あの日以来 桜の木の下
今朝、車で仕事に行く途中、今年初めての桜を見た。
急にあの人のことを思い出した。
桜の木の下で、付き合って欲しいと頼んだ。
「それより映画見て、ボンゴレロッソ食べにいこ」。
やんわりはぐらかされた。
四条河原町下がった深夜。
ジーンズ擦り切れて、
僕には場違いだったイタリアレストラン。
あの人の言葉を思い出す。
「 ちょうど去年の今頃、
わたしに会う前は死ぬことばっかり考えてたわけでしょ、
でもさあ、それから一年経ってわたしと会って、
今はこうやってわたしと映画見た後、ボンゴレ食べてるわけじゃんね。
たとえきみがどん底にいてもさあ、先のことは分らないよ。
だって去年のきみは絶対想像できなかっただろうけど、
こうやってわたしと出会えたんだよ 」
15年経ったけど、なんの映画見たのか覚えてない。
いや、あの人の名前、全然覚えてなかった。
だけどなんだか今日は幸せな気分になった。
あの時、あの人とデートした、
心が温かかった感じのボンゴレと映画のこと、思い出したから。
幸せな気分って、すごく久しぶりだった。
あの震災以来、幸せな気分ってどんなのだったかすら思い出せなかった。
悔しいくらいにあまりにもたくさん人が死んだ。
毎日誰かが泣いていた。
二度と僕はもうあの日以前の僕には戻れやしない。
それなのに僕はバカだからあの人のこと今も考えてる。
あの人だったら今度はなんて言ってくれるだろうか。
あなたはここにいやしないし、
あなたがいてくれた時間もどっかに消えた。
だけど今、桜の花びらの風の中、
僕は考えてる。
もう現われやしないはずのあなた、
そんなあなたのようななにかと、
今度もう一度ばったり出会えたときに、
僕はなんて、
なんて言えるだろうかと。
「ひさしぶりだね!」
「どこに行ってたの?」
「ええと……そうそう! 君の名前なんだったっけ?」
あの日以来 桜の木の下
東日本大震災から数ヵ月後に書いたものと思う。
大学時代のエピソードをモチーフにしている。
作者ツイッター https://twitter.com/2_vich