『黒に変わっていく』
紅蛇 作
理佐ちゃん 編
※研究のために、複数の人が共同で使用しているアカウントです。作品に感想を入れてくださると嬉しいです。宜しくお願い致します。
紅蛇さんによる作品です。
彼女の髪は赤かった。
彼女が走ると竜が炎を吹く姿に似ていた。
彼女が立ち止まり、私を見つめると野心を燃やしている少年のような熱を帯びていた。
彼女が踊ると周りにいる人々も雄叫びをあげながら共に踊りだす。
回って、回って、回って。 情熱の炎を燃やしているように。
そうして彼女が踊りを終えると当たりはロウソクの灯りを吹きかけたように暗くなる。
赤が黒に変わっていく。暗闇に近ずくにつれ、辺りの温度は低くなっていく。
世界は黒に変わっていく。他の色はない。灯りはない。ランプもない。炎なんかも当然にない。あるのは漆黒のみ。
彼の髪は青かった。
彼が走ると人魚が泳ぎ回っている姿に似ていた。
彼が立ち止まり、私を見つめると深海よりも深い憂いを帯びていた。
彼が踊ると周りにいる人々は自分たちの遠い昔を思い出すように眺める。
舞って、舞って、舞って。海の底から湧きあげる泡が弾けるように。
そうして彼が踊り終わると当たりは深海に潜ったように暗くなる。
青が黒に変わっていく。昼間の真っ青な浜辺に、突然嵐がやってきて暗くなる。
世界が黒に変わっていく。深海にいる生物は一匹もいない。光る海月もない。虹色に光る不思議な瞳もいない。提灯の灯りの魚も当然いない。あるのは悲しい漆黒のみ。
何もない世界にスイッチを一押しするように光が現れる。赤と青の二色のみ。一方の色は熱を帯び、もう一色は冷たさで包まれていた。
全く違う二つが混ざる。くるくる、ふわふわ、回りながら。蝶が空中を舞うように。
回って、舞って、回って、舞って。すると二色は一色になる。赤と青が紫に。
彼は……彼女は……どんな子なのか。踊りを待つ客席は騒ぎ出す。
待って、待って、待って。一人の女性が待ちくたびれたのか何かを叫ぶ。何を話したのかは私は知らない。何処かの異国の言葉だった。彼女の声は小玉となり、紫の光に当たる。紫は一色から二色に変わる。紫は赤と青に変わってく。
そうすると一人の男が堪忍袋の緒が切れるように、持っていた黄いボールを二つ投げる。黄色いボールは陽気な少女達が公園で走り回っているように、ポーンと飛んで赤と青の光に当たる。すると二色は全く別の二色に変わってく。
彼女の髪は橙色だった。
彼女が走ると紅葉が枝から離れている姿に似ていた。
彼女が立ち止まり、私を見つめると勇気という名のマントを身に纏ったヒーローのような正義を帯びていた。
彼女が踊ると周りにいる人々も歓声をあげながら共に踊りだす。
飛んで、飛んで、飛んで。未来への喜びに希望を抱くように。
そうして、彼女が踊り終わると当たりは宴を終えた騎士達が眠ったように暗くなる。
橙色が黒に変わっていく。帰り道が夕焼けの空から夜空のなるように。
世界が黒に変わっていく。希望もない。勇気もない。もちろん正義を語る人もいない。あるのは寂しい漆黒のみ。
彼の髪は緑色だった。
彼が走ると春風に靡いている木々の姿に似ていた。
彼が立ち止まり、私を見つめると全てを包み込む自然のような優しさを帯びていた。
彼が踊ると周りにいた人々を一人ずつ手を引き、共に笑顔で踊りだす。
笑って、笑って、笑って。喜びで花を咲かせた蕾のように。
そうして彼が踊り終わると当たりは黄緑色の光を醸し出す蛍が姿を消したように暗くなる。
緑色が黒に変わっていく。朝、生命で囲まれた森が夜、眠るように。
世界が黒に変わっていく。喜びもない。笑いもない。もちろん踊りに誘う人もいない。あるのは静かな漆黒のみ。
そうして会場が静けさに包まれた頃。客席は皆ハンカチで目元を覆っていた。観客は皆泣いていた。涙を他の人に見せまいと思い、明かりが戻らない事を望んでた。持って、待って、待って。すると会場中にブザー音がした。演技が終わる音がする。客席に座っていた人々は誰も立たなかった。いや、正確にいうと立てなかったからだ。待ちくたびれた女性も、ボールを投げた男性も。
漆黒に光は差し込み、夜が朝になる。少年は目を冷める。話しはこれで終わる。
『黒に変わっていく』