世界の果てのコーヒー屋さん

あめが降っている
しとしとと
たぶん、ずっと今日はこんな感じだろう。
はたしは、ずっと気付いていた
きぼうもない明日だと
つれづれなるままに、
ときがすぎていく。

はたしは、こうではないと
れじめのように
るびをフル人生を
きっとこうではないと
がっかりするような
すぎ去る毎日に
るびをふるのはもうやめよう。

かきつばた、きつつなれにしつましあれば・・・

もっと、明日を信じてみよう。


探し物

この夏はいろいろ探したがやはり見当たらない。

そこは黄色い建物の古いコーヒー屋さんである。小さいころに母親によく連れて行ってもらったあの店である。
そこでは私は、メロンソーダのフロートを食べていた記憶がある。

黄色い建物なので、すぐ見つかると思い探し始めたのだ。通行人、住民いろいろ聞いてみたが、そんなものは聞いたことが無いという。

私は毎年1度ここに来るようにしている。以前2年間だけ住んだこの町に。なぜかは良くわからないが、ここに帰ってきて、あの店を探す。それが年中行事のようになっている。

大して、大きな町でもないためすぐに見つかると思ったのが大きな間違いであった。
まるで、重ね箱のようにどんどん中から同じような箱が出てきて良く分からなくさせる。

あの場所はいったい何処にあるのであろう。

迷い

迷い

 私の頭の中はどうなっているのだろう。きっとずっしり詰まっているか、なにも入っていないかのどちらかであろう。あまり人と話すのが得意ではないが、仕事はしがない営業をやっている。なんとなくルーティーン化されていて、なんとなく働いている。ただそれだけ。このままではいけないと思いつつ、ここまできた。
 なにかとても漠然とした不安はある。友達もほとんどいない、恋人もいない。ただ毎日を生きている。それだけ。

いつも頭の中はコンガラガッテイル。どうしょうもないその漠然とした不安は日常生活を支配し始めてきた。

息抜きのため、土日は外に出るようにしている。ただ、何かするわけでもなく、ただ散歩したり、景色をボーっと眺めている。


 そんなこんなで、日が暮れた。せっかく今日も一日中黄色い建物のコーヒー屋さんを探したのだが、見つからなかった。
とても怖い。このままこんなことをやっていて一生が終わる。何の楽しみも無いまま。     
コーヒーが飲みたくなったので、黄色ではないが古びた雑居ビルの1階の怪しげな喫茶店に入る。

 がたがた機械が言っている。機械的な味のコーヒーだ。それでもないよりはまし。ものの3分で出来上がったコーヒーを飲みながら店内を見渡す。
 特に変わったものは無い。本当になんとも形容しがたいおもしろ味もない店内である。
そこでだらだら時間を過ごす。特に何を考えるでもなく、ただボーっとする。

 4年前、母親が亡くなってから、このようなことが多い。以前は友達と呼べる人も、恋人もいた。でも、疲れてしまった。というより、疲れることに疲れてしまったとでも言うべきか。
 社会的なものの考方はあくまでも、コミュニティーの複合体であり、その中での常識がルール的なものである。ただし、私は、最低限生活をするために、お金を得るためのコミュニティー以外は無いのだ。無いというのは大げさかもしれないが、遠ざかっているのは確かだ。以前読んだ太宰治の有名な言葉を思いだす。「恥の多い生涯を送ってきました。自分には人間生活というものが、見当つかないのです」無論、先生のように才能も無ければ、道化でもない。先生のようにいつも女性がそばにいる世界とは違うし、玉川上水にて入水して自殺するような勇気もない。ただ、なにかほんの少しの一部分だけでも分かったような気がした。

そんなことを考えていたらあっという間に1時間が過ぎていた。基本、土日はお休みであるため、明日は休みである。今日はこの近くのホテルに泊まって時間を潰すことにする。

PM8:00、始まりの時間。

席を立とうとした瞬間に、ふと門側の席に座っている女性を目にする。何か外を見てぼんやりしている。私の境遇と勝手に重ねて、空想に思いをはせる。
なんという人生だ。終わっている。その後30分ほど経ち2杯目のコーヒーを飲み終えたとき、私は席を立った
あの女性はそのままボーっとしたままだ。

時計

時計

 ふと町の時計を見るともう夜中の9時半である。今日はあるはずも無いコーヒー屋さんを探してさまよい、疲れた。近くにあったスーパーホテルという比較的安価なビジネスホテルの看板を見つけた。今日はあそこに帰るとする。
ホテルの部屋に入ると、真っ白な壁、少し物足りない照明が私を迎えてくれた。
全国何処にでもある。ビジネスホテルというものは私は好きである。生活するための場所ではなく、一時的に寝る場所とでも言うか、その生活感のない感じは私を落ち着かせてくれる。

 すぐにでも眠れそうだ。そしてまたやってくる。

AM12:33 

 ホテル備え付けの時計にて時間を確認。やはり、体は動かない。今日はどのようなことが待っているのであろうか。
最近は「金縛り」と呼ばれる不可解な現象を楽しむようにしている。数少ない楽しみのうちの一つである。

どんどん体がしびれるような感じがして、しだいに固まっていく。ここで力を入れたら金縛りからは開放される。しかし、わたしはそれに身を任せることとする。

 やあ、はじめまして。今日は何処でしょう。ホテルの中である。実際に泊まっているホテルに近いが、鏡の位置と時計の置き場が違う。
すると、女性が入ってくる。さっき喫茶店で見たあの女性である。名前も知らない人が包丁を持って向かってくる。のっしのっしと一足一足しっかり踏み込みながら。やはり私は動けない。これが虚無であることを知っているので、その空間は怖いではあるが、楽しむことができる。

その空間はいろいろな場所に連れて行ってくれて、いろいろな人に会わせてくれる。母親とも何度もあっている。だから、自ら金縛りを望んでいるのかもしれない。

 いろいろなことを考えながら、いよいよあの女性が包丁を持ち、わたしに話しかける。
「大丈夫、すぐ楽になるから」
そして包丁を高く持ち上げおそらく、運動量が一番高い思われる所から振り下ろす。
目だけは動く、その瞬間また戻ってきた。

AM12:00

AM12:38 

 ふと、時計を見ると12:38分。たった5分の出来事である。その5分に私はいろいろなことを考えた。まるで、永遠とまではいかないものの人生の中では他の生きている時間より、価値があるものである。
ただ、今日のは少し強烈で、なかなか眠りにつくことができない。以前、医者から貰った睡眠導入剤を鞄から取り出し、用量より若干多めのカプセルを口から流し込む。

世界の果て

世界の果て

 朝起きる。薬のせいで時間はAM10:00
「お客様、チェックアウトは10:00となっております。」の館内電話で起こされた。
 少し体のだるさはあるものの、少し我慢して支度を整えた。
 ホテルのフロントの人に、侘びを入れてホテルを出る。今日は、雨である。それもどんよりとした、雲に覆われ、針のような雨を落とす。濡れない様に、アーケードに沿ってコンビニに入る。そこで500円のかさを購入する。ビニール傘ではあるが、私は結構気にっている。かさの幅が60センチあり、丈夫で、なおかつ、空も見える。
 雨の中で、どんより雲の攻撃から身を守れるいわゆる「聖具」なのである。

今日は、あまり歩かないほうが良い。風邪を引いても、看病してくれる人もいないので惨めさを感じるだけである。

この町には何度も来ているので、ある程度何処に何があるかは分かる。

それなのに、何をしていいのかは分からない。

ボーっとあたりを見渡すと、割合小奇麗な図書館を目にする。そのまま、そこに吸い込まれていく。

私は、雑誌を何冊か取り、腰掛に座り、大きな窓から雨を見ていた。外は、あんなに地獄なのに、ここはなんて平和でゆったりしているのであろう。すこし幸せを感じる。


  するとそこで右側の本棚にいる見かけた顔を目にする。
昨日殺されかけた、あの女性だ。本を何冊か選んでいる様子であったが遠くてなんの本は確認できない。
少しキョドキョドしていて面白かったので、そのまま目で追いかけることとする。それも、ばれないように、あくまで自然体で。

 その後本の選定が終わったのか、机にすわる。ワンピース姿の彼女を横から見て思ったことは、意外に細身であることと、目鼻立ちがはっきりしていて美人だということだ。

 彼女は食い入るように本を読んでいる。私はその本が何の本か少し気になった。雑誌を置き、立ち上がり、彼女の近くまで行こうとしたが、それはできなかった。だから、さっき彼女が見ていた本棚あたりを見ることとした。

 彼女が探していた本の棚のジャンルは「宇宙」であった。
なにか、彼女と宇宙というのは似ても似使わず、意外なことであった。

 すると後ろから、彼女がやってくる。どうやら、本を返しにきたのである。どきどきしながらも、何事も無かったかのように、無作為に本を手に取った。とにかく、この場をとりつくろうため、ばれないように。
彼女は軽く会釈をした。私も軽く会釈をした。すると本棚を指差した。
一瞬パニックになったが、私の前の本棚の隙間に読んでいた本を返すための合図であったことに気づいて本棚の前から少し下がった。

 彼女は小声で言った
「宇宙好きなんですか?」
 おどおどしながら私は答える
「ええ、まあ」
 話はそれだけで終わった。

なにか、恥ずかしくなって、本を本棚に戻し、その場をすぐにあとにした。

 大きな窓のある腰掛にすわりボーっと外を見ていた。
空をみつつも、彼女のことが気になってしょうがない。本を返すときににおったシャンプーの良い香りがやけに鼻に残った。まるで、幸せのにおいのような感じがした。

お昼になり、彼女もいなくなった。わたしは、まるで夢から覚めたように、図書館をあとにした。お腹がすいた。

とりあえず、彼女とはじめて会った喫茶店に向かう。
中に入ると、相変わらずぶっきらぼうなマスターが、迎えてくれた。当たり前だが、彼女の姿は見当たらない。
ちょっと、落胆した。
「コーヒーと、オムライスください」
マスターは何も言わずに、準備を始める。例の機械で機械的なコーヒーを3分で作って持ってきた。その10分後オムライスが出てきた。意外に本格的で半熟の卵がチキンライスに混ざり合い美味であった。その幸せを噛み締めつつ、今日会った彼女のことに思いをはせた。

すると喫茶店の中に彼女が入ってきた。
入ると同時に、私に気付いたらしく近寄ってくる。
私の席の前に来て、話しかけてきた
「隣空いている?」
「ああ、空いているよ」
びっくりした。ただ、この状況でもわたしは、女性と楽しくおしゃべりをしたことは最近ではほとんど無く、変な汗をかいた。


「宇宙の果てってどこか分かる?」
彼女は唐突に質問してきた。第一声目の言葉でこの質問をされたら、ただでさえ人と話すことが苦手な私は困ってしまう。
「・・・・・無言で首をかしげる」
「マスター、私もオムライスとコーヒー」
マスターはいつもどおり、ただ準備をする。

 気まずい雰囲気を感じていたのは私だけであろうか、彼女は続けて話しを続ける。
「宇宙は無限に広がっているものではなくて、アインシュタインが考えた静的宇宙モデルでは、時空全体が物質の重力によってあらゆる方向に自分自身に向かって湾曲しているの、つまり、閉じた宇宙。それはね、有限の広がりをもつが境界を持たないって事。」
得意そうに話をしてくれたが、私には理解できない。
私が困った顔をしているので、彼女は呆れた顔でこういった
「つまり、宇宙の果てを見ようとすると、最後は結局自分の後姿を見ることになるの。」

 分かったような、分からないような気持ちになったが、変なことを唐突に言う人だということだけは十分すぎるぐらい分かった。
ただ、なんとなく知っていた知識で、彼女の言うことの矛盾を指摘した。
「その理論は、たしかフリードマン理論によって論破されたのではないでしょうか。ハッブルが観測によってそれを裏付けて、アインシュタインも宇宙項はわが人生最大のあやまちであったことを認めたんじゃ無かったっけ」
宇宙に関しては、興味があるとは言わないまでもお酒を飲んでいるときに、暇つぶしにアメリカのディスカバリーチャンネルを見ることがよくあったので、受け売りの知識は少々あった。
すると、彼女は逆鱗に触れたように怒った
「じゃあ、あなたは宇宙の果てを見たことがあるの?実際のところどうなっているかなんて人類にはまだ分かっていないじゃない」
これ以上怒らせるのもなんだったので、私は話を合わせることにした。

「確かにそうだね。誰も見たことがないからね」
そのタイミングを見計らったように、彼女のオムライスとコーヒーがでてきた。

「そうだ、お名前を教えてください。私は
斉藤 隆といいます。」
「さいとうたかし、なんか普通っぽくて面白くない名前。」
こればっかりは私にはどうしょうもできない。

「私の名前は来未(みく)よ。」
「そうだ、あなたの名前は今から、ガモフ」
「ガモフ?」
「そう、ビックバン的な発想だからガモフ」
あとで、調べたのだがガモフとは多分、ビックバン理論を提唱したジョージ・ガモフのことであると推測される。
「みくさん、ガモフは無いでしょう」
「本名よりはましでしょ。まず、耳に残るから。」
なんだか、この人について嫌いではないが少しめんどくさくなってきた。
まあ、特に何もすることもあるわけでもないので、もう少しこの女性の戯言を聞いてみようという気持ちになった。
「そうだ、ガモフはこの辺の出身?」
「いや、以前ちょっと住んでいただけっと言うか・・・」
「じゃあ、昨日といい、今日といいここでなにやっているの?」
返答に困ってしまう。何をしているわけでもないのだから。
ちょっと考えて正直に言った
「黄色い建物のコーヒー屋を探しているんだ。」
「うーんこの辺じゃ見ないわね。本当にこの辺にあるの?」
私は後悔した。この不思議な女性にまで変なことを言う人だと思われている
「まあ、自分は探しているだけ・・・あるとは思うんだけどね。」
「そっか、じゃあこれから探しに行きましょう。」
すると、彼女は最後の一口のオムライスを口に入れて立ち上がった。
なにか、面倒なことになりそうな雰囲気である。まあ、何もやることはないし、何も言わなければ美人で理想的な人と、少しでも接点を持てることは私にとっても、マイナスばかりでもない。短い商店街を2周、狭い路地も彼女と一緒に探した。
不思議なことに、彼女は女性にしては足が速く、わたしも少し早歩きをしなければついていけないほどであった。
 探せるところは探した。もう何年も探しているので、そう簡単には見つからない。それは分かっていた。小さいころ2年しか住んでいないこの町であるが、不思議といろいろな思い出が細切れではあるが思い出された。

 少し疲れたということで、アーケード下のベンチで一休みした。
「見つからないね。」
未来は残念そうにそういった。
未来は本気で探してくれた。
「なぜ、そんなにやさしくしてくれるの?」
わたしは尋ねた。
「うーん、よく分からないけど私もその黄色いコーヒー屋さん知っているような気がする。」
わたしは、びっくりした。
「行った事あるの?」
「ないよ、たぶん。でも知っている感じがした。」
時計の針はPM4時だ。なんやかんやで3時間以上も探し続けたことになる。

 休む日もなく未来は立って言った。
「そうだ、あそこはどうかな?」
とだけ言うと、またおもむろに立ち上がり、歩いていった。私は後ろをついていく。
着いたのはバス停である。
バスの時刻表を見ながら、確認するように言った。
「今から20分後バスが来るからね。それまで休みましょう」
バスの運行表をみると、確かに後20分でくるバスがある。ただ、それは一日4本しかないバスで、今日の最終便だった。
「これ乗ったら、今日は帰れないんじゃない?」
「えっ、でも探しているんでしょう。見つけたくないの?」
返答に困る質問ばかりする。明日の仕事のことが少し気になったが、まあ、どうにかなるであろうと考え、彼女の話に乗った。

 そういえば、最近こんなに長い間人としゃべったことないな。それも今日片思いをした人だから、不思議に思えてきた。
バスは予定より、5分早く来た。誰もそのバスを待っている人はいなかった。

バスの行先

バスの行き先

 バス葉運転手を除き、二人だけとなった。
行き先は、名もない村だ。正確には聞いたこともないような名前の村だった。
「不思議でしょう、どこに行くのか気になる?」
未来は聞いてきた。
「うん、こんな名前の村聞いたこともないから。そこには何があるの?」
ちょっと考えて未来はいった
「・・・未来(みらい)」
 よく分からなかったが、妙に人を納得させる目をしている。普通だったら、もっと聞くべきところだが、私はあまり多くを聞かないほうが得策だと直感し、聞かなかった。
「ねぇガモフは、宇宙の果てと宇宙の始まりどっちが好き?」
「う~ん、よく分からないな。未来のさっきの言い方だと、始まりも終わりも一緒ってことになるでしょ?」
「そうなのよ。ここが始まりだと思ったところが、始まりで終わりと思ったところが果てなんだよ。」
相変わらず、分かるような分からないような話となる。ただ、その目は正直で嘘偽りがないことは容易に察することができる。
それから、彼女は宇宙の話、ムー大陸の話、ミッシングリングの話。よくも話が尽きないまま一方的にしゃべり続け、私は途中で寝そうになりながらも聞いていた。

 そんなこんなで、あたりはすっかり暗くなってきていた。
「大丈夫なの?もう暗いけどこの辺は家ひとつないけれど」
私は心配になって未来に聞いた。
「大丈夫、もうすぐ着くから。」
かれこれ2時間はバスに乗っただろうか。バスを降りるとそこはなにか涼しげなところで水の音がした。

「ここは?」
「ダムだよガモフくん。見て分からない?」
たしかに、川か海だと思っていた景色は終わりがあり、山を四方に囲まれていた。
そこに、申し訳程度の街灯がぽつぽつあるだけである。

宇宙の果て

宇宙の果て

「私はよくここに一人で来るの。ここには大事なものがたくさんあって、いつもここから始まって、ここで終わっていくの。そう決めたの。」
「しばらくすると、近すぎてあまりよく分からなかったダムの輪郭が見えてきた。見えたといってもあたりは暗いので、空に移る月が僅かに水面を照らし、輪郭が浮き上がる程度だ。
それはそうと、何が一体どうなってこんな所にいるのだろう。昨日の状況からは考え付かない状態である。こんな暗く、何もないところで、きれいな女性と二人。

 思わず、彼女を見ると彼女の瞳からは朝露のような涙がこぼれていた。
「どうしたの、怖いの?」
「ちがうよ、言ったでしょ、ここは宇宙の果てで宇宙の始まりだって。」
 未だに理解できないことがたくさんあるが、未来にとってとても大事なところであることは間違いなさそうだ。
それから、無言でしばらく歩くと水のほとりに、集落っぽい光が見える。私たちはどうやらそこに向かっているらしい。未来の足が速くなる。
わたしも後ろから早足になりながら、着いていく。

 集落に着くと、そこは家が10~20件程(暗くてよく見えないので数はおおよそである)ある。民宿らしいところ(看板はでていない)に着くと、そこの女将さんさんらしい初老のおばあさんが、迎えてくれた。
「ひさしぶり、未来ちゃん。そしてお帰り。そちらの方は彼氏さんかな」
未来は怒ったように言った
「こんなものが彼な訳ないでしょう。ただ、探し物を探すのを手伝っているだけよ。」
そんなに、否定されるとなんだか少し嫌な気持ちになる。
「あれ、この子どこかで見たことがあるような、ないような・・・・まあ、いいや。今日はゆっくり休んで明日ゆっくり探し物をさがしなさい。」

 旅館に泊まるとは思っていなかったが、とにかく寝るところができて一安心である。ちょっと期待していたが、やはり部屋は別々だ。ただ、ふすま一枚隔てて未来がいるような格好となる。

夕食

夕食

夕食は別室の小さな囲炉裏のある小屋で食べる。囲炉裏は特に使っていない様子であるが、風情があってよい

女将さんは
「久しぶりのお客さんだからあんまりいいもの準備できなかったが、たらふくたべてね」
鮎の塩焼きに新鮮なサラダ。それに加えお味噌汁、納豆、おひたし確かに贅沢とは言わないが、これはこれで私は好きだ。

 未来さんはおいしそうにもぐもぐ食べている。昼間もオムライスを食べるところを見ていたが、こんな細いからだのどこにこれが入っていくのはとても不思議に思う。
食べるスピードは私よりも早い。
「これを食べ終わったら、寝る前に少し外に行くよ。」
 未来さんは正気だろうか。探し物を一緒に見つけてくれるのは有難いのだが、なぜこれほどまでに張り切っているのかよく分からない。
「外って、こんな時間から?」
「そう、あんたはまだ見つけていないでしょう、黄色いコーヒー屋さん。何しにきたと思っているの。」
困ったものだ。こんな小さな体のどこにこんな元気があるのだろうか。
ゆっくり味わって食べたかったが、あまりにも未来さんの食べるのが早いので、つられて早く食べてしまった。食べ終わるとすぐに
「はい、行こう。」
せかされるまま、言われるがままに外へ行く。
外は案の定真っ暗で、ところどころに街灯があるだけだった。
「どうしてこのダムなの?」
私は未来に尋ねた。
「まあ、朝になれば分かるよ。わたし、ずっとこの下に住んでいたんだ。」
わたしは、不思議そうな顔をした。
「鈍いわね。私の故郷はこのダムの下にあるの。15年前にダム建設によって無くなっちゃったけどね。」
「あっ、そうなんだ。」
なんだか、少しばつが悪くなってしまった。

でも、仮にそうだとしても、なぜ黄色い建物のコーヒー屋さんはここにあるというのだろう。ここは、ずっと遠くの村であり、私が住んでいたあの町ではないはずだ。

「ガモフは、そのダムの下の村の名前わかる?」
「分かる訳ないだろう。さっきにバスにかいてあった村の名前?」

「違うよ、ここは三芳村っていうんだよ。」
「えっ、三芳って僕たちが出会った三芳町のこと?」
「そうよ、鈍いわね。その村の住民が移住したのが美芳町なの。」
じゃあ、ずっと私が探していた町は三芳村だったのか。それはないはずである。もともと、住んでいたのが三芳村ではなくて、三芳町であるはずだからさすがに、小さいころの記憶でも村と町を間違うはずがない。それに、僅かでもあるが住んでいた町だから、そう簡単に間違うはずがない。
「もういいよ、疑っているなら信じなくてもいいよガモフは」
ダムは非常に大きく、どこまで言っても水面に移る月が見えるだけだ。

過去の記憶

過去の記憶。

「ガモフは覚えていないんだね。」

「えっ、何のこと?」

「もういいよ。今日はもう民宿に戻ろう」

帰り道は二人とも無言のままであった。私はそんなことはないと思いつつも、もしかしたらなどと思いだしながら、あいまいな記憶を辿っていった。

その日は、そのまま宿に着き、何事もなく眠った。
不思議とその日は、金縛りが起きなかった。

でも不思議な夢をみた。
コーヒーを飲んでいる母と、メロンフロートを食べる私。そしてもう一人、女の子がいたような、いないような。

朝は空気が良いからであろうか、きれいに目覚めた。相変わらず質素な朝食であったが、それなりに満足いった。

相変わらず未来は元気である。
「さあ、早く準備して、時間はないよ」

「時間ならいくらでもあるよ」
その私の言葉に少し顔をしかめたようだ。
そのとき私は気付いていなかった。

早朝、AM6:45、私は申し訳なかったが会社を仮病で休む連絡を入れた。もう来るなと言われると思ったが、最近は不況でそれほど忙しくもないせいもあってか、お大事にといわれあっさり電話は終わった。
 
 外は快晴で、昨日のどんよりとした雲があった空と同じそれとは決して思えない。
それはそれとして、未来さんはなんであんなに急ぐのか、私には分からない。

 大きなダムであるため、一回りするのも時間がかかりそうである。その時、未来さんが声をかける。
「ガモフ、車の運転大丈夫?」
「ええ、一応営業は車で行うので・・・」
「はい、じゃあコレ。」
車のカギをぽいっと投げてくる。
「これは、誰の車?」
「民宿から借りてきた、軽トラックみたいだけどないよりはましよね。」

民宿のそばにはまだ走るのか不安を覚えるほど古い軽トラックを見つけた。
女将さんが心配そうに私を見る。
「ごめんね。今車って言ったらこれぐらいしかないの。毎日夫が乗っているから、見かけは古くても、手入れはされているはずだから、心配しないで。」
「これ、借りてもいいんですか?」
「どうぞ、でも事故には気をつけてね。」
後から聞いた話、未来さんとあの女将さんはどうやら親戚らしい。だからここまでやってくれるのだ。宿泊費もシーツの洗濯代、ご飯代くらいのお金しか払わなかった。
なにか、申し訳ないような気がしてきた。

「さあ、行こう」
未来さんの甲高い声が耳に走る。

未来さんは助手席に乗り、何か楽しそうである。
「次を右、次も右・・・・」
やけに土地勘がある。もともと住んでいた所であるため、当然と言えば当然だが。

30分ほど走ると展望台のような場所に着いた。
「ここに車を置きましょう。」
そこから、ダムの湖面を見ると、うっすらではあるが、電信柱、旧家が見える。深い場所にあるはずなのに、この目ではっきりと見えている。
なんだか、懐かしさを覚えた。
 もしかしたら、本当に私はここに住んでいたかもしれない。
ただ、いくら見ても(見える部分だけではあるが)黄色い建物は見つからない。

「少しは信用した?」
得意げに未来さんは話をするが、別に私は何も疑ってなどいない。
「別に未来さんを疑っている訳ではないよ。」
続けて未来さんは話す。
「多分だけど、ここからは見えないところに黄色い建物があったような気がする。」
「本当に?」
驚いた。探していた場所が違っていたなら、もう何年か探し続けても見つからないはずだ。
「たぶんね。」
なんか、そういう風に見えなくもない。確かにこの水面深く私の探し物はあるのかもしれない。ちょっと感慨深くなった。
「ガモフくん、覚えている?私は覚えているよ。」
何のことであろう、一度彼女とはどこかで会っているのだろうか。
「・・・黄色い建物のコーヒー屋さんで、会ったことあったっけ」
「うん、良かった覚えていてくれたんだ。私たち、よくあの黄色い建物のコーヒー屋さんでお茶していたんだよ」
 衝撃である。まさかとは思っていたが、そしていつも母親と2人だったと思っていたが、未来さんがあの時、あの場所にいるなんて。   不思議である。

「たぶん、覚えていないよね。だって私はあの時そこにいた。そしてずっとここにいるから、心配しないで、そしてお母さんも。」
いったいどのような関係であったかが想像ができない。幼馴染、母親の横のつながり、いろいろ考えたが、どれも違う気がする。
 いろいろ考えたが、頭の中が錯綜するだけで、何もない。
「未来さんと僕ってどういう関係でしたっけ?」

「兄弟だよ。」

「ずっと、私は黄色い建物の中でも、今もここにこうしているよ。ただ、気付かないだけ。たぶん私は生まれてすぐに亡くなったからお兄ちゃんは覚えていないだろうけど、ずっとそばにいたよ。」
「僕の妹?」
ますます混乱してきた。
「そうだ、黄色い建物のコーヒー屋さんで最近はよくお母さんとお茶してるよ。そこでお兄ちゃんが元気がないから、行ってやっておくれだって。相変わらず親ばかというかなんというか。」
「でも、未来は亡くなったんだろう、なぜここにいるの?」
「神様が36時間だけ戻ってくるチャンスをくれたんだ。隆がまったくやる気がないから元気を取り戻せるように、本当はお母さんがここに来れば良かったんだけど、ここに来るのは誰かを犠牲にしないと、来ることができないの。私は、お母さんが行った方がいいって言ったんだけど、どうしても聞かなくて。ただ、輪廻の中でまた会えるから、お母さんとはちょっとだけ会えなくなるだけだから、心配しないでって。お母さんは言ってた。」
 何も言えなかった。嘘みたいな話だか彼女の顔をみていたら、本当のように見えてきた。
「宇宙の果てって、なんか未来の言ったことを信じるようにするよ。結局はまたここに、幸せな時間が戻ってくる。その時までに、ちゃんと恥じない生き方をしないといけないね。」
時計を見てみる。

AM7:45

AM7:45分

「36時間って、いつから数えて?」
「一昨日の、pm8:00から・・・」
ということは、36時間後はAM8:00である。
「未来はあと、15分しかここに入れないの?」
「たぶんそうだと思う。」
目から涙がこぼれてきた。いろいろ伝えたいことがあったが、何から言っていいのか分からない。
「お兄ちゃん、一つ約束して。」
「なに?」
「お兄ちゃんは自分のことを、一人だと思っているかもしれないけれど、それは間違えだからね。いつも私や、お母さんが見守っているからね。私も、お母さんと再会できた4年間は本当に、幸せだった。」
「うん、分かった。本当にありがとう。そうだ、宇宙の果ては限りないけれど、また戻ってくることができる。また、その時はお前のお兄ちゃんがいいな。だって、迷惑ばかりかけて、何もまだしてやれていないから。あと、お母さんも一緒だ。きっと大丈夫。その時までしばしのお別れだな。」
 未来は泣いているが、その表情はとても希望に満ち溢れているようだった。
「最後に、ちゃんと生きてよ。お母さんは一歩またあなたの所に近づいたけど、私は、また一人。だけど大丈夫。また、黄色い建物のコーヒー屋さんで一緒に楽しく話をしようね。」
「分かった。楽しみにしている。本当にありがとう。未来。」
「あと、なかなか言い出せなかったけれど、あれは黄色の建物じゃなくて、オレンジの建物だからね。次は間違えないでよ。」
「ああ、わかった、必ず行くよ。何年たとうが・・・・必ず」
そしてすっと未来は戻っていった。
 ふと目を覚ますと、ダムの前の展望台で一人寝ていた。
時刻はAM8:05、神様はきっと5分おまけをしてくれたのだろう。とても貴重な5分だった。これからは、この5分以上に貴重な人生を送らなければ。
 周りを見ても、未来はいない。車もない。途中何時間かかったか分からないが、民宿のあった場所に行く。ただそこは、ダムの下だった。
 なにか大事なものを手にした気がして、なんだかとても嬉しくなった。何時間歩いたか分からないが、なんとか三芳町に戻った。   
そして、家路を急いだ。
 家に帰るとすぐに、母の遺品を探した。何枚かの手紙が残されていたが、これを読んだら、お母さんが本当にいなくなると思い、ずっと封を切れないでいた。

「隆へ・・・」

多分、隆がこの手紙を見るっていうことは、私はもうこの世界にはいませんね。お父さんも早くに亡くなり、隆にはいろいろ迷惑ばかりかけていたね。あと、貯金も少しですがありますので、何かあった時のために使ってください。
 そうだ、覚えていないかもしれないけれど、三芳村に住んでいた頃あなたは、お兄ちゃんになっていたのよ。とっても喜んで、妹のために毎日病院に来ていたのよ。そして宇宙の話とかの本を図書館で借りてきてくれて、いっぱいお話ししてくれたね。きっとあなたはその死を考えたくないあまり、もう覚えてはいないかもしれませんが、妹の、「未来」の分もしっかり生きてくださいね。
 追伸・・・いつでも見守っていますので、どうぞ精一杯生きてください。私、お父さん、未来も天国で応援してますよ。

 
私 

私は母の残した僅かに残したお金と、ローンを組み、あの三芳村付近にお墓を買った。年に数回だが、会えることを楽しみにしている。そこには、お母さん、お父さん、そして未来が待っているのだから。

それから


それから、

それから、私の人生は大きく変わったことも特にないが、以前より少しだけ人にやさしくなった気がする。それと、金縛りはあの日を境にぴたっと止まった。

さあ、今日も一日少しでも良くしていくために頑張ってみよう。

世界の果てのコーヒー屋さん

悲しみは、いつでも同じ。
悲しみは、ずっと同じ。
悲しみは、何もかもを奪い去っていく。

それは、それでいい。

ただ、残された人間が何を思うかはきっと大事なこと。

そこになにを思うか。
そこになにを感じるか。

そうなれるように、今を生きたい。

世界の果てのコーヒー屋さん

毎日何もするわけでもない。 毎日何を感じるわけでもない。 それでも唯生きている。 それでもいい。 今日が明日よりいい日であれば・・・ 少しでも、嫌われ者の生き方を学ぶのも、 いい人生の生き方かも。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-17

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. 1
  2. 迷い
  3. 時計
  4. AM12:00
  5. 世界の果て
  6. バスの行先
  7. 宇宙の果て
  8. 夕食
  9. 過去の記憶
  10. AM7:45
  11. それから