Japanese andromeda
コンクリートの壁を抜けると、黄土色の砂浜の先には、真っ青な海が一面に広がっていた。
私は履いていたスニーカーを脱ぎ、ビーチサンダルへと履き替えた。
「ねぇ、覚えてる?五月のゴーテンウィークにここへ来たの。あの時はすごい人だったよねぇ。ほら、サーフボードを持った人もたくさんいてさ」
四月は半ばも過ぎ、平日とあってかサーフィンを楽しむ人もまばらだった。
荷物を砂浜の上に置くと、風で流された砂が荷物を細かく染めていく。
それに構うことなく、ビーチサンダルで一面の青へと駆け出した。
「あの時もこうして、波打ち際を歩いたよね。ビーチサンダルで来てたのは、このためだったのかーって、私はスニーカーだったからさ、してやられたって思ってた」
足首から下を攫った波は、まだ冷たくて体温を奪っていく。
「冷たいね、私はあの時、手でしか触ってなかったから、こんなに冷たいたなんて思わなかったよ。」
白や黒、薄いピンク色、色とりどりに散りばめられた貝殻を打ち寄せる波ですすぐと、本来の姿が現れ手のひらで光に反射した。
「あの貝殻ね、写真立てにしたんだ。シーグラスと一緒に。本当はね、シーグラスだけでランプシェイドを作りたかったんだけど、全然足りなかったの。」
後日意気込んで中に入れる電球の色も慎重に選んで作る準備をしていたのに、結局作ったのは二人分の写真立てだった。
白地の木製フレームを元に作ったから、シーグラスから微かに透けて、窓際に置くと太陽光を集めるように輝いていた。
「あ、覚えてる?二人ともタオル持ってなくてさ、風で乾かそうとして砂だらけになったこと。私なんて、スニーカーの中にまで入ってたんだからね。」
荷物の隣に座り、鞄の中からタオルを取り出した。
「今日はちゃんと持ってきたんだよ?準備いいでしょ」
タオルから、少しだけ潮の香りがした。
風に遊ばれて唇に触れた髪も、しょっぱかった。
「ねぇ、翔ちゃん。あなたはどこにいるの?」
投げた言葉は、いつの間にかオレンジ色に染まった波に吸い込まれていった。
隣で不器用に笑う背景が、青空のように澄んだ綺麗な水色をしていた。
「……もう、そんなぎこちなく笑ってばっかりいないで、何とか言ってよ。」
彼には届かない。
どんなに手を伸ばしても、どんなに声を張り上げても、もう届くことはない。
ぎこちない笑顔の輪郭に指先で触れると、先程の波のように冷たかった。
一筋の海が頬を伝った。
乾ききった足をスニーカーへ収め、海風で冷たくなった写真を抱き締めた。
コンクリートの壁を横目にアスファルトを踏み締めると、反対側にアセビが咲き誇っていた。
「ここから動きたくないなぁ、」
ふと白に花弁に手を伸ばして、力を抜いた。
“綺麗だけど、これは馬をも痺れさせる毒を持っているんだ。気をつけなきゃね。”
一瞬でも馬鹿な考えをした私に風の囁きに乗って、優しい声が聞こえた気がした。
だらしなく重力に身を預けた腕は、また彼の写真を抱き締めた。
「次はどこに行こうか、翔ちゃん。」
日陰に咲いたアセビは、心地良い音を立てていた。
アセビの花言葉
『Let the journey with you and two people.(あなたと二人で旅ををしましょう)』
Japanese andromeda
Japanese andromeda(アセビ)
鈴蘭に似た花を鈴なりに垂れるように咲かせる。
「万葉集」では『馬酔木』の和製漢字を当て、アシビと訓ませている。
馬がアシビの茎葉を食べると、酔ったように足をふらつかせることから、これが『足廃』(旧カナ遣い:アシヒ)と呼ばれた。これが本樹の名前に転訛されアシビとなったとされている。