とある男の意識の流れ

--序章--

帰ったら妻と子供がいなかった。
鍵を開けて玄関に入った瞬間にそう感じた。

妻の子供を叱る声、作りかけの夕飯の匂い、
食器があたる甲高い音、空間を伝わる誰かの気配、
当たり前のように体の周りを流れていた「毎日」が止まった。

寒い……。帰ってきて始めに口に出た言葉。
ただいま、というべきだろうけど、言う相手はもういない。

あまり実感が湧かないまま靴を脱ぎ、いないとわかっていても、
探すように家の中へ進む。

リビングは真っ暗だ。

カーテンが開けっ放しの部屋に街灯が差し込んでいる。
あまり自分で点けたことのない電気のスイッチを入れる。
暗闇が覆ってぼやけていた空間の輪郭が露わになると
静けさが充満しているのがわかり、息苦しくなる。
テレビを点けた。

何かニュースをやっている。台所の方へ目をやると妻はいない。
真っ暗だ。明かりをつけるとまた何かを
感じてしまいそうなので暗いまま冷蔵庫をあけて水を飲む。

そういえば浄水器のフィルターを換えて、と言ってたな……。
交換サインのメモリが点滅している。しばらく眺めた後、
部屋着になるために寝室に行く。

やはり暗い。ベッドは朝起きたままの状態だ。ひとつ違うところは
いつも脱ぎ捨ててある妻の洋服が綺麗にないことだ。
自分の分を手にとり、リビングへ戻る。子供の靴下が
片一方と半ズボンが落ちている。ちゃんと自分の部屋に片付けろと
あれほど言ったのに。それらを拾い、ソファの上に投げる。

テレビの明かりが不自然にちかちかしている。いつもなら子供が
妻に怒られて半べそをかきながら勉強をしている時間だ。

勉強が早く終わったら夕食までゲームをしていい、と
いうルールだったな。夕食……夕食はどうするんだ?
今夜はいいや、一日くらい食べなくても死んだりしない。
でも腹が減った。

暗い台所へ再び行ってみる。リンゴがある。妻の友達が分けてくれた
リンゴだ。ひとつひとつ手にとり、匂いを嗅いで一番美味しそうなのを
手にとる。皮をむくのが億劫だ。このまま食べよう。

誰かがいるとリンゴの皮むきくらいたいした手間でもないのに、
1人だと何でも面倒臭くなってやらなくなる。

リンゴを食べているのにリンゴじゃないものを口に入れて
咀嚼しているみたいだ。今日はもう寝よう。
何時?まだ9時か。シャワーはいいや、明日浴びよう。

何だか冷え冷えとする。

エアコンつけてなかった。もう12月なんだから寒いはずだ。
暖房を入れると勢い良く風が吹き出した。
冬場はよくエアコンで目が乾くと言っていたな。

洗面所へ行くと、自分の歯ブラシだけが傾いて立っていた。
変な所で几帳面だったからな。歯ブラシもご丁寧に持っていったのか。

目に覇気がない間抜け面が鏡に映っている。なんだか可笑しくなり
思わず自嘲気味に笑いがこみ上げる。鏡は正確にその表情を映しだす。
なんとなく不気味になり、さっさと口をゆすいでベッドにもぐりこむ。
冷たい布団の中、うっすらと妻の匂いがする。目覚まし代わりの携帯を忘れた。
リビングに置きっぱなしだ。まあいいや、ドアは全部あけっぱなしだし
聞こえるだろ。

こんな早い時間に寝たのはいつぐらいだろう?妻のマッサージをして、
会話して、大抵12時過ぎに寝ていたからなあ。たまにテレビも
一緒に見たな。でもすぐにぷちぷちとチャンネル変えるから
落ち着いてひとつの番組をここ数年まともに見たことがない。
DVDレコーダーが起動する音が聞こえる。

世界の車窓からかな?あれは予約取り消しをしてもいいのだろうか。
帰ってきた時に予約中止になってたら怒るかも。何だか口元が自然と
歪んできた。笑っている?今笑っているのか?なんだか疲れた……。
もう何も考えずに寝よう。朝起きたらまた……。


--日常--

ブーッブーッブーッ。
低い音がブーッブーッブーッ聞こえる。ブーッブーッブーッ。
ああ、目覚ましの音だ。右隣に寝ているはずの妻の姿がない。
そうだ、昨日から帰ってないんだった。よっこいしょ。ブーッブーッブーッ。
フローリングが冷たい。ブッ。携帯の目覚ましを止め、子供を起こしに
子供部屋へ向かうが、ドアの前で気づく。そうだ、子供も一緒にいなくなったんだ。
リビングは昨日と同じく止まったまま。シャワーを浴びていないから何となく臭うな。
いつもの朝食を1人で食べる。

今日、会社行かないとダメかな、ダメだろうな。生活費を稼がないと。
そういえばローンはどうなるんだろう?確か共同名義でこのマンションを
買ったはずだけど。良く分からないから何か知らせが来たらでいいや。

まだこんな時間か……。子供を急かして支度させている時間だな。
あいつ、やる事がトロくさいからなあ。4月からの小学校、大丈夫か
かなり心配だ。まだ早いけど早めに行って早めに帰ろう。

家を出て鍵を掛ける。自転車置き場まで行くと妻と子供の自転車は
まだそこにあった。さすがにこれらは置いていったか…。
でもいつかこっそり取りに来るのかな…。

ゆっくりとペダルをこぎながら坂を下る。あっ。
そうだ、子供を保育園に送らなくてもいいのだ。
反対方向に来てしまった。いつもなら自転車の後ろに乗せたり
雨の日は傘をさしながら手を繋いで子供が好きな
戦隊モノやら友達の話をしながら歩く毎日だったのにいきなり
何の前触れもなくなくなると結構虚しい。保育園の先生は妻と子供が
いなくなった原因か、それらしい兆候を知らないだろうか?
聞いてみようかと思ったが、まだいなくなったばかりだから
もう少し様子を見よう、と臆病な自分に言い訳をしてみた。

寒い。中にフリースを着てくればよかった。自転車で駅まで行くのが辛い時期だ。
いつもは二人で駅までバカな話をして、憂鬱な出社時間がそれなりに楽しかった。
今日はいつもより信号につかまらないで進めている。

2枚お願いします。

重症だな。妻がいないのを忘れていた。ちょっと気を抜くといつも
妻の分も考えてしまう。駐輪券2枚をヤケクソに貼り付け、さっさと駅に向かう。
いつもならお見送りをしてから自分の電車に乗り込むのだが、今日は
そのまま階段を駆け上がり乗車する。よし、今回は間違えずにすんだ。
数日で妻がいない生活に慣れるのだろうか。妻はよく、

なんでも慣れよ。嫌な事でもキツイ事でも慣れればなんとかなる。

そんな事を言っていた。

慣れ、か……。

電車に乗りながらつぶやいてしまったばかりに
満員電車の周りの乗客から変質者を見るような目でみられた。

仕事にはそれなりに集中できた。正確には集中したのではなく、
何にも考えないようにしていただけだから、仕事の効率は良くない。
居眠りしなかっただけよしとしよう。

今日は何をやったのか憶えていない。仕事したのかな?
日報にもそれなりに格好がつくように書いたから大丈夫なはず。
家に帰ったら洗濯をしないと。今日の晩御飯は何かな……。
そうだ、きっと帰ってきているはず。出かけていて、携帯の電源が
切れてしまって連絡できないだけだろう。
家に帰ったらきっとまた周りを流れるあの「毎日」が動き出しているはず。

なんだか少し元気が出てきて足早に駅に向かう。
いつも通り電車の中でゲームに興じる。
レベルもあがり、珍しいアイテムも入手できた。
何だか良いことがありそうだ。

自転車をとめ、家の窓を見上げる。暗い。
おかしい、やっぱり帰ってないのだろうか。
急いで階段を上がりドアを開ける。
昨日と同じだ。朝、家を出たままの状態で止まっていた。

やっぱりまだ帰ってないのか……。
もう本当に帰ってこないのかな?

少し胸が詰まる思いがした。もしこのままずっと帰ってこなかったら……
やめよう、考えるのが怖い。明後日は土曜日だ、保育園に行って
何かなかったか、先生に思い切って聞いてみよう。

シャワーを浴びて、またリンゴを食べた。
食べながら色々と何か原因がないか、考えてみた。

家事だって、それなりに手伝ってきたつもりだ。
皿洗いは毎日欠かさずやってきた。
掃除も毎週末土日のどちらかにやってきた。
洗濯も週に3回するし、畳むのもしていた。
風呂掃除もトイレ掃除もやってきた。
嫌な顔ひとつしたことはない。文句ひとつも言ったことはない。

妻には「掃除が好きなのね、顔が生き生きしている」
と言われ、子供には「パパはオレと遊ぶことの次に掃除が大好き」
と評されたくらい。

子供の面倒も見てきた。熱を出した時も有給休暇をとったり
早退してできるだけ妻ばかりに負担をかけないように
してきたつもりだ。土曜のプールも自転車の後ろに乗せて
送り迎えもした。日曜は公園で遊んだりゲームしたり、
自分の時間よりも子供の時間を優先させてきた。

夜は夜で妻との会話の時間も持つようにしていた。
肩凝りが酷い妻の為にほぼ毎日マッサージもした。
右の肩甲骨あたりを特に痛がっていたっけ。

シンクが生ゴミ臭い。
やっぱり父親としての何かが悪かったわけじゃないよな…
妻に対しての夫として何か足りなかったのかな…

リンゴの芯を三角コーナーに入れた。もう寝よう。

目が醒めた。まだ真っ暗だ。携帯の時計は3時25分。
物音?リビングの方で人の気配がする。行って確かめたら妻かもしれない。
こんな時間に?いや、実はまだ近くに住んでいて、忘れ物があったから
寝たのを見計らって入ってきたのだろう。起きていったら妻と話が出来る。
起きよう。起きてちゃんと妻と話をしよう。

携帯のバイブの音で目が醒めた。もう朝か。
昨夜の出来事を思い出し、リビングへ急ぐ。
しかし何も変わっていない。脱ぎ捨てた靴下も
1mmのズレもなく横たわっていた。
夢だったのかな?でも確かに気配がしたのだが……。
実際、例え妻があの時いたとしても、寝たふりをしただろう。
出ていく理由を妻の口から聞くのが怖い。
言葉を発しなくても無言のまままた、玄関のドアを閉められるのが怖い。

今、この現実から逃げられるものなら逃げたい。
なんだかまた妻の気配がしそうで怖くなった。
朝の支度もそこそこに逃げるように家を出た。

明日は土曜日だから保育園に行って先生に聞いてみよう。
その前にそろそろ警察に捜索願いを出した方がいいのだろうか?
いや、そんなに大きくしなくてもしばらくしたら帰ってくるはず。
もう少し待ってみよう。保育園で聞いて余計な心配もかけない方がいい。
来週末くらいまで待ってみよう。きっとその頃には妻も帰ってくる。

なんとなく元気が出てきた、ような気がする。

会社ではいつものように静かにパソコンの前で業務をこなした。
お昼は弁当がないのでコンビニでおにぎりを2つ、ヨーグルトドリンクを1本飲んだ。

弁当の詰め方でよく文句言われていたなあ……。無理矢理押し込むように
詰めるからある日なんカブの輪切りをグリルしたものでふたをしたっけ。
カブをめくると下からおかずが出てくる、そんな詰め方をした時には
めっぽう叱られた。会社でお弁当出すの恥ずかしい、まで言われてしまった。
だからそれ以来、気をつけてあまり詰めすぎないようにはしているけど、
根菜類ばかり詰めるものだから戦時中なの?と聞かれたこともあったな。

「すみません」

誰か謝っている?

「すみません、ここの修正をお願いしたいのですが」

なんだ、隣の席の人じゃないか。
もうお昼休み終わり?こんな時間か。
適当に対応し、黙々と仕事をする。

日が暮れると寒い。

今日こそは妻が帰っているはず……いや、やっぱりいないだろうな。
家に帰るのが億劫になってきた。でもお金もないし、
行く所もないから帰ろう。

ねぇ、どうして私なんかと一緒にいるの?

妻はよくこの質問をなげかけてた。
どうやらこんな何の面白みのない人間と一緒にいてもつまらないだろう、と
思っているようだった。

楽しいからだよ。見ていて飽きないから。

決まってこんな返事をしていた。
そして妻は無言で小首をかしげて納得のいかない様子をいつもしていた。
妻がいなくなる前日も同じ事を聞いていたっけ。そのとき、なんと答えた?
何故か記憶がない。それが原因で出て行ってしまったのだろうか?

必死に思い出そうとしても妻の質問が頭の中をグルグル回るだけで、
何も出てこない。

何か酷いことを言ったのかもしれない。

そう考え始めると落ち着かなくなった。
頭の中のもやもやが体中を覆い、なんだか気持ちわるくなってきた。
シャワーでも浴びたらすっきりするかもしれない。

微かな酒の臭いと、香水と汗の匂いが混じった
この電車に乗ってこのままどこかへ行けたらいいのに。
どこかって……どこに?

その"どこか"に行っている間に妻が帰ってきたらどうする?
何の為にどこかへ行くのか?妻に帰って来てもらいたいのに
自分がどこかへ行ってどうする?何か矛盾しているような気がする。

もう考えるのは今日は止めよう。

真っ暗で底冷えのする家に帰ってきて、
そのまま手洗いもうがいもせずに風呂場へ直行した。

熱めのシャワーを頭から浴びているうちになんだか少し
落ち着いた気がした。

さて、夕食どうしようか。

1人になって一番頭を悩ませるのがこの食事だ。
洗濯や掃除は普段からしていたので苦にはならないが…
毎日作るご飯は面倒くさい。

ここ最近ろくなものを食べていないな。

久しぶりに外に食べに行こう。
いや、出かけている間に妻が帰ってきたらどうしよう。
出前を取るか…。

Prrr Prrr Prrr…
ここのラーメン屋には良く頼んだな。
妻は決まって天津丼、子供はラーメンねぎ抜き、あと、ガチャ

あ、もしもし出前お願いしたいのですが、
春巻きと餃子、うまにソバを。
はい、205号室です。お願いしまーす。

20分くらいで来るだろう。うまにソバは大盛りにすればよかったかな。
テレビをつけよう。こうも静かだと何だか怖い。どうして…
どうしてこうなってしまったのだろう?いや、お腹が空いている時に
考えるのはやめよう。悲しくなる。

テレビは妻の意向で小さめのにした。
大きいと画面を見ているうちに酔うらしい。

3D映画を観に行った時も青ざめて冷や汗をかいていたな。
「大丈夫?」
「ちょっとムリ……」
「出る?」
「もったいないから居る」
「居るだけで観る、わけじゃないんだ…」
「そう。メガネ外しても2重線だから気持ち悪いのは変らないし」
「わかった。限界直前で言ってね」
「3D映画は二度と観てやらない…」
「……。」

映画が終わった後かなりフラつきながら外に出てとりあえず座った。
内容はどんなだったか聞かれたので思った事も含めて
とりあえず話してみた。

アメリカらしいメッセージを綺麗な映像で歪曲して伝えている感じ。
内容はいたって単純。内容は無いよーというやつ。決して皆が評価
しているような代物じゃないな。
自然は美しい、というプロモーションビデオを見ている感じ。だから
特に観なくても大丈夫。ただ物凄く厨2病みたく現実世界と
バーチャルリアリティの世界を混在させて最終的にはバーチャルに
精神も肉体も持っていって理想の自分と世界の中で生きていく物語。

「あはははは……君らしい意見だね」
「どういう意味だい?」
「斜に構えて物事を観察している感じかな」

この後、食事をして帰ったっけ。あれ?何を食べたか憶えていない。
確か中華だったような気がするが、3D酔いした後に果たして中華を
食べられたかどうか……

妻は良く「君」と呼んだ。もしくはパパ。
滅多に下の名前で呼んではくれない。
どうしてそんな呼び方するのか何度か聞いたけど
結局返ってくる答えは呼びやすいから。

下の名前で呼んでくれる時は、

ブーーーっ

あ、出前が来た。
ドアを開けて
「こんばんは。寒いですね、ありがとうございます」
お金を払って笑顔で送りだす。

出前のお兄さんにはどのように写っているのだろう?
いつもと変らない人当たりのいいお客さん、だろうか?

考えるとせっかくのご飯が冷めてしまうから
さっさとテーブルに持って行って食べよう。

妻と一緒に初めてご飯を食べた時、春巻きも食べた。
その時、醤油もラー油もつけず和からしだけで
食べるのにとてもびっくりしていた。

「君、ラー油も醤油も酢もいれないの?」
「え?小僧の時からからし一筋だけど……」
「やっぱり君は変ってる」
「褒め言葉だと思っておくよ」

お腹が満たされると少し気持ちも明るくなる。
お腹が空くと悲しい気分になると言っていた妻の言葉が
よくわかる。

なんだかもう眠い。もう寝よう。

シャワーを浴びて歯を磨く。
何となく痩せた?

鏡に映すと真実を突きつけられているようで
何だかとてもイヤな気分になる。

鏡に映さないと真実にならない?
鏡に映したものをもう1回反射させたら
それは真実じゃなくなる?

何を考えているのだろう?
とにかく寝よう。


!!!!!!

びっくりした。電話が鳴っている。
固定電話は滅多に鳴らない。
かけてくる相手は間違い電話か
図書館か、もしくは義父だ。

この音の感じは義父だろう……。面倒だなあ……。
居留守を使おう。

妻は良く義父が嫌いだって言ってた。
自分勝手で見栄っ張りでミッキーが好きだから
というのが理由だったな。

クリスマス間近に子供を連れて義父の家に行った時、
確かにミッキーがたくさんあった。
談笑に努めたが、自慢話しばかり聞かされてつまらなかった。
笑って流して聞いていたが、やはり苦痛で
その文句を妻に言った所、私は30年間以上聞かされてきたと
言い放たれた。まあそれは親だから仕方ないだろう…と
思ったがあえてそれ以上はつっこまなかった。

そういえば、義母も悪い意味ですごい人だった。

人を学歴と年収でしか判断できない人だった。
誰かの話しをする時に、必ず年収○○円の何とかさんがね、
と始まる。

さぞや当の本人の学歴や経歴がすごいのだろうと思いきや
何にもない人だった。そして離婚した旦那の話しをよくする。
未練があるわけではなく、逆に嫌っている。それなのに話すのは
大蔵省勤めだった、これがあるからだ。

元大蔵省勤めの妻、この肩書きにみっともなくすがっている。
自分が働いていたわけでもなく、浮気が原因で別れた旦那が
働いていただけなのに、さも自分が偉くなったような幻想を
いつまでも抱いている人だった。

学歴と年収も自分の何もなさへのコンプレックスなのだろうな。

今の家に移る前にこの義母と3ヶ月間の共同生活を強いられた事があった。
引越しをする前の仮住まいとして寝食をともにした。

ひと時も休む瞬間がなかった。

一度だけ、真っ向からこちらの考えを理論立てて伝えたことがあった。
しかしあなたは私のことが嫌いなのね、住まわせてやっているのに、の
一点だけで話しにならなかった。

この話し合いにもならない時間に妻はずっと鉄化面のように無表情だった。

「家にいる時は表情をつくらずじっとしているの」

「どうして?」

「話しても、感情を出しても何もない人達だから」

今ではこれが理解できた。


妻は……どこにいるのだろう?

とある男の意識の流れ

とある男の意識の流れ

男が家に帰ってきたら妻と子供がいなくなっていた。 男は妻との生活、会話、を少しずつ回想し、いなくなった原因を考え始める。 段々と滲み、ぼやけ、そして崩壊する外と内の世界の境界線。 そして内の世界から境界線を越えて出てくる真実。 精神の世界と外の世界をシームレスに行き来する意識の流れで描く男の崩壊。

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-07-15

Copyrighted
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