冬

四方の壁が本棚になっている部屋で暮らしていた男が、燃える町中のクリームパンを女子高生と一緒に駆逐していく話。

部屋の四方が天井まで本棚の部屋。ここで毎日生きながら死んでいた頃。
目覚まし時計を止めて、早朝、朝食を買いにパン屋へ。
高校生らしき女の子が尋常でない勢いでクリームパンをトレイに乗せている。むしろクリームパンしか乗ってない。
彼女は少し迷ってから、9つあった内の8つを購入。
きちんと1つだけ残しておく所に胸がときめく。
有体に言うと、ホンモノの匂いがした。

行きつけのパン屋は定休日。
その日、妥協のサンジェルマンでクリームパンの彼女と再会した。
「また一つ残すんですか」
「そうです。どんな店でもそう」
「それは、他のお客さんのため?」
「それもあるけど、1つだけ残されるクリームパンって、可哀想でいいなって」
芸術だ、咄嗟に思った。ここに芸術がある。
多分、その取り残されたクリームパンは彼女自身だ。
この世界の理不尽を表現する世界一優しい内的インスタレーション!
「あの」
「はい」
「君と一緒にクリームパンを一人ぼっちにするためには、何をすればいい?」
「ああ、それは簡単なことです」
その時、初めて彼女の顔を見た。
目があった。
宇宙で一人ぼっち、待ちぼうけてきたクリームパン同士の会合。
「クリームパンを、好きでさえあれば」

四方の壁が本棚なので、他人の趣味の本だって余裕で詰まる、詰まる、詰まる。
彼女は井戸と寺山修司とバス停が好きで、山火事とポール・オースターと階段にまつわる本だらけだった壁が楽しげに混在を受け入れていく。

夕方、喫煙者のうっかりで町全体が燃えた。
大好きな本と心中!うっとり。
ノックの音がして振り向くと「手伝って。どうせなら物理的にチャッカマンみたいな死に方で死にたいんです」と彼女が言うので二人で灯油を撒き散らしながらの徘徊。
パン屋は当たり前のようにどこもがらんどう。
二人で町中のクリームパンというクリームパンを駆逐。
たちまち十人十色のクリームパンが一人ぼっちで点在する町へ。
「いくつかは冷凍しないとね」
「冷凍庫、一杯だし、燃えちゃいましたよ」
「そっか、そっか、燃えちゃったか。燃えちゃった。」

炎がうねる町全体が美しい。
クリームパンを口に、人家に灯油を注ぎながら練り歩く。

ラブホテルのネオンカラーみたいなイルミネーションツリー。
道端の酔っ払いの吐しゃ物。
オーバーキルの吸い殻。
しっぽの切れた猫。
路地裏の使用済みゴム。
駅回りに密集する過剰なほどのパチンコ屋。

それら全てが燃えていた。
美しい。
この街は、まるで、
牛糞みたいだ。
「灰になれば木が生えるね」
彼女が愉快そうに肩を揺らす。
目があった。
頭上からかぶった灯油が目に染みた。
ぬるぬる油まみれの手をしっかり握って、二人で、同時に、

燃える町全体が美しい。
それを、彼女の瞳の中の炎を見つめ続けていた。

四方の壁が本棚になっている部屋で暮らしていた男が、燃える町中のクリームパンを女子高生と一緒に駆逐してきます。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-19

CC BY-NC-ND
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