人魚
どう表示されるかわかってなかったので、概要を少し削りました。
ある漁港には、人魚の証があるという。蜃気楼が見せた、不思議な大海原のお話。
これは、海に浮かぶ漁港のお話。
そこでは、海流のせいか、度々人間が打ち上がっていたようである。
今朝も、またひとり打ち上げられた人間の姿があった。
漁港の人々は、第一発見者が責任を持って、その人間の体を紙にペタンと判を押すように残すという。
なぜ、そうするのかはわからないが、そうやって栄えてきたことも事実。
漁港には、大きな灯台がそびえ立ち、海の闇を照らし続けていた。
大海原は、ただ流れに任せてプカプカと浮かんでいればよし。
一度、クロールや平泳ぎ、背泳ぎなどを披露すれば、途端に灯台に照らされるという。
そして、海の底からやってきた無数のクラゲに足をやられ、朝には潮の流れが港へ体を運んでいる。
意識を取り戻す前に、人々は事をなさなければならない。
そうしなければ、逃げられたり暴れられたりしてしまう。
双方に、時間との戦いである。
意識を取り戻した人間は、何があったかもわからず、ただ海を見つめて何かを見つけ、再び海へ帰っていく。
そうして、やがてその姿が見えなくなっていった。
漁港の人々は、これを人魚と呼んだ。
ある日のこと。
海が大荒れになった。
台風が近づいていた。
人々は、海に警鐘を鳴らそうとしなかった。
皆、自分達さえ無事ならそれで良い。
海にプカプカと、浮草のように浮かぶ人間の存在など、こんな時に考えるはずがない。
それが、魚を呼びよせ、他の人間を呼び込み、海を潤わせていたとしても、そんなことは知る由もない。
自分さえ、良ければそれでいい。
台風は、三日三晩、空を海を荒れさせた。
人々は、家にこもって、じっとうずくまっていた。
ただ、台風が過ぎ去ってくれることを祈って。
夜が明けて、大海原にまた陽の光が入る。
海は、その姿をあらわした。
台風が過ぎ去ったあとの、静かに響き渡る波音と、キラキラ輝く、いつもの海の姿を。
浮かんでいた人間は、一人残らずいなくなっていた。
そして、打ち上がった人魚もまたいない。
徐々に集まってきた港の人々は、不思議に思った。
辺りを見渡しても、何もない。
こんなのは初めてだ。
あれだけの暴風雨。
さぞかしたくさんの人魚が打ち上がっているだろうと思ったのに。
「あっ!」
ひとりが空を指さした。
そこには、先端から真っ二つに折れた灯台の姿。
港のシンボルが、折れていた。
これでは、海の闇を照らせない。
遊泳禁止と書かれた、よくわからない小さな看板を見過した連中に裁きを下せない。
あの灯台はちょっと変わった特殊なもので、海の底に棲むクラゲを呼び寄せる合図を送るものだった。
シンボルが壊れてしまっては、生活に支障が出てしまう。
人々は、海のことなど忘れて、修復をしようと慌てふためいた。
すると、海から何か声がする。
人々は、再び海に目をやった。
皆が目を向けた時、海には無数の人間の姿があった。
口を揃えて何かを言っている。
人々は、頭に直接語りかけられる感覚と、唸るような声をきいた。
「魂を返せ!」
港の人々は、次々と倒れていく。
まるで魂を抜かれていくかのように。
それは、大海原に浮かぶ、折れた灯台と共にある漁港の伝説。
彼らが好んで残した証は、いつしか呼び名を変えて、こう呼ばれるようになった。
───人間魚拓。
果たして、これを縮めて、打ち上がった人間を「人魚」と呼んでいたのか、今となっては知る由もない。
台風が過ぎ去ったあとの、静かな海のように誰も、知る由もない。
この漁港の名を、人々は畏怖の念を抱いて、夢想と呼ぶようになった。
大海原に、大きな灯台を見つけたら、近づかないでおくのが良いのでしょう。
海流に捕まってしまったら、逃げるのは困難ですから...。
逃げる時には、流れにひたすら逆らうのではなく、真横に泳ぐといいと、そっと、近くを行く人間に囁かれたりして助かった人間の話もまたよく聞きます。
入り江があるところでは、人々は楽しく言葉を交わし、不思議な魚を呼び寄せていたとか。
それは、世にも珍しい竜宮の使いであったとされています。
これらはすべて、海が見せる、時の幻。
稀に見る蜃気楼の中に、見える景色かもしれません。
大海原で、あなたにそっと、こんな話を囁く人間をよく見ると、足はなく、代わりに大きな尾ひれが海面に見え、水しぶきをあげているかもしれません。
おわり。
人魚
魚拓をとられたことを機に、今の風潮を感じ取り、作品にしてみようと思い立ちました。
私は、ネットは見えない蜘蛛の巣のようであり、大海原のようでもあり、大草原のようでもあると、よく考えます。
いろんなものを置き換えて隠すように書きました。
あまり、風刺や反社会的?なものは書かないんですけど。
挑戦してみてよかった作品になりました。
読んでくださった方、ありがとうございます。