瞳
今日も僕はそれに見蕩れる。
2週間ぶりに君の頬に触れた。
たった2週間、されど2週間。
それほど長くもない期間は僕に君の存在を、僕の中での君の価値を嫌という程教えてくれた。
会いたいなんて言うまでもないのだけれど。
それ以上に、返ってくる返事が不思議な時間だから。
きちんと眠っているのか。とか。
僕のせいで起こしてしまっていないか。とか。
今熱中しているなにかにそこまで切羽詰まっているのか。とか。
ほんのちょっとのふとした瞬間に、君に思い至って。
触れたいと思うのだ。
それと同時に、僕は本当に根っこの真っ暗な人間なので。
この時間に君に会いたいとしか言えない自分が。
極端に寂しいと思う自分が。
なんだか情けなくて、部屋の隅でうずくまるのが僕の毎夜の日課である。
だからというのか。
その顔を見た瞬間に空気が震えた気がした。
本当に恥ずかしい限りだが目の端が熱くなるから。
人の輪の中で悟られまいと、僕は目を逸らした。
君にも悟られまいと。
それから、皆と別れて、君の隣を歩く。
触れた手。横顔。君のにおい。それから君の目。
この世で僕が愛してやまない、そして恐れるそれは。僕にとっての表裏を同時に持つそれは。
僕が知る中で最も美しいと思う、その少し茶色味を帯びた小さい宇宙に見蕩れた。
その奥にあるもの。君の本質や、心の在処を僕は知り得ないだろうし、この手にかすりもしていないことなどとうに承知している。
ただ奥の見えないその世界が。僕にはやけに神秘的に見えるのである。
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Auf die Hande kust die Achtung, 手なら尊敬。
Freundschaft auf die offne Stirn, 額なら友情。
Auf die Wange Wohlgefallen, 頬なら厚意。
Sel'ge Liebe auf den Mund; 唇なら愛情。
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht, 瞼なら憧れ。
In die hohle Hand Verlangen, 掌なら懇願。
Arm und Nacken die Begierde, 腕と首なら欲望。
Ubrall sonst die Raserei. それ以外は、狂気の沙汰。
Franz Grillparzer "Kus"
「接吻」 フランツ・グリルパルツァー
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僕の好きなこの詩になぞらえて。
きっと君は知るよしなどないのだろうけれど。
その小さな宇宙のドアにキスをする。
憧憬の念を込めて。
その奥深くにも光が灯るのだろうか。
だとしたらこの闇でさえ僕には美しいのだから
きっと僕が生まれてから一度も目にしたことがないくらい、
比喩する物も、表現する術もないくらい美しいことだろう。
本当に僕の眼球を捕らえて離さないのは君だけだ。
瞳
たった19年の命ではあるが、後にも先にも初めてだ。