太平洋、血に染めて 「蒼穹の騎士」

太平洋、血に染めて 「蒼穹の騎士」

第一話「炎のサムズアップ」の前日に起きた事件です!

*オープニング
 https://www.youtube.com/watch?v=uemO9ODi1bM
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm35904926

 左舷(さげん)のタラップを駆け上がると、太陽の光が目に飛び込んできた。
「まぶしい!!」
 大五郎は掌で陽射しをさえぎりながら空を仰いだ。透き通った大きな蒼い空。吹き抜ける風も柔らかく、心地よい。今日もいい天気である。
 ふと艦首のほうに目を向けると、大勢の老若男女が車座になっていた。その中央で、右手に杖をにぎった老人がひとり、あぐらをかいていた。長老である。なんの話をしているのかわからないが、彼らは長老の話を熱心に聞き入っていた。
 甲板の上には、ほかの難民たちの姿もあった。ときどき笑い声も聞こえるが、なかなか笑顔は見つからない。青く晴れ渡った空とは対照的に、みんなの表情は曇っていた。大五郎は、反対側の右舷(うげん)にそびえる大破したブリッジに目をやった。潜水艦の攻撃で大破したブリッジ。操舵室もやられ、舵も失った。無線機も故障してるので、救助を呼ぶこともできない。飛行機も、みんな壊れてしまったので脱出は不可能だった。
 大五郎はブリッジに背を向けると、つま先立ちになってまわりを見渡した。水平線の向こうには、大きなまっ白い夏雲が広がっている。どこを見ても、陸地は見えない。ちかくを航行する船もない。カモメの鳴き声すら聞こえない。聞こえてくるのは、波の音と風の声だけ……。
 大五郎は、なんだか急に両親が恋しくなってきた。
(おかあさん、おとうさん……!!)
 涙で視界が霞む。
(泣いてたまるか)
 大五郎は、ぐっと奥歯をかみしめて蒼い空を見上げた。
 きっと、だれかが救助に来るはずだ。きっと、だれかが見つけてくれるはずだ。かならず助かる。母さんや父さんも、きっとどこかで生きているにちがいない。だから、最後まであきらめてたまるか。目に溜まった涙がこぼれないよう、大五郎はじっと蒼い空をにらんでいた。
 ガラン……ガラガラ……
 しばらくすると、艦尾のほうからなにか音が聞こえてきた。なんの音だろうか。大五郎は、音のするほうをふり向いた。
「あっ!」
 フライトスーツ姿の若い男。
「おじちゃんだ!」
 後部左舷のデッキサイド式エレベーターのそばでガラクタを漁っているのはチャーリーである。
「おじちゃん、なにしてるの?」
 大五郎はチャーリーに駆け寄ると、笑顔で声をかけた。
「やあ、ぼうずか」
 チャーリーも明るい笑顔で応えてくれた。
「ちょっとな。使えそうな部品を集めてるのさ」
「あつめて、どうするの?」
「あいつを修理するんだよ」
 チャーリーはエレベーターの手前にある一機の戦闘機を親指で指しながら言った。
「あっちに、こわれてないひこうきがあるよ」
 ブリッジのほうに、一機だけ無傷で残る戦闘機があるのを大五郎は知っていた。まっ赤に燃え上がる炎のような(たてがみ)をもつ白い一角獣が尾翼に描かれている戦闘機。だが、あの〝一角獣〟は空母のカタパルトが壊れてるので飛べない、とチャーリーは言った。大五郎には、どういうことなのかよくわからなかった。
「ほんとうになおせるの?」
「ああ。なおせるとも。おまえさんも手伝ってくれるかい?」
「うん、てつだう!」
 大五郎は部品を集めるのを手伝った。
「こいつはハリアーといってな。戦闘機だが、ヘリコプターのような飛び方ができるんだ」
 チャーリーが戦闘機を修理しながら語りはじめた。
「どういうふうにとぶの?」
「空中で静止したり、そのまま左右に移動できるんだよ。それに、滑走しなくても垂直に離陸することができる。着陸するときも、ヘリとおなじで垂直に降りることができるんだ」
 身振り手振りを交えながら、チャーリーは丁寧に説明してくれた。完全には理解できなかったが、大五郎はなんとなくわかった気がしていた。
「まっすぐとんだら、はやいのかな?」
「いや、こいつは亜音速機だからな。スピードはそんなに出ないんだよ」
 チャーリーはいろいろ教えてくれた。だが、友達をたくさん亡くしたようで、戦争の話はあまりしなかった。大五郎も、戦争が終わる直前に両親と生き別れになってしまった。ひょっとしたら、もう生きていないのかもしれない。そんなことを考えると、とても淋しくなるのだ。だから、チャーリーが話したくない訳も、大五郎にはよくわかっていた。
「よし。これで飛ぶはずだ」
「なおったの?」
「ああ」
「でも、あなだらけだよ?」
 機体の装甲にはギザギザの穴がたくさん空いている。
「中はちゃんと直ってるから大丈夫さ。手伝ってくれてありがとうよ、ぼうず」
 チャーリーが親指を立てて笑った。大五郎も親指を立てて笑った。
 そのとき、ひとりの男が左舷中央のタラップを上がってきた。カタパルトオフィサーのイエロージャケットを羽織り、おなじくカタパルトオフィサーを示す黄色いヘルメットを被ったメガネの男。
「ヨシオだ」
 大五郎の耳元でチャーリーがささやいた。
 訝しそうな目をヨシオに向けながらチャーリーがつづける。
「あいつは、なにを話しかけても返事をしないんだ。きっと頭がイカレてるのさ」
 ぎこちない笑みを浮かべながらチャーリーが肩をすくめた。
「へんなおじさんだね」
 大五郎も、舳先へ向かうヨシオの背中を見ながら肩をすくめた。
 あのヨシオという男は、大五郎たちがこの空母に救助された日、食堂でハリーとぶつかった男だ。それにしても、いったい彼は何者なのだろう。見たところ日本人らしいが、なぜカタパルトオフィサーの格好をしているのだろうか。やはり、チャーリーが言うように頭がイカレているのかもしれない。大五郎は、やれやれ、というようにため息をつくのであった。
 ヨシオの足が止まった。空母の舳先。仁王立ちになって、ヨシオは腕組みをしている。うしろ姿でよくわからないが、彼は舳先の示す水平線のほうをじっと眺めているようだ。
 大五郎も海を眺めた。水平線には夏雲が浮かび、(あお)い空には太陽が白く輝いている。世界が核で消滅したことが嘘に思えるほど、爽やかな景色だった。
「蜃気楼だ」
 右舷のほうでだれかが叫んだ。野次馬たちが右舷舷側に集まりはじめた。大五郎もチャーリーと一緒に人だかりのほうへ行ってみた。
 水平線の少し上のほうに、大きな四角い建物のような黒い影が三つ、揺らめいている。たぶん燃料貯蔵タンクかなにかだろう、とチャーリーは言った。
 大五郎は、ちらりと舳先のほうをふり向いた。ヨシオは腕組みをしたまま、じっと水平線を眺めている。いったい、彼は何者なのだろうか。
「おお! あれはまさしく!」
 うしろのほうから、強引に人混みをかきわけながら長老がやって来た。そのとき、艦の端のほうに立っていたひとりの若い男が、長老に押されてよろめいた。
「おわっ! あっ、あぶっ……」
 体を前後に揺らしながら、若者が両手を回している。その傍らに立ち、長老はまっすぐ蜃気楼を杖で指し示した。
「海坊主じゃ!」
 長老が叫んだ。
「ギャああァァァ……!!」
 若者も叫びながら海へと落ちてゆくのであった。

 艦内には航空機用の広い格納庫がある。そして空母の左右の舷側(げんそく)には、合計四基のデッキサイド式エレベーターが設置されていた。
 船体側面に沿って上下に動くエレベーターのよこ幅は二十六メートルで、奥行きが十六メートル。これは、航空機を運ぶための巨大な装置なのだ。しかし、この空母のエレベーターは後部右舷と左舷のふたつしか使えなかった。艦首右舷にあるふたつのエレベーターは故障していて動かないのだ。
 航空機を格納庫に収容する場合は、主に艦首右舷の二基のエレベーターを使う。逆に格納庫の航空機を甲板に上げるときは、後部右舷と左舷のエレベーターを使うらしい。その格納庫の搬出入口には扉もカベもないので、船体の側面にはエレベーターとおなじ幅の大きな楕円形状の口がぽっかりと空いていた。
 海に落ちた若者は、艦首右舷側の格納庫に空いた〝口〟からロープで助け出された。短いロープしかなかったので、甲板の上からでは三十メートル下の海面まで届かなかったのだ。しかし、格納庫の口からなら海面までは十メートル前後。十分ロープが届く高さだった。
 甲板には、まだ大勢の難民や空母の乗組員たちが残っている。大五郎とチャーリーも、右舷舷側に立ちながら水平線をながめていた。
「蜃気楼、か」
 両手を腰に当てた格好でチャーリーが唸った。
「ひょっとしたら、ちかくに陸地があるのかもしれんな。よし、オレが見てきてやろう」
 チャーリーがハリアーに乗り込み、エンジンを始動させた。
「どうだ、ぼうず。ちゃんとなおってるだろ?」
「うん! なおってる!」
「それじゃ、いってくる。グッドラック!」
 チャーリーが親指を立てて笑った。
「ぐっどらっく!!」
 大五郎も笑顔で親指を立てると、風圧で飛ばされないようハリアーから離れて見守った。
「あがった!」
 いよいよハリアーが上昇をはじめた。少しずつスピードを上げながら、どんどん天高く上昇していく。
「変だぞ。どこまで上がっていくんだ?」
 うしろのほうでだれかが言った。
 いったいどうしたことだろうか。ハリアーは垂直に上昇するばかりで、一向にまっすぐ飛ぶ気配がない。
「やっぱり、なおってなかったんじゃないのか?」
 大五郎のよこでハリーが言った。カウボーイハットの下で怪訝そうに目を細めながら上昇をつづけるハリアーを見上げている。そのとき、上空のハリアーからとつぜん爆発音が聞こえてきた。
「おじちゃんがとびあがった!!」
 大五郎はハリアーを指差しながら叫んだ。やはり、ハリアーは故障していたのだろう。チャーリーは機を捨てて脱出したようだ。
「まずいぞ。パラシュートが開かないみたいだ」
 葉巻をはさんだくちびるのあいだから紫煙を吐きだしながらハリーが言った。左手を腰に当て、右手でカウボーイハットの鍔をもちあげ、眩しそうに細めた眼で上空の様子をうかがっている。大五郎も日差しを掌でさえぎりながら空に顔を向けていた。
 ハリアーは、まだ上昇をつづけている。まるで脱出したチャーリーを追いかけるかのように。
「あ?!」
 みんなが同時に声を上げた。上昇してきたハリアーのコクピットにチャーリーがふたたび収められたのだ。
「ぶるーえんじぇるすだ!」
 大五郎は感動した。いまのがアクロバット飛行というやつなのだろう。大五郎は、以前テレビで観たブルーエンジェルスを思い出したのだ。
「ブラボー!!」
 長老も盛んに拍手を送りながら歓喜の声を上げている。
「泣けるぜ」
 ハリーはため息混じりに首をふると、左舷のタラップのほうへゆっくりと去っていった。
 ハリアーのエンジン音が、徐々に遠のいていく。はるか上空。海よりも蒼く、海よりも深い大きな空に、ハリアーが沈んでゆく。やがてハリアーはキュピーンと輝き、ひと粒の小さな星になってしまいました。
「おじちゃーん!!」
 大五郎はちからいっぱい叫んだ。蒼天に浮かぶチャーリーの笑顔に向かって……。

エピソード「蒼穹の騎士」

           おわり

                                 

太平洋、血に染めて 「蒼穹の騎士」

第一話「炎のサムズアップ」へつづく!!


*エンディング
 https://www.youtube.com/watch?v=a8jzMhseSsk
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm6854884

*提供クレジット(BGM)
 この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました!
 https://www.youtube.com/watch?v=0syVwdGsw9k
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm3752383

【映像特典】
 https://www.youtube.com/watch?v=aohQW89GhpU
 https://www.youtube.com/watch?v=l5tXRMxuWic
 https://www.youtube.com/watch?v=1LQ0wl4X2mA
・チャーリーの空(チャーリーのキャラクターソング)
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm10777622

太平洋、血に染めて 「蒼穹の騎士」

第一話「炎のサムズアップ」の前日に起きた事件です!

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-04

Copyrighted
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Copyrighted
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