星空

序章

 人間の中には必ず醜く汚い欲望がある

 その欲望を満たすために人間は醜く愚かな行為をする

 そんな欲望をエサにする生き物が存在する

 欲望を満たす代わりに彼らは人間の魂を喰らう

 なんてひどいやつだ・・・って思うかもしれない

 だけど彼らも生きている

 生きるためにやっていること

 だからあまり責めないで欲しい

 人間だって生きるために生き物の命を喰らうではないか

 これはそんな彼らと彼らの上に立つ少女の物語

 

始まりのとき

 【井上瑠乃side】

 「うわぁ・・・暑さのあまりに溶けてしまうそうだよぉ~・・・。」

 「へっ!甘いな瑠乃は。俺なんてもう溶け始めてるぜぇ。」

 私たちは夏休みだというのに学校に来ていた。

 いや来ていたじゃなくて連れてこられていたという言い方のほうが正しいかもしれない。

 暑苦しい教室に私、井上瑠乃(イノウエルノ)と星野大河(ホシノタイガ)はいた。

 机を向かい合わせにしてムズカシイ数字やら文章やら書かれた本を広げてぼげーっと眺める。

 つまりは補習に来ていたのだ。

 一学期にあった期末テストで赤点を取ったのはこのクラスでは私と大河だけ。なんと情けないこと。

 まぁ普通なら補習なんてやらないはずなのに私たちは受験生というなりたくもないレッテルを貼られ強制的に勉強三昧となっている。

 中学三年生なんてろくなことがない。

 先生たちには「中3なんだから」と言われ親からは「受験生なんだから」と言われほんと嫌になる。

 「ねー・・・ここの答え何ー?」

 「きっと3.14じゃね?」

 「3,14-?」

 英語の教科書を開いているのになんで数学が出てくるんだろうという考えは暑さに脳みそがやられて全く出てこなかった。

 担任は暑いからと言って職員室に帰るし扇風機は壊れて使えないし窓を開けても住宅をそこらじゅうに建てていて雑音が耳につくため開けられない。

 しめっきた教室に私たちは軽く監禁されてるといっても過言ではないだろう。

 「あぁもう!!!」

 いきなり大河が立ち上がった。

 「もー・・・暑いんだから大きな声ださないでよぉー・・・。」

 「俺はもう我慢の限界だ!瑠乃帰るぞ!」

 「はぁ?まだ終わってないじゃんかー。怒られるよ?」

 「んなもんやるまえに暑さで死んでしまう!課題なんていつでもできるだろ!?」

 そう言うと大河は荷物をカバンの中にしまいだした。

 私ももうこの暑さには限界を感じていたし大河と同じようにかばんに荷物をしまう。

 動けばもわっとした空気が体中をまとわりついて気持ちが悪い。

 今すぐにでも空調の効いた部屋に入りたい。・・・いやそこまで贅沢は言わないからせめてキンキンに冷えたコーラをください。

 ドアを開ければ中よりもずっと涼しい風が頬を撫でる。

 窓が開けられないならドアくらいはあけておけば良かったの今更後悔。

 「担任に見つかったら面倒くせぇ・・・走るぞ!」

 「え?あ、ちょっと!!」

 ただでさえ暑いのに走るなんて考えられない。

 でも気づけば大河は向こうのほうにいて仕方なく私も走っていく。

 私と大河は家がおとなりさんのいわゆる幼馴染。

 ちっさいころからずっと一緒で私が一番信頼している人。

 きっと家族よりも長い時間大河と一緒にいるし大河からしてもずっと私と一緒にいる。

 お互いに隠し事もしないし、しようとも思わない。

 「ねー大河ぁー。」

 「んー?」

 「これからどこ行く?」

 「やっぱカラオケだろ。」

 中学生になって初めてクラスが同じになった。

 それからは今まで以上に一緒にいることが多くなった。

 周りにからかわれたりするけど別に苦痛とは思わない。多分大河だってそうだと思う。

 高校も一緒のところにしようって言っているしこれからもずっと一緒なんだろうと思うとなんだか嬉しくなる。

 あ、言っておくけど多分これ恋とかじゃないと思うから。てゆーかありえないし大河とか。

 どっちかっていうと兄弟みたいな感じで恋人とかw

 「何ニヤニヤしてんだ?キモ。」

 「な、何をー?!」

 「うわぁ!?いてぇって、ちょ、やめぇええ!!」

 



 「喉いたーい・・・。」

 「調子に乗って高い声出すからだよ。ほら。」

 大河がポケットから飴を私に差し出した。素直に受け取っておくことにしよう。

 すっかり暗くなってしまって気づけば20時を過ぎていた。

 「そろそろ帰るー?」

 「んー・・・あそこ寄ってからにしないか?」

 大河がにやっと笑って私の腕を引いた。

 大河の言うあそこというのはすぐにわかった。

 私たちの思い出の場所であり秘密基地であるあの場所。

 「うわー綺麗!」

 水面に映る雄大なお月様。

 私たちの住む地域は海沿いで近くには海岸が多く存在するのだ。

 そのなかでも地元に住んでいてよくここに遊びに来ていた私たちが知るとっても素敵な場所。

 整備された海岸から少し離れた岩に囲まれた狭い砂浜。横幅が2mほどしかない小さな砂浜で四方は岩やら木やらで囲まれて容易には見つからない。

 そこから見える夜の海はなんと幻想的で美しものか。私たち二人はしばらくそれに見とれていた。

 「・・・写真でも撮るか?」

 「え?どうしたのいきなり?」

 あまりにも意外なことを言うもんだから驚きを隠せない。

 大河は良いだろーと言いながら自分の携帯を取り出し私の肩を掴んで自らの方に引き寄せた。

 「じゃあ撮るぞー。ちゃっと笑えよ?」

 「わかってるってぇー。ほら!」

 「「はいチーズ!」」

 海と月をバックにしたとってもいい写真。笑顔を二人が隣で笑い合っていた。

 あまりにもいい写真過ぎて感動を覚えてしまった。

 「ねぇそれ後から私にも送っておいて!」

 「ん?了解。ヒゲの落書き付きが良いか?」

 「そんなの送ってきたらあんたの顔にヒゲ書いてやるんだから!」

 潮風が体にまとわりついて暑さを忘れさせてくれる。

 波の音が心地いい。

 「・・・ねぇ・・・。」

 「ん?」

 「・・なぁんでもなぁい!」

 「は?意味分かんねぇし。」

 「帰ろッ!」

 「おう。」

 私は唯一彼に言えていないことがあった。

 それは最近両親の仲が良くないこと。

 いつも顔を合わせれば喧嘩ばっかりでごはんも別々で家にすら帰ってくるのが少なくなった。

 きっとまだ大河は気づいていないと思う。

 本当は言ってしまいたいんだけど変な心配かけなくない。

 だからさっき言ってしまいそうになって軽く焦った。

 大河は私の心まで入ってくる。それだから困るんだ。

 昼間よりも幾分涼しくなった路地を二人で他愛もない話をしながら帰っていた。

 住宅街に入りぼんやりとしたあかりが足元を照らす。それに加え今日は満月でいつもより明るい夜であった。

 「あ、車来た。」

 前方から白いワゴン車が来るのが見えた。私たちは端によって道を開けるが車は少し前に止まって動かない。

 「あの車なんなの?」

 「さぁ・・・?」

 不審に思いながらもその車を横切ろうとしたとき車の扉が開いた。

 そして中から出てきた人に腕をつかまれた。

 「な?!何するんですか?」

 腕を振り払おうとするが相手の力が強すぎて振り払えない。

 「井上瑠乃ちゃんだよね?」

 腕を掴んだ人は私よりも少し年下に見えた。多分男の子だと思うけどかなり可愛い顔をしている。

 だけど可愛い顔とはうってかわり腕の力をぎゅっと強める。

 「いたっい!」

 「ごめんねー。でも絶対に逃しちゃダメって言われてるからさー。」

 ニコッと笑って私の腕を引っ張った。私は腕が引かれるとともに男の子の胸に倒れ込みそうになったとき反対側の二の腕を引かれそれは回避できた。

 「あんさ、なんで瑠乃を車に連れ込もうとしてるんだ?」

 「・・・あんた誰?」

 「それはこっちのセリフだよ。とりあえずその腕離してやれ。」

 二人のあいだにバチバチとした火花がちったように見えた。お互いに私の腕を引くもんだから痛いったらありゃしない。

 「もうやめてよ!本当に痛いんだから!」

 「あ、悪い・・・・やば!」

 大河が腕を離した瞬間私の体は勢い良く男の子のほうに吸い込まれた。

 大河は慌てて私の腕をつかもうとするがそれにはもう遅くすでに私の体は車の中にいられていた。

 「じゃあねーぼくぅ?」

 憎たらしい表情を浮かべて車に入ってこようとする大河を蹴り飛ばす。

 「大河ッ!?・・・ちょ離して!!」

 大河のもとに駆け寄ろうとするがさっきのやつに止められてそれは叶わない。

 扉が閉められて車が走り出してしまった。

 「大河ッ!大河ぁ!!」

 蹴飛ばされた拍子に腰を打ったのだろう。痛そうに腰をさすりながらも追いかけてこようとしている。

 「あいつもしつこいねぇ~。」

 男の子はヤレヤレと言った表情をしてポッキーを食べ始めた。

 私は彼の胸ぐらを掴んで扉に押し付けた。

 「今すぐ私を解放して!解放しないと殴るわよ!!」

 「それも甘美だね~。よしOK。殴っちゃってくださいお姫様ぁー。」

 そう言うと彼は自らの右頬を差し出してきた。・・・普段なら殴れないけど今回はそういうわけにはいかない。

 思いっきりグーで殴ってやる。

 「いってぇ・・・。」

 「さぁ早くおろしなさいよぉおお!!」

 彼の肩をつかんで乱暴に揺らす。

 そんなことをしていると運転席から男の声が聞こえた。

 「うるさーい!二人共猿轡かませっぞ!」

 「・・・え?」

 「あの人のことは無視でOKだから。」

 「無視とか・・・俺はそっちの気ないんだけどな~。」

 よく見れば前の男の年齢層もだいぶ若そうに見えた。でも車の免許取れるのは18歳からだし無免許ではないのかな・・・?

 ・・・じゃなくて!!

 「早く私を下ろして!なんで誘拐なんてするわけ!?」

 「それは貴方が僕たちの主だからですよー。」

 「・・・は、はぁ?何言ってんの中2病が!うちには金なんてないから今すぐやめたほうがいいよ!今なら許してあげむぐ?!」

 「ほーらポッキーおいしいでしょう?」

 いきなりポッキーを口の中に突っ込まれた。いちごの味が口いっぱいに広がる。うん、久々に食べたけどおいしいじゃないか。

 「・・・じゃなくてぇ!!おろしてよぉお・・・。」

 「さっきのやつが気になんの?」

 「当たり前じゃない。」

 「・・・あなたにはもう無理だよ。あの世界に帰る事はできないんだもん。」

 「だから何言ってんの?意味分かんな・・・?!」

 「ごめんね?ちょっと眠ってて。」

 体が急に重くなって彼の方へ倒れこむ。

 まぶたが重たい。さっきのポッキーにでも睡眠薬が塗ってあったのだろうか・・・。寝ちゃダメだ・・・寝ちゃ・・・。

知らない正体


 「・・・ここは?」

 気づいたときにはもう全く知らない場所だった。

 中学校の体育館より少し広い位の西洋の部屋。

 私のはるか遠く、だけど目の前に大きな扉がある。

 私はその扉とは正反対の場所に大げさなまでに豪華なまるで王様が座るような椅子に座らされていた。

 まるでここは昔の王室の間のような造りになっていた。こんなのテレビや漫画、もしかしたら教科書でも見たかもしれない。

 椅子から立ち上がり扉の方へ足を運ぼうとした瞬間、

 「お目覚めですか。」

 「うわぁああ!?」

 誰もいないと思っていたから後ろから声をかけられてこの豪華な椅子よりも大げさに驚いてしまった。

 声をかけてきたのは私を連れ去った変な男とは違い綺麗な女の人だった。

 笑顔がとても似合い、服装もこの豪華な部屋に合っているドレス姿であった。

 しばらくその人に見とれていると女の人はくすっと笑った。

 「そんなに見つめらると照れてしまいますわ。」

 「あ!す、すいません・・・。」

 顔がカーっと赤くなるのがわかった。そんな私を見て女の人はまたくすっと笑った。

 こんなに綺麗な人がこの世にいるんだ・・・スタイルも良さそうだしモデルさんとか女優さんなのかな?

 そんなのんきな考えが頭をよぎったとき、自分の置かれている状況を思い出す。

 「あ!あの、ここはどこなんですか?!私、変な男に連れ去られてえっと・・・助けてください!!」

 急に腕を捕まれ女の人は驚いたような表情をした。

 それもそうだろう。さっきまで自分を見つめてた相手が今度はいみがわからないことを言いだしたのだから。

 だけどすぐに女の人はさっきと同じ笑みを浮かべた。

 「少々お待ちいただけませんこと?すぐに用意を致しますわ。」

 「え?あ、はい。」

 その笑顔に見とれて考える前に口が動いていた。

 腕を離したら一礼して扉の方に歩いて行った。

 ほへー・・・歩き方も綺麗だなー・・・。

 今までここまで人に見とれたことはない。そこまで彼女は綺麗だった。

 それに比べて私は・・・ついため息が出てしまった。

 「・・・てか、ここ本当にどこなのよぉ・・・。」

 見れば見るほどめまぐるしくなるこの部屋の絢爛豪華な飾りモノ。

 シャンデリアはきらびやかに光って床には傷一つなさそうだ。

 ここ本当に日本ンなのかな・・・いつの間にか外国にきちゃったのかも・・・。

 ってことは容易には家には帰れないのかな?そういえば大河あのあとどうしたんだろうか。

 今頃日本じゃ大騒ぎだったりするのかなー?あ、でもお父さんもお母さんも忙しいみたいだしどうなんだろうか。

 グルグルと頭を回転させながらいろいろ考える。だけどやっぱり一番気がかりなのは大河のことだった。

 アイツ案外短気なとこあるから今頃警察に怒鳴り込んで「なんで見つからねぇんだよ!!」とか言ってるのかな?

 それとも殴っちゃったりして補導されたりしてーw

 心配かけちゃって悪いなホント。帰ったら何かおごってあげよっかなー。

 私の中でどこかもう帰れるって思っていた。さっきの綺麗なお姉さんが何とかしてくれるはずだから。

 綺麗な人に悪い人はいないはずだ―

 扉が開いた様子はなかったしそれ以外の扉もあるようには思えなかった。

 でも、さっきまで私はこの部屋で一人でいたはずだ。誰一人いなかったはずだ。

 だから目の前の光景はあってはならない。あるはずがないんだ。

 でも私の目の前には確かにそれは起こっていて・・・ない脳を働かせなんとかその場の状況を理解しようとするが到底できそうにない。

 「な、な、なんで・・・いいいいつの間に?!」

 やっとの思いで声を出した。

 目の前には七人の姿。

 段差になって上座にいる私とは違う下座にいて、私の方向に向かって跪いている。

 こんな光景みたことがない。

 全く状況が理解できない。私の頭では処理しきれない。

 「瑠奈様、どうぞお座りください。」

 私から見て一番左側にいるロン毛の女の人が私にそう話しかける。

 よく見ればこの人も綺麗な顔つきをしていた。

 「えっと・・・その・・・。」

 「ちゃんと説明を致します。ですから一度ご着席を。」

 「・・・はぁ・・・。」

 とりあえずは座ることにした。よく見ればその人の隣にはあの女優さんのような人がいた。

 ほどよいやわらかさがお尻を包んだと同時に七人全員が立ち上がった。

 ただ立ち上がっただけなのにその迫力は私が今まで生きてきて一番を競うくらいだ。

 七人全員の顔をよく見れば女優さんの他にもどこか見たことのある顔が二つ。

 「あー!!あんたら私を誘拐した奴らじゃん!!なんでいるの!?」

 思わず声をあげて立ち上がった。

 二人は右側にいて今まで気づかなかった。

 プルプルと震えながら二人を指差すが二人は驚いたような表情もせず少し苦笑いをしていた。

 その態度に何故か私が恥ずかしくなってゆっくりと手を下ろす。

 「ですから瑠奈様、今から説明を致しますので・・・。」

 「・・・はぃ・・・。」

 豪華な椅子には似合わない私がちょこんと座る。

 一番左側の女性がゆっくりと階段を上り上座へ上がって来た。

 「こちらを。」

 どこから出してきたかわからないけど女性の手には手のひらサイズの指輪などが入っているような箱があってそれを渡された。

 「な、なんですか、これ?」

 「開けてみてください。」

 言われるがままに箱を開ける。するとそこには案の定指輪が入っていた。

 指輪には紫色に輝く宝石が乗っていてとても高価・・・というよりも妖くとてもお金では表せないような印象をうけた。

 「これは・・・?」

 「はい。それは魔女の契約指輪です。」

 「へぇ・・・・魔女の・・・・・ってなんの冗談?」

 指輪に見とれて言葉の本当の意味を理解するには少々時間がかかった。

 引きつった顔で目の前の女の人を見るがその表情から冗談ではないことは明白だった。

 でもそんなのあり得るわけがない。なんでそんな魔女の指輪が私のもとに?意味がわからない。

 あ、あれか。きっとなんかの懸賞でもあたったのだろうか?もしかしたら魔女っていうのはアニメの話で・・・あれぇえ?

 自分で自分の考えてることがわからなくなった。

 頭をかしげて指輪を見つめていると突然紫色の石が禍々しく紫色の輝きを放ち始めた。

 「うわぁあ!?」

 思わず指輪をケースごと投げてしまう。しかし床に落ちたのはケースだけであり指輪は万有の法則に逆らい見事に浮かんでいる。

 こんなことありえない。いや、ありえないことはないのだろうか?もしかしたら私がバカだから、勉強不足だからないって決め付けてるだけ?

 パニックになりすぎて脳内はもうショート状態。

 そのとき指輪がスーっと私の方の目の前まで浮かんできた。

 びっくりして後ろに下がろうとしたが何故か体が動かない。こんなときに金縛りか何かだろうか。

 そして今度は動かそうと思ってなかった右腕が何故か動き出す。

 指輪は私の目の前から移動して動いた右手の薬指にぴったりとはまったその瞬間。

 「きゃああ?!」

 さっきより遥かにまばゆい光と風が巻き起こり、指輪がギチギチと私の薬指を締め上げる。

 痛さのあまりに顔を歪める。すぐさま指輪を取ろうとするが全く取れない。むしろどんどんきつくなっていく。

 「だ、誰か助け・・・あれ?」

 さっきの人たちに助けを求め用とした瞬間、光も風も痛みもなくなった。

 でも薬指には指輪ははまったままでかすかだが光を放っていた。

 「やはり・・・あなた様が主様だったのですね・・・。」

 私に指輪を渡した女性が瞳をうるうるさせながら私の両手を握った。

 「え・・・っと?」

 「今度こそ、ちゃんとご説明致します。」

 女性はそう言って一礼をした。




 『とてもとても昔の話。とある地で偉大なる大魔女と有名な封魔師が激しい戦いを繰り広げた。』

 女性の声で映画が始まった。

 モニターに映し出されるのは古風な絵。その魔女と封魔師の戦いがアニメーションで流れ始めた。

 あの女優さんのような人にポップコーンを渡された。ここは映画館なのだろうか。

 いきなりモニターは出てくるし。

 『魔女の勝利は確実であった。しかし、魔女の少しの油断により封魔師に魔女は封印されてしまった。』

 小さいビンのようなものに魔女が吸い込まれる映像に変わる。

 ポップコーンの次はジュースまで出てきた。小さくお礼を言ってモニターに目を戻す。

 『小瓶は封魔師がさらに神社に封じ込めた。偉大なる魔女に封印など滑稽なものであったが相性が悪かったため魔女は封印を解くことはできなかった。』

 どこか見覚えがある神社の祠の絵と共に小瓶が映る。その横には鎖でがんじがらめにされた魔女の悔しそうな表情があった。

 『魔女はどうにか封印から逃れようとあらゆる手段を使ったがその封印から逃れることはできなかった。そこで、魔女は苦渋の決断を下したのだ。』

 『成功するかどうかは五分五分。しかしやらなければ一生小瓶の中。その決断とは、生まれ変わりである。』

 生まれ変わり?

 ポップコーンを食べる手が止まらない。

 なんでこんなのを見せられているかわからなかったけどポップコーンの美味しさは評価してあげてもいい。

 『生まれ変わるためには死ななければならない。しかし死ねば魂は天界へ昇り魔女は地獄行きとなり転生はできなくなる。』

 『しかし、魔女は知っていた。魔女は自ら命を経ち魂となり天へ向かった。いくら封魔士でも天へ昇る魂を止めることはできないのだ。』

 小瓶の中から白い綿菓子のようなものが出ていき上に昇っていく。

 『このまま天へ逝ってしまえば転生は不可。魔女は魂をうまくコントロールして母体を探し、子宮へと入っていったのである。』

 「子宮に?」

 「赤ちゃんを作るのは子宮ですからね。既婚者の女の子宮に入ればまず堕ろされることはありませんので転生にはうってつけの場所だったのでございますわ。」

 女優さんのような女性が私のつぶやきを聞き取ったようだった。

 私はへーっとまた呟いてモニター目を戻す。

 『魔女の作戦は成功。しかし、ここで誤算が生じた。』

 人間の女の人と男の人のあいだに抱きかかえられた赤ちゃんは無邪気に笑っていた。

 これの何が誤算なのだろうか?幸せそうでいいじゃないか。

 そんなのんきなことを考えてきた。

 『記憶が継承されなかった。魔女はすべてのことを忘れ、生まれてきてしまった。そしてそのまま成長を続けたのだ。』

 そのとき、どこか見覚えがある顔がモニターに映った。

 あれ・・・?これ・・・・私じゃないですか?

 口に入れようとしたポップコーンが服の上に落ちた。

 モニターには大河と一緒に下校している写真が使われていた。

 そこで映画は終わった。部屋がパッと明るくなってめまいがしそうだ。

 「ちょ・・・なんの冗談ですか?最後の写真・・・あれ私ですよね?」

 笑おうにも笑えない。

 馬鹿な私でもわかった。なんで最後に私が映ったのか。ナレーションが語ってもくれていたし。

 「偉大なる魔女というのはあなた様のことです。覚えていないのは百も承知です。」

 「よ、よく考えたドッキリですね~。私、驚いちゃったぁ。あはははははは・・・はは・・はぁ・・・。」

 誰も笑ってくれないから最後の方はため息になった。

 私が魔女?私の前世が魔女?

 てか、それ現実的位ありえないよね?非現実的すぎるよね?魔女なんて空想の世界の生き物だよね?

 「偉大なる魔女は私たちの最高主君です。この世に存在する全悪魔の統治者なのです。」

 ロングの女の人がそう言ってくる。・・・・私、夢でも見てるのかな?

 悪魔?なにそれ、おいしいの?

 もう意味がわからない。てか、なんなわけほんと。難しい言葉ばっかりつかいやがって。

 「申し遅れましたが我々の自己紹介を。」

 ロングの女の人がそう言って残りの六人の元へ戻った。

 そして一瞬眩しい光が七人を包んだと思ったらさっきまでバラバラだった服装が黒のスーツに変わった。

 「我々は悪魔界の最高幹部【七つの大罪】所属の瑠奈様の側近であります。私が序列第一位“傲慢”のルシファー。」

 ロングの女性がそう言って一礼をした。

 「私は序列第二位“嫉妬”のレヴィアタンでございますわ。」

 女優さんのような綺麗な顔立ちなのにかっこいいスーツも決まっていた。

 「ボクは序列第三位の“憤怒”のサタン。この日をどれだけ待ち望んだことか!」

 猫のようなつり目が印象的な男性が目を細めて私をじっと見つめて一礼した。

 一応私も会釈してみる。

 「序列第四位の“怠惰”のベルフェゴールです。」

 ベルフェゴール・・・。今まで聞いたとこない名前ばかりだったけどこの名前だけはどこかで聞き覚えがあった。

 まるで老父のような貫禄があるように思えのは失礼にあたるだろうか?

 「お久しぶりです。序列第五位、“強欲”のマモンです。」

 ふわふわとした茶髪の女の人。ここの人たちは美形ばかりだ。

 「ボクは序列第六位“暴食”のベルゼブブ。さっきは乱暴なことしてごめんねー。」

 私にいちご味のポッキーを食べさせて寝かせたあの彼だ。

 なんと覚えにくくインパクトのある名前をしてるんだろう。

 「そして最後、序列第七位“色欲”のアスモデウス。以上七人が悪魔界のてっぺんってとこ。」

 私を誘拐した車を運転していた人だ。

 全員の紹介が終わったようだがとても私には覚えられなかった。だってひとりひとりの名前のカタカナの多さ半端ないんだもん!

 「悪魔界というのは天界とは違い悪魔のみが存在する世界です。」

 一番最初のルシファー?さんがそう言ってくれたがわかるわけがない。

 なんで私がそんなわけのわかなんないものなわけ?

 魔女とか悪魔とか本当に意味がわからない。冗談も度が過ぎると笑えない。

 それにもうとにかく帰りたかった。大河のことが気がかりで仕方がない。

 「ねぇ、私の負けでいいですからそろそろネタバレしてくれませんか?私、早く帰りたいんです。」

 「ドッキリではないですわ。これは事実であって空想のお話ではないのですわ。」

 「意味・・・わっかんない。魔女とか悪魔とかいるわけないじゃんそんな非現実的なもの!」

 つい声を荒げてしまった。でも私の言っていることは正しいもん。間違ったこと言ってないもん。

 「瑠奈様、いますよ?悪魔も魔女も。」

 急に空気が冷たく重く感じた。

 ルシファー?さんが発した言葉によって全員の瞳の色が変わった。

 な、なんなの一体?意味、わかんないし・・・。

 背筋が凍り呼吸もままならない。

 そのとき、七人全員が私の周りを取り囲んだ。

 「信じさせてみせましょう。壊れないでくださいよ?」

 そう誰かが言った瞬間、私の頭の中にものすごい勢いで莫大な情報が入ってきた。

 それは悪魔にそそのかされて悪魔に喰われた魂の記憶。

 その悲しみ、怒り、苦しみ、すべてが私の頭の中に入ってくる。

 頭が割れてしまう。両手で頭を掴んで床に倒れこむ。

 イタイ、気持ち悪い。

 あまりにもきつすぎる。脳みそがぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような錯覚に陥る。

 どこかで聞いたことがある。

 悪魔にそそのかされた人間は永久に苦しむことになると。

 “それ”が“これ”か。

 汗が止まらない。呼吸ができない。体中の震えが止まらない。

 「ちょ、ちょっとぉ!これじゃあ瑠奈様がかわいそうじゃないの!少しは手加減しなさいよこのアホどもぉお!!」

 その声によって私は苦しみから解放された。

 荒い呼吸で頭の中を整える。

 「瑠奈様大丈夫ですか?!ほんと申し訳ございませんでした。どのような処罰でも甘んじてお受けいたします!」

 ルシファーさんが私の隣に跪く。私も床に倒れ込んでいるため目の高さは同じである。

 今のは一体?考える余裕が出てきた。
 
 「はぁ?!こんなことするのは仕方がないって言ったのはルシファーだろ?ボクは始めから反対だったんだ!」

 「私は手加減ってものをしなさいって言ったのよ!」

 「まぁまぁルシファーもサタンも落ち着いてよぉ。」

 「「うるさいマモン!!」」

 いきなり喧嘩を始めだした。

 

星空

星空

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-14

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  1. 序章
  2. 始まりのとき
  3. 知らない正体