周波数

朝起きたら右頬が痛い

右耳が粉々になって
顔に刺さっているのだ
幸い血は出ていない
わたしは起き上がり
酒気の残った認識で
昨夜の行状に思いを馳せる

ああたしか昨晩は
最高に美しい高音を聴いたものだ
それだから右耳固有の周波数を浴び
(コップを声で割る人を見たことがあるだろうか)
弱ったところに頭の重みで割れてしまったのだ

私は透きとおる耳の欠片を集めながら、
膠で接着して元通りにできるか考えた

(右から来る音は遠く現実感がなく)

それから
昨晩の高音の主のことを思い出す

わたしはたしかに恋をした

だけれども初めて聴く彼女の音が引き金で
わたしの耳は砕け散った

なんという皮肉
わたしが彼女の歌を求めれば
わたしの自由な聴覚が失われるのだ

がしかし

既に左の耳の欠片を拾う覚悟は出来ている

わたしがほんとうに愛したのは
彼女の声でも歌でも
ましてやその美しい顔などではなく

周波数

彼女の命の波動
わたしのそれと彼女のそれが
正数倍の比率で重なり
倍音が生まれ
振動し
わたし達は昨夜
真の意味でひとつになれたのだ
互いの名も知らぬまま


そうしてわたしは
指を切らないように気を付けながら
きらきらと輝く耳の欠片を広い集め
彼女のことを思慕した

早くも軋む左耳を
少しだけ名残り惜しんで

周波数

周波数

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-29

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