黒白の綾取り

口げんか

死して力を得る。それが私たち、花の娘たちのチカラ。
でも私は死んでまで、全てを失ってまで力のみを得たいと考えるような人は、
バカだと思っていた。死ねば花は枯れ落ち、やがて実を結び異形を成す。
異形と化したその果実は、最初のわずかな間を除いて生前の全てを忘れ、
異形として生き続ける。それでも、花たちは力を得るために花粉をその身に受け入れ、
死ぬための準備をしている。そのことが、私はとてもじゃないけれど許せなかった。

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「花粉、いらないの?」

花粉を吸引する双子の妹で、黒の子。名前はアーテルと言う。
アーテルは優しい子だった。昔っから独り占めなんかしたことがなかったし、
なにより良く気が回る子で、そして誰に対してもとても親切で、私とは正反対の子だった。
だから、普通の人間が吸えば毒であり、しかし性的欲求を満たす麻薬であるこの粉、
私たちは花粉と呼んでいる「鱗粉」を私に勧めるのは、決して不思議なことではない。
私たちは普通ではなく、花なのだから。花粉を吸わなければ、死して力を得ることもない。
普通の人間と何も変わらない。

安宿の一室。アーテルと一緒に、外部に出てしまった花粉……鱗粉を探し求め、
旅を初めてもうかれこれ一年はなるだろうか。
旅費は……人に言えない方法で稼いでいる。鱗粉があれば、どうとでもなる。
褒められた方法ではない。でも……しょうがないの。

「嫌いだもの。知ってるでしょ」

花粉の吸い方は人によって違っている。鼻から吸うもの、口から吸い込むもの、
煙草のようにしてその紫煙を肺の奥へと流し込むもの。
アーテルは口から吸うことを好んでいる。その方が、より心身へ届く感じがするのだという。

「でも吸わないと、人間と変わらないよ? アル、それでも良いの?」

私も少し前までは吸っていた。でもこの粉が人間たちにとって毒だと知ったあの日から、
吸うことに拒絶しはじめた。アーテルは、粉を吸わないことを心配している。
それもそうだろう。花粉を摂取しなければ、死んでもチカラは得られず、土に帰る。
私はそれでも良いと思っていた。人間たちは、そうなのだから。

「いいよ、別に。アーテルは吸うんでしょ」

アーテルの摂取量は、他の子と比べてもかなり多い。だから鱗粉はいつも足らなくなる。
だからと言ってなくなるものではないが……作り出すのに、手間がかかる。
今日だって、ついさっき精製したばかりの鱗粉の半分を、もう摂取してしまった。
鱗粉は茶色の小瓶に入れている。日の光に弱いのだ、生ものなのだから。

「……死にたいの?」

そう尋ねたのは、その時が初めてだった。なぜいきなり、そう尋ねたのかわからない。
不安だったのかも知れない。アーテルは死にたがっているのではないかと。
力を得ようと、焦っているのではないのかと。私を忘れてでも、異形に成り果てようかと。

「死んでも側にいたいの、アルの」

安宿の窓は一つだけ。その窓ガラスから月明かりがアーテルを照らす。
吸い込まれそうな、黒く大きな瞳。一緒に髪を伸ばそうって決めたあの日から切っていない、
立てばお尻まで届く長い髪。
綺麗に整えられた前髪から覗くその表情は、微かな笑みを浮かべていた。
哀しそうな、それとも起こっているのか……複雑な表情だった。

「だったら……もう、知らない」

言葉を切りそっぽを向く。普段のアーテルは私から隠れて鱗粉を吸っていたけれど、
その日はなぜか私の目の前で吸い出してしまったから、少し苛ついてしまっただけだ。
アーテルもそれ以上はなにも言わず、その場から立ち去ってしまった。
私が鱗粉を吸わなくなってこうして口げんかをするのも、増えてきたように思える。

なんで死のうと思うのだろう。なんで死にたがってしまうのだろう。
その時はそう思って、アーテルの言葉をそれほど真剣に受け止めてはいなかった。
少し待ってみたけれど、やはりアーテルは戻ってこない。
探しに行くべきか迷ったけれど、その時は私も気が立っていたから、寝てしまうことにした。
床に敷かれた二人分の毛布。背中が痛いけれど、目をつむればすぐに眠りに落ちていった。

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朝起きる。眼をこすり、身体を起こして横を見ると、
アーテルが微かな寝息を立てて眠っていた。きっとあの後は粉を吸ってから部屋に戻り、
寝床に潜り込んだのだろう。私を起こさないように、そっとした動きで。
窓の向こうは晴れ模様。この町を散策するのに、とても都合が良い。
早いところアーテルを起こして、この町を散策しよう。
そう思ってアーテルに触れようと手を伸ばし……アーテルのものではない、
茶色の髪が首筋に付着しているのに気づいた。私の髪は白で、アーテルは黒。
だから二人のものではない。それにこの長さ、私たちほどではないけれど長いから、
きっと女性のものなのだろう。誰のものだろうか。
アーテルが起きないように、その髪を抓み取る。癖のある、硬い髪の毛だった。

「……アーテル、起きて」

私に背を向けるようにして眠っていたアーテルの身体を揺り動かす。
この子は昔から寝起きが悪い。いつも私が先に起きて、いつも私がアーテルを起こす。
今日も時間がかかるだろうなと、覚悟していた。

町の散策

その日は晴れて、昼間から町を散策することにした。私たちがこの町に来て、まだ日は浅い。
宿を探したり、休憩したり、今後の予定を考えたりで、
思えばろくにこの町を歩き回ったことはない。あの子に連れられた、あの時ぐらいだろうか。
活気のある町だった。名前も知らない町だけれど、それほど小さいわけでもない。
今時は珍しく、どこにも所属していないらしい。だからこうして、
多種多様な人々が集まっているのだという。中には人外もいる。羽が生えた人、
緑色の肌の人、耳の長い美しい人……あれは、人狼だろうか。待ち人と気さくに話していた。

「……すごい町だね、ここ」

アーテルがそう感心するのも無理はない。人狼だなんて、普通の町では見かけることはない。
なんせ、普通の人狼は人を襲うのだから。
例えその人狼が根の優しい人であったとしても、襲われる側には全く関係がないことで、
きっと討伐されるか、良くても町の外で歩くことなんてできやしないだろう。
だからこそ私も驚いた。あの子に連れられたときに緑の肌の巨人にも出会ったけれど、
アレは特別なのだと思っていた。

「あっ……ほら、あそこ! アル、あの人!」

アーテルが指差す。その方を見ると、例の巨人さんがいた。
身長は私たちを二人が肩車して、ようやく顔が並ぶぐらい。横は何人分だろうか、
十人ぐらい? もっといりそう。
その巨人さんが誰かと話している。見たことのない顔で、無精髭を生やした男の人。
身長は高い方だと思うけれど、やはり緑の巨人さんを見上げている。

「……話し中だよ、アーテル」

だから後にしよう。そう言うも聞かず、アーテルは巨人さんめがけて走っていってしまった。
相変わらず、アーテルは私にはない元気の良さを持っている。
双子のはずなのに、どうしてこうも違うのだろうか。ため息にも似た吐息を漏らして、
アーテルの後ろを見送る。私は歩いて行こう、焦ることではない。

「ご機嫌よう、アーテル」

背後で声が聞こえた。驚き、振り返る。茶色で、癖のある長い髪。目の色は、こげ茶。
整った……というよりは、なんだろう、年格好に似合わぬ妖艶さを持つ風貌。
背丈は同じぐらい、きっと年齢も同じぐらいなのだろう。女の子が、声を掛けてきた。
アーテルの名前を知っている? でも、私と見間違えた?
……私とアーテルとでは、髪色が全く違うってのに? アーテルは黒、私は白色。

「白い髪なのね、あの時は夜だから気づかなかったわ」

夜……昨日の夜か、私の目の前で粉を吸われたから、私が怒ってしまったあの夜。
出て行ってしまったと思えば、こんな人と会っていたのか。
どうせだから、ちょっとからかってみよう。私とアーテルと、勘違いしているみたいだから。

「名前、聞いたっけ?」

少女は左右に首を振る。

「そうそう、言い忘れていたのよ。私はベアトリス、覚えていて頂戴」

ベアトリス……なんというか、非常によく似合っていると印象を受けた。
さて、何を聞こうか。昨日の夜に何をしていたのか、
なんとかして聞き出したいところだけれど……どんな質問をすれば、良いだろうか。

「それでね、アーテル。昨日の粉のことなのだけれど」

……粉? アーテル、ちょっと待って……粉って、まさか?

「今日、説明してくれる約束よね。どうして、気持ち良くしてくれるこの粉が、
私たちにとって毒なのか」

そう言って彼女が取り出したのは、茶色の小瓶。中身は……きっと、鱗粉なのだろう。
鱗粉はその性質上、娼館なんかでよく使われていると聞く。
私たちにとって生命の種となるその粉は、普通の人間にとっては媚薬と同じらしい。
性的欲求を増幅、満足させる。そして、身体を蝕む毒である。
だから普通の人間が使うべきではない。使っているのを見かけたら、止めなければならない。
アーテルは、それを実行したのか。

「……そうね」

ちらり、とアーテルの方を見る。巨人さんとその隣にいた男の人と何か話し込んでいる。
どんな会話をしているのか気になるけれど……私は、この子の相手をしておこう。
あとでアーテルを褒めてあげないと。

「死にたいなら、止めはしないの」

少女は首をかしげた。構わず、言葉を続ける。

「吸っているとね? まずは肺がその粉に溶かされる。比喩じゃないよ、ホントの意味で」

なぜ肺が溶けてしまうのか、その原理は知らない。
でも溶けた肺が口から吐き出された死体は、飽きるぐらい見たことがある。
形容しがたいぐらいグロテスクで……思い出すだけで、吐き気がする。

「肺が溶けるだけでも死ぬのだけれど……その後でね」

と言いかけて。

「待って! ……ちょ、ちょっと待って!」

少女が大きな声を出して言葉を遮った。

「……どのぐらい吸ったら、肺が溶けるの?」

さすがに脅かしすぎたのか、彼女の顔が青ざめていた。
アーテルはここまで言わなかったのか。きっと、危ないから吸わない方が良いよ、
なんてそのぐらいの、あの子らしい優しい言葉だったのだろう。

「安心して、日頃から吸っていても十年ぐらいかかるから」

というよりは、若いと肺が溶けることがないと言った方が正しいのだろうか。
中年ぐらいになると、すぐに肺が溶けてしまうらしい。

「でも、吸わないでね。死んじゃうから。貴方を殺したくないの、だから―――……」

遠くで「ある~!」と、私の名前を呼ぶのが聞こえた。

ベアトリスという名の少女

「ええっと……」

ベアトリスと名乗った少女を正面に、二人で肩を並べ、向かい合う。
巨人さんとあのオジサマとはいったん別れ、ベアトリスとお喋りすることになった。
聞きたいことが色々とあるらしい。興味があるとも言っていた。
やってきたのは近くの茶店。店の外に円形の白いテーブルがあり、そこで見合っている。
私とアルブスは、ベアトリスの言葉を待つ。
何を話すつもりだろうか。聞きたいことはたくさんあるだろうし、私もある。

「……えっと、双子?」

私とアルブスの顔を見比べ、そう尋ねる。

「そ、双子」

アルブスが素っ気なく応えた。

「私がアーテル、でこっちが」「アルブス」

私の言葉に自然と入り込む、アルブスの自己紹介。
いつもこうだ。私の口からアルブスの名前を紹介できたことなんて、数えるぐらいしかない。

「ベアトリス……さん、だね?」

名前はアルブスから聞かされた。あの夜は、結局は私の名前を一方的に伝えただけで、
ろくに自己紹介なんかできなかったから。夜で顔もよく見えなかった。

「えっと、次は私の質問、しても良い?」

アルブスは面白くなさそうに、木製のコップに入ったお水を飲み、遠くを見ている。
いつものことだから気にはしない。アルブスは、話すのがあまり得意な方ではないのだ。
基本的に、二人でいるときは私が良く喋っている。

「どうぞ」

手の平を上に、促される。

「ありがとう」

とは言ったものの、なにを尋ねたものか。昨日の夜はほとんど顔が見えなかったはずなのに、
どうして私たちの顔がわかったのか。でもどうして、真逆の髪色がわからなかったのか。
年齢は? 趣味は? いつもは何をしているの? 好きな飲み物は? 食べ物も。

「友達になりましょう? だってさ」

なにを言うべきか迷っていると、アルブスが横から口を挟んできた。

「アーテルってば、話し好きなくせに自分の思いを言葉にするのが苦手でね。
それはむしろ、私の方が得意かも」

表情はどこか面白くなさそうに、けれども私の思いを直接的に伝えてくれるアルブスには、
いつも助けられている。

「とも、だち?」

ベアトリスが首を捻る。

「……やっぱ、迷惑かな―――……」

と言いかけると。

「とんでもないよ! 私も友達が少ないんだ! 大きな声では言えないけれど!」

十分に大きな声だと思う。アルブスはその声に驚き……少しして、クスクスと笑っていた。
私は呆気にとられ、口を開き、いつの間にか立ち上がっていたベアトリスの顔を見る。
なんて、嬉しそうな表情なのだろう。たった一言、友達になりたいってだけなのに。

「……良かったね、アーテル。友達ができた」

静かに笑うアルブスが、席を立つ。

「私は邪魔でしょう? ちょっと用事を済ませてくるね、会計も私が持つから」

こうなっては、ちょっと待って、と言っても聞かないのは私がいちばんよく知っている。
ベアトリスは困惑して、背を向けたアルブスとそれを見送る私とをそれぞれ見比べている。
止めなくて良いの? そうと言いたげに。

「しょうがないよ。アルってば、いつものことだから」

三人よりも二人の方が話やすい。二人だけで向き合い、顔を見合ったほうが、
ずっと仲良くなれる気がする。
それが私の信条で、アルブスもそれを理解しているからこそ、気を利かせてくれる。
それになんだかんだで、アルブスもあとで話すのだから。今は私の番、なだけ。

「それでね、ベアト」

不意に口に出たそんな言葉。ベアトリス、だからベアト。

「……ベアト? 私のこと?」

ベアトリスも自分を指差し、首をかしげた。

「そう、ベアト。良いでしょ? あだ名。その方が呼びやすいの」

あだ名を付けた方が呼びやすい。だから、アルブスのこともいつもアルって呼んでいる。
基本的には名前の前の二つか三つ。たまにヘンになるときは、ちょっと捻って考えている。
ベアトは……ちょっとヘンかな? そう思っていると、やはり気に入らないのか、
ベアトリスも眉をしかめた。

「……なんか、ヘン」

やっぱりヘンだろうか。

「ベスって呼んでよ。昔にさ、幼なじみから呼ばれていたあだ名なんだ、良いでしょ」

ベス……うん、その方が良い感じがする。

「ベス……ベス、ね、うん。それじゃあ、ベス、よろしく」

そうして、私はこの町で初めての友達を得た。
ベアトリス、あだ名はベス。少し危なっかしい感じのする、同い年ぐらいの少女だった。

黒白の綾取り

黒白の綾取り

死して力を得る。それが私たち、花の娘たちのチカラ。 死ねば花は枯れ落ち、やがて実を結び異形を成す。 花たちは力を得るために花粉をその身に受け入れ、死ぬための準備をしている。 そのことが、私はとてもじゃないけれど許せなかった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-05

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  1. 口げんか
  2. 町の散策
  3. ベアトリスという名の少女