太平洋、血に染めて(2)

太平洋、血に染めて(2)

 
 
 

       第二話「ぐっどらっく!!」

       第二話「ぐっどらっく!!」

「小僧、名は?」
「だいごろう!」
「大五郎、か。いい名だ」
 ヨシオは水平線をじっと見つめたまま話していた。空母の舳先(へさき)で仁王立ちになり、腕組みをしながら。大五郎も、ヨシオの傍らでひざを抱えて青い海を眺めていた。
「おじさん。このふねは、どこにむかってるの?」
 大五郎はひざを抱えたままヨシオを見上げた。
「さあな。空母の動力はまだ生きているらしいが、スクリューは魚雷で破壊されている。おまけに、操舵室もミサイルで吹き飛んでしまった」
 舳先の示す水平線に目を向けたままヨシオが言う。
「この空母がどこに向かっているのか。どうしても知りたいのなら、海にでも訊くんだな」
 ヨシオのメガネが朝陽を受けて白く輝いている。その輝きの奥で、彼はいったいなにを見ているのか。大五郎にはわからなかった。
「よう。なにしてんだ、おめえたち」
 酔っぱらいのトーマスじいさんだ。ウィスキーのボトルを大きく傾けながら、左舷のタラップを上がってきた。
「今日も朝から酔っているのか。トーマスじいさん」
 舳先の示す水平線に目を向けたままヨシオが言った。
 トーマスじいさんはいつも酔っていた。彼の素面(しらふ)の姿を見た者は、おそらくだれもいないだろう。
「もう食料だって底を尽きかけてんだぜ? おまけに(ふね)(かじ)もイカレちまってる。これが酔わずにいられるかってんだ」
 グチをこぼしながら、トーマスじいさんは大破したブリッジのそばにある戦闘機のほうに千鳥足で歩いていった。唯一、奇跡的に無傷で残っていた一機の戦闘機。そして、その尾翼には、まっ赤に燃え上がる炎のような(たてがみ)をもつ白い一角獣が描かれている。赤く鋭い眼をした、白い一角獣。とくに殺気のようなものは感じないが、どこか近寄りがたい雰囲気の漂う不思議な絵だった。
 ちかくに転がるガレキで足場をつくると、トーマスじいさんは〝一角獣〟のコクピットによじ登りはじめた。いったい、あのじいさんはなにをやろうとしてるのだろうか。
「おーい」
 トーマスじいさんがコクピットの中から手をふってきた。ウイスキーのボトルをかたむけながら、げらげら笑っている。大五郎はため息をつきながら赤い顔に背を向けた。
「あっ」
 大五郎は海を指差しながら叫んだ。
「クジラだ!」
 空母の前方、およそ百メートルのところで大きなクジラが潮を噴いた。こんなにちかくでクジラを見たのは初めてだった。
「おじさん、ほら! クジラだよ!」
 クジラを指差しながら大五郎はヨシオを見上げた。しかし、ヨシオの表情は変わらない。彼はマユひとつ動かすことなく、じっと水平線の向こうを見つめていた。腕組みをして、仁王立ちのままで。
 そのとき、とつぜん背後でなにかが爆発した。おどろいてふり向くと、トーマスじいさんが乗っていた戦闘機のキャノピーが吹き飛んで、コクピットから白い煙が立ちのぼっていた。
「トーマスめ。脱出装置のレバーをいじったな」
 風で右舷(うげん)の方向に流されるパラシュートをにらみながらヨシオが言った。
「だっしゅつそうち?」
 ヨシオの顔を見ながら大五郎は首をひねった。
「~~!! ~~っ!!」
 風に流されながら、トーマスじいさんがなにかを叫んでいる。まるで風に舞うタンポポの綿毛のように、ふわふわと流されながら叫んでいる。
「~~っ!! ……」
 トーマスじいさんの叫び声が消えた。
 右舷の方角、およそ三百メートルの地点。波間を漂うパラシュートに向かってヨシオが右腕をまっすぐに突き出し、親指を立てた。
「グッドラック!!」
 ヨシオが手首を回して親指を下に向けた。
「ぐっどらっく!!」
 大五郎も、おなじ格好になって叫んだ。そしてヨシオを見上げ、ニコリと笑った。
 陽の光でメガネを白く輝かせながら、ヨシオもニヤリと笑った。

 翌朝。信じられないことに、トーマスじいさんは空母にもどってきていた。彼の話によると、なんとクジラに助けられたというのだ。そのクジラは溺れているトーマスじいさんをあたまの上に乗せると、ゆっくりと泳ぎはじめた。そして空母のそばまでくると、クジラは勢いよく潮を噴きだした。トーマスじいさんは潮と一緒に空高く噴き上げられた。そこまでは覚えているが、そこから先の記憶はハッキリしていないらしい。空から甲板に落ちたときに激しく後頭部を打ちつけて気を失ったからだ。ちなみに彼の話を信じている者はだれもおらず、所詮は酔っぱらいのたわごとだと相手にされていなかった。だが、大五郎だけは信じていた。トーマスじいさんを助けたのは、きっとあのときのクジラにちがいない。大五郎は、トーマスじいさんがうらやましかった。自分もあの大きなクジラと遊んでみたかった。あのクジラのつくった虹の橋を歩いてみたかった。大五郎は、秘かにそんな夢を見ているのであった。

第二話「ぐっどらっく!!」

            おわり

太平洋、血に染めて(2)

*映像特典
 https://www.youtube.com/watch?v=Hb0Kmq5HU5Q
 https://www.youtube.com/watch?v=gkLYo7Vp_r0

太平洋、血に染めて(2)

第二話「ぐっどらっく!!」

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-31

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