見違えた世界

怖かった、

普通では有り得ないことが自分の中に存在していたから

でも、安心もした。

こんな優しい「家族」だったら良かったのに…と


平凡な、ごく平凡な家族の元に生まれたかった。

毎日喧嘩なんかしないで、
ちゃんと朝から笑顔で「おはよう」って言える家庭に…


そんな少女、亜希の物語

-始まり-

重たい瞼を少し開ければ、窓から日差しが零れ
まるで早く起きろとでも言われているような錯覚を感じる。

これで鳥のさえずりが聞こえたら幸せなのだろうか。


ドンっと大きな音がしたほうに耳を傾ければいつもの怒声が聞こえた。


「お前なんかにわかるわけない!!!」

「あぁ、そうか。じゃあ勝手にしろよ!!」


声が聞こえて、僕は思いっきり布団を頭から被ってまた眠りへつこうとした。
夢の中ならば、可能性は低くても幸せな夢が見れるのに…
そんなことを思いながら目がだんだん重くなってきた頃にコエが聞こえた。



『起きろ』

…まだ眠い

『早く、遅刻するよ』

やだ、寝る。

…何その視線。起きるよ、起きるからもうちょっと待って。

『そう言って、毎回遅刻しかけるのは誰だよ…』


はいはい、おはよう沢哉(たくや)、宰(さい)
今は、っと…


『もう7時になるよ』

ありがとね、憂(ゆう)。
今日もご飯はいいや、リビングに行きたくないし


『ちゃんと食べなきゃ身体壊すでしょ?いい加減ちゃんと』

ありがとう徒桜(さくら)。
でもね、流石に学校は遅刻したくないんだよ…



「自分勝手にしてんじゃねぇよ!」

「そっちこそ自分勝手だろ!?もういいから寝ててくれよ!」


でも洗面所に行くにはリビングの隣を通らなくちゃいけない…近くなるたびに憂鬱
学校で顔洗うことにしようかな…でもなんか恥ずかしいし…


沢『じゃあ家で洗うしかねーじゃん』

だよねー…、時間もまだあるし我慢して家で洗おう。てなわけで、頼んだよ、沢哉

沢『俺かよ!!』



「姉ちゃ、はよう」


そんな会話を脳内でしながらドアを開けると、4歳の弟、龍輝(りゅうき)が挨拶してきた。
1歳の弟、魁虎(かいと)と廊下で遊んでたみたい。二人の名前…龍と虎って…うん、今更ね
ってか、今ドアに顔ぶつけなかった?


亜「ん、おはよ。何してんの?」

龍「痛いなーっ!ちゃんと前見ろし!今ボール遊び!入れてやんない!」


見ればわかるようなことを聞いても、ちゃんと答えてくれる。
嬉しいけど、なんか生意気でむかつく…



『紫の方がむかつくけどねぇー』

ふふっ、ご丁寧にどうもありがとう憐(れん)。でもいい加減名前で呼んでくれないかな?


憐『あんたは紫でしょ。知らなーい』

…憐は無視決定


魁はボールを投げて遊んでる…相変わらず見てて飽きないね、うん、やっぱ


「うるせぇよ!!」


亜「…っ…!?」

宰『亜希、大丈夫?』


びっくりした……ぁ、魁、泣く…。
声大きくしたら泣くに決まってんじゃん。

あぁ、ありがとう、宰。大丈夫だよ。
…あの人、それさえも理解できなくなったの?ばっかみたい


「うるせぇってなんだよ、もういいから寝て」


…なんで少しぐらい静かにできないんだろう。ってか、朝からご苦労様、陽平(ようへい)
僕、もう喰いつく気力無いよ
若いっていいね、なぁんてバカなこと言ったらきっと怒られるかな?


『お前も十分若いからな、そりゃ怒られるわ』

侃(かん)の方が年下のくせに…減らず口を


でも…陽ちゃんが中学校に行かなくなってもう三年が経つ
普通なら許されないけど、家が自営業やってるから学校行かない代わりに手伝いしろ、ってさ。

でもさ、一応義務教育だから行かなきゃいけないんだよね?別に行けってわけじゃないけど…
なんだかその約束がこの家に縛り付けるための契約にしか聞こえないんだよ。
まぁ、僕が口出すことじゃないから言わないけど…


陽「なんでそんなこともわかんないんだよ!」

母「学校行ってないくせに生意気な口聞いてんじゃねぇよ!!!!」



そう、三年間学校に行ってない割には、頭が良くて、むしろ私が勉強教えて貰ってるぐらい
その代わり基礎問題ができないから、私が教えるってことで取引成立
。まぁネットやテレビだけじゃ応用しか学べないもんね。
むしろそこまで頑張った陽ちゃんを褒めようかな、って思ったぐらい。調子乗るから言わないけど…


母「本当にお前って自分勝手だよ!人のことに気づけないばか者!!」

陽「自分勝手なのはどっちだよ!?起こすと機嫌悪くなるから、だから俺は寝ててくれって言ってるんだろ!?」


陽ちゃんの言う通り、自分勝手なのはあの人の方だよ。あの子の優しさにだって気づいてない。
むしろ気づけるはずがない。気づけたら今頃謝ってるだろうし。ってかどっちが子どもだよって本当に思う。



龍「ねえちゃ?」


あぁ、ごめん、すっかり龍と魁のこと忘れてた


亜「お姉ちゃん、学校行って来るからいい子にしてるんだよ?」

龍「はいはい!帰ってきたら遊ぶんだからね!」


二人の頭を一撫でしてからそう言ってあげると笑顔で返事してくれる
相変わらず生意気だけど

そんな二人がたまに…眩しく見えて仕方ない。自分はこんなにも冷め切ってしまったというのに

私もこんな純粋なときがあったのかな?



そんなことばっかり考えてたら、一時間ごとに奏でる時計からメロディが流れる。
やばいもう八時?どうして朝はぼーっとする時間が多いんだろう


龍の言葉に軽く返事しつつ、顔を急いで洗って制服に着替える。
その間にも龍達が遊んでる音と、陽ちゃんとあの人の怒鳴り声が聞こえてくる。

毎日のことだけれど結構堪えるね、これ。慣れたくもないけど…
着替えも終わったし、持ってく物も昨日寝る前に鞄に入れたから、
後は財布とUSBと携帯だけ持てば完了っと…



陽「少しは親の自覚を持ってくれよ!!」

母「あぁ?じゃあお前はなんでも自分で出来るのかよ!!!」


本当にうるさい。絶対近所にこれ、聞こえてる。
ぁ、陽ちゃんにおはよう言いに行かなくちゃ…
たまには陽ちゃんも部屋に居てくれないかな?そうしたらリビング行かなくて済むのに


亜「おはよ、いってきます」

陽「そんなこと言っ…ぁ、姉ちゃんおはよう。気を付けてね」

亜「うん、そっちもね」


相変わらずあの人は返事なし、か。まぁ話さなくて済むから別にいいけど

龍と魁にいってきますをもう一度言ってから階段を降りる。

ちなみにここは三階。二階はひい婆の部屋とリビングがあって一階には倉庫。
敷地内に店と宴会場があって、店の二階にお婆ちゃんとお爺ちゃんが住んでる、いわゆる二世帯。
だからひい婆の部屋の前、一つ目の玄関、外階段、二つ目の玄関を通らないと外には行けない。

この家自体が籠の中みたいで、最初のうちは凄く嫌だった
だけどもう五年にもなると慣れたみたい。慣れって本当に怖い


あの人が幸せになってくれればと思って、私たちは再婚を許したのに、今じゃこんな様
義父とあの人が怒鳴るようになって、龍や魁に当たろうとするから、それを私たちが止める。
結局私か陽が止めに入ったのに怒られる始末。まるでどっちが子どもかわからないよね。

そんなことを毎朝考えてて、学校の門を潜って…はい沢哉、お願いね?

門をくぐれば


 「おはよー。まだその自転車乗ってんのー?」

亜「おはよ、これはれっきとした俺の愛車だからいーの」


やっぱり学校の方が落ち着くかな…面倒だけど
学校では沢哉とたまに遊恣(ゆうし)って言う人格が出てくれてる。
意識は繋がってるから困ることは何一つないけど

バカで単純で男勝りで、虐められ役で、真面目そうで真面目じゃないっていうぎりぎりラインぐらいの勢いで。今思うと設定長いな…

定着させるのは意外と簡単だった。一応生徒会にも所属してるし…

自分で言うのも変だけど、顔も広いからさすがに素でいると…うん、友達消えるから

ここは僕らの’舞台’で、今は長い劇の真っ最中。
失敗は許されない

失敗したら、それは…いや今は考えても仕方ない

なんだろう、厨二ひゃっほい。…あ、言ってて悲しくなってきた。



さっきの子と他愛もない会話をしながら一度生徒会室へ寄る。
自分のロッカーから荷物を取り置きしてから四階にある自分の教室へと向かった。

普通は一年が上で三年が下なんじゃない?まぁ誰に言ったって変わるもんじゃないけどさ
ぉ、電気付いてる。またあの連中かな?


沢哉side

沢「おはようみんな、って相変わらず人いねぇなぁ…ぉ!また遊戯王やってんのか?」

「よう!お前もやるか?捻り潰してやるよ」

沢「ひっでぇ、やるやる!」


こいつは光(こう)。いわゆるオタクグループのリーダー

カードゲームだ、アニメだ、なんだかんだで詳しいやつばっかりで、意外と面白い
俺も意外とオタク寄りだし…隠すつもりはない、うん
あとは何処のグループにも入れない奴ら。こうゆう奴らもここにいる
最初は気迫っていうのか?そういうのについていけないみたいだけど、案外仲良くやってるみたいだ


ちなみにこのクラスは不良グループともうグループと俺らがいるとことさっきのグループの4グループある
まぁ、俺らは彷徨うの好きだから何処にでも行くけどな


不良グループって言っても真面目なところは真面目だし、ふざけるときはふざける
うん、実はいいグループなんじゃないかって思うだろ?いいとは思うんだけど、俺らはあまり干渉したくないかな、程々が一番良いと思う、まじで


そんなこんなでカード勝負して決着がついた頃に、俺らのグループの子たちが来た


「あんたまたやってんのー?」

「相変わらずだねぇー」


いい感じのテンポで話してくるのは、疑似双子の沙希(さき)と美紀(みき)。
身長も体重も一緒で、話す速度、タイミングも行動も殆ど一緒
前は髪も同じ長さだったが、美紀が切ったからようやく後ろ姿でも判別できるようになった


沢「ちっくしょー、また負けちった、ぁ、沙希、美紀、おはよ!トランプしねぇ?」

光「おめぇが弱ぇからだろ、また勝負しような」

沢「おぅ!次こそ負けねぇ」

沙「って言ってて、あんた何回負けてんのよ」

美「そうそう、勝ったことないじゃない」

沢「うっさいなぁーもう。ほら、大富豪やろうぜ、大富豪!」



最近のクラスブーム、トランプ



っても男共とやるときは財布と相談しながら勝負しなくちゃいけない
女の子とやるときはお菓子とか…まぁ結局は何かしら賭けて勝負、みたいな感じ
金掛かってないとやる気起きねぇけど



 「亜希ちゃん、おはよー」

沢「げっ!毎回毎回抱きついてくんなよなぁー、おはよう、梨佳(りか)」

梨「だぁってー面白いんだもん、ぁ、亜希ちゃんがJoker持ってるよ」



教室のドアから不良グループが大勢入ってくる、っても六人だけどな
このクラスには二十九人しか在籍してない。一年時は四十人いたのに…

その中で一番仲がいいのは梨佳、同じ精神病を持ってる者同士意外と気が合う
授業中に症状がでてもなんとか止められるし、無理そうだったら干渉しない
そのぐらいがちょうどいいって梨佳もわかってくれてるから同じ対応をしてくれる。


沢「ちょ!?言っちゃだめじゃん!」

梨「あー…そろそろお化粧しなくちゃ、頑張ってね」


…明らかにわかる言い訳…言い逃げとは梨佳らしい…でもこの双子の視線が痛い…はぁ…


美「さっきjoker持ってないって言ってたのに」

沙「だからスペ3出しちゃったのに」


沢「こ、これも策略の内だろっ」

沙「爺(じい)―亜希が嘘ついたー」


あれ?いつの間にか爺がいる…爺って言われてるけどこいつは女だからな
身長たけぇし、いつも腰が痛いとか言ってるから皮肉も込めて爺って言ってるだけ


沢「おはよ爺、でもさしょうがなくね?」


こいつも混ぜた計四人が俺らのグループ
干渉し過ぎず、干渉され過ぎず、程々の間を取ってその場を楽しく過ごす
相談ごとは基本大事なことはあまり言わない。こいつらには悪いけど信用しきれてないから


爺「亜希?嘘はいけないよ嘘は」


そう言って俺の手札からjokerを抜いて山(流した山札)に捨てた


沢「ん?え?なんでっ!?返せし!」

爺「ぶっぶー、亜希は嘘をついたのでjokerは逃走しました」


どうゆうことだし、まぁいいけどさ、ここはちょっと食いついとくか


沢「ちょ!?いやいやいや、おかしくね?ねぇ?」


沙希の方を見ても知らんぷり、というか次に出すカードを計算してて眼中になし
美紀は美紀で携帯いじって知らんぷり。お前らやる気あんのか…?


爺「はい、時間切れーというわけでjokerは消え」

「HR始めるから席に座りなさい。そこ、トランプ片づけて」


爺の声を遮るように、担任の声とチャイムの音が重なった
そそくさとトランプを片づけて席に…って言っても、席が固まってるから動く必要なんかない
担任からプリント配られて、前の席のあやからプリントをもらう

プリントには相談室からのお知らせって書いてある

相談室、か…また行くしかないみたいだな…
そう思ってた矢先に、隣にいる爺から今日は移動教室で答案返却というのを聞いた
なら、トランプできるか、うん、今度は男共も混ぜて…あぁ、ワクワクしてきた



別教室に移動して、答案返却終了。まぁまぁの点数か…別に点数なんて赤点取らなきゃどうでもいい
教科担任が静かにしてれば何でもしていいっていうから予想通りトランプをすることにした
今回は男子も混ぜた八人。女子がいるから金賭けなしになったが…俺の楽しみ返せ…


しかも隣の男は何番目かもう忘れたけどとりあえず元彼の翔己(しょうき)、ちなみにドS
俺らは学校じゃ一応ドM定着だから態度を変えなきゃいけない。あぁ、めんどくせぇ
笑ってるお前らも気持ち悪いが、演じてる自分たちがもっと気持ち悪い。…仕方ないか
俺は勘弁だ。よろしくな、遊恣

本当はね


遊恣side

はいはい、男に対してなら任せなさいな
こんな使えもしない男たちなんて…どうせ真実に気づきやしないんだから


遊「そこのカード取って」

翔「あぁ?」

遊「ご、ごめんなさ…いや、あの…そこのカード取ってくだ」

翔「聞こえねぇ」

遊「あの、す、すみませんがカード取ってください」



そう言えば満足そうに笑ってカードを渡す翔己。それを見て笑ってる人
あぁ、ばかばかしい。おどおどしてれば怯えてる風にきっと見えるんだろうねぇ
心の中ではあざ笑ってると言うのに。早く…放課後になってほしい…

そんなことを考えながらも一位になっててブーイング
あら?わざとさっき強いカードを捨てたのに…無意識のうちに上がってたんだ…しくじったかも


遊「あ、一位だっ!ちょ、あたし天才じゃない?」

翔「お前が天才だったら俺は神だ」

遊「何よ、あんたが神なわけな」

翔「なんか言ったか?」

遊「す、すみませんでしたっ!」



ドッと周りから笑みが零れる。
これでなんとか空気を戻しただろう。また続きから始めているし
ただ、一人だけ相変わらず疑ってるやつがいた。気を付けなくちゃ

あたしたちが築いた六年もの努力をここで終わちゃうなんてつまらないじゃない。


そんな感じで、殆どの答案返却の残り時間をこいつらとトランプ。
気づけば帰りのHR


ようやく四時。放課後…亜希にとって唯一休める場所に行ける。
早くHRが終わってほしい

毎回、帰りのHRの一分一秒がとても長く感じる。
それ程まであの場所は安息の地と化しているのかもしれないわね。

適当に周りと挨拶をして、急いで生徒会室へと向かおう。

さぁあたしの出番はここまでよ、ヘタレ男さっさと生徒会室に行きなさいな

安息の場所


沢哉side


沢「…毎回お前は俺のこ」

 「ぁ、亜希様!!さようなら」

 「亜希様、今日も格好いいです!」

沢「ん、ありがとう。気を付けて帰ってなー」


俺の意見は知らない一年生に遮られたようだ。まったくタイミングの悪い…
生徒会室へは一年の教室の列にあるため、必ず一年の教室の前を通る
そのたびに知らない後輩から様付けで呼ばれ、挨拶されるんだ
笑っちゃうよな?俺らがそんな位置づけにいるなんて


生徒会室のドアを開けると、何人かもう居てストーブを囲って雑談してた


唯一学校で気の許せる友人。

一人は美奈(みな)つう、通称ミーって言う女、亜希と同い年で何故かしらねぇけどずっと一緒にいんだよな。
中学時代は会うたびに喧嘩ばっかしてたのに…女ってよくわからねぇ


美「おはよう稀(まれ)。相変わらず怠そうねぇ」


稀とは亜希の名前。親からもらった名前が嫌で嫌で仕方なかった亜希に也が新しく名前を付けてくれた
みーと稀であの夢の国の王様ってな。いや別にギャグ狙ったわけじゃねーからな


沢「うっせぇよ、ミー。この状態で気づくのなんてお前らだけだ」

「ははっ、世の中のバカ共はしょうがないですよ、ほっとけばいいじゃないですか」


そんでその隣にいる一つ後輩の鳴海(なるみ)っていう男。ちなみに名前っていうかあだ名。
すっげぇナルシストってわけじゃないんだけどちょっと皮肉を込めて呼んでるだけ
くそ生意気だけど、観察力が凄くて意外といいやつ
相変わらず上から目線は耐えないけど


沢「って言ってもなぁ…俺こんな感じだし」

美「なんだ稀じゃなかったのか、たっきゅん帰っていいよ。もうここなんだし…それになんか気持ち悪い。」

沢「…たっきゅんって…いやうん、帰るよまたな」


素直な感想ありがとう、うん、意外に傷ついたぞ、このやろう
亜希、呼ばれてる。俺も少し休むよ

安息の場所-2


亜希side


亜「…ただいま、それとお疲れ様。って、今日の仕事は?」

鳴「今日は文化祭の会計処理と、次の選挙の話し合いと明後日あるチャ」

亜「あぁ、うん、わかった。今日は仕事は何もないんだね、じゃあ寝」

鳴「そうですか、亜希先輩は耳がいらないようですね。そんな耳は切り落とし」

美「はいはい、ストップ。稀もさっさと仕事終わらせて頂戴」



………なんで僕が怒られてんだし…まぁ、ミー怒らせると怖いから片づけよう
さっきまでの煩さは何処へやら…といったぐらい静まりかえる


自惚れかもしれないが、生徒会役員は仕事と認識してしまえば早いスピード、なおかつ集中して取り組み終わらせ、余った時間を休憩という遊びの時間へと変える。真面目なのか真面目じゃないのかわからないが…

まぁ、一目置かれる理由はそれだけじゃない
進学や就職、授業等と言ったものの待遇がかなり良く、そして生徒会役員が何故様付けで呼ばれる

その理由はこの学校の学年トップの連中が集まった、ある意味エリート軍団だから

‘僕’の成績は基本並の中だが、みんなで合わせてやれば上ぐらいの成績を取れるだろう。だろう、っていう過信。

ただ、そんなものに一切興味はないのでやらない。ただ、めんどくさいだけなんだけれど…
何故生徒会に所属してるかは、僕の負けず嫌いな性格のせいだった


ミーが次のテストで勝った方がバナナパフェ二個奢りね?だとか言ってきたから

金欠な僕はとりあえずトップ五以内に入り、逆に奢ってもらう立場へ。いつものミーなら悪態の一つや二つ零しているはずなのに笑っていやがった…それが運の尽き

後から聞いた話だと、選挙が始まる一週間前によくわからない全校で総復習テストを行う。それが生徒会役員候補を決めるテストだったらしい。ミーのしてやったりの顔。今でもむかついてくる…


役職は上位から、会長、副会長二人、会計長、書記長、その他補佐の合計十人で生徒会は運営している。ちなみに私は四位だから会計長。実にめんどくさい

ミーは六位、鳴海君は七位だから二人とも僕の補佐。今年は鳴海君が会長になってやるって呟いてたっけな…
まぁそんなことはどうでもいいや


「おはよ」

亜「あ、おはよー。ルー君。今日もいい天気だねぇ」

瑠「今日は雨なのに、きっと、守宮(もりみや)さんの頭が晴れてるんだね」


この毒づきをしてくるのはルー君こと我らが会長様。瑠璃(るり)君。
こんなのが会長だなんて、世も末だね、まったく

あ、ちなみに守宮って僕の名字。あまりいない名字でしょ?ちょっと気に入ってる。



瑠「顔にでてる」

鳴「先輩、早く仕事片づけないと会議に遅れますよ?」

美「追いてくよ?大量の書類も残して」


あぁ、そんな風に言われたら早く終わらせるしかないじゃんか、めんどい


午後六時、会議も書類も片づけ終わってみんなで団欒中
副会長の愛李(あいり)ちゃんと書記長の克己(かつみ)君ことかー君、会計の後輩、亮(りょう)君も仕事が終わったらしく、生徒会室へと帰ってきた。


こうやってみんなとストーブ囲ってお茶飲みながらは結構楽しい
嫌なことも全部忘れられて、これが本当の居るべき居場所のような気がしてくる



愛「そういえば…亜希ちゃん、今日のテスト三十点、なおかつ大富豪で虐められてたんだってね」

亮「えー!?それはあり得ないですよ先輩」

亜「ちょ?!なんで知ってるの?愛ちゃんクラス違…ってかー君でしょ!?」

克「………は?」



そこでお茶飲んでないではっきり言いなさいよね。同じクラスの人はかー君しかいないんだから
また愛ちゃんに怒られるじゃんか…余計な種を増やすなよなぁ


鳴「まぁ、テストは先輩ばかですからしょうがないですよ。ただ、虐められてたって…虐めてたの間違いでは?」


嘲笑うかのようにお茶を飲んで呟く鳴海君は、格好いいんだが悪いんだかわからない
…元々性格が気に入らないから格好悪いに決定


鳴「先輩、顔に出てますよ」

亜「さーせん」

美「謝るときぐらい真面目に謝りなさいよ」

亜「すみませんでした」


ミーを怒らせてはいけない。何故かって?僕の頭が危険信号を送ってるからさ
そういうときの感は当たるんだ。でももっと怒らせると怖いのは


瑠「でもね、亜希さん。これだと生徒会として面目立たないんだ。どうしてくれる?」


あぁ、そんな笑顔で言わないでください会長様
どうせ顔に出てるんですよね、わかります。でもね、めんどくさいんですよ、わかってください


愛「それに亜希ちゃんはやればできるんだから。みんなに見せつけてあげようよ」


愛ちゃん、これ以上信者が増えるのは本気で嫌です
毎朝下駄箱に手紙が入ってる中から上履きを取り出すのってすごく大変なんですよ?
まぁ、愛ちゃんたちは上履き持ち歩いてるからわからないだろうけど…
ってどこの漫画だ本当もう…


鳴「まぁ所詮、亜希先輩は生徒会にふさわしくないってことですよね?」


……痛いとこ突くな…ってか入りたくて入ったわけじゃないし!
ミーに諮られたんだし!!!


美「何、その不服そうな顔は……何?生徒会に入れて嬉しくないわけ?」

亜「いや…別に…嬉しいけど…?」


平然と返したけど内心テンパってますが何か?
ってか読心術なんて漫画の世界だけだよ?なんでミーが使えるわけ?


美「気にしなーい、気にしなーい」

克「世の中には知らないほうがいいこともあるぞ?」


なんでかー君まで…ってかやっぱ聞こえてるんじゃん!!!


亮「先輩、さっきから声にして出してますよ…」

亜「………ま・じ・で…?」

全員「マジで(す)」

亜「………」



戦意消失だぜ、このやろう
まぁでも、本当にこんなバカやって会話できるのはここともう一か所だけだもんな
そろそろいいはずなんだけど……

安息の場所ー3


美「ぁ、そういえば社長からさっきメールきて、明後日オフ会だってさー」

マジデ?
あ、社長っていうのは、あるサイトで知り合った歌仲間なんだけども、
なんか考え方が固いから僕らが勝手に教授って呼んでるんだ。


美「うん、ほら」


相変わらず僕の心を読むのがお好きなようで、そんなに顔に出てんのかな…
そう言って携帯を覗くと、笑っちゃうぐらい簡潔に纏められたメールだった




 お久しぶりです。稀さんにメールしても返ってこないから美紀さんに伝えたほうが早いよね。
十一月二十日(日)に新宿でオフ会を開催します。時間は十一時に新宿東口改札前。
稀さんよく迷子になるから美紀さんちゃんと見張ってててね。改札前、だから改札から出ちゃダメだよ、って伝えておいてもらえると助かるな。見たら返信お願いします。



…あれ?メール入ってたっけ?あー…そういや忙しくて見てなかったや…まぁいいか
ってか僕どんだけ要注意人物なの


美「ってことで、ちゃんと支度しておきなさいよ?十一時だから、駅に九時集合ね。」

亜「はいはいっと」

美「はいは一回でいいの」

亜「すみませんでしたお嬢様」


そんな馬鹿げた会話をしてたら生徒会室のドアを叩く音が聞こえた。


鳴「はい、どうぞ。」


現れたのは後輩の男の子のようで、どうやら僕らに用事があるみたいだ。
でもこの子見たことあるなぁ…誰だっけ



宰『…はぁ…忘れたのか?お前に告白したやつじゃないか』

…げ…すっかり忘れてたよ…いやぁ…ほら、年下に興味ないし…

桜『そういっときながらいろんな年代に手を出してるのは誰なんでしょ
うね』

いや、あの…それはあれだよ、好きになったら年なんて関係ないじゃないか!

憂『だからバカ亜希って言われるんだよバカ亜希』

だあああああ、忘れたもんは忘れたの!しょうがないでしょもう!!


脳内大戦争中、いきなり肩を叩かれた。
どうやらなる君が訪問者と話を纏め、帰らせたみたいだ


鳴「亜希先輩、お仕事です。」

亜「えー…何…今仕事やってるさいちゅ」

鳴「放送委員長兼生徒会会計長の貴方にお仕事です」


ははーん。なんか行事とかで放送委員会と生徒会で連携して何かやるつもりだな…
めんどくさいんだってばー…


そんなこんなで溜まった書類を片づけ、時間もそろそろ閉鎖時刻になる頃
みんな帰る準備を始め…ってあれ?もう荷物持って外にでてらっしゃる…


美「ほら、置いてくよ。帰るんでしょ」

亜「いや早くないですか、さっきみんなそこに座ってたよね?」

美「あんたが遅いだけ。ほら荷物纏めといてあげたから持って帰る書類
持ってさっさと来なさい」

瑠「亜希さんがでてくれないと、ここに閉じ込めることになるけどそれでもいい?」


そう言って生徒会室の鍵を指で器用にくるくると回してる。
いやいや、はい、準備しますからそんな怖いこと言わないで下さいよ。暗くて狭いところ嫌いなんですから

足早にミーたちのところに向かって廊下に出る。
そこは昼間のときとはまた違う気配で、非常口のランプしか灯火はない。
それが異様に怖くもあり安心できるような…うーん言葉って難しいからわかんない

昇降口に向かうまでも一応静かに、って言っても誰もいないからいつもの声量になっちゃうんだけどのんびりのんびり向かってぎりぎりまで楽しむ。これが毎日の楽しみである


美「んじゃ、また明日。稀、ちゃんと提出書類やっときなさいよー」

亜「へいへーい。みんな気をつけてねー」

瑠「亜希さんのその返事いい加減どうにかしないとね」

鳴「会長、そんなこと言っても亜希先輩だから無理ですよ」

瑠「…そうだよね。会計長剥奪しちゃおうか。会長権限で」

亜「あー!!!さーて、家に帰ったら速攻に書類終わらせちゃおうかな―!」
愛「亜希ちゃん頑張ってー。それじゃあまたねみんな」



そんな何気ない会話。
ばらばらに自分の家に帰ってく…

きっと家に帰ればお帰り、と言ってくれる家族がいるのだろう
なんだかみんなの後ろ姿を見て無性に悲しくなった
そんな気持ちを振り払うかのように、学校から少し離れた公園に向かった
後ろから誰か着いてきてるなんて知らずに

暗闇の中で


亜「はぁ…今日も疲れたねぇ…」


そう呟いて目を瞑れば様々な声が流れ入る

その中で一番このヘタレ馬鹿はとんでもないことを言い出した



沢『お疲れ様、つうか今日大富豪負けちった。金貸して』

亜「はぁ?あんた今月のお小遣い抜き」

沢『まじで!?ちょ、あのそれ勘弁して…煙草買えな』

亜「あんたまだ吸ってたの!?僕の身体なんだから…ってかそもそも僕
は未成年!」

徒『たーくーやーさん?』

沢『げ…っ』


はいバトルいってらっしゃいー
徒桜が’さん付け’で呼ぶときって大体怖いんだよね

まぁさっき未成年って言ったけど…実は僕もちゃっかり吸ってる。
鞄から煙草を取り出して、火をつけ一口吸って深いため息のような白い煙を浮かばせる
脳内の後ろから叫び声が聞こえてるのは気にしない。いつものことだから。

こういうときに備えてちゃんと私服も鞄の中に入ってるから傍から見れば無問題だろう



「せーんぱい、何してるんですか?」



そう、こうやって後ろに聞きなれた声がなけれ…あれ?
耳元で甘い声を囁くこの声は誰…ってか近い近い!!!
バッと振り返れば目の前には、さっきまで一緒にいた奴



鳴海君だった



鳴「先輩未成年ですよねーソレ、いいんですかー?」


なおも耳元で囁かれてはどうしようもなくいたたまれない気分に陥りかける
いやそんな趣味はない。後輩に手をだ…いや少し手を出した子もいるかもしれないけど



亜「あの、近い。これ消すから、近い。近いまじで近い」

鳴「何壊れたおもちゃみたいな言い方してるんですか、え、もしかして
感じちゃってるんですか?やだなぁ先輩」

亜「ち、違うから!!いいからどいてって」

鳴「俺はこのままでもいいんですけどねーだめですか?」



…この天然を装った悪魔が!!
もううん…いいよこのままで…大分慣れた



鳴「だから先輩口から出てますって。ってか別に吸っててもいいですよ。その香り好きです」

亜「…まぁ、お言葉に甘えて…」


もう一度深く吸って、今度は本当にため息と一緒に煙を吐いた



亜「ねぇ、どうしてここにいるの?あんた帰り道反対じゃない」


そう、それが不思議だった。近場のゲーセンに行くにもこんな時間だからもうどこも開いちゃいない
コンビニだってわざわざこっちの所よりも家のほうにあるところに行った方がいいじゃないか



鳴「え?先輩の後付けてきました。ずっと後ろいましたよ?」

亜「…弟をストーカーに育てた覚えはありませんよ。」

鳴「あ、そっか外だからもういっか。そもそも姉ちゃんに育てられた覚えないよ」



だめだこの子。どうしてこうなってしまったんだろう。生徒会入りたての頃は凄く可愛かったのに…
だからこそ弟分として一緒にいるようになったのに…一体何があったらこうなるんだろう

それから何気ない会話をしていた。

どうしていつも苛められてるの?
どうしてやり返さないの?
俺の姉ちゃんはそんな弱くないでしょ。

だとか

いや、ただ単に反抗するのが疲れるしつまらないから。

ただずっと質問をされては返しての繰り返しだけだったけど、凄く楽しかった。

やっぱり落ち着ける場所は生徒会メンバーのところだけだな、って思った。

でも唐突に言われた言葉で一気に血の気が引いたんだ。



鳴「ねぇ、姉ちゃん。俺聞きたかったことあったんだ」

亜「んー…何?」





鳴「姉ちゃんっていつから多重人格になっちゃったの?」



もう吸い終わってしまった残骸を吸殻ケースにいれて、次の煙草に火をつけようとした、した…んだけどできなかった
手からすり抜けてしまった煙草はどうやらこの深い夜の闇に吸い込まれてしまったようだ。
動揺してどうする。いつか聞かれるとわかっていただろう。むしろ今まで聞かれなかった方が不思議なんだから


鳴「姉ちゃん、別に言いたくないなら言わなくていいよ」

亜「…そうだね、どこから説明しようか…」


覚悟を決めるように、煙草ケースから一本取り出して火をつけ、夜空を見ながら煙を大きく吐いた




昔…といっても僕は今高校三年生、
一人称僕だなんて、ちょっと厨二病じゃないかとか言われそうだけど、一番しっくりくるから


亜「そう…昔、僕が五歳ぐらいの頃が始まり。そこから僕の運命は変わったんじゃないかな。その頃まだ僕は幼稚園に行ってて、平凡な生活を送っていた。前のお父さんとお母さんがまだ笑っていた頃、幼稚園で友達といっぱい遊んで自分も笑顔が絶えなかった頃。帰ってきたらお帰り、って起きたらおはよう、今日も起きれたのね。ってそんな何気ない言葉が嬉しくて素直に喜べていた頃…」

過去の暗闇


ある日、お母さんが幼稚園に迎えに来てくれなかったときがあった
幼稚園の先生が困りかけてたから自分で帰ります、って言ってゆっくりだけど家に向かった

お母さんと一緒に帰るいつも通りの道、建物、風景、何もかもが変わらなくて、ちょっとした探検感覚でひたすら家に向かって歩き続けた
幼いながらもちゃんと道は覚えてたらしい。今じゃすっかり方向音痴だけども…

アパートの階段を上って、ちょっと行きすぎて五階に行きそうになったけど、表札を確認して三階に戻って家の前に着き、鞄からスペアの鍵を取り出して頑張って背伸びして鍵を開けてドアノブを開けて家に入った
どたどたとリビングに向かってお母さんに会いに行く



亜「ただいまー!今日ね、一人でちゃんと帰ってこれたんだよ!!」



きっと凄く誉められるだろう、頭撫でてくれるかな、扉を開けながら叫んだからちょっと怒られるかな、とかいろいろな気持ちがいっぱいでリビングの扉を開けた



でもね、
そんなの夢だった


目の前に広がるのは壊れた食器や、家具
そしてところどころ見える赤…―


何があったのかわからなかった。
だって床は茶色でキッチンの棚は白だから赤なんてこの家の素材に使われてないんだもの



そして目の前に蹲ってるお母さん


食器の破片とか気にせずにすぐお母さんの元に駆け寄った
多分パニック起こしてたんだと思う。そりゃそうだよね、誰だってそんな状況になったらパニックになると思う。
むしろ泣かないでいたのが今じゃびっくりだもの
普通五歳ぐらいの女の子がその現場見たらトラウマになっちゃう光景じゃないかな



亜「お母さ…」

母「触るな!!」



お母さんの肩に触ろうとしたら、手を振りほどかれ叫ばれた
拒絶されたことなんてなかったからどうしたらいいのかわからなくて、ただただ、その様子を見てるしかできなかったの



とりあえずその周りの状況を見て、陽ちゃんを探した
まだ二歳になって少ししか経ってない、なのに声が聞こえない
大声を出したからには寝てたなら起きるはず、そしたら泣き声が聞こえるか何かしら物音はする
一人でどっか行くにも行けない…



ひとまずお母さんに触るなって言われたから他の部屋を見て回ろうと一度後ろを振り返ってリビングから出ようとしたの
そしたらいきなり後ろから


強い力で首に何かが纏わりついて息ができなくなった

過去の暗闇-始まり

そこから真っ暗になって、どこからか声が聞こえた
でも何を言ってるのかわからなくて、大声で叫んでもまったく反応がなかった


もう一度大きな声で叫んで…そしたらどこからともなくはっきりと声が聞こえた…




『これは夢』


『だから起きよう』



『そして今までのことを忘れてしまおう』



『生まれ変わろう、アキ』


あぁ、そっか夢だったんだ。すっごい怖い夢だったな…
教えてくれてありがとう、って叫んで真っ黒な世界がいきなり紫色に変わった。



それが始まりだったのかもしれない。





目が覚めたら真っ白な部屋にいて、周りには誰かがいて泣きそうな顔でこっちを見てた

僕このときから馬鹿だから、あれ?目にゴミでもはいっちゃったの?って声にだそうとしたら上手く声にならなくて、でも二人とも笑ってくれたからいっか、って


周りを見渡せば真っ白、そっかさっきのは夢だったんだ、でもここはどこだろう。って周りをもう一度見渡してたらいきなり知らない声が聞こえた



『ここは病院』



それはさっきの人の声で、微かにしか聞こえなかったけど目を瞑ったらよく聞こえるようになった



亜『あなたはだぁれ?』

 『僕に名前はないよ』

亜『どうしてなまえがないの?あきはちゃんとあきっていうなまえあるよ?』

 『うん知ってる。でも僕には名前がないんだ』

亜『それならあきがなまえつけてあげる!んーとね、すきないろなぁに?』

 『…黄色が好きかな』

亜『んとね、じゃあゆうくん!ゆうくんもきいろすきなの!』

 『ありがとう。じゃあ今日からユウだね。よろしくね亜希』

亜『うんよろしくね!』

憂『ほら、おばあちゃんたちが呼んでるよ。僕はいつでもいるから』

亜『あ、ほんとだ…ありがとうユウくん!』



パッと目を開けばさっきと変わらない景色で、人が何人か増えてた



婆「亜希、大丈夫?どこか具合悪いところない?」

亜「だいじょうぶ!…おばあちゃん、ひさしぶり!」



さっきとは違って声がはっきりでるようになった。
そしたら憂が教えてくれたおばあちゃんとおじいちゃんは安心したのか、凄く笑顔になって話しかけてくれた


それからは病院の先生が診察やらなんやらして、おばあちゃんとおじいちゃんと一緒に外に出ておじいちゃん家にいた。

そこには二歳ぐらいの赤ちゃんもいて、何故だか少し安心したんだ。
それが誰かは少し経ってからわかることになったけど

過去の暗闇-成長

それから何年か過ぎて、小学一年生になる前ぐらいかな。
住所が移動したから学校も環境も変わった。


初めの頃はちゃんと学校に行ってたんだけど、なんだかそれがとてもつまらなくなったの。
同い年の友達と合わせることがとてもイライラして、どうしようもなくて…だからずっと一人で昼休みも机でずと一人ぼっち。

そんなことしてたら気味悪がられて友達が寄ってこなくなるよね。
だから一切できなかった。あいつはおかしい、ってずっと言われ続けた。


それでも僕にとっては凄く幸せだった毎日だったの。
だって、同い年の友達と遊ぶことよりも憂たちと遊ぶのが楽しかったんだもの
なんでも僕のことを知ってて、僕の知らないことを知っていて新しいお兄ちゃんとお姉ちゃんを増やしてくれたから。

それが宰と、徒桜と憐。



まだそれが何かを知らないときだから、憂たちと話している時って独り言のような状態になるのよ
そんなことしていたら一層気味悪がられて、誰も僕に近寄らなくなった。
おじいちゃんたちにも迷惑かけた。でも二人に憂たちのことを小さいながらも必死に説明しても伝わらない。
そうしていつの間にか学校に行かないで、宰と徒桜に勉強を教わりながらずっと公園で遊んでいた。
何度か学校から呼びだされたときもあった。だけどそのときは徒桜が先生やおじいちゃん達とお話して、その場を収めての繰り返し。


次第に様々な漢字を覚えてきた。
必死に勉強して、みんなの名前に意味をあげよう。生まれたからには名前に意味がないのは変だろうって
今思えばそんな小さなときからマセていたというか…多分必死だったんだろうね。


その人にあったそれぞれの意味。


凄く喜んでくれた。名前がないのなら作ればいい。呼べないのならつければいい。
僕の気持ちが伝わったかな?って


そんな毎日を過ごして、小学四年生のときに…オカアサンとオトウサンに会えたの

過去の暗闇-出会い

黒い服を着たオカアサン。緑と黒色の服を着たオトウサン…でも最初は誰だかわかんなかった。

だって一度も会ってない人を素直にお父さん、お母さん、なんて呼べないじゃない。


宰『亜希、二人は亜希のお母さんとお父さんだよ。』

桜『二人とも心配してらっしゃるわ、声をかけてごらんなさい?』

亜「……お母さん?お父さん…?」



そう呟いてずっと凝視していれば、二人は笑顔になって僕を抱きしめてきたの
でも、二人の周りに見えた赤黒い靄と薄い青い色の靄。
抱きしめられて伝わるのは憎しみと悲しみだった。


亜「…ねぇ、なんで僕のこと怒ってるの?」



そう感じた僕はつい言葉を零してしまったの
その言葉に驚いたようで、身体が少し震えていた…
少し経たないうちにお母さんとお父さんは一気に僕はきつく抱きしめ、そんなことないよ。ずっと会いたかった。と


でもきつく抱きしめられるたびに感じるのは憎しみと悲しみだけで少し
怖がってる風にも感じた。



亜「ねぇ…お兄ちゃん、どうして二人とも僕のこと怒ってるの?」

宰『それは…』

母「亜希、お兄ちゃんなんていないでしょう?何を言ってるの?それに
怒ってないって」

亜「ねぇなんで赤色と青色が見えるの?お姉ちゃ…」

母「亜希!!そんな人なんて、そんな色なんてないでしょう?!気をしっかりしなさい!!」

桜『…亜希、お口に出したら怒られちゃうから…後で教えてあげるから
今はお母さんたちとお話してあげて?』



わからなかった。
僕は聞こえるのに、みんなは聞こえてない声
僕は見えてるのに、みんなは見えていない色



どうしてそれを口にすることがいけないことなの?

後で教えてくれるって徒桜が言ってくれたから僕はしばらく二人と見つめ、ごめんなさい、と一言謝っておいた。


どうやら今日から四人で一緒に暮らすようだ。

僕とオカアサンとオトウサンと弟、陽ちゃん。
あのとき病院で見た赤ちゃんだった。今じゃ歩いてちょこちょこ移動してみんなを困らせていた。

その姿が何故だか可愛くて温かくて…ずっとその姿を見ていたけど、陽ちゃんからさっき見えたような色は見えなかった。
多分気のせいなんだろう、と…上手く自分をごまかし手をひかれるままお母さんとお父さんに着いていく





それから少しして、わかったこと。



宰『色が見えることは人に話しちゃだめだよ。それは亜希だけの特別な力だから。』

桜『だから人がいるときは私たちと会話をしちゃだめよ。したいのなら目を瞑って声に出さないようにお話してね。』


そう教えてもらった。


ただ人がいないときは疲れてしまうから声に出して話はすることっていう約束も

家族で過ごしてからもずっと学校に行かず、ずっと公園へ
そうしても怒られない。学校からも呼びだされない。


きっと僕のことなんて気にもしてなかったのだろう。

過去の暗闇-出発

小学五年生になったある日。

いきなり母親が荷物をまとめだして陽ちゃんを連れて何処かへ行こうとしていた。
いつも見ていた部屋の風景とまったく違う光景。



亜「ただいま。お母さんどっか行くの?」

母「早くあんたも荷物まとめなさい。引っ越しするから」


そう急かされ、置いて行かれないように必要なものだけをまとめ、リュックやカバンにいれた。
持っていくものは勉強道具とぬいぐるみと日記だけ



陽ちゃんと一緒にアパートから出て、階段を下りた先に一台の真っ黒な車が止まっていた
窓から見えたのは青い服を着た見た目が怖い男の人。
その人とお母さんは仲良く喋りながら、車に乗ろうとして私を見た。



母「この人、亜希と陽平の新しいパパだからね。」


それを言われて気がついた。

二、三日前からお父さんの姿は見えなかった理由。


出張かと思いきや、二人はとっくのとうに離婚してたらしい。
そう言われて、陽ちゃんを先に車に乗せて私も後部座席に座った。

途中陽ちゃんがぐずって降りたがってたけど、結構長旅だったみたいでコンビニに寄ったりと休み休み目的地へと向かう車
途中、お母さんとその男の人が仲良く話しているのを見てため息を一つ吐き、私は目を瞑り時間を潰すことにした。


亜『ねぇ、兄ちゃん。』

宰『ん?』

亜『あの男の人嫌い』

宰『あははっ。俺もあいつ嫌い。何色に見えたんだ?』

亜『暗い青に赤紫みたいな色してる…何か絶対隠してるよあの人』

桜『でもね、亜希。人を外見や色でその人を断定するのは悪い癖だから
直しましょうね。』

亜『…ごめんなさい…』

桜『見えちゃうものは仕方ないけれど、それでも見ようとするのは亜希の癖だから。会う人すべてをその目で見ると疲れてしまうでしょう?』

亜『でも、僕の敵かもしれない』

宰『敵なら敵でほっとけばいいんだよ。もしくは上手に対応する。それが人間なんだよ。きっと』

亜『そっか…』


なんだかこの話をしてるだけで疲れそう…
仕方ないから二人におやすみと伝え、そのまま眠ることにした。

過去の暗闇-到着

母「亜希、起きて。着いたわよ」


身体を揺さぶられながらまだ回らない頭を必死に動かし、車から降りた。
どうやら陽ちゃんは既に新しいパパに懐いて、肩車して遊んでもらってた。

それを見たら何故だかいきなり目が覚めてきて、ひとまず車から降りることにした。
その感情がなんなのかとかはもう気にしない。気にしたって仕方ないことだから

周りは辺り一面真っ暗で、辛うじて見えるのは木で囲まれたマンションと公園
マンションの周りには凄く広い公園があって、ざっと見ただけでもこの周りで一日過ごすにも一日じゃ足りないと思う



亜『まぁでも暇つぶしできそうだからいっか。』

宰『…少しは学校行って勉強してこいよ?』

亜『周りの奴らが低レベル過ぎるから嫌だ』

宰『…』



何故だか寂しそうな宰はほっといて、新しいパパとお母さんの後を少し遅れながら着いていった。
マンションの入り口に行けば、オートロックっていうのかな?暗証番号を入力しないとマンションの中に入れないようになっていて、初めてそういう機械を見る僕は興味津津に見ていた。


暗証番号 ’3946’ 確認、っと。これでいつでも出かけられる。
頭に記憶して、どんどん進んでいく両親の後へと着いていく


部屋に行くまでにちらちらと見える、マンション全体を囲っている大きな柵。
辛うじて一階は乗り越えられそうなぐらいの高さだったが、柵との幅は子供一人が通るのがやっとだろう…


なんだかこのマンションが牢屋みたいに見えて仕方ない。
僕たちを閉じ込める気なのだろうか?いや、ただの被害妄想はやめておこう…セキュリティがきっとしっかりしてるからこそ、泥棒などに入られないように柵があるだけだ。きっと


さっきマンションの中に小さな公園があったから後で行ってみようかな


階段を上って四階に辿り着いて、キーを回すパパ。
さっきから陽ちゃんとお母さんと話してばっかで僕のことには一切触れてこない。
きっとこんな大きな娘がいるなんて思わなかったんだろう。それに僕懐かないし、余計にとっつきにくいのかもしれない。


どうせこの人も僕を見てくれないだろう。それならそれでいい。
お母さんと陽ちゃんが幸せなら、僕らは生きてるだけでいい…
そんなことをぼーっと考えていた。




『本当にそれでいいの?』


突如聞こえた知らない声。
憂でもない、宰でもない、徒桜でも憐でもない。
少し低めの艶のある声。でも僕の近場には僕を含めて四人しかいない。


亜『……誰。』


勇気を振り絞って目を瞑って尋ねた。少し震えていたのだろうか?
くすくすと笑われた気がした。


『お利口な亜希は大好きよ。私にも名前がないの。亜希、あなたが付けてくれる?』


そんなこと言われても、僕は誰だか知らないし…わかっているのは年上の女性らしいということ。



亜『…もう少し待ってて。今は陽ちゃんが玄関で待ってるから…貴女は何色が好きなの?』

 『オレンジ。いつでも待ってるわ。これからよろしくね。亜希ちゃん。』


そう言ったかと思ったら、もう何も聞こえなかった。
宰たちにあの人は誰と尋ねても返事がない。きっとそっちはそっちで何かしているのだろう。
…仕方ない。


僕は玄関で待っていた陽ちゃんのところへ向かい、中へ入ることにした。

見違えた世界

見違えた世界

この小説には、精神病要素が深く関わります。 どのような症状なのかと聞かれれば全てをお答えすることができません。 あくまで、「小説」です。 その点を理解し、少しでも精神病について考えてくれる方が増えてくれることを望んでいます。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-14

Copyrighted
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  1. -始まり-
  2. 門をくぐれば
  3. 本当はね
  4. 安息の場所
  5. 安息の場所-2
  6. 安息の場所ー3
  7. 暗闇の中で
  8. 過去の暗闇
  9. 過去の暗闇-始まり
  10. 過去の暗闇-成長
  11. 過去の暗闇-出会い
  12. 過去の暗闇-出発
  13. 過去の暗闇-到着