りしない啓介だったが、Sayokoと黒子のライブの巧みな演奏や彼女の歌に魅せられてしまう。更に全席禁煙、私語、スタンディング禁止、アンコール無しの たった60分のステージ。 異例なライブスタイルやライブコンセプト、パフォーマンスに啓介は度肝を抜かれる。 実際のライブの模様やヴォイストレーナー啓介のSayokoへの心境の変化は曲が進むにより絶妙に変わってゆく

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 成人向け
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2017-01-07

Copyrighted
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