ふた房の葡萄

フランスのとある田舎町
収穫期の大きな畑の
ひと房の葡萄が言いました

「わたしはきっとこの畑、
いえこの国で一番味の良い葡萄に違いないわ。
何故ならこんなに良い香りが
全ての粒からするんだから」

それを聞いていた
お向かいの葡萄が言いました

「そんなら、わたしの方がずっと香り高いし、
わたしの方が甘いに違いないわ」

「何を言っているの。あなたは実も小さいし
香りだってわたしの方が」

「あなたは大きいだけで形が不揃いだし、
色はわたしの方が鮮やかよ」

ふた房の葡萄たちは、朝露を飛ばして
いさかいを始めてしまいました

そして最初に口を開いた葡萄が言いました

「それならご主人様にひと粒食べていただいて、どちらが良い葡萄か決めてもらいましょう」

ふた房の葡萄はそれぞれ香りをたたせ、
収穫に来た農場主を誘惑しました

「うむ。今年の黒葡萄はどれも良い香りだ。
どれ」

農場主は最初に自慢を言った葡萄から一粒ちぎり
口に含むと、満足そうに頷きました

それから向かいの葡萄もひとつまみ

「これはどちらもそれぞれ美味しいぞ。
こちらは甘く、こちらは芳醇だ」

農場主はどちらの葡萄の房も もぎ
籠に入れ自宅に持ち帰ります

ふた房の葡萄はそれぞれ枝と実に分けられ
発酵槽に入れられ、樽に移され
いつしかひとつの意識になりました


醸造が済み、時は過ぎ
熟成が進み
ある冬の日

くだんのワインは、あるお爺さんの
誕生日パーティーに振る舞われました

90歳になるお爺さんの暖かいお腹の中から
この年のワインは上出来だと聞いて

生まれ変わった彼女たちには
葡萄の頃の記憶はもうないけれど

とても誇らしげな気持ちを抱いて
お年寄りやその家族たちの体に
染み込んでいったのでした

ふた房の葡萄

ふた房の葡萄

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-05

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