酒・野方・車
「それでもう鉄球が降るわ降るわ………おかげでせっかくの新車が台無しだよ」
駐車場に目をやると、気持ち悪いほど真っ黒なカイエンの天井が、ベコベコに凹んでいるのが分かる。
「一昨日なんか酷いぜ?ガムテープばっか降ってくんでさ、剥がすの大変だったんだよ。しかも、剥がしてもあのベトベトは残るのな。気持ち悪くて触れたもんじゃねえ」
「だから車は嫌なんだ。バイクや自転車なら被害は少なくてすむ」
「でも、羽振りの良い会社員アピールには必須なんだって。モテるんだぁこれがさ」
ゲッゲッと野方は笑う。そんな野方の右腕には純金の腕時計が4つ、左腕にはプラチナ製のシュシュが3つ。左足首にはダイヤモンドのミサンガが見える。
「………生活は?」
「カツカツだよ。とてもじゃないが、このままじゃ生活できねえ。少しでも金が入れば、女の子達が俺から絞り尽くしちまうんだよ。色々」
「酷いね」
「あぁ酷い酷い」
酒を飲み、ぐでんぐでんに酔っ払った野方は、5万程入った封筒をレジに置いてファミレスから出た。
「何が飲酒運転禁止だ、クソッタレがよぉ!これだからお偉いさんは何も分かってねぇんだ糞ビッチどもが!ぶっ殺すぞ!」
「車で帰る気か?」
「いや、こいつはお前にやるよ」
「いらねぇよそんなオンボロ………それに俺はバイクで帰るし。酒飲んでないからな」
「うるせえな!俺に車で帰れってかこん畜生が!とんだ外道があったもんだなこのすっとこどっこい!そもそも、てめぇのバイク至上主義が理解できねぇんだよ!ちゃんと車検通ってんのかぁ!?」
意味不明な事を散々捲し立てた野方は、オンボロのカイエンに乗り込んで駐車場を出た。ブスブスという爆発寸前のような音が辺りに鳴り響いていた。
「まあ死ぬと思ってたけど」
「あんな無茶苦茶な車で走ったら死ぬだろうなぁ。しかも飲酒運転だってさ」
「死ぬ要素しかないな」
野方の葬式は大々的に取り行われた。一応野方は所謂「お偉いさん」の一人であったため、葬式にはお偉いさんが仰山集まった。
「お偉いさんだな」
「ああ、お偉いさんだな」
「ひでぇお偉いさんだ」
お偉いさんは皆、左足首にダイヤモンドのミサンガを着けていた。しかし、純金の腕時計、プラチナのシュシュを身に付けているお偉いさんは一人として見当たらなかった。
「なあ、岸田」
「なんだよ」
「野方はさぁ、やっぱやり過ぎたんだよ。プラチナのシュシュなんか今どき官僚の奴等しか着けないぜ」
「あぁ………そうかもな」
野方の葬式は滞りなく進行し、やがて野方は出棺された。一人だけ泣き崩れた女がいたが、よくみたらくしゃみをしただけだった。
直後、霊柩車に直径15メートル程の鉄球が落下し、霊柩車を粉々に粉砕した。
「やっぱやり過ぎだよな、やっぱ」
「そうだな」
「お偉いさんだからかな」
「そうだな」
酒・野方・車