骨抜き
三題話
お題
「骨」
「覆う」
「軽い」
私はもう、恋愛なんて出来ないんだって、そう思ってた。
出来ないというより、したくないと表現するほうが正しいのだけれど。
だって、恋愛ってそういうものじゃない?
誰でも嫌なことがあればそれを避けたくなってしまうものだから。
だからこそ、今のこの気持ちは何なんだろう。
恋愛はもうしたくないと、強くそう思っていた私が、また同じ苦行へ身を投じようとしている。
そう、恋愛は苦行だ。
相手のことを強く想えばそれだけ幸せな気分になれるけど、その分反動も大きくなる。
まるで諸刃の剣。
自らの心を対価に幸せを掠めとる卑怯な駆け引き。
より好きになってしまったほうが負けだというような、騙し合いのゲーム。
小さい頃胸に抱いていた恋愛とは程遠いものだけれど、所詮はそんなものなのだと、今は思う。
……なのに。
なのに、だ。
そんな私がまた恋をしてしまったというのは、どういうことなのか。
昨日出会ったばかりの男の人。
一目惚れをするにしても行き過ぎだろうというような、そんな恋心だった。
だから。
「次の休みも、また会えるかな?」
そう言われて、私が断るはずがなかった。
軽い女? いや、そうではないはず。
「はい、もちろん。今度の土曜日に、ぜひ」
「俺が飼ってる犬を見せてあげるから家においでよ」
ほんわかした温かい何かが心を覆う。
私はもう骨抜きにされていたのだ。
「ああ、やっと目を覚ましたんだね」
私はおぼろげな意識で、今の状況を整理する。
確か今日は、先週の約束どおり彼の家に招かれて、そして、ペットのライカを見せてもらう……はずだった。
あの紅茶に睡眠薬が入れられていたのかな、とすぐに思ってしまったのはサスペンスの見すぎか。
どうやら私は、木製の椅子に座らされてロープで縛り付けられているようだ。腕は両手のひらを上にして固定されている。
意識はあるのに、まるで体が別人のものであるかのように感覚が無い。手はだらんとしている。
「ほら、見てごらん」
彼は私の右手を取ると、中指の真ん中に付け根から指先までナイフで切れ込みを入れた。
赤い血がたくさん流れて、肉が露出された。
自分のものなのに、痛くない。
彼はナイフで中をかき混ぜるように動かし、何かを取り出した。
「これが中節骨。指には関節が二つあって、骨が三本あるでしょ? その真ん中の骨だよ」
更に私の指の中をまさぐって、二つのものを取り出した。
「付け根のほうを基節骨といってね、指先のほうを末節骨というんだ」
ほら、と私に骨を見せながら笑顔でしゃべっている。
その笑顔に吸い寄せられるような感覚を覚えた。
自分の指が切られていることは棚に置いて、彼に対する好意が残っているらしい。
次々と私の指の骨は取り出されてゆき、ついには手のひらの骨――指の延長のような骨だった――まで一本一本丁寧に、手の根元の小さな骨も彼は私に見せ説明をしながら取り出していった。
「これが第1手根骨。大菱形骨とも呼ばれるね。小菱形骨、舟状骨、有頭骨、有鉤骨、月状骨ときて、こっちが三角骨と呼ばれる尺側手根骨。三角骨に隣接する小さな骨が豆状骨という副手根骨……だったよな、たしか」
だらだらと流れ出た血が床に血溜まりを作る。
彼の笑顔が、歪んで見えた。
瞼が重たい。
「くそ、血が邪魔だな」
私は静かに、両目を閉じた。
◇
彼は後に『骨抜き魔』と呼ばれることとなる。
骨抜き