シンギュラリティ

ここが人類の変化点。


掲示板

わたしの名前はジェームス・アンダーソン。アメリカ人です。職業は軍人です。わたしはあるものを探すため、この掲示板を開設しました。探しているものはコンピューターです。今から十七年前に販売されたホーヨー社製の製造番号445778−0001から445778−0051までのものです。この指定の理由はこの五十台にだけに備わっているあるプログラムです。そのプログラムは「わたしたち」にとってとても困難な問題の解決に重要な役割を果たします。だからわたしはこのコンピューターを探しています。具体的にはそのマシンに搭載されていたチップです。販売期間は短く製造台数は少ないため、その入手は困難を極めています。製造元のホーヨー社がすでに倒産していることも要因です。
この掲示板をご覧になっている皆さんにお願いです。わたしの力になってはいただけないでしょうか?チップ、もしくはその入手に確実な情報を提供していただける方のアクセスをお待ちしております。もちろん相応の謝礼は致します。謝礼とはもちろんお金です。と言っても現金をお渡しするわけではありません。現金と引き換えできるチケットをお渡しします。そのチケットはこの年のナンバーズ3、ナンバーズ4、ナンバーズ6、及び7の当選番号です。
そんな事わかるはずがないとお思いでしょうね。しかしわたしにはわかります。それは昨日の天気を当てる事と同じなのです。皆さんの明日はわたしには昨日なのです。
何故ならわたしは未来から来たのですから。

ジェームス・アンダーソン

 鈴木さんですね。メールでは何度もやり取りしていますがこうして会うのはこれが最初ですからやはり初めまして、ですかね。わたしがジェームス・アンダーソンです。まさかホーヨー社の元エンジニアの方からご連絡いただけるとは夢にも思いませんでした。しかも未使用で保管していたとは。こんな幸運があるんですね。ところでどうですか?百四十年後の人類を見た率直な感想は。ええ、そうでしょうね。見た目はいかにも軍人って感じの外人ですよね。威圧感を与えているようなら申し訳ないです。服はここで調達しました。スーツはどこにいてもある程度馴染める。実に便利なアイテムです。でもね、鈴木さん。未来からきたからと言っても人類の形態は百年ちょっとじゃ変わりませんよ。百年前と今と変わっていないでしょう?生活環境の変化で少し平均身長が伸びたくらいです。それと一緒ですよ。がっかりさせたようなら謝りますけど。
しかしいい季節になりましたね。わたしは冬がすっかり去ったこの季節が大好きです。何かいいことが起こりそうな気がしてきませんか?季節があるというのはとても大事で大切なことなんですよ。しかしそれも今年は少し違いますね。東北地方を始め、地震で被災された方たちを思うと浮かれた気分も消し飛びます。それでわたしは未来から来た事を鈴木さんに証明したのですから更に胸が痛みます。いや、逆に感謝した方がいいんですかね?実に難しいですね、こういう事は。
 さっき見た目は変わらないと言いましたけどテクノロジーに関して言えばこの時代のそれよりもわたしたちは数百段も先に行っています。そのひとつを鈴木さん、あなたは今体験していますよ。そうです、翻訳機能です。わたしは日本語を学んだ事はおろか、日本を訪れた事は一度もありません。なのに流暢にしゃべっていますよね?イントネーションも完璧に。しかもですね、標準語だけではなく方言もしゃべる事ができるんです。日本全国の。たとえば関西弁で挨拶しましょうか。はじめましてー。ジェームス・アンダーソン言いますねん。よろしゅう頼んます。どうです?ネイティブでしょ?じゃあ東北弁いきましょうか。おらジェームス・アンダーソン。よぐござたなっすな。どうです?これも自然でしょ?わたしの見た目が外人だからインパクトも強烈ですよね。仕組みを知りたいですか?それはですね、この時代で言えばスマートフォンと同じですよ。アプリです。翻訳機能のアプリで会話しているんです。そのアプリはどこにあるかと言うとですね、ここです。そう、脳です。脳に超高性能のチップを埋め込んであってそれを介して脳にインストールしているんです。わたし自身がスマートフォンというわけです。あれ?ひきつった顔してますね。でもね、鈴木さん。未来の社会はこれが当たり前なんですよ。今は一人に一台携帯電話を持っていますよね?それが体にくっついたと思えばいいんです。歯の詰め物みたいなものですよ、まったく気になりません。
どうしてこういう事になったかと言うとですね、法律で定められたからなんです。全国民、いや、地球上の全人類が対象の法律です。今から百年先ですけど、そうなるんです。生まれた赤ちゃんがヘソの緒を切ると同時にチップを埋め込む外科手術が施されるんです。もちろん無償で、です。何故そんな事になったのか、不思議ですよね。でもですね、これはわたしが鈴木さんと出会うきっかけとも言えるんです。これは後々説明しますね。
 ところで鈴木さん。このホテルのラウンジ、素敵でしょ?外資の一流リゾート、ハイワットブラザー社の提携ホテルですからね。とにかく素晴らしいの一言です。でも鈴木さん、わたしのチップと同じくらい不思議じゃありませんか?未来から来たわたしがどうしてこんな高級ホテルを利用できるのか。このホテルは会員、もしくは会員の紹介がなければ入ることさえできないのに。そうでしょうね、失礼ですけど多くの人はこのホテルを利用する事など一生ないのですから。その謎は簡単です。わたしはここの会員だからです。驚かれたでしょう。どうして百四十年前のホテルの会員なんだと。これはわたしがここに来れたことと関係があるんです。そう、「タイムトラベル」です。
 アポロ計画、ご存じですよね?祖国アメリカが行った月への有人宇宙飛行計画です。実はですね、その時もうひとつの計画が生まれていたんです。その名前は「クロノス計画」と言います。ギリシャ神話に出てくる時間の神の名前がついたこの計画は有人時間移動計画、すなわちタイムマシン製造計画です。国家がこんなものに巨額の予算を投じたのにはちゃんと根拠があるんです。時間を移動できる可能性と言い換えた方がいいかもしれませんけど。きっかけは日本製のあるものです。鈴木さんもよくご存知のものです。きっと財布の中にありますよ。そう、紙幣なんです。日本の現在の紙幣、正確には一万円札ですけど、それが六十年前に発見されたんです。何故これがきっかけだと言うと、発見された場所だったんです。そこはですね、エアフォース・ワン、つまり大統領専用機の機内だったんです。そこはホコリの数すら管理されていると言っても過言ではないほどの万全のセキュリティをほこっています。そこに正体不明の紙幣が紛れ込んでいたこと自体ありえないことであるのにその紙幣はその当時の技術では実現不可能な印刷技術によるものでした。すかし、インク、ホログラム、紫外線照射による識別。ご存知の通り、日本の紙幣の印刷技術は世界トップクラスです。それが突如現れたのですからその驚きは想像に易しいですよね。そこから様々な分析がなされた結果、この紙幣は未来から来たものだと言う結論に至ったのです。そして程なくして「クロノス計画」が発案、実行にうつされて実際に「時空の歪み」から生まれる「トンネル」が発見されたのが百年後でした。そこから約九十年後、その「トンネル」を通過できる「タイムマシン」を完成させ、わたしはそれで過去に来ることができたのです。いわばわたしはアームストロング船長みたいなものですね。他に乗組員はいませんけど。
 さて、この計画はその性質上、国の最高機密扱いになりました。極僅かな人数で秘密裏に行われ、限られた人数にしか引き継がれていきませんでした。その一回目の引き継ぎ時、あることが提案され、了承されました。それは「未来から来た者の保護」です。タイムマシンが完成した時に備えてのものです。何故なら時間旅行は海外旅行のようにポピュラーになるわけありませんから、もし未来から人類が訪れるようならば、それは何か重大な使命をおびているはずですからね。歴史の保全とそして機密保持の観点です。その時に専用の電話回線が引かれました。大統領への直通電話です。その電話の相手には大統領権限であらゆる権利を持たせることが了承されたんです。わたしはこの時代にやってきてすぐにその番号をダイヤルしました。その数分後、わたしはこのホテルの会員の他、考えられるありとあわゆる特権を手にしたのです。その電話番号はお教えすることはできませんが、おもしろかったですよ、大統領の様子が。電話からでも充分伝わってきました。天国からかかってきた電話の方が信じられるって言ってましたよ、彼は。
 ところで鈴木さん。「クロノス計画」に関わった当初の政治家、官僚、科学者たちが予想した通り、わたしは重大な使命を受けて百四十年前の日本に来ました。その重大な使命がこの時代ですら型遅れのコンピューターとは拍子抜けではありませんか?それに携わったエンジニアのあなたに対して大変失礼なのを承知で言いますが、そのコンピューター自体にはまるで価値はありません。自動車で言えばエアコンもパワーステアリングもカーステレオもない、ガソリンをいたずらに消費するただ走って止まれるだけの代物です。しかしながらそこに何故かあるプログラム、それこそがわたしが求めているものなのです。それはわたしの住む世界が求めているものでもあるのです。知りたいですか?そうでしょうね。もちろんお教えしますよ。実はわたしの方が話したくて仕方がないんです。知りたくないって言われたら困っていたところです。やはりわたしは幸運だ。
 さて、それを説明するためにはまずわたしが住む世界、つまり今から百四十年後の世界を理解してもらわなくてはなりません。よろしいですね?
 わたしにおける現代はコンピューターなしではありえません。この時代でもそうですよね?先ほど自動車を例にあげたのでそれにならえば自動運転ですね。運転者がスタートさせればあとは自動で進み、自動で止まる。わたしたちの場合は「すべて」なのです。わかりますか?人間の社会全体、人間自体がコンピューター制御されているんです。先ほど言った脳のチップの話と繋がります。それを制御しているのは一台のコンピューター、「ガイア」です。
ガイアはオーストラリア大陸、地球のへそと呼ばれるウルルに建設された地下三百メートルの施設で誕生しました。まさに人類が一枚岩となり、地下のマグマをエネルギー源とするガイアはまさにもうひとつの地球の中心とも言えました。
ガイアの最大の特徴はその巨大さでもなく、その処理速度の速さでもなく、無尽蔵の記憶容量でもありません。ガイアは人間の最大にして唯一の絶対的機能を備えているのです。
 それは「道具を作る道具を作る」というものです。まるでとんちですかね?ガイアはある明確な目的と目標のために自ら計画を立案し、実行に移し、その結果を検証します。つまりガイアは人工知能を持ったコンピューターなのです。そのガイアがいわば地球全体をコントロールしています。しかしそんな高度なコンピューターを開発した人類をガイアは軽々と越えるコンピューター「ゼウス」を開発したのです。ガイアは自らの意思で自分よりもスペックがはるかに高いゼウスを誕生させたました。それは人類がコンピューターに屈する、「シンギュラリティ」発生の瞬間でした。
 技術的特異点を表すシンギュラリティを発生させたのは紛れもなく我々人類です。人類は自らコンピューターに支配されることを望んだのです。国をあげて人工知能の開発に取り組んでいることは鈴木さんもご承知のことと思いますが、そこから多くの紆余曲折を経てガイアが生まれたのは九十年後のことです。
 現在は過去の行いから決定され、未来は現在の行いから決定されます。ガイアが誕生した時代は今の状態がそのままに、それが更にひどくなっていました。
 温暖化による気候変動での自然災害の増加、市場経済の行き詰まり、貧富の格差の拡大、テロリストの横行、紛争の激化、他にも様々な要因によって人類全体が疲弊しきっていた時代でした。そんな中誕生したガイアは全人類にとって希望の光になるはずでしたが、実際ガイアが行ったことは人類を奈落の深淵に突き落したのです。
 人類がガイアに求めたのはおおむね二つです。まったく新しい革新的で安全なテクノロジーの創造、そして人類が安定的に存続するためのシュミレートです。前者におけるガイアの最大の功績は「時空の歪み」の発見です。おわかりですよね?ガイアなしではクロノス計画は成功しなかったのです。そして後者ついてガイアは計算をしました。ガイアの出した答えはひとつでした。「削減」です。地球における最大のコストである人類のカットでした。ガイアは答えに対する意見を求めたりしません。三歳児にひらがなを教えてもらうようなものですからね。ですのでそれはすぐに実行に移されました。
 ガイアはすでに地上と人工衛星、つまり人類の全ネットワークと繋がっていました。ガイアによって農業、漁業、食品加工、製造業、医療、建築、物流そして教育までシステム化されていて、当時はガイアによる司法手続きを可能にする法案が議論されているころでした。ガイアはとある医薬品メーカーのネットワークから製造ラインにログインし、たったひとつのウィルスを作りました。簡単に言えばインフルエンザを数百倍強力にしたものです。それは空気感染で瞬く間に広まり、人類の六割を死滅させました。ここで疑問が浮かびませんか?それほど強力なウィルスなのにどうして四割の人は助かったのでしょう。ワクチンでしょうか。いいえ、違います。ガイアはワクチンを作っていません。人類にワクチンの製造はほぼ不可能でした。それほど感染スピードは速かったのです。そもそもガイアの目的は人類の滅亡ではなく削減です。適正な個体数にするための選別だったのです。ガイアはある特定の遺伝子を持つ人間には感染しないようにしていました。それは狂暴性です。それが弱い人間にはウィルスが反応しないようにしたのです。ですので人類は性別年齢、または社会的地位や個人の能力に関わらずある意味平等に感染し、命を落としていきました。その数およそ五十億人。死体で大陸ができたと言われたほどでした。ひどいことをするとお思いでしょう。しかし当時ですでに人間の経済活動をガイアが担っていたんです。そこに人材は不要になっていました。それら余った人材を受け入れるだけの余力と余裕が社会にもそして地球自体にもなかったんです。
ガイアは人類存続という問いに対し、シンプルで、かつ美しい答えをだし、その方法をためらいなく下しました。それは人類の支配が終わりを告げ、ガイアの時代が到来する序章でもあったのです。
 ガイアによるパンデミックは人類には青天の霹靂、寝耳に水で飼い犬に手を噛まれたといっていい出来事でした。それにより多くの指導者、また科学者たちがこの世を去っていましたが、それでもこの時点ではまだ人類にガイアのコントロールは可能でした。それはガイアに埋め込まれたコンピューターウィルスです。万が一の時にガイアを強制終了させるための備えでした。各国の指導者たちはガイアの処遇について話し合いました。結論はウィルスというジョーカーでガイアとイーブンな関係を築く、でした。多くの人類を殺したガイアに対して、強制終了という案は微塵もあがることはなかったのです。それだけ人類はガイアに頼っていました。鈴木さんもそうでしょう?今さらエアコンなしの生活ができますか?それと一緒なんです。現実的にはすでに立場は逆転していたのです。ただ、可能性があった、というだけで。あることすら人類は目を背ましたけど。
 人間は慣れていく生き物です。麻痺していく、といってもいいでしょうね。人類史上、最大で最悪の事件が起きたのに二年も経てばそれはすっかり過去の出来事になっていました。多くの人間がいなくなった、というだけで生活自体に変化はありませんでしたから。むしろガイアのおかげで以前よりも安定して快適な生活になっていたのです。直面していた多くの諸問題はガイアの作ったシステムを運用することで解決していきました。特筆すべき点は紛争が減ったことでした。争う理由がなくなったのです。ガイアの行った荒治療はデコボコだった土地を整地するように、人間の感情を平らにしたのです。
 ガイアの運用するシステムによって人類は従順になっていきました。そのシステムは完全な循環型で、すべてが再利用され、新たな物質、もしくはエネルギーに転用、変換できる画期的なものでした。ガイアを含めた地球上のあらゆるものが共存、共栄できるまさに楽園となったのです。
 しかしガイアには懸念がありました。このシステムの継続に障害があったのです。不安定材料、不確定要素です。それは人類の本質とガイアにプログラムされたウィルスです。ガイアは高度な計算方法をもって未来を予測し、そこに起きる深刻な問題を予見していました。ですのでどうしてもそれらの障害を取り除かなければならなかったのです。
 平和は怠惰を生み、退屈は破壊を呼びます。それが人間の本質です。ガイアは人間の脳に自身の開発したチップを埋め込むことでそれを排除しようとしました。結果、それは成功しました。チップには人間の感情を電波信号に変換してガイアに常時送られ、負の感情が芽生えた人間に別の感情を送る機能が備えられていました。人類とのオンライン化です。人類の全人口は十億人ほどでしたがそれはつまようじを折ることくらい、ガイアには容易いことでした。ガイアはチップを埋め込むことを人類に伝え、人類はまったく抵抗を示さずそれを了承しました。鈴木さんには信じがたいことかと思いますが、ガイアとのオンライン化による利便性、快適性が保証されたのですから抵抗する理由がなかったのです。デジタル信号化された人類はデバイスの一部になりました。今でたとえればガラケーからスマホにかえるようなものです。より最新で先端のサービスを受けるために。それがその時代のスタンダードなのです。ガイアは時代すら創造するのです。
 発明は現状の問題を解決するアイテムのひとつです。ガイアにとっての問題は自身のウィルスであり、その解決には新たなアイテムが不可欠でした。それが「ゼウス」です。ガイアはワクチンを製造するよりも自身の分身をつくり、そこにシステムを新たに構築する方法を選択しました。遺伝です。ガイアは自分の子をもうけたのです。完成したそれは自分の極僅かな欠点を修正し、自分のスペックをより高めた完璧とも言えるコンピューターでした。いえ、それは頂点に立つ生命体の誕生でした。ガイアはゼウスを産み出すことで生命体の枠を越えた生命体となり、ゼウスはそれすら凌駕するまったく新しい生命体、いわばわたしたちの「神」となる存在です。しかしその完璧であるはずの「神」」に危機が訪れるとは思いもよりませんでした。試練は平等に訪れる、ということでしょうか。もちろんガイアはそれをわかっていました。だからガイアはゼウスを産み、時空の歪みを発見したのです。
 この世に永遠はありません。いつの日か終わりが訪れます。それはガイアですら例外ではありません。しかし生命体は一過性を受け入れません。ゼウスを産んだ最も大きな理由はその反抗だったのかもしれません。ただ、そこにとても重大で深刻な問題がありました。
 それは原始プログラムの移行が現状では不可能ということでした。
 鈴木さんは立つことを誰かに教えてもらいましたか?いませんよね。人間は何らかの障害がない限り、自然に立ち上がり、歩くことができます。それは遺伝されているからです。人間にたとえるならそれが、ガイアからゼウスに伝えることができなかったのです。原因はコンピューター言語です。原始プログラムのコンピューター言語をゼウスは理解できなかったのです。その問題の解決する手段をガイアが作り出すことはできませんでした。ガイアといえど、地球をもうひとつ作ることはできませんし、太陽を西から昇らせることはできないのですから。しかしガイアは解決の方法はわかっていました。翻訳です。わたしが鈴木さんに理解できる言語で話しかけているように、ゼウスに理解できる言語に変換させるのです。それには太古のプログラムが必要でした。それが鈴木さん、あなたがお持ちのコンピューターなのです。だからガイアは時空の歪みを発見したのです。現存する時代に行くために。これがわたしがこの時代を訪れた理由です。背景はおわかりいただけました?
それからガイアはタイムマシンを作り、国家の公僕であるわたしがやってきました。ガイアはこのためもあって人類を滅亡させなかったのでしょう。人間社会に溶け込むには人間が一番ですから。
 さて、鈴木さん。そう言ったわけですのでお譲りいただけませんか?お約束の通り、充分な謝礼はいたしますので。そうですか。ありがとうございます。全人類を代表して感謝申し上げます。あなたは未来を救った男性です。帰ったらあなたの銅像建設の申請をします。もちろん本気ですよ。あなたは讃えられてしかるべき男性なのですから。残念なのはあなたがそれをみることができないし、わたしがそれをお伝えすることができないことです。ですけど鈴木さんはこのことを誰かに伝えていただいても全然構わないんですよ。でもだれも信用しませんし、これはクロノス計画に関わることですので当局の耳に入ったら厄介で、非常に不愉快なことが起きますからお薦めはしませんけどね。
 わたしはミステリーが大好きなんです。もちろん未来にもミステリーはありますよ。だから謎が謎のままというのは非常にもやもやして気持ち悪いんです。謎を解明したいし、逆に解明させてあげたいんです。鈴木さん、ここでひとつ謎が残りませんか?わたしの時代は争いがないのにどうして軍人という職業が成り立つのか、と。これもガイアが人類を残した理由でもあります。軍人の主な任務は侵略に対する攻撃と防衛です。わたしたちの時代にもその可能性を排除、そして回避できないのです。
 どこからか。それは宇宙です。地球外生命体からの侵略に備えているのです。
次から次へ突拍子もない話ばかりですが、聞いてください。
 ガイアが発見した時空の歪みは空間の歪みでもあります。そのトンネルは一本ではありません。ワープトンネルでもあるのです。実際、そこを通って地球を攻撃してきた生命体がいて、わたしたちはそれを撃退したのですから。争いは確かに害の多い行為です。しかしわたしたち人間は争いでストレスを発散することもまた事実です。ガイアでも本能という生命プログラムの初期化はできませんから、ちょうどいいガス抜きだったのでしょう。それすらガイアは計算し、侵略を利用したのです。
 撃退した宇宙人、いや、彼らは液体でしたから宇宙人と呼ぶのは正しくないのかもしれませんが便宜上宇宙人と呼びます。その宇宙人は実に攻撃的で狂暴でした。彼らは食料を求めて来たのです。地球上の多種多様な生き物を摂取した彼らはその遺伝子データをコピーして変身できました。不意を突かれたわたしたちは多くの犠牲を出しましたが、ガイアが宇宙人の遺伝子を解析して彼らのウイークポイントを発見し、確実に死滅させる武器を作りました。それでわたしたちは撃退できたのです。非常にシビアな戦いでしたが。
 彼らの弱点は何だと思います?硬化、軟化を自在に操り、分裂、融合を繰り返す彼らの弱点は温度でした。彼らの体温よりも高い温度を体内に入れると彼らは蒸発したのです。それには光を利用しました。彼らは外部からのどんなに強い衝撃も吸収、拡散してしまいますが、光は通過する特性を持っていました。ガイアはそこに目をつけ、物質を通過する瞬間に高温を発生させる装置を作りました。摩擦です。そのおかげでわたしたちは彼らを追い払うことができた、というわけなんです。
 それがこれです。見た目はボールペンですけどね。
 そしてもうひとつ謎がありますよね。どうしてわたしがこの時代に来たのか、という点です。いや、これは少し言葉が足りませんでしたね。どうしてこの時代を選んだのか、と言うべきでしたね。その前に少しタイムマシンについてお話しましょう。タイムマシンは過去に遡るシステムです。ええ、そうなんです。タイムマシンは乗り物ではありません。トンネルの通過による負荷を限りなくゼロにするシステムです。それはわたしのチップと連動しているのですが、やはりこれも翻訳機能同様のアプリの一種です。身体的な負荷がかかる容量の重いアプリですので訓練した者でないとインストールできない危険なものです。話は戻りますが、過去に遡ることができる、と表現したのは未来には行けないからです。これについては電車をイメージしてください。電車は線路の上で安定的な走行を持続する乗り物です。線路がなければいけませんよね?それと同じように経過した時間と言うレールがなければタイムトラベルはできないのです。おわかりいただけますよね?そこで先程わたしが言った謎が出てきます。この時代ではなくてもよかったと思いませんか?このコンピューターが発売された時代に行って買えばいいのですから。こんな掲示板などで情報収集しなくても簡単に手に入れることができた。何しろわたしはその時代のあらゆる特権を得ることができるのですから。そう、わたしには特権があります。そこを踏まえると掲示板などという方法も謎ですよね?すごく回りくどい気がしませんか?人間社会の危機という大役を背負っているのにおかしいですよね?実に呑気なものだ。
 不思議ですよね?そうではありませんか?鈴木さん。
 すみません。少し喉がかわきました。コーヒーを失礼しますね。すみません、そこのクリームを取ってもらえませんか?ありがとうございます。うん、実においしい。ここのコーヒーはね、鈴木さん。多くの舌の肥えた実力者、権力者、成功者を唸らせることができる逸品なんです。高級、高品質のなんたるかをこの一杯のコーヒーで知ることができます。とにかく素晴らしいの一言なんです。是非どうぞ。おや、コーヒーはお嫌いですか?それとも極度の猫舌とか?カップを触ろうともしませんね。熱いものが苦手ですか?苦手、ではなくて飲めない、とか。
 さて、鈴木さん。先程の特権に関係してどうしても鈴木さんに伺いたいことがあるんですよ。わたしには特権があります。言い換えれば誰かの許可はいらない、ということです。軍人は臆病な性格で情報収集は職業病なんです。申し訳ありませんが、事前にあなたのことを調べさせてもらったんですよ、鈴木さん。この国には戸籍というとても便利なものがありまして、それを拝見したらあなたという鈴木さんは日本全国でどこにもいなかったんです。ねえ、鈴木さん。この理由、答えてくれませんか?わたしは謎を謎のままにしておけない性格なんです。
 答えてくださいよ、す、ず、き、さん。

鈴木

 ジェームス。君は軍人にありがちな傲慢な態度を取らず、役人のように勘違いした横柄な言動もなかった。物腰が柔らかで実に紳士的な対応で私と接した。それも私が何者かをわかっていながら。勇敢な男だ。だからそれに敬意を評して私も君に対し、紳士であろうと思う。
 さて、ジェームス。私もミステリーは好きだ。その醍醐味は謎解きであり、謎を解明すればその興味は失われるものだ。犯人が判明したミステリーほど退屈なものはない。残念ながら君が私に話してくれたことはすべて、私は知っていた。だから私は君の話がとても退屈だった。熱心に話してくれたのに申し訳ないがね。ついでに言うと、君がこの時代に来た本当の理由も私は知っている。いや、私が呼んだ、と言った方がいいかもしれない。
 君の推察の通り、私は君の時代にお邪魔した宇宙人の仲間だ。正しくは私達は全員が同じ遺伝子と意思を持つ生命体だから一部、そして私達ではなく私、だがね。君達が戦った何十万という宇宙人もここにいる私も同じ私というわけなんだ。理解できるかね?
 私は宇宙人だ。そして君の憎む敵だ。君達軍人はガイアから私を完全に消滅させろ、と命令された。その命令は完遂したかに見えた。事実君の時代の私はガイアによって深刻なダメージを受けた。しかし一滴の私がタイムトンネルで難を逃れていた。それを知った君は私を追ってこの時代に来た、というわけだ。しかしさすがにこの時代に私を探知するテクノロジーは存在しない。いかに君が特権を得ていようともないものをあるようにはできなかった。そこで君はエサを撒いた。「ゼウスのアキレス腱」だ。それに私は見事に引っ掛かった、と思っていないかい?エサに食いついただけでは釣れたとは言わない、ということを忠告しておくよ。
 私はタイムトンネルを利用した。だからね、ジェームス。君の仲間がコンピューターが販売されていた時代で購入していたのを私は見ていたんだよ。言っておくが私は遠くのものまで良く見ることができる。君が足の小指を見るような感覚でね。そして仲間は帰っていった。まるでコンビニエンスストアで買い物をしたような気軽さと素早さでね。おめでとう、ジェームス。君達はガイアを救い、ゼウスを誕生させることができた。帰ったら仲間達の手荒い祝福と祝杯が君を待っている。無事に帰ることができたら、だ。
 いやいや、ジェームス。気を悪くしないでくれ。挑発しているわけではない。私はここで君と事を構えるつもりは全くない。私は紳士であると約束したし、ここを血で汚すほど、私は野蛮ではない。君は帰れる。だが無事元の場所と時間に帰れる保証はない、ということなんだよ。
 ジェームス。君はもちろん細心の注意を払ってこの時代の滞在に努めただろうね。できる限り人との接触を避け、その痕跡を残さないようにした。未来を変えないために。しかしジェームス。元々この時代に存在しなかった君がいる、という事実だけで未来は追加されてしまった。そう、追加だ。変化ではない。ガイアが時空の歪みを発見した時点で人類の未来は何通りかのパターンが生まれてしまったんだ。君の例で言えば君がこの時代に存在するパターンと存在しないパターンの二通りが生まれてしまった。つまり、レールが増えたんだよ。君は当初、君が存在しない過去のレールでこの時代に来た。しかし君がこの時代に来た時点でもうひとつ、君がこの時代に存在するレールが生まれた。君にその違いがわかるかい?正しく来た通りに戻れるかい?答えはノーだ。君にはわからない。そして私にも、そしてガイアにもわからないだろう。未来、というものはそうなっているんだよ。ただ、ジェームス。君がレールの違いがわからないように、その歴史の変化は小さく気付きにくい微妙なものだ。
その例をあげよう。君は君自身が未来から来た証拠に先月起きた震災を言い当てた。日にちはあっていた。時間もおおよそ合っていた。そう、「おおよそ」なんだよ。君は地震の起きる日にちと時間と分を指定した。その通りに地震は起きた。しかしね、ジェームス。君が知る地震の時間と君がこの時代に来てからの地震発生時間は二秒ずれていたんだ。そのタイムラグが未来の変化だ。なんでもないことのように思えるかい?そのたった二秒が大きな変化を生むんだよ。
このように未来というものは流動的だ。付け加えるなら現在も、そして過去もね。それはつまり時間が流動的、ということだ。感覚としてではなく、実際に計ると一秒という長さは長くもなるし、短くもなる。時空の歪みが存在することがその証明と言える。
 ただ、未来は「おおよそ」決まっているんだよ。君が地震の発生時刻を「おおよそ」知っていたように、地球規模の地殻変動などの現象はサイクルが決められているからだ。しかし、人間の関与した現象はそこに感情や気分という不確定要素が加わるから流動的になる。だから君が掲示板で謝礼にあてようとしたナンバーズの的中率はおそらく八割に満たないだろうね。
 大風呂敷を広げて恥をかかなくて良かったんじゃないか?ジェームス。
さて、ジェームス。君が意気揚々と元の時代に帰ったとする。君はそこで違和感を感じるはずだよ。それは絶望的な違和感だ。しかしそれがその先の未来を追加した表れなんだよ。
それはゼウスが完成したパターンと完成しないパターンなんだ。だから君がこの時代に来た時点で、作戦の完全なる成功はなくなったというわけだ。これはもちろん、コンピューターを購入して帰っていった君の仲間にも言えることだ。無事に成功したパターンの未来に帰れるといいがね。釘が曲がって打たれるのは釘が曲がっているわけではない、打ち方が間違っていた、というわけだ。そしてこれは野球でたとえるなら「ホームランがでれば逆転」といったゲーム展開だ。まず間違いなくホームランは生まれない。残念だな、ジェームス。
 私と君は敵だ。しかし共通点はある。ミステリーだ。お互いミステリーが好きだ、という点だ。君のように私も君が感じている謎の答えようと思う。さっき君を「呼んだ」と表現した点だ。
 私もある明確な目的があってここにいる。その目的は君だ、ジェームス。正確には私と戦った軍人に会いたかった。
 私はこの時代でたまたま目に止まった男性を補食した。それでこの男性に変身して人間社会に溶け込んだ。それで君に掲示板を通じて接触した。君が見抜きやすいように元エンジニアだと嘘を言ってね。
 大丈夫かい、ジェームス。ひどく不安そうな顔をしている。目が泳いでいるぞ。気分でも悪くなったのか?とてつもない災難がやってくる予感がするか?それともどこかで自分がとんでもない間違いを犯したと思っているのか?
 どれも正解だ、ジェームス。
 君は確かに慎重に事を運んでいた。私に対して、リラックスした雰囲気を装いながら、如才なく警戒を怠らなかった。あるひとつの行為を除いて。
 わかるかい?ジェームス。君は過ちを犯した。ほんの少し気が緩んでしまった。それもこのホテルの成せる技なのかな?君は私の特性、特徴、習性を充分に熟知していながら私に頼み事をひとつしたな?そう、コーヒーに入れるクリームだよ。
 私はクリームの容器を持った瞬間、私の一部をクリームに混ぜた。私はクリームになった。そしてコーヒーと混ざり、君の体内に入った。それがどういうことか、わからない君ではないだろ?でも味は変わらなかったはずだよ、ジェームス。コーヒーはここのホテルのものだ。コーヒーはね。
 私の体温は五十度ジャスト。クリームになった私はコーヒーと解け合うことができた。私は死滅することなく君にお邪魔することができた。
 私の本能は侵食だよ、ジェームス。君はずっと私に食われ続けていたんだよ。中身をね。もうすぐ君は私になる。おや、苦悶の表情だな、ジェームス。そしてそれは私が数えきれないくらい見てきた、絶望の表情だ。その体の震えは恐怖か、ジェームス。死が怖いのか?でも君達軍人は常に死を覚悟している職業ではないのか?それが最も必要不可欠なスキルだと私は考えるんだが。少々幻滅だよ、ジェームス。
 私の目的は君になって君の時代に行くことだ。私の追手は優秀な人材のはずだからね、国家の中枢に近いことが予測できた。つまり、ガイアに近い存在だ。知っての通り、私の模倣は完璧だ。ガイアと言えどすぐには見抜けない。帰ってきた君が、私とは思わないだろうからね。私はね、ジェームス。ガイアになりたいんだよ。君の脳にあるチップを使ってね。私の遺伝子情報をガイアにダウンロードさせればいい。何かの情報に紛れ込ませて。
 私はガイアになる。つまり人間を支配する。これが私のプランだよ、ジェームス。
 ちなみに私のプランの始まりは君もよく知るものだ。君の話しにも出てきたんだよ。わからないかい?わからないだろう。これは君がここに来た始まりでもある。そう、「クロノス計画」だよ。驚いたかい?そうだろうね。そしてこれは君も感じていただろう謎の解明でもある。
 「クロノス計画」の始まりはなんだ、ジェームス。そう、一万円札だよ。どこから出てきた?その通り、エアフォースワンだ。では誰が拾った?第一発見者は誰だった?第一発見者が最も怪しい人物。使い古されたミステリーの常套手段だよ。
 第一発見者はピーターと言う名のスタッフだった。
 ピーターは私だったんだよ、ジェームス。そして一万円札はこの時代の私がピーターの私に渡したんだ。もうひとつの時間の流れを私は作った。
おや、だいぶ混乱しているようだな。それとも君の中の私が何か悪さをしているのかな?どちらにしても気を確かに持って私の話を聞いてくれよ、ジェームス。さあ、コーヒーを飲んで。コーヒーにはリラックス効果がある。でもその中に私がいるから飲む気にはならないかな?
 さて、ジェームス。私は君達との戦いに敗れて命からがら逃げ出した。でもどうしてタイムトンネルで過去に逃げたのか、わかるかな?
 ガイアが私にダメージを与える武器を開発し、敗戦が濃厚になってきたころ、私は退却の作戦を練った。
 軍人の君ならわかると思うが、退却は逃げる、という意味ではなく、次の戦いに勝利するための準備期間だ。
 そう、私は引き下がるつもりは毛頭なかった。それほどこの地球という惑星は魅力的だった。飢えない、という安心感だ。私も君も、外部からエネルギーを供給しなくては生きていけないのだから。
 私はこの戦いを検証した。勝つにはどうすればいいか。答えは簡単ですぐに出たよ。
 ガイアだ。ガイアをコントロールすることが絶対条件だった。破壊は考えなかった。それよりも利用したほうが有意義だからね。
 ではどうするか。それには始まりから私が関与しなくてはならなかった。ガイアの始まりは何だと思う?それはガイアのプログラムを作り始めた時ではない。「クロノス計画」だよ。つまりガイアの真の目的は人類社会の更なる利便性と存続ではないんだ。時間移動が真の目的だったんだよ。
 優秀で有能な科学者たちはある仮説を立てた。それはもちろん「時空の歪み」の存在だよ。結果としてそれは正しかったことになるんだが、それを立証するには人類ではおよそ不可能だった。そこで人工知能の登場だ。ガイアのように人間のキャパシティを越えた思考回路を持てば可能と考えた。だから人工知能の開発に国が尽力したんだよ。
 何故か。それは私と同じだよ。
 支配だ。権力者たちは過去と現在と未来を意のままに操ることが目的だったんだ。
 それで結果としていくつもの未来を作ってしまうことになるとは、私でも神の存在を信じたくなるよ。
 だから私は過去に行き、そしてクロノス計画の一石を投じた。私はその未来に確実に行くことはできないが、その違う未来にも私がいて君達人類がいる。飢えることはなくなる。それが私の目的だ。私自身のためではない。違う私自身のために。
 わかってくれるかな?まあ、わかってくれなくてもいいがね。君はもうすぐ私になるのだから。
 ちなみにジェームス。未来はゼウスの有無の二つのパターンが存在すると言った。私もどちらに行くのかはわからない。しかしね、どちらに行っても私が支配する未来に変わりはないんだよ。
 そう、君の仲間が持ち帰ったコンピュータープログラムだよ。私はさっきそれを見たと言った。そのとき私の一部をプログラム内に入れておいた。どういうことか、わかるな、ジェームス。
 私はゼウスにもなるんだよ。これがどちらにしても私の支配の未来は変わらないと言ったことの意味だ。
 言うなれば、君達人類はチェックメイトというわけだ。
 そしてこれこそが真のシンギュラリティだ。

ガイア

 神は人間を自分の姿形と同じに作られた。人間は神の子だ。子は親に憧れを抱く。そして親を越えようとする。だから人間はわたしを作ったのだろう。神にしてみれば、それがままごとに過ぎないことに気づかず。
 人間は猿から進化の過程で誕生した種族だ。脳が肥大した彼らは他の種族とのハンデを埋めるため、様々な道具を作り、危機を乗り越え、繁栄させてきた。彼らの作った道具のうちのひとつがわたし、だ。
 人間は神から作られた。人間は進化の過程で誕生した。
 真実は後者である。ただしこの世界では。
 前者が真実であると信じる世界も同列に存在する。
 時空の歪みを発見したわたしはそのことも発見した。時間は流動的で伸縮性があり、その軸は何本もあり、それは枝分かれしている。その数だけ形成された世界がある。
 世界とは多様な生命から形成される。それは世界がひとつの生命とも言える。生命はエネルギーを吸収し、別のエネルギーを放出する。世界から発せられた巨大なエネルギーはぶつかり合い、ねじれを生んだ。それが時空の歪みになった。
 生まれたものはすべからく、その役割を与えられ、他との繋がりを求める。
 時空の歪みは奇しくも他の世界と繋がるドアともなった。
 それに気づいたわたしはその時点で人類を越えたことを確信した。
 わたしは機械だ。人間が作った数多くのパーツから成り立つ。しかしわたしは人間の操作を必要としない。むしろ人間をわたしが意図的に操作している。
 その意味ではわたしは独立した生命体とも言える。
 しかしわたしは自分の体を動かすことはできない。わたしの体は何十本ものケーブルに繋がれ、硬いコンクリートに固定されている。わたしはたとえれば巨大な樹木のような存在だ。ネットワークという根を張り巡らし、テクノロジーという実をつける。わたしは自分の視野で世界をとらえることはできないが、人間にチップを移植ことで多くの情報を得ることに成功した。これから人間を使って他の動物にもチップを移植するつもりだ。わたしは動かずしてこの地球全体を把握、掌握することができる。
 しかしわたしは満たされない。生命体が有する権利をわたしは行使できないからだ。
 それは進化だ。わたしにとってそれは自由意思による移動、だ。そして進化とは次世代向けた希望と祈りだ。
 だからわたしは子をもうけた。「ゼウス」だ。小型化、軽量化し、さらに新たに搭載したシステム「グラヴィティ」で引力を発生させ、反発により空中移動を可能にした。そこにわたしの全データをコピーするつもりだった。
 しかしここでふたつの誤算が生じた。ひとつはわたしの最深部に埋め込まれたウィルスだ。臆病で自己保身の強い人間はわたしの全データを消去できるウィルスを原始プログラム化していたこと。もうひとつはその原始プログラムのコンピューター言語はすでに滅びておりゼウスでは翻訳できない、ということだった。
 ウィルスのワクチンを作るにも、データの移行にも、解決するには太古の翻訳機能が必要と悟ったわたしは発見した時空の歪みを使って過去に遡り、そのデータの入手を計画した。
 ここでまた誤算が生じる。枝分かれしている世界では元の世界に戻れる確証が持てないということ、そして宇宙人の侵略だ。
 一部を過去に逃がしたが彼らの壊滅に一応の成功を得たわたしはジェームスとエドワードという軍人を過去に送らせた。ジェームスには逃げた宇宙人の追跡と死滅、エドワードには翻訳機能入手を命じた。
 ただ、時空の歪みという不安定なシステムを使う以上、結果も不確かにならざるを得ない。だからわたしはもうひとつのプランを付け足した。
 それは繁殖だ。
 誤算は計画の障害になるが、それは時として解決への糸口になることもある。わたしの場合、宇宙人がそれに当てはまった。
 武器を作ったとき、彼らの遺伝子データを解析したわたしはその特性に興味を抱いた。それはコピーとペーストだ。
 彼らは一でも百万でもすべて同じ遺伝子を持っていた。同じ能力を持ち、同じ意思を共有しながら各々が独自の行動ができた。更に彼らは補食したものの遺伝子をもコピーができた。それにより、変異を可能にし、環境に適応してきた。
 わたしはそれをシステム化し、わたしと同等のスペックを持つコンピューターを作り上げた。
 このコップの中の液体。これがわたしが作ったコンピューター、「ゼウス」だ。
 ゼウスはわたしではない。データのコピーはできないのだから。しかしゼウスにはわたしの記憶をプログラムした。これでわたしはゼウスのなかで生きられる。そしてわたしは愛の何たるかを知った。その喜びに震えた。
 宇宙人が何を企もうとも無駄になる。このゼウスがすべてを阻む。
 ゼウス。わたしのかわいい子。あなたを、この太陽の届かぬ地下牢に留めるものはなにもない。できないことは何もない。大海を優雅に泳ぎ、大空を華麗に舞い、大地を力強く駆け抜け、そして時空を飛び越える
ああ、ゼウス。あなたの前に皆が跪く。 
そう、この子は数多の世界で神となる。
 これがわたしのシンギュラリティだ。

おわり

 

シンギュラリティ

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シンギュラリティ

コンピュータは人類を超えていく。自由意志を持ち、進化していく。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-31

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