レビュー
一
柄に惹かれる日傘だった。生地の色と合っていた。専門店を営んでいる,彼女自身の手作りによるものなのだろう。差している姿が活き活きとしていて,楽しそうな気持ちが伝わってくる。それは彼女向けに,彼女が作ったものだったかもしれない。その商品のすべてが売れに売れているとはいえないことは,あとから知ることだけれども,彼女が商品の一つをお店から持ち出して,自分勝手に使うとは思えない。客のフリをして訪問した,長年の友人に毎度のことのようにからかわれては,程度の差はあっても,怒り続ける彼女である。きっとお店のものには手を出さない。使うなら作るだろう。そのためのアイディアはいっぱいあった。彼女はスケッチブックを携えて,目にとまった物や風景,場面を描いた。傘を形作る骨に支えられて出来る,限られた面積に広げて,手に取ってもらうことを望んでいた。喜んでもらうことをイメージして,作業に臨んでいた。魅力的な姿だった。真摯な彼女は留めようとしていた。閃いたようなことも見つめていた。そんな彼女だから不思議はなかった。縫合の跡に沿って,絵を描いたことも,彼女が思い考えていたことを行動に移しただけだった。その樹は彼を支えていた。
描かれた方の彼としては,驚きと戸惑いよりも,気持ちを抑えるのに苦心した。事は既に終えていて,関係性をこれから構築しようと努力していたのだから。彼は彼女を思っていて,彼女の相手を敬っていた。関わっていく中で,どちらかが減じる,という事はなかった。だから彼は立ち振る舞った。ひょうひょうとした雰囲気に,人懐っこい性格も合わさって,彼はたちまち馴染んでいった。転機を迎えた二人にとって,彼は原動力だった。素敵な見た目と,手放しで称賛すべき味わいをもたらしてくれる。片付けられた後の満足感がテーブルを囲む,深夜でも照明が周りを照らす。失敗はあった。知らないことを原因とする数々の,小さな失敗が。でも,微笑ましい謝罪と許しが過ぎていき,近しい距離が保たれた。手術の原因と経緯を明かして,彼は怒られたし,思われた。そして彼女は彼を呼び出して,捲ってもらったTシャツの下,手術の跡に沿って描いた。痛々しいのはキライだからということを,彼女は口にした。驚いて戸惑い,結局は完成するまで付き合った彼だった。鏡で写して,それを見て気に入った。お礼の気持ちを,彼女に確かに伝えて,その場をあとにした彼は,その絵を改めて見ることになる。着替える時とか,そういう時。彼は自身に言い聞かせた。彼は二人を思っていたのだ。シャッターを切るような仕草は,それを忘れさせない装置になる。チーチー,カシャ。
彼女の相手,彼も敬う彼については,心動かされる所が少ないのは,理想的な彼氏像のうち,実に現実的な要素を兼ね備えていることを理由とするんだろう。見ようによっては二人の敵になる。見ようによっては,誰よりも主役になる。
揺さぶられる,だから剥ぎ取られる。彼についてはそこから始まる。人によっては目が離せなくなる。選択に関しては,最後まで見て欲しい。二人のことだ。三人のことだ。
素朴は踏まれて固まる。しっかりとした地面になる。
最後のは,余計な感想になる,けれども気になってもらえたのなら,ここまでの時間も実を結ぶ。だから,どうだった?と訊いた。思わせぶり過ぎる,と彼女は僕を批判した。予想通りのこと,僕は間髪入れずに「そっかー」と言おうとして,彼女に先を越された。
「でもいいよ。観ようか。」
その言葉と一緒に足を早めた。閉店時間が迫っていたからだった。二人で持っても荷物がいっぱいで,こんな時こそ邪魔になる,閉じた傘を僕が率先して手にして,先を急いだ。遅い時間だった。息が弾む。
「当店にはありません。」
なんていうベタな結末は念頭にも無かった。好きな作品には裏切られたことがない。ジンクスという,根拠薄弱な期待で十分だった。煌々としている店内が近付いた。彼女が訊いた。
「時間は?」
「二時間もないよ。」
そっちじゃないよ,と突っ込まれて,滑り込みセーフな『午前』になった。僕はオススメを探した。彼女のそれより怖くなくて,朝から観れる。
美味しくなれる。僕が借りた。
レビュー