たからもの

たからもの

ある日いつもどおりゲームセンターで
留守番を任されて
弟と買い物袋を小脇に抱えて
カラフルなベンチで両親を待ちぼうけ
隣の本屋さんがふと気になって
気付いたら言いつけ破って駆け出してた

ばれたらどうしようって思いながら
児童書コーナーを小走りでくるくる
変な汗が出て来たからすぐに戻ったけど
恥ずかしくなったから流し見しただけだけど
表紙に描かれた縫いぐるみのうさぎさん
すらっと伸びたお耳ともこもこの短い尻尾
笑ってるのか困ってるのか分からない
あの表情が瞼の裏でチカチカしてた

帰ってからずっと考えてた
あのうさぎさんの表情を思い出してた
うまく思い出せなくてぐにゃぐにゃ曲がる
うさぎさんに申し訳なくなってちょっと泣いた

次の日もお買い物で待ちぼうけ
いつもより長い間待ちぼうけ
格闘ゲームの筐体の傍で待ちぼうけ
弟があっちにふらふらこっちにふらふら
叱るのも疲れて癒されたくて
ちょっとだけうさぎさんに会いに行った

うさぎさんはやっぱりいつもの表情で
笑ってるのか困ってるのか分からない
白黒ハッキリついた毎日に飽きていたから
曖昧な雰囲気のうさぎさんがとびきり素敵に見えた
嫌な予感がして振り返ると
向こうの角からお父さんが曲がってくるところ
慌てて戻って弟を捕まえて
カラフルなベンチでお行儀良くしてた

帰ってからずっと考えてた
あのうさぎさんの表情を思い出してた
やっぱりぐにゃぐにゃ曲がるうさぎさん
なんで僕の傍にいないんだろうってちょっと泣いた

クリスマスが近づいて来て
欲しいものを訊かれたけどだんまり
ほんとうはうさぎさんが欲しいけど
うさぎさんの絵本は百円玉が十六枚も要る
今年も「分かんない」って答えて
百円玉三枚分のリスのマスコットをもらった

おもちゃにはあんまり興味が無くて
縫いぐるみはお気に入りのパンダさんがいるから
他は要らないの
知育玩具は好きだけど
もうあるからレゴは要らないの
言わなきゃ分かってもらえないだろうけど
言っても叶わないのを知ってる
言えば無理させるのを知ってる
だからもう要らないの
だから弟にゲームソフトを買ってあげて

年が明けて暫くしたら
うさぎさんは本屋さんのどこにもいなかった
周りの景色が真っ白になって
たくさん泣いたのはよく覚えてる
帰ってからずっと考えてた
うさぎさんのお耳の先がどうなってたのか
尻尾の付け根がどんな形だったか
たくさんたくさん絵を描いたけど
うまく描けたのはあの目だけだった

欲しいものなんて無かった
といえば嘘になるけれど
欲しいものはいつも指先のずっとずっと遠くに
やがて欲しいものが分からなくなって
欲しいとも思わなくなっていた
一人前の欲求があるように見せかけるために
「欲しい」なんて嘯くけれど
自分にとって本当に必要なものなんて限られている
食欲も無い
甘いものも必要としていない
今夜食べたいものが分からない
お買い物に行きたくてしょうがないという感覚が理解出来ない
いまあるもので暮らせてしまうから
不要なものを買うことも無い
お金は貯まる一方だけれど
本を買うのと搾取される以外は費い途が無いから
老後の為にとっておく

ある日いつもどおり会社で
会議があって
鞄と資料を小脇に抱えて
共用パソコンの前で参加者を待ちぼうけ
隣の島がふと気になって
視線を投げたら
随分と綺麗でつかみどころの無いひとが
上司に叱られながら仕事をしていた

たからもの

たからもの

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-20

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