ENDLESS MYTH第3話-23
23
気分が上がっていた。
ジェイミーはいつになく機嫌よくトチス人が横になる部屋へと入ってきて、着替えた服装を室内にいる者たちへ見せた。
「どう? 可愛いでしょ」
彼女は着替えを発見したらしく、濡れた服から自ら好みの衣服に着替え、髪の毛も乾かして上機嫌である。
「それにしても驚きよねぇ。天井と床に円盤があってさ、その間に立つだけで服は変わるし、髪の毛は乾くし、お風呂に入ったようになっちゃった」
と、微笑むジェイミー。
ところが室内には沈黙だけが居座って、空気が重苦しくなっている。この状況で洋服を楽しむ余裕などまったくなく、脳内にそうした方思考容量など、誰も所持している人はいなかった。
自分は上機嫌なのに周囲は無反応なことに、ジェイミーは上機嫌から一転、顔には不機嫌の虫が現れた。
何なのよ、と言いたげな表情を広げたとき、不意にマキナ・アナズが立ち上がるなり、大きく息を吐くと、部屋の端へ進むと、外へ向かって口を開けた壁から、小雨になってきた雨の空を見上げた。
すると壁際で丸まっているメシアが、誰に聞くでもなく、質問を部屋の中央へ投げかけた。
「どこなんだここは」
言葉に力などまったくなかった。ただ自分が巻き込まれた現実を受け止められず、呆然とした中で、とっさに口先に出た言葉であった。
すると左腕をタイトで砂ぼこりに霞んだパンツのポケットに左腕を押し込み、右手に握ったハンドガンのモデルガンをメシアに向け、右目を閉じて左腕を眼で目シアを見つめ、冗談めいた口調と共に室内に入ってきたのは、イラート・ガハノフだ。
「ここはあの世に一番近い場所。さぁて、その先は天国かはたまた地獄か。メシアはどっちに行くのかな?」
未だにモデルガンを持っていることに、ジェイミーが呆れた様子で、少年的な男を見て、天井を仰いだ。
外の雨に向かい、今度は銃口を向け直すと、軽く微笑して、モデルガンをそのまま投げ捨てた。
そして横にうずくまるメシアを見下すと、珍しく真面目な口調に変貌した。
「人間はいつまで生存できると思う? 絶滅寸前までの時間ってことださ」
不意の問に、顔を上げたメシアは、少し考えた。が、あの凄惨な世界を見たあとだ。即答をためらうのも無理はない。
「デヴィルの最初の攻撃は、人類を滅ぼすために行われたものじゃない。人類はあの後、生きてたんだよ。ただ苦しい鉄板の上で焼かれるような、逃げ場のない大戦を強いられるけどな」
そう言い雨を見つめるイラート。
その横に立ち上がったメシアは、これまでに見たことのない、酔ってはトイレに駆け込む。人をからかい、からかわれると逆上する、少年のようなイラートと、様子が違うことに、眉を潜めて訝しく見た。
このメシアの顔を承知で、横目で一瞥すると、イラートはさらに、不可思議なことを言い始めた。
「人類が考え出した最も大きな数字は? なんだか知ってるかぁ?」
雨に向かって言うのがイラートの含みのある言葉に、先を促すようにメシアは、眼を剥き訴えた。
促されるのを、少し焦らすのを楽しむように、ニヤリとひと呼吸おくと、彼はまた雨に視線を向けた。
「無限。と言いたいところだが無限ってのは状態だ。これ以上ないって状態を表すことであって数字じゃない。未知数ってのもあるけど、ちゃんと数字で表すことのできる数で言うと、グラハム数ってのが宇宙で最も大きな数になる。この宇宙の物質をインクにしてゼロを書き続けても、間に合わないってよ。そのグラハム数をこの地球は50億回は繰り返している。そのぐらいメシアも俺も想像できないほど、未来なんだよ、ここはさ」
と、イラートはさらりと、当たり前を置くように、メシアへ説明した。
メシアを見開き、驚きを口にした。
「そんなのありえるわけ無いだろ! そんな時間、地球が存在してるはずがない」
「それがあり得るんだよ、救世主」
不意に背後から声を発したのは、岩のような皮膚をした大男だ。
「科学がイデトゥデーションの例を見て分かる通り、惑星を延命させ、時を停止させ、恒星の核融合までも永久にしてしまった。科学とはそれだけのことを可能にした。恒久的な延命を」
4つの目をノーブラン人はメシアへ向けた。自らがこれまでに経験してきた、科学の恩恵を追憶しながら。
その言葉を追いかけるように、ジェイミーが不機嫌に言い放った。
「人類なんだか他の頭のいい生命体なんだか知らないけど、こんなボロボロの地球だけ残して、勝手に進化しちゃったのよ」
不思議そうに周囲の人類や人類以外を一瞥したメシアの顔の上には、当惑が張り付いている。
「前も、説明を受けたでしょ?」
と、治癒フィールドの中で、傷を高速で治癒へ向かわせていたトチス人、アニラ・サビオヴァが青白い皮膚を動かしながら、ようやく言葉を口にした。
その場にいた全員の視線が、負傷した宿命の戦士へ向かう。
身体を起こして、彼女は一度頷いた。
「人間は多次元生命体。肉体に魂という純エネルギーを宿した存在。肉体の呪縛から置き放たれたとき、進化というアストラルソウルなるエネルギー生命体となる。生命体が全て進化をしてしまった物理世界、それがこの時代よ」
辛そうに1つ息を置いて、アニラはまだ皮膚の下に走る激痛にオレンジ色の瞳を歪めた。
それがこの世界の違和感の原因なのだと理解した。
植物が溢れ、植物が地上を支配したような世界。そこに動物は微塵も見えない。皆無なのだ。それが彼女の言葉で、メシアの疑問が雪解けした。生命体が全て進化の頂点に達した世界。肉体を捨てた世界。それが今、メシアがいるここなのだ。
だがしかしメシアの脳内では処理できない。そんな白日夢のようなことが現実に起こり得るのか?
そう言いたげに眉間をしかめていたところへ、雨の中から、黒い大きな影と普通の大きさの人影が室内へ入ってきた。
ニノラ・ペンダースとイ・ヴェンヌだ。
濡れて黒い顔から水滴をしたたらせ、ニノラは息を整える暇もなく、全員へ言い渡した。
「次は俺達が攻め込む」
ENDLESS MYTH第3話ー24へ続く
ENDLESS MYTH第3話-23