再開の初日
三題話
お題
「夜道」
「かける」
「後ろ」
数時間の電車旅。
あっという間に後ろへ流れてゆく外の景色は、電車の速度が落ちるとはっきりと見えるようになった。
私は地元とは大違いな大都市にやってきた。ビルが高くて、人が多くて、そしていつでも華やかだ。
いくら田舎が近代化したといっても、こうして本物の都会の姿を見ると、まさに雲泥の差だなと感じる。
人口も、建物の密集度も。
そして私は駅に降り立ち、構内の広さに、乗り換え路線の多さに、更に驚くこととなる。
まるで迷路のように複雑な路線図を見て、みんな迷うことはないのか、と不思議に思う。
なんとか改札口までたどり着き、切符を入れて通り抜けて、左右を見渡す。
待ち合わせはこの改札口で間違いないと思うけど。
不安な気持ちが大きくなってきたところで、後ろからふいに肩を叩かれた。
振り返ると、男の人が立っている。
「葉織ちゃん、だよね?」
懐かしい声に私の心はとくんと跳ねた。
こうして会うのは六年振りだろうか。
彼の父親の転勤でこの都会に引っ越していってしまったから。
彼が中学校を卒業してからだから、私が小学校を卒業してからのことだった。
母親同士が学生時代からの親友で、家も近所だったから家族ぐるみの付き合いだった。だから私が小さい頃は大好きなヤス兄にべったりだった。
優しくてかっこいい近所のお兄ちゃん。
恋をするには十分過ぎる。
その初恋をずっと胸に抱きながら、中学高校と過ごし、大学受験のシーズンに突入した。
一度告白されたこともあったけれど、他に好きな人がいるからと断った。その人も良い人だけど中途半端な気持ちでお付き合いするのはやっぱり申し訳ない。
だから私は、この機会を利用してヤス兄と再開することに成功した。
ヤス兄が通う大学を受験することにして。
これもヤス兄の両親が再度の転勤で家の近所へ戻ってこなかったら思いつかなかっただろうけど。
まあ今までも遊びに行けばいくらでも会う機会はあったのだが、その勇気がなかった。
しょせん子供の片想い。三つも離れてると、それこそとてつもなく遠く感じてしまう。
同じ大学に入っても、一年しか一緒じゃないのにね。
そして振り返った私の目に映ったのは。
「ヤス兄……?」
思い出は美化されるもの、といってもここまでの衝撃を受けるのだろうか。
でも大好きな優しい声と笑顔はそのままだったから、安心することができた。
「ああ、大人っぽく綺麗になったね。一瞬わからなかったよ」
「ヤ、ヤス兄も……えっと」
「あはは。いや、俺はかなり変わっちゃってるよね。体が横に、ね」
その言葉のとおり、ヤス兄は横に大きくなっていた。
と言っても、以前が痩せてたから驚いてしまっただけで、そんなにひどいわけではない……と思う。
それ以上に肩まである茶髪と無精ひげのほうが気になったり。オシャレなジャケット姿なだけに余計残念な雰囲気が漂っている。
もう少し痩せて、髪型と無精ひげをなんとかすればモテるだろうに。
「葉織ちゃんはどこに行きたい? といっても俺もそこまで詳しいわけではないけどね」
「ここに行きたいな」
私は一枚の紙をヤス兄に渡す。あらかじめ調べておいたカフェの地図をプリントアウトしたもの。
ここのケーキや紅茶がすごくおいしそうで、テレビでも特集されてたから一度行ってみたいなと思っていたのだった。
「うん。えっと、とりあえずキャリーバッグはロッカーに預けておこうか」
こうしてヤス兄との初デート(?)が始まった。
「今日は残念だったね」
「うん、でも色んなところを回れたから楽しかったよ。ありがとう」
私が行きたかったカフェは定休日で、どうしてそれを見逃したのかと反省中。ヤス兄に迷惑をかけるはめになってしまった。
「ところで葉織ちゃんは、本当に僕の家に泊まるの?」
「え、そのつもりだったけど……だめかな?」
「ダメじゃないよ。母親から聞いたときはまさか本当とは思わなかったけど」
ヤス兄は一人暮らししていて、どうやら彼女もいないらしいから泊めてもらえるか頼んでみたのだ。
その口振りから断られるかとおもったけど、ヤス兄は承諾してくれた。
「でもいいの? 俺の部屋は汚いし、それに葉織ちゃんは女の子だし……」
「そんなの気にしないよ。泊めさせてもらうんだから部屋の掃除もするよ」
「いやいや、葉織ちゃんは試験を受けにこっちに来てるんだから、そんなことはさせられないよ」
「今さら焦って勉強してもしょうがないから。それに試験は明後日だから、今日は完全にオフって決めてるの」
そう、ヤス兄とお出掛けするために早くこっちに来たんだから。もちろん試験が終わってから遊びに行けばよかったんだけど、それはそれ、これはこれ。
たくさん遊んで何が悪い。
この時期は高校に行かなくても何も言われないし。
「ヤス兄の家まで案内してくれる?」
「そうだな。今日はたくさん歩いて疲れたから早く休もう」
陽が落ちてしまったけど暗くならない賑やかな夜道を、二人で並んで歩いてゆく。
ヤス兄が住んでいるのはマンションの一室で、中は思ったより綺麗だった。整理できていないモノがごちゃごちゃしているが、ゴミが落ちているわけではなく、少し片付ければ十分そうだ。
約束というか宣言どおり部屋の整理整頓をして、コロコロで軽く掃除をした。
「シャワー先に借りてもいい?」
「ああ、いいよ。早く行ってきな」
「ヤス兄……一緒に入る?」
「――え?」
「ふふ、冗談。それじゃあお先に」
一緒に入るか聞いたときのヤス兄の顔、カメラで撮って残しておきたいくらい面白い顔をしてた。
驚いていて、そして焦っていて、なんだかかわいかった。
でもそんなことを言ったら怒られちゃうね。
シャワーの後は一緒にテレビを観て、色々な話をして、日付が変わって眠気も強くなってきたから寝ることになった。
「それじゃあ俺はこっちで寝るから、葉織ちゃんがベッドを使っていいよ」
ヤス兄は座布団を並べて、そこで寝ようとしている。
でもそれは申し訳ないし、それに。
「ううん。もし嫌じゃなかったらだけど、ベッドで一緒に寝よ?」
「え、は、え?」
この焦った顔も写真で残しておきたかった。
こうして私はヤス兄とベッドで一緒に眠ることとなった。
当然腕枕なんてものはなく、二人の間は微妙に空いていて、それに自分から言い出したこととはいえ緊張のしっぱなしだったけど。
たぶんヤス兄もなかなか眠れなかったと思う。
再開の初日