パンダの着ぐるみを穿いたパンダ

竹のサラダが食べたいらしい

 金魚鉢を割ったのは、お前だろ? そんな言葉が聞こえて眼鏡のレンズが歪み教室の景色は涙で遮られる。教壇を支える床の上には青いベタが口を開けて転がっている。金魚鉢にはベタを飼育していて生き物好きな奴らが餌を与えていた。私は何故かこの瞬間、昨日の出来事を考えていた。
 それは何時もの様に自転車をこいで近所のスーパーに向かう途中であって、決して親の財布からくすねた五千円札で課金しようと思っている訳ではなかった。葉もない木を一本、横切った時、私の前に三毛猫が飛び出す、予想だにしていない事で思わず、そう思わずである、ブレーキをかけた。金属とゴムが擦り切れる摩擦音が鳴ると三毛猫は瞳孔を開いて睨み付け、四つの脚は輪ゴムを弾いた様にして加速して逃げていく。私と言うと自転車の車輪をグラつかせて縁石に乗り上げてしまうし、この衝撃で盛大にコケてしまった。
 尻を打ち付けて低い声で悶えていると私に優しさの詰まった声を誰かがかけてきた。
「大丈夫ですかぁ? お怪我とかぁ、ないですかぁ?」
 私はその声の主に「ええ、大丈夫です」と言ってニコリと笑い視線を送った。
 目の前には私と同じ程の背のパンダが立っていた。
 思わず「は?」と息が漏れたのはしごぐ当然である。そう当然だ。何かの宣伝か、広告の縫いぐるみを被った、もしくは身に着けた、バイト生だろうか? いやそれにしてもこんな住宅もない寂しい雑草の生えた狭い道で行うのか? と考え、私は少し怖くなった。
「何してんの? こんな所で?」
 頭の中で考えていた事がスゥと出でしまった。するとパンダの着ぐるみを身に着けた者は「落としの物を探していましてねぇ」と入学したての小学生っぽい発音で答えた。
 こんな時間に? こんな姿で? 私は再び頭の中が疑問で一杯になる。私の困惑した顔にパンダは気づいたらしく話し始めた。
「あ、この姿に驚いているんですねぇ。なぁにボクは地底人ですからぁ、こんな姿なんですぅ。オカシイですかぁ、黒と白のフワフワの生き物はぁ?」
 自らを地底人と述べてきたパンダは明らかに冗談を言っている口調ではなかった。それがまた、不気味さが増した。それは冬が去り春がやってくる別の意味でのひんやりとしていてる感覚に似ていた。
「変な事を言う奴だな。お前が仮に地底人だとして人前に出てきていいのか?」
「貴方だって地底人の前に現れて来てるじゃないですかぁ」
 何だコイツ? やはり、どっか痛い奴がパンダの着ぐるみを被った変人なのか?。私は取りあえず、これ以上この人と関わりたくないと思い自転車にまたがった。
「もう立ち去るのですかぁ。どうせならボクの落とし物を一緒に探してくれませんかぁ」
「探すって……落とし物ってなんだよ……」
「青い核ですぅ。ひらひらとしてサファイヤの様でレテノールモルフォの様で、地底人の宝なんですぅ。それが見つからないと困るんですぅ」
「困るって、何が?」
「地震がぁ、地震がぁ、宝が無くなった事に気づいた地底王が怒って毎日地震を起こすんですぅ。ボク、地震を起こすのは疲れるから嫌なんですぅ」
 私はペダルに足を置いて言った。
「お前、疲れるんだ帰って寝ろ」

 金魚鉢は粉々に割れ水滴の波紋が広がる。その横に青いベタが息をとめていた。だがよく見るとこのベタ、ベタじゃなかった。
「あーあ、ボク知りませんよぉ」何処からか声が聞こえてきた。
 それと同時に地響きとコンクリートの柱に亀裂の入る音が鳴り、残像が支配した。

パンダの着ぐるみを穿いたパンダ

パンダの着ぐるみを穿いたパンダ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-25

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