青春とぼく


ある夏の4時過ぎの教室、ぼくは町の図書館で借りた本を意味もなく眺めていた。
校庭のテニス部の声が頭に刺さるように痛い。
この痛みから逃げるように本を鞄にしまい、ぼくは教室を出る。
廊下を掃除していた気の良さそうな主事のおじさんに軽く頭を下げ、ぼくは玄関に向かった。玄関で靴を履き替え、校舎を出る。
4時過ぎということもあり、夏の日差しも大分過ごしやすくなった。
オレンジがかった日差しがアスファルトに、夕立のように染み込む。
校庭の野球部、陸上部、テニス部を横目に校門に向かった。
「遅いじゃんいかよ。」と門の前にしゃがんで居た友達の天宮が立ち上がりこっちに歩いてくる。
「あっ、ごめん」とぼくは軽く頭を下げる。
天宮は学年ではトップクラスの成績で顔立ちも良いので中学校では結構モテていたらしい。高校に入った今でもファンクラブがあると噂で聞いたことがある。
ぼくと天宮は校門をくぐり外に出る。
無言で歩いていると天宮がメガネを人差し指で上げた。
「そう言えば、おまえ部活どうすんだよ。」
ぼくは高校に入って今まで部活には入っていない。
「そう言えばそうだね。」
「おまえ運動嫌いだったよな。」
首肯。
「だったら軽音部とか吹奏楽部とかに入ったら?」
「リズム感ない。」
「じゃあ、手芸部は?」
「何となく、やだ。」
天宮が嘆息する。
「まぁ、ぼちぼち探そうぜ。」
「まぁ、うん。」
そんな話をしていると図書館の前に着いていた。
「天宮、ぼく本返してくるからここで。」
「おぉ、じゃあ明日な。」
「うん、明日。」
天宮に手を振り、ぼくは図書館の扉を開け館内にはいる。中は冷房が聞いていて、夏服のぼくには少し肌寒い。
ぼくは本を返すため、受付のテーブルに小説を三冊置いた。受付には二十代半ばと言ったところの女性が座っていた。
「返却お願いします。」
ぼくが言うと、職員の女性は本の後ろの番号をパソコンに入力し、画面を見て微笑んだ。
「いつも返却日守って偉いですね。」
「あぁ、どうも。」
以前からこの図書館を使っているので、ぼくの事を知っていたらしい。
「そう言えば、今日は本借りなくて良て良いんですか?」
「?」
「昨日二階の小説コーナーに何冊か小説が入ったらしいんですよ。」
「そうですか・・・。」
今日は本を借りていく予定は無かったのだが、新しい本が入ったのなら興味はある。
「じゅあ、少し見て行きます。」
「そうですか、何か困った事がありましたら、お気軽にお声をおかけ下さい。」
「ありがとうございます。」
頭を下げてから、階段を上がり二階の小説コーナーに向う。
新書の棚には新しい小説が何冊もあり、それぞれ初めて見る物ばかりだ。
その中の一冊を手に取り、読書スペースに向う。
読書スペースには、ぼくと同じ学校の制服を着た長髪の女子生徒が勉強道具を机に広げて居た。
ぼくが女子生徒の斜め前の椅子を引き、腰を下ろすと、女子生徒もぼくに気づいたらしく勉強道具を一カ所に集めている。
ぼくはひとまず表紙を開き、目次に目を通す。女子生徒も再びノートに視線を戻しシャーペンを動かし始めた。
シャーペンの「カツカツ」と言う音がリズミカルに館内に響く。
目次を一通り読み終え、物語の最初のページに入ろうとした時、シャーペンの音が止む。
すると、女子生徒の方から「ねぇ、君。」と言う声が聞こえた。
読書スペースにはぼくと女子生徒以外人はいないため、ぼくに話しているのだとすぐに分かった。
ぼくは本から目線をそらし女子生徒に目線を向ける。
「何ですか?」
「あなた、羽山高校の生徒ですよね?」
「そうですが、それがどうかしました?」
「いえ、どうかしたって訳じゃないんですけど。・・・そ、そう言えばあなた、部活には入ってないんですか?」
今の時間、羽山高校の生徒は部活動に出ているのが普通なので疑問に思ったのだろう。
「まぁ、そうなりますね。あなたも部活、入ってないんですか?」
「えっ私?あぁ、今日は部活はお休みなんですよ。」
「そうなんですか。で、何部に入ってるんですか?」
「えっと、ボランティア部です。」
 始めて聞く名前の部活だ。
「へ~ぇ、そんな部活、羽山高校に有ったんですね。」
「はい。まぁ、実質は部室でいつもダラダラしてるような部活なので、知らない人も結構多いんですよね。」
「そうですか。」
思わず苦笑いしてしまった。
「では、そう言う君は、なんで部活に入らないんですか?」
「え・・・いやぁ、まぁ具体的な理由とかはないんですけど、そうですね・・・面倒臭いんですかね。」
「面倒臭い?」
またも女子生徒が首を横に倒す。
「まぁ、部活に入るのは良いんですけど。探すのが面倒臭いんですよ。」
「はぁ?」
「まぁ、誘ってもらえれば、入るかもしれないんですけどね・・・」
少しの間、沈黙が続く。
それを破ったのは、眼前の女子生徒。
「では、うちの部に入りますか?・・・いえ、嫌なら良いんですけど、もしあなたが良いなら・・・と。」
(凄く急だな~・・・まぁ、部室を読書スペースに使うって言うのも良いかもしれなし、ダラダラして、大学受験での点になるなら、こんな美味しい話はない・・・。)
「えっと、じゃあ、お願いします。」
「えっ良いんですか?」
女子生徒は本気で言ったのでは無かったのだろう、少し驚いている。
そしてぼくは、頷く。
「えっ・・・で、では、少し待ってて貰っていいですか。」
そう言うと、女子生徒は鞄から何かを取り出し、ぼくに差し出した。
「では、これを書いて貰っていいですか。」
「何ですか?これ?」
「入部届けです。」
(入部届けか・・・再び、急だな~。まぁ、出しに行く手間も省けるならいいや。)
女子生徒はぼくの前に入部届けを置き、ノートの上にあったシャーペンをぼくに手渡した。
「ここに名前を書いて下さい。」
女子生徒が指差したのは、まだ名前の書かれていない入部届けの空欄。
ぼくは、シャーペンを握り、館内に「カツカツ」と言う音を響かせる。
名前を書き終えると女子生徒が入部届けを取り上げ、ぼくの名前を確認した。
「1年E組、荒井千鶴くんで良いんですか?」
ぼくは無言で頷く。
「女の子みたいな名前ですね。」
こんな感じで、よくからかわれるため、この面倒臭い名前はあまり好きではない。いや、嫌いだ。
「まぁ、はい。」
絡むのも面倒臭いので、無駄な言葉は省略。
「そう言えば、私の名前教えてませんでしたね。」
そう言うと勉強に使っていたノートのはじに名前を書き、ぼくに手渡した。
「1年C組、月見里氷花って言います。これからよろしくお願いしますね。」
(あぁ、同級生だったんだ・・・)
月見里は満面の笑みで微笑んだ。
***************
今日も目覚ましの忌々しいアラームがぼくの脳に朝を知らせている。
ぼくは少し強めに目覚ましのボタンを叩きアラームを止め、ベットに寝そべり、天井をボーと眺めはじめる。
(あぁ〜朝か〜・・・。なんか身体だるいな〜今日、学校休んじゃおかな〜・・・。)
そんな甘い事を考えていると、一階からドタドタと階段を上がってくる足音が聞こえ、僕の部屋の扉が人証ではない音を立てて開く。
「ちぃーづぅーるぅーあーさーだーよーーー!」
来たか・・・騒音機(姉貴)。
僕は大きく嘆息しながら起き上がり、手をヒラヒラさせ姉貴に起きた事を示す。
「朝ごはん出来たから早く着替えて降りて来なさい!」
そう言い残し姉貴は部屋を出て、またドタドタと階段を降りて行く。
忙しないな・・・。
その言葉に従うつもりはないのだがしょうがなくベットから出て寝間着を脱ぎ捨て、ハンガーに掛かっている制服に着替える。
そして床に置いてあった学校用の黒い鞄を拾い上げる。
「あぁ~面倒臭い。」
そんな事を言いつつも、階段を降り、洗面所で寝癖をとかしてから、リビングに向かう。
テーブルにはコーヒーが一杯だけ、置いてあった。
ん?朝ごはんってこれだけか?・・・まぁ、いいや。
ぼくは椅子に座り、テレビをつけ、コーヒーを啜る。
・・・あ〜苦い~。
ニュースをボーっと眺めていると突然、後頭部に衝撃が走る。
後ろを振り向くとそこには姉貴、
「時計見なさい、遅刻するわよ。」
そう言われてテレビ画面の左上の時計欄を見る。
7時55分・・・。
いつも家を出ている時間だ。
ぼくは立ち上がり姉貴に聞こえないくらいの声で呟く。
「そんな・・・殴んなくてもいいじゃん・・・。」
「殴ってない、叩いたの!」
聞こえてたんだ・・・でもそれも同じ事ではないのか・・・。そんな事を考えながら、鞄を持って玄関に向かい、靴紐を結び、見送りをしに付いて来た姉貴に別れを告げ、玄関を出る。
そして変わり映えのしない景色を進み、羽山高校に向かった。

いつも通り、適当に授業を聞いていると、4時限目の終わりを知らせる、チャイムが鳴った。つまり、昼休みの始まりだ。
生徒たちは今やっていた授業の教員に頭を下げ、授業を終わる。
そして、いつものように始まった・・・購買戦争が・・・。
ぼく以外の生徒たちは財布を持ち勢い良く廊下に飛び出して行った。一日、限定三個のグレイトメロンパン、通称GMPを得るために。
ぼくはそれには参加せず、登校する途中に買ったサンドイッチの入ったレジ袋と昨日図書館で借りた小説を鞄から取り出し、廊下に出る。廊下の窓からは、購買に向う、生徒たちの醜い争いが見えた。それを鼻で笑ってから屋上に向う。
屋上には誰もおらず、蝉の鳴き声だけが響いていた。
ぼくは給水タンクで日陰になっている所に腰を下ろし、サンドウィッチの封を開け、口に運ぶ。
(あ~・・・平和だな~・・・)
一枚目を食べ終え、二枚目に手を伸ばそうとした時、「やっぱりここに居たか」と言う声が聞こえた。手を止め、声のした方に目線を向けると天宮がメロンパンを口にくわえて、こっちに歩いて来た。
「おっ天宮、GMP買えたんだ~。」
「いや、これ普通のメロンパンな。」
ぼくはGMPを食べた事も無ければ、実物を見た事も無い、ただあると言う話しを聞いた事のあるだけだ。
・・・まぁ、食べたいとも、見たいとも思わないけど・・・。
天宮が隣に座る。
「あ〜、でも一度でいいから、食ってみたいな~GMP。」
「まぁ、三年生になったら可能性はあるんじゃない。ぼくらの階、購買まで一番遠から、一年生の時は無理だと思うよ。」
羽山高校の一般棟は二階に三年生、三階に二年生、そして四階に一年生と教室が振り分けるられているため、特別棟一階にある購買までの距離が一年生は1番遠い。
「まぁ、そうだけどな・・・。でも、俺は諦めない!」
「まぁ、頑張ってよ。」
「あぁ!」
天宮がメロンパンにかぶり付いた。
ふと、昨日の図書館の事を思い出しぼくは、口を開く。
「天宮・・・。」
「ん?なんだ?」
「ぼく、昨日部活入ったよ・・・」

放課後ぼくは月見里がボランティア部の部室だといっていた、特別棟三階、自習室に向かっていた。
二階の渡り廊下を通って特別棟へ。階段を上り、三階へ。そして音楽室、美術室、多目的室の前を通り、廊下を進むと、自習室が見えてきた。ドアの曇りガラスは明るく、人が居るのが分かる。ぼくは軽くドアをノックしてから、ドアを横にスライドさせた。
中方部にある長机の周りのソファーには月見里の他に、2人の生徒が座っていた。1人は、茶髪で、体の小さな男子生徒。そして、もう1人は、ポニーテールの女子生徒。
月見里はぼくを見るなり、立ちあがった。
「あっ荒井くんじゃないですか。さあさあ座って下さい。」
月見里に手招きされ、ぼくは月見里の隣に座る。
「えっと、皆さんこちらの方が先ほど話した、荒井くんです。」
ぼくは軽く、一礼。
「では、荒井くん、自己紹介お願いします。」
「あ、はい。」
ぼくは立ち上がる。
「えー、1年E組の荒井千鶴です。
趣味は読書で、嫌いな事は面ど・・・特にありません。えー、これからよろしくお願いします。」
ぼくは深く頭を下げ、再び座る。
月見里がわざとらしく拍手をしている。
「では、私たちも荒井くんのために自己紹介をしましょうか。では、私から・・・改めまして一年C組月見里氷花です。
荒井くん、これからよろしくお願いしますね。」
月見里が座り、次に茶髪の男子生徒が立ち上がる。立ち上がった男子生徒はやはり小さく、小6ぐらいの身長だ。
「自分、1Aの神屋悠太だ!好きな言葉は下克上!将来の夢はビックな男になる事だ!夜露死苦!」
(ビックになるとは身長の事なのだろうか、それとも社会的な事なのだろうか。・・・まぁ、どちらでも、いいや。)
神屋はぼくに向かって親指を立てる。ぼくは、作り笑いでそれを受け流ながす。
神屋が満足気に座り、次に色白の女子生徒が立ち上がる。女子生徒はどこか、もじもじしている。
「え、えっと、い、1年A組お、小倉祥。よ、よろしく。」
祥は、ばっとソファーに勢い良く座り、胸に手を当てながら、深呼吸している。
「どうだ千鶴、祥結構可愛いだろ。」
ぼくがそんな小倉をボーッとした眼差しで見ていると、向かい側のソファーに座って居た、神屋が前のめりになり他の2人には聞こえないくらいの声でぼくに話しかけて来た。
ぼくは改めて小倉の顔を見る。小倉は、清楚な顔立ちをしていて、可愛いと言うよりは、美人と言う感じだ。また、右目の泣きぼくろで、どこか大人びて見える。
「あいつ、結構男子に結構人気あるんだぜ。」
興味は無いが、初対面の相手に冷たく接するのは流石に感じが悪い、少し話に乗ってやろう。
「へぇ~、だったら神屋も好きだったりして。」
この間、クラスの女子生徒が、こんな感じのセリフを言っていたような気がする・・・。
「な、な訳ねぇだろう。バーカ。」
慌てて神屋が元の姿勢に戻った。
(ん?図星か?)
「皆さん!私に一つ提案が有ります。」
突然、立ちあがった月見里に、全員が目線を向ける。
「荒井くんも入ったことですし、このまま部室でダラダラしていると言うのも部活として駄目な気がするんですよ。なので何か活動をしませんか?」
(ん?活動?)
「どうですか、皆さん?」
月見里が部員全員に訊う。多分、ぼくにも。
「自分は楽しそうでいいと思うぜ!」
「わ、わたしはどちらでも・・・。」
そして皆がぼくを見る。
「えー、そうですね・・・。」
(活動と言っても花壇の花に水掛けするだけだろ・・・まぁ、面倒臭いのは変わりないけど、その程度ならまぁいいか。)
ぼくは口を開く。
「いいと思いますよ。」
月見里が、ぱんと手を叩き、
「では、皆さん同意と言うことでいいですね?」
皆が沈黙と言う、肯定をする。
「それでは活動の内容は笠木先生に聞いておきますね。・・・では、お茶にしましょうか。」
(お茶?先の月見里の言葉はどこに・・・。)
月見里は長机に置いてある、ポットのお湯を急須に注ぎ、急須を横に揺すりっている。
すると小倉が「み、みんなで食べよ。」と足元にあった黒い紙袋を机の上にを置いた。
「え!何ですか!」
月見里が急須を置き、紙袋の中を覗き込む。
「・・・あっ!ロールケーキじゃないですか!」
(ロールケーキか・・・甘い物は嫌いだな・・・)
「えっマジで!俺、ロールケーキ大好きなんだよ!」
神屋がまたも、前のめりになり紙袋の中を月見里と一緒に覗き込んでいる。
「美味しそうですね!神屋くん!」
「ああ!早く食べようぜ!」
(無駄に元気だな~この2人・・・)

青春とぼく

青春とぼく

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-17

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