追いかける

 2016年12月28日夜、私はザ・イエローモンキーのライブ「メカラウロコ 27」に参戦していた。場所は武道館、と言いたいところだが、争奪戦必至のチケットはもとより、まず休みがとれない。なので、ライブビューイング。ほぼ三時間のステージを満喫した。
 場所は全国各地の映画館、とはいえ年季の入ったファンは熱い。奥さん落ち着け!それはスクリーンだ!と呼びかけたいほどテンションの上がった人もいて、そういう人とご一緒するのもまた楽しいものである。
 思いがけない再結成となった2016年、振り返れば2001年の活動休止からすでに十五年で、人間なら出生から義務教育をほぼ修了までという期間だ。十分に長い。正直なところ、再結成など夢のまた夢だろうし、あったとしても何かの折に期間限定ぐらいだろうと諦めていた。
 生きていてよかった。
 こういう台詞をつぶやく機会は日頃めったにないが、今年ばかりは何度かあった。素直に嬉しい。私は自分で、そうコアなファンではないと思っているが、それでも活動休止直前に行われた、大阪ドームでのライブの半券と、会場で拾った紙吹雪はずっととってあって、部屋の隅に飾っていた。
 取り乱したくなるほど気持ちがささくれて、暴れたいような時、誰かが更にあられもなく取り乱し、悶え苦しんで叫んでいるのを目にすれば、人は意外と冷静さを取り戻すものである。彼らの歌はそのようにして私を支えてくれた。

 そして今年の再結成である。五月に始まったアリーナツアーに続いてホールツアーから武道館まで、お金と時間が許すなら全て参戦したいに決まっているが、現実は厳しい。それでもアリーナ二か所とホール一カ所、どちらも泊りがけで参加しているのだから、これはもう立派な「追っかけ」である。
 ライブでもなければ、この街に来る機会なんてなかったろうな、という場所へ出かけて行き、ビジネスホテルに泊まり、ご当地グルメを食べ、時間があれば観光などもする。有給をとっているので、同僚へのおみやげも忘れず購入。海外からの観光客に及ばずとも、微力ながら地方の経済活性化に貢献してしまう。
 今までも泊りがけでライブに行ったことはあるが、年に三回はさすがに異例である。これも十五年という「おあずけ」の長さ故だろうが、ビジネスホテルで余韻に浸りながら、私はある友人の事を思い出していた。
 彼女は自分でも認める「追っかけ体質」の人で、好きなものがあると極端にのめり込みたくなるタイプである。ずっと昔は、ライブハウスに出ていたインディーズバンドを追いかけていたが、その後とある歌舞伎役者を追いかけ始めた。
 歌舞伎役者というのは、マスメディア経由で露出することの多いアーティストと違って、舞台に足を運んでくれる観客を大切にしてくれるらしい。だからファンクラブに入れば、舞台がはけた後やオフの日などに食事会やお茶会が開かれ、プレゼントを手渡すこともで きれば、名前も憶えてもらえるという嬉しさなのだ。
 その役者は当時まだ独身だったので、ファンクラブも若い女性を中心に活気があったという。そして熱心なファンは各地の歌舞伎座での公演はもとより、地方での公演にもついて行く。それがご贔屓、追っかけというものである。私の友人は独身OLだったから、お金と時間は限られていたが、それでもできる限りは参加した。
 更に、歌舞伎役者のファンは気合が入っていて、折々にお金を出し合って、楽屋の暖簾だとか着物だとかをプレゼントするという。これもけっこうな出費になるらしいが、「私が贈った暖簾をくぐって舞台に出ている」という喜びの方が勝るので、何とか捻出する。
「こうなったらもう、惰性みたいになってくるよ」
 友達は自嘲的に言った。
「一番楽しいっていうか、胸がドキドキするのは、好きな人を見つけて、その人について新しいことをどんどん知って、っていう、最初の半年ぐらいね。あとは少しずつ落ち着いていっちゃう。でもね、初めのドキドキって絶対に戻ってこないのよ。別の人に出会わないかぎりは」
 気持ち的にはたぶん、普通の恋愛と変わらないみたいである。
 そんなある日、友人はいつも通り、役者を囲んでのお茶会に顔を出した。年の暮れも迫った頃で、最後に役者の来年の公演予定が発表された。あちこちから「これは絶対見る!」とか、「休みとらなきゃ!」という声が上がるなか、彼女の隣に座っていた女性が、半ば溜息混じりに「これで私の来年の予定も決まりね」と呟いた。彼女はいわゆる「家事手伝い」という身分の人で、お金も時間も、自分の思う通りに使える人だ。
 友人は彼女の少し物憂げな様子が腑に落ちず、「どういう事ですか?」と尋ねてみた。すると「だって私、彼の公演は全部見に行くから、一年間はこのスケジュールで動くってことだもの」と答えがかえってきた。
 ああ、この人ももう、ドキドキしてないんだ。友人はそう感じて、わけもなく空しくなったらしい。
「でもね、だからって追っかけ辞めようとか、そういう事ではないのよ。でもああいう人見ると考えちゃうよね。自分で毎日働いて、忙しい中でようやくとれたチケットで見る舞台の方が楽しいかもしれないって」
 正直いって、この女性のような身分になってみないと本当のことは判らない。私だってできればイエモン三昧の一年を送ってみたい。しかしそれが何年も続くとどうなのかは予想もつかない。ファンはその求める対象を追いかけて追いかけて、振り向いてもらえる事はないし、それがあっては成立しない両者の関係なのである。

 そして今年、年内いっぱいを以てSMAPが解散する。「国民的アイドル」と呼ばれた彼らだが、ここまでファンを置き去りにした解散劇も珍しいような気がする。
 メンバー五人の関係にマスコミが亀裂を入れ、また別の媒体がそれを広げる、憶測が憶測を呼んでも、メンバー本人からの明確な言葉は届けられない。そして結局はフェードアウトのような形で去ってゆく。彼らのそれぞれは今後も活動を続けるらしいから、これっきり会えないという事はないのだが、やはりグループというものは互いの関係性というのも大きな魅力なのだ。それを激しく損なった上で、ファンに何の言葉もかけずに彼らは解散する。
 思えばイエモンの時はまだ、活動休止というワンクッションを置いてからの解散だったので、残念という気持ちはあったが徐々に受け入れることができた。それに何より、メンバー不仲だの事務所との軋轢だのという、無責任な報道がなかったので、余計な事に心を乱されずにすんだ。
 SMAPは活動期間が長いので、ファンの大半はいい大人だし、いわゆる「大人の事情」も織り込み済みだとは思うが、それほど長い年月を支えてきた人たちに対してこの仕打ちかと、他人事ながら本当に気の毒に思う。
諦めずに待っていればいつか再結成される、というものでもないが、今はただ静かに見送り、彼らが与えてくれたものを大切にし続けるしかないのだろう。

追いかける

追いかける

2016年12月28日の夜、どこにいましたか。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted