悪酔い(会話文)
友人にメールで送った深夜に書いた話。会話文。会話しかしてないけど、下品なので、成人向けにしました。
自分的には気に入っていたので、載せちゃうの。
ふふふ、と笑い声が弾ける。
「清美くんはアルコールに弱いね」
安藤の赤く染めた爪の並ぶ指が清美の髪をすく。そして、リトマス試験紙のように赤くなった鼻先をついた。
「眠くて眠くて仕方がないでしょう」
猫なで声に清美の瞼がさらに重みを増した。
「子供みたい。膝枕でもしてあげようか」
うるせえと清美が白い腕を跳ね退けた。
「甘えていいんだよ。甘え方分かんないかなあ」
揺れる赤い髪に清美が指を絡めた。
「こんな髪するだけあって変なこと言うんだな」
「変なこと? そんなことないでしょ? 第三者から見たら誰だって思うよ。概念的な母親がいないまま、君は育った。父親は昭和の漫画も吃驚な堅物でかなりの変人。恋人だっていたこともない。お兄さんの役割ばかりでしっかり者を演じ続ければならない過程を経てきた。可愛そうで可愛い清美くん。他の役はいつ演じられるのかな? アイドルだってもっと多様なキャスティングされるよ」
「挑発してんのかラディッシュ頭」
ぱちんと清美の指が安藤の額を弾いた。
「喧嘩腰なんてつまんないよ。笑って済ませた方がスマートだよ」
「あんたに見栄はる必要なんてないだろ」
「気を許してくれてるってこと?」
「何を今更」
えへへと安藤が頬を染め、俯いた。
清美がその頭に拳をこつんとつけた。
「あんたは俺を随分偏った人間に仕立てあげたい気分だけど、あんたのが存分に偏ってんじゃねえの」
「良い勝負だね。でもね、僕の方が長く生きてるから自分を自分から切り離すことができちゃうんだ。だからね、偏ってようとまあ一般的であることができる」
「あんたちっとも一般的な、常識のある行動してないぞお?」
「僕は僕らしく生きることを選んだんだ。君も早く選択しなよ。選択できなくても振りするって大切だよ。モラトリアムは人をね、ぐっと熟成させるんだ」
「俺だって人並みに生き方とか悩んだよ。あんたから見りゃあ妥協してるってのが気にくわないのかもしれないけど」
「妥協?」
安藤が首をかしげ、そして肩を震わせた。
「そんな言葉を口にしちゃうなんてまだまだだよ。格好がなってない」
悪かったな、と清美が唇を尖らせた。
「おすすめはねえ、在さんだね。まあ、内面なんて完全に観測できないけど、彼はねえ、何というか二重思考を無意識でやってると思うな」
「そう? 割と盲目的じゃね?」
「公私が別れすぎてるんだよ。己の機能と己の感情を切り離して動いているからね」
「……あんた、あいつえらい好きだよな」
「憧れているからね。僕にとっては神様だよ」
「まあ、ある意味神話にいそうな感じしとる」
「理不尽であるべきなんだ、彼は」
「大きな子供だな」
清美の肩に安藤が耳を当てた。
「……焔の方が神話的かもしれない。国家的な神話だね。土着のものとは別のね」
「ははあ、アマテラスオオミカミか。流石師匠は御立派で」
「本当に憐れで可哀想。何より可哀想なのは己が可哀想だと気付けやしないこと」
「そりゃある意味極上の幸せだろ」
くすくすと清美がいつもとは違う笑みを見せ、安藤の肩をふいと抱いた。
「自分だけ客席にふんぞりかえって座った気になってる方がよっぽど可哀想で憐れだよ」
「清美くんも隣にいるよ。ペアチケット買ったもん」
ぎゅっと安藤が両腕を清美の首にまわした。
「そんなん知らんよ」
「ほおら客観視できてなあい。減点しちゃうぞ」
「落第か」
「残念。地獄にご招待。煉獄の炎に焼かれて、血の池で煮られちゃえ」
「わあ贅沢。死ぬのが楽しみだわ」
つん、と安藤が鼻先を清美のそれにくっつけた。
「……ねえねえ、自分が氷だって理解できずに自分は炭だって勘違いして暖炉に突っ込む話聞きたい?」
「自殺でも考えているのか? 首吊りは楽だが死体がたいそう醜いらしいぞ。考え直せよ極楽鳥」
「そんな怖い発想がぽーんと出ちゃうなんてお兄さん心配。早く可愛い恋人つくって骨抜きされてとろとろ融かされちゃえ」
「恋愛でどうにかなると考えるあんたの脳液状化しとるじゃろ」
「愛を知らぬ清美くん。五年そのまま保存できたら僕が教えてあげよう」
「友愛なら熟知しとるぞ」
「僕バイだもん」
「突然のカミングアウト。何驚けってか酔ってない時に言えや素面だったら演技の一つや二つしてやるぞ」
「もうねえ、語尾に僕の名前をつけないと喋れなくなるほどべったべたに甘やかしてあげよう。主にベッドで」
「わーお凄いこの距離でそんなこと言うのこわーい貞操の危機感じちゃうぞ」
「偏ってるのに偏見の塊の清美くんに現実を教えてあげちゃう優しい僕なの」
「知らない方がいいことって世の中沢山あるって情報屋なら知ってるって思ってたなあ。いやあびっくりだわ。ステーキ屋が何の肉か知らないで料理してるもんだろ」
「ねえねえ凸か凹かどっちがいい? たまには僕男相手に凸したいなあ」
「おいあんた情報漏洩しまくりだぞ」
「清美くんは特別だもん」
「そんな特典いらないなあ」
「清美くん清美くん試しにベロチューしようよ?」
「わあ今世紀最大にやりたくない」
「童貞なんだから練習しよ? 本番で恥かいちゃうよ? ね? 優しいお兄さんである僕はそれが心配でねお腹いたたなの」
「お兄さんはそんな変な心配しないんじゃねえのかなあ。弟のプライバシーにドロップキックいれるような奴は兄とは言わねえ縁を切る他人だ真っ赤な薔薇の他人だこんにゃろーが」
「口にはしないけどきっとどんな兄も心配するよ。甥が見たいもの」
「まずは自分の子をつくれー」
「やあだ。面倒だもん。みゅきはねえ、優しい親戚のおじさんポジションで甥っ子をべったべたに甘やかしてあげるのが向いてるの」
「実の甥っ子姪っ子にやれよ」
「案外血の繋がりがあるとやる気が失せる複雑かつ難解な問題」
「その年で兄貴に反抗してんじゃねえぞお。中学で卒業しとけや」
「中学の時はパッパに虐待されてた可哀想な僕は可哀想に反抗期に入ることもできなかったのだったのだよなのだよ」
「兄貴は関係ないだろうがよお兄貴泣いちゃうよ」
「弟というものは兄を苦しませてなんぼなんだよ。ねえねえ清美くんも僕を苦しませなさいよ。ほおら僕を泣かせてみせなさいよ」
「痛みでなら今すぐにでもしてやるぜ」
「暴力はんたーい! きゃあ野獣だあ畜生だあ」
「そんな獣の兄になりたいというのかってかねってかさあ一個しか年変わんないよね?」
「年子だね。いやあ父さん母さんのハッスルしたのかなあ」
「わーあ生々しいわあ嫌じゃわあ」
「そんなこと言うなんて悪い子清美くん悪い子。めっだよ! めっ!」
「対象年齢間違えてんじゃね?」
「だってえ、清美くんがああまりに可愛いからあ甘やかしたくなるんだもんそれが悪いんだもん眠いから寝るからベッドに運んでね深い意味は勿論ないから無駄な期待は禁物だよ童貞食う趣味ないし不味そうだしおやすみグッナイーよい夜をー」
ずるりと安藤の体から力が抜け、清美が慌ててその体を抱き止めた。小さな寝息に清美がいーっと奥歯を噛み締める。
「甘やかしたいなら甘えんじゃねえぞ。中途半端は髪形とピアスだけにしとけよおにーさん」
やけっぱちの言葉に返事はなく、代わりに空が柔らかに白んでみせた。
悪酔い(会話文)