紫陽花

本当に情けないくらいに。


無数の音が屋根を跳ねる。
どうやら夕立だ。
そろそろ帰路につこうとカバンに手をかけていた君は小さく溜息をついた。
僕はその陰で何故だかほっとしていた。

特に何を話すでもなく、ただ隣にいたいと。
そう思い始めたのはいつの頃からであろうか。
それが恋だと気がつくのにそう時間はかからなかった。

窓に滴る雫は嫌に透き通っている。
君を引き留めた六月の空はやはり土砂降りであった。
遣らずの雨と言うのだろう。
あまりにも僕が女々しいので。意気地ないので。
お天道様にお節介をやかれたのだろうか。

長らく君とはよくわからない関わりが続いている。
友達かと問われればそうではない。
しかし、恋人に至ることも許されてはいないのだ。
鈍色の曖昧な絆である。


君の言葉に。君の指に。君の歌に。君の話に。
僕ではない誰かの面影を見る。
きっとそのひとは僕と同じように、君を思慕しているような気がする。
確証などないが、君に惚れているからこそ同じ香りは嗅ぎやすい。
その度に耐えられない情のない僕は思わず厭味に口にしてしまう。
そんなことないよ、と笑う君は本心なのか。それとも僕を試しているのか。
そんな疑心暗鬼は時折僕の中でどうしようもないジレンマと共に暴れて回る。
そんな場合どうするのが良いのか。君はどんなやつが好きなのか。
知りたくない。知りたい。

いや、知りたくない。


その瞳と別れた後に僕の恋の汚さを。僕の存在の何たるかを思い知る。
何度足を止めても。何度振り向いても。
結局は歩みを止められないのは。
君を求めてしまうのは。
僕の弱さ故なのだ。


実に情のない話だけれども今もこうして、その髪に触れてみたいと思う。
その唇を奪いたいと思う。
その体温をこの腕に抱きたいと思う。
同じ場所で朝日を受けてみたいと思う。


ああ、情けない。
情けないけれども。

やはり僕は君を欲していて。


君に恋焦がれている。


露に濡れる紫陽花の花が、その重みに首を傾ける。

この沈黙に耐えられず、そして自分の欲に耐えられず、僕は君の頬へと。
そっと手を伸ばした。

紫陽花

この身が妬けるほどに、熱は灯るものだ。

紫陽花

女々しいとは知ってはいるが。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-11

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