ENDLESS MYTH第3話ー22
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雨が小降りになり分厚い垂れ込めた黒雲の隙間から、薄い日差しの梯子が草原とジャングルと化し、超高層ビルを緑が覆う地上へ降りてきた。
ニノラ・ペンダースが転送した先は、鋼鉄らしき素材で形成された工場のような場所である。錆びと植物に絡め取られた機械類が列を並べ、太いパイプが幾本も並んでいる。
そのパイプの間、小さなキャンプ地のように荷物が並べられたそこに、複数の遺体が転がっている。そこに彼は立ち、横にはアジア人の大男が居た。
2人に言葉はしばらくなかった。それは誰もがその場に居たならば言葉を失ったであろう。2人の前に横たわる遺体、その無残なる姿は、悪夢としか形容できない。
イデトゥデーションの特殊なスキンシートのような、身体にフィットするスーツを着用した彼らはしかし、身体を斜めに切断され、ひどい者では竹のように左右真っ二つに身体を割られていた。
ニノラは言葉がないまま屈むと、目の前の遺体の断末魔に見開かれた恐怖の瞳をゆっくり手で閉じ、その手で遺体の肩から腹に掛けて抜け、腹から内蔵がこぼれた傷口を、黒い指先で撫でた。
彼らの足下には雨のせいもあるが、それ以上にそこに横たわる生命の鮮血で血だまりになっていた。
ニノラはその血だまりにも指先を触れ、ようやく口を開き、アジア人の大男に声だけ振り向けた。
「ずいぶんと綺麗に斬られてるな。能力だと思うか?」
それが刃物による物理的殺傷なのか、あるいは能力による遠隔的な超常能力によるものなのか、この場では判断できず、イ・ヴェンスは無言で返答した。
と、何かを発見したように血だまりの中を立ち上がると遺体の中を進み、落ちていた血染めの球体を手に取った。ニノラの手には少し大きめのそれには見覚えがあった。イデトゥデーションの医療キッドである。
アニラ・サビオヴァを今いやしている光がここから運ばれた医療キッドによるものだと合点がいったニノラは頷きつつ、再び大男を見やった。
「よくここが分かったな」
これだけ広大な、自然に覆われた地球上で、この場に偶然到着できることなどまずあり得ない。
1つ頷きを返したイ・ヴェンス。
「サンテグラが各時代に配置した部隊の位置情報を脳に入れてきたそうだ。だから位置を把握するのは簡単だったんだが、この有様ではな」
イデトゥデーションの一員だった彼女ならば確かに位置情報を頼りに来られる。
「だが敵も同じ情報を掴んでいたってことか。しかし俺たちよりも先手を打たれた」
と、苦い顔をして下に広がる部隊の惨状を見るのだった。
「俺たちと救世主が何処の時代に飛ばされるか、おおよその見当はついていた。だからイデトゥデーションはどの時間に飛ばされても援護できる体勢は整えていたはずなんだが・・・・・・」
援護を失ったことを後悔しつつ、雨に濡れた髪の毛を黒人青年は困った様子で撫でるのだった。
「敵はしかし動きが速い。俺たちは予言者の言った通りに動いているはずだ。それをことごとく先手を取られてる。予言者は本当に正しいのか?」
アジア人は自らの行動理由に疑問を投げかけた。
自らの定めを受け入れているとは言え、先を見通せる存在に翻弄されながら生きる人生は、他者が思う以上に辛い経験になっていた。
「信じるしかない。俺たちが産まれた意味は、今、この瞬間にあるんだからな」
そういうと遺体の隅に転がって、血に濡れた1枚の鋼鉄の板を眼にとめたニノラが掌をかざすと、その板は彼の手に吸われるように瞬時に、中空を移動した。
手に取ったもののニノラにもそれがなんであるかの検討はつかない。見た目はタブレットに見えるが画面らしきものはなく、本当の10インチほどの小さい板であった。
と、その板を指先で撫でた瞬間、周囲が一瞬で別世界へと変貌した。宇宙空間であうるがサイズが小さく、2人の目の前に1メートルほどの小さな地球が自転していた。
「ホログラムってやつか」
イ・ヴェンスがボソリというと、自転する地球に近づき、まるて自分の知る地球と大陸の形がことなる地球を見下ろして、ニノラを一瞥した。
「いったいいつの時代なんだ? ここまで大陸の形が違うとなると、相当な未来になるぞ」
地球を少しの間眺めていた黒人青年は、質問に言葉を投げ返すのに時間を要した。
「もしかすると俺たちの居た時間とは違う時間に移動したのかもしれない」
訝しむイ・ヴェンスを横目に、ニノラは板にもう一度触れ、ホログラムを消失させると、アジア人の顔を見上げた。
「俺たちが今度は先手をうつ。もう奴らの好きにはさせない」
強い口調で言った青年はそのまま転送に光に身をゆだねた。
ENDLESS MYTH第3話ー23へ続く
ENDLESS MYTH第3話ー22