生義
第一戦
「なぁ、この世にはいったい何があると思う?」一人の男が呟く、誰に問いかけるわけではなく、誰かが答えるわけでもない。
街は火の海と化している、連合国側の絨毯爆撃によるものだ。街の惨劇を男は静かに見つめている。男は知っていた、奴らは人ではない。本来ならばこの世界を支配していたかもしれない種族共だ。
娘は安全な場所へ避難させた、後は最後の仕上げをするだけだ。ここはもう保たない......!後数分もしないうちに怪物共にこの研究所は蹂躙されるだろう、だがもういい俺の研究は完成した。後は......次第だ。
「見ていろ旧支配者の力を使う愚か者共め、貴様らには必ず血の報いを受けさせてやる......!」そう呟く男の身体を焔が焼いた。
あの地獄のような戦争から70年の歳月が過ぎた。
枢軸国は解体され、それぞれ新しい国家が誕生し国の復興が進み、みんな新しい世代と交代しあの戦争も憶えている者もかなり減ってしまっていた。そんな平和を謳歌している人々だった......が、ある噂がたち始めた。
人間とは思えない者を見た。身体から黒い炎を吹き出す人間に遭遇した。
などのいわゆる都市伝説が噂されるようになった。過去にも口裂け女などテレビにもなるほど都市伝説はあった、しかし近年インターネットが普及し始めたため、いわゆるデマや自作自演などがバレたりして鎮静化してしまったのがほとんどで、今やネットの一部でしか知ることが出来なくなった。
高層ビルが建ち並ぶ都会にはまだいたるところに明かりが灯っていて空には満月が浮かんで夜の都市を薄く照らしながら今までの事、これから起こる事がらを見つめている。
ビルとビルの隙間の闇の中を動く影があった。一人は女性の様だがその女性の前に立つ者はその眼を赤黒く光らせながら目の前の哀れな獲物を前に怖気を催す狂気に満ちた笑みを浮かべ、一歩また一歩と逃げ場の無い女性に向かって歩を進めた。
その場で行われている惨劇の一部始終を知っているのは夜の空に浮かぶ月だけだ。
太陽が昇り始めた頃、一人の少年が目の前に広がる光景を眺めていた。その光景は一言でいうなら"血の海"。壁や地面にぶちまけたかのようなそんな光景みていた少年はやがて何事も無かったようにその場を立ち去る。
キリ・曙は珍しく早起きをしていた。早起きしたとはいえやはり誰でも起床直後は眠気が付きまとうものだ、寝ぼけ眼をこすりながら居間のテレビをつけ冷蔵庫から昨日のうちに作った料理を取り出す。
「今日は午後から雨かぁ、傘を持って出かけないといけないな」テレビの天気予報を見ながら朝ご飯を食べ、食べ終えると眠気覚ましのシャワーを浴び、時間になるまでゆっくりするのが日課。テレビからはニュースが流れている。
この時代学校というのは存在するものの、学校に登校するとVαという機械を装着し専用のクラスという特殊なポットの中で、その人物に合った教育や訓練を行う。そのため学校ではお互いの名前を知ることがない。
これは敗戦後から新しく取り入れられたものだそうだ。大概の人は戦前と同じように様々な科目を勉強する。
「キリ・曙の本日の学科はこれで終了です。時間が遅いので気をつけて下校してください」人口知能のプログラムされた音声が終わるとポットの扉が開く、周りのクラスにはもう誰もいない、時間は既に20時をまわろうとしている。
「やっぱり雨が降ってきたかぁ、しかも結構強く降ってるし最悪だな……」校舎を出ると既に雨が降り出している。傘を差して帰ろうとした時にスマートフォンに緊急のメールが届く。条件に該当している人物に届くシステムの一つだ。
内容はこれから雨が更に強くなるので速やかに帰宅もしくは屋内に避難しろというものと、もう一つは以下の該当地区で不審な事件や不審人物が確認されているという警告だった。
「そんなこと言われなくても分かってるっつーの!」スマホの表示をざっと確認し、帰宅するため雨の中を歩き出す。
「もう、雨降ってるから早く帰ろうと近道したらこのあたりの街灯ほとんどないじゃん!こんなんなら大通りを通ってくればよかった......」雨の音がどんどん強くなり、街灯もほとんど無い細い路地は暗闇に包まれている。
道の先から一人の人間が歩いてくる。思わず神様に祈ってしまうこんな場所で人間に、しかも体型から若い女だと分かる。自然とよだれがたれてしまう。
「今日の獲物はあいつにしよう」そう言って口元を歪ませる
キリは前方に二つの赤い光があるのが見えた、それはこの土砂降りの雨の中でもうっすらとだが見える。そしてそれは少しずつ大きくなり近づいてきている。
「もしかして、メールにあった不審者ってあいつのこと!?」まだ距離はあるとはいえ、相手の全体像が見えて驚きと恐怖を隠せないこの土砂降りの雨の中を傘もささずにいる。それだけならまだ驚きも恐怖も感じないだろう。その男の異常なところは笑っているのだ傘もささずに目は赤黒色に光っている。
本能が叫ぶ"逃げろ!"と、しかし本能の意に反して身体がいうことをきかない。人間の形をした何かに向かって一歩また一歩と近づく。相手も確実にキリに近づいてくる、助けを呼ぼうにもこの雨の音にかき消されてしまうだろう。
近づいてこの女は昨日喰ったヤツよりも旨そうだと、彼は感じた。今この女が感じているもの......恐怖と絶望だろう。
お互い手を伸ばせば、相手に触れられる距離まで近づいた。お互いの顔もはっきり見える。
キリ・曙は生まれて初めての強い感情に支配される。どうあがいても抗うことが出来ない、身体が勝手に動き傘を捨て上着に手をかけ服を脱ぎ捨てる。上半身が下着しかない状態のキリを見て男は舌なめずりをする。
そして男の口が裂けそのままキリの肩にかぶりついた。
あまりの出来事に頭は真っ白になる、しかし痛みだけは別である。痛みは信号としてキリの神経が脳に伝える。経験したことのない痛みがキリを襲う。
一口目をゆっくり味わう。やはり喰うなら女が一番だ。女の顔は痛みと恐怖でグチャグチャになっている。
......そうだ、この顔が堪らなく好きだ......!
傷口からは赤い肉と白い骨が見えている。激痛は更に悪化する。しかし意識を手放すことができない。
咀嚼し終えた怪物が再び口を開くき、ゆっくりとキリの首へと向かう。まばたきする事さえ出来ないキリの瞳には大口を開けた怪物とその後ろにいる豪雨の中でも消えることのない黒い炎をまとう一人の男が映った。
次は首にいこう。俺はそう決めてゆっくりと相手に恐怖を与えるためにゆっくりと首もとを目指した。
「捕まえたぞ、この糞野郎......!」後ろから声が聞こえた。後ろを振り向いた瞬間、怪物の大きく裂けた口に黒い炎の拳が叩き込まれる。
あっという間の出来事だった、話しかけられた怪物が振り返った瞬間、怪物の首が消えてなくなり残った身体も燃え上がりすぐに灰となって雨に流されていった。
そしてようやくキリは意識を手放すことが出来た。
生義