ミカヅキ
細い、細い月夜の晩に。
本を読んでいる。
月夜に酔って、こんな夜分に読書にふける自らにも酔って。
酒に飲まれた怒号もなり止む頃。
街が眠る頃。
僕は本を読んでいる。
相変わらず音も奏でない画面を覗く。
眠ってしまったのだろうか。
ページをめくる手を止め。
一瞬とは言わず、流れゆく静寂。
世界に僕しかいないような錯覚。
はっと我に返る。
かけていたはずのCDはとうに全トラックをかけ終えて止まっていた。
そんなに長い時間こうしていたのか?
誰にでもなく問う。
何故だか寂しくなって、君に借りたCDをそっとセットする。
ゆっくりと押す再生ボタン。
すこし特徴的なボーカルの声。
ああ、君はこんな感じが好きなのか。
なんとなく僕とかけ離れたその声が羨ましくなる。
こうなれたらな。いや、そういうことじゃないよね。
〝 I LOVE YOUなんて単純すぎるから 〟
その歌詞が何故だかすごく明快に、くっきりと響いた。
ふと思考が降って湧く。
もう陳腐化してしまうくらいに、曲にされたきた夏目漱石のI LOVE YOUの訳、「月が綺麗ですね。」とか。
僕の好きな二葉亭四迷の「死んでもいい。」の訳とか。
そこで僕は急に考える。
僕なら
僕が訳すとしたら
なんと言おう。
衝動が右手を動かして、指に走って、それからペン先まで一直線に。
きっと今この瞬間吐き出した言葉が世界で1番正直で飾らない、僕の言葉になる。
たったひとことに全てを込めるように。
とりこぼしがないように。
けれども詰め込み過ぎないように。
透明であるように。
生み出した言葉が、真っ白な紙を埋め尽くす頃。
日が登り出した頃。
やっとたどり着いたのである。
〝 君への憎悪の番人になろう。〟
何故だか笑が零れた。
これだ!の信号が体に走る。
愛するというのだから。
愛というのだから。
それが如何に大きな想いであるかを僕は知っている。
だからこそ僕はそれが翻り君が憎いと思う日を何よりも、どんな苦痛よりも恐れている。
その真っ黒い感情が君の元へ駆け出してしまわぬように。
その喉元に襲いかからぬように。
その獣を檻に入れ、鍵をかけるのは。
その柵の一番近くで彼を宥めるべきなのは。
僕ではないか。
君を愛した僕は彼を飼い慣らす役目を負うのが道理なのだ。
カーテンから漏れた朝日は僕に支度を急かす。
我ながら面白い言葉ができたと思うんだ。
君に話したい一心で、僕は机を後にする。
ミカヅキ
帰り道の月が1番綺麗な気がします。