真に勇気のある者

 それは、“魔法”という力が生きている世界の話。
 その世界は、一人の王によって支配されていた。王の名は“呪いの帝王”といった。
 呪いの帝王は世界の中心と呼ばれる霊峰、“大地の角”に巨城を構え、その魔法で数多くの凶暴なモンスターを操り、従えていた。
 人々は帝王の強大な魔法の力を恐れ、常に帝王の影に怯えながら暮らしていた。それはまた、世界中の王族達も同じであった。
 
 帝王は生贄を求めたり、意味もなく人々をモンスターに襲わせたりはしなかった。その代わりに、一年に一度“贅(ゼイ)”と称して国々からの大量に献上品を求めた。それは作物であろうが鉱物であろうが最高級品に限られており、献上を断ったり、少しでも品質を偽ったりすれば、帝王はたちどころにモンスターに城や街を襲わせた。王族は常に二級品で暮らし、貴族は三級品、庶民に至っては四級品での暮らしを余儀なくされていた。

 そんな暮らしは、かれこれ150年続いた。

 そして、ついに王族達は帝王へ反旗を翻すことを決めたのだったが、帝王の力は強大であった。
 帝王に挑んだ何人もの勇者はことごとく返り討ちに合い、誰一人として帝王を討ち取ることはできず、再び母国へ帰って来る者は誰もいなかった。

 そしてまた一人の勇者が、帝王を討つために旅立った。

 道なき道を渡り、名もなき海を越え、得体の知れないモンスターを討ち取りながら、ついに勇者は大地の角へたどり着いた。
 そして、その巨城の中、まるで国王のように玉座に座る、帝王の前に立ったのだった。

「さぁ呪いの帝王よ、最期の時だ」
 勇者はその剣の切っ先を、玉座の帝王に向けた。向けながら、内心驚いていた。目の前にのはこの世界の頂点に君臨する帝王。しかし、その姿はどう見ても黒いローブをまとったただの老人だった。しかも、恐ろしくやせ細っている。
「まさかお前の様な老人が、呪いの帝王だったとはな」
「目に映るものだけが全てではないぞ、若造」
 帝王はほとんど歯の残っていない口がニヤリと笑った。やせ細った体は、小刻みに震えていた。しかしその眼差だけしは、しわだらけの顔の中にあるにも関わらず、恐ろしく鋭いものだった。
「最期に何か言い残すことはないか?」
「話をしよう」
「俺の役目は貴様を討ち取り、世界の平和を取り戻すことだ。今更命乞いなど聞く耳は持たない」
「ほぅ、世界の平和を望むか」
 帝王は玉座からゆっくり立ち上がると、その鋭い眼差しを勇者に向けた。
「ならば尚更、お前は私の話を聞くべだと言っているのだ。勇気のある者とおだてられた、哀れな若造よ」
「黙れ!」
「なぜ私を討つ?」
「人々は皆、貴様の影に怯えながら生きている。“贅”がなくなれば、人々の暮らしはもっと豊かになる!」
「ふん、王族どもの入れ知恵か。私が消えたところで、次に贅の限りをつくそうとするのは王族どもだろう。むしろ今よりも下々の暮らしは苦しくなる。そう思わぬか?」
「貴様と話すことなどない!」
 勇者は剣を構えると、帝王の懐めがけて飛び込んだ。膝を折り、体をかがめ、一瞬で剣を持ちかえると、その心臓を貫こうと柄に手をあてて思い切り押し上げた。その瞬間———
「帝王となる者は、常にその力を誇示し続けなければ帝王ではいられない。“贅”はその証明にずぎぬ」
「なッ⁉」
 勇者の動きが止まった、いや、止まったのではなく止められた。剣は、帝王の黒いローブに触れる直前でその動きを封じられていた。帝王の魔法だった。意識はある。口も利ける。耳も聞こえる。ただ、体だけが動かなかった。
「帝王となる者は、時に冷酷でなければ帝王ではいられない」
 帝王は、心臓の目の前に剣を縫い付けた姿勢のまま、何事もないように続けた。
「私は、この世界の人々のために帝王であり続けたのだ」
「そんなものは貴様の幻想だ!世界の人々は貴様の君臨など望んではいない!」
「では、どうする?もはや指先一つ動かすことのできぬお前に何ができるというのだ?私を討つことができるのか?」
「くそぉ!」
 勇者は何度も腕に力を込めた。ほんの少しでも剣の切っ先を押し込めれば、帝王の心臓に届くのだ。しかし、どんなに力をいれても帝王の魔法が解けることはなかった。
「この世界を救うのに、“そんな事”をする必要はない」
 そう言うと、帝王は剣から身を放すと、勇者の手から簡単に剣を奪った。
「私がたった一言呟けば、全ては終わる。そして・・・全てが始まるのだ」
 帝王がそう呟いた瞬、魔法は解かれ、勇者は勢いよく床に倒れ込んだ。
「これまで何人もの“勇者”とおだてられた若者が私を討ちに来たことだろう。結局、その誰もが私を討つことなどできなかった。お前にもまた、その者達と同じように“選ばせて”やろう。お前が真に勇気のある者ならば、世界を救えるかもしれぬぞ」
 そう言うと、帝王は勇者から奪った剣と高々と掲げて天を仰いだ。
「私は・・・帝王をやめるぞ!」
 その瞬間、帝王の身体から黒い霧が一気に吹き出した。霧は城の中をぐるぐる渦巻くと、大きな黒い球体になって二人のはるか頭上にあった。
「・・・ふぅ」
「ッ!?」
 勇者は自分の目を疑った。今まで目の前にいた老人が、若者の姿となって佇んでいたのだ。
「・・・貴様、一体何をした!?」
「帝王をやめた」
「何、だと?!」
 勇者には、若者の言っていることが理解できなかった。
「混乱するのも無理はない。全てを話そう、お前には知る権利がある」
 帝王であった若者は、大きく息を吸うと、球体を見上げながら話始めた。
「今から150年以上昔、世界をある病が襲った。激しい頭痛と眩暈に襲われ、立っていることさえままならない。しかし、この病が実に奇妙だったのは、世界中の王だけがこの病にかかり、王以外に感染することはなかったのだ」
 若者は、まるで昔を懐かしむかのように、目を細めながら続けた。
「世界中の王達が一斉に病に倒れたのだ。しかし、世界が本当に混乱し始めたのはそれからだった。世界中で新たな王が即位した瞬間に、その王達もまた同じ病にかかったのだ。するとどうだろう、それまで病に伏していた先代の王の病は嘘のように治った。わかるか?王となった者だけがかかる病だったのだ」
「・・・」
 勇者は床に座り込んだまま、ただ茫然と若者の話を聞いていた。
「家臣を王と偽って即位させ、病を逃れようとする王も少なくはなかったが、病は迷うことなく裏で糸を引く真の王を探し当て、病に引きずり込んだ。この病には誤魔化しが効かなかった。それゆえに、この病は“呪い”と呼ばれた。頭を悩ませた王族達はどうしたと思う?」
 若者は意地悪そうにニヤリと笑って見せた。
「一番偉いものだけがかかる病。その呪いから逃れるために、世界中の王をも統治する、更なる王を創り上げたのだ。そうして、そのものに呪いの全てを背負わせることによって己が身を守り、己が国を守ったのだ。その時、誰が犠牲になったのか・・・もはや言うまでもあるまい」
 若者は、勇者の前に剣を放り投げた。
「150年。この病は苦しかったぞ。モンスターを操り、何物をも凌ぐ強大な魔法の力の代償は猛烈な頭痛に眩暈。立っていることさえままならぬ。何度も死にたいと思ったが、この呪いは私を死なせてくれなんだ。どんなに深い傷を負っても、人間としての寿命がやってきても、ひょっとしたら肉体が朽ち果てたとしても、私は呪いに生かされ続けていたのかもしれない。想像するだけで恐ろしい」
 若者は、まるで自分が失っていた時間を慈しむように、自らの手を頬に寄せた。
「せめてもの救いは、こうやって“帝王を止める”と宣言した数分間だけ、元の姿に戻れること。それも長くは続かない。“呪い”は直に宿主を求めて再び私
の中へ戻ることだろう」
 勇者が見上げると、黒い球体はまるで何かを探しているかのように、ゆっくりと二人の頭上を漂っていた。
「国を救う勇者とおだてられたのは、お前だけではないのだ」
「・・・」
 勇者には、もはや返す言葉が見つからなかった。もはや、若者の話を疑うことさえできなかった。
「きっと先代の王達は己が子ども達に語り継いできたはずだ。“帝王には手を出すな。“呪い”をもらうぞ”とな。しかし、あれから150年。あの頃の“記憶”を持った者は、もうこの世界にはいないのだろう。全ては語り継がれし伝承でしかない。ならば今の国王達にも疑問が芽生えても不思議ではない。本当に“呪い”など存在するのか、と。ありもしないマヤカシに怯えながら、二級品で暮らす王族でいいのか、とな」
 若者がそこまで話し終えた頃、頭上の球体に変化が現れはじめた。霧の集まりだったはずの表面が、まるでマグマのように泡立ち始めたのだ。どうやら、宿主の体に戻る時が近づいて来たようだ。
「私は、この世界の為に帝王であり続けたのだ。帝王がいなくなれば、“あの時”と同じことが再び起こるだろう」
 そう言うと、若者は勇者を立たせると、剣を拾って勇者に持たせた。剣は、恐ろしいほど重く感じられた。
「世界に平和をもたらそうと、危険を冒してここまで来たお前は、確かに勇気のある者だ」
 勇者は促されるままにその剣をとった。
「しかし、お前が真に勇気のある者ならば、さぁ、どうする?」
「・・・」
 勇者には答えることができなかった。
「・・・どうすれば」
 ようやく絞り出せたのは、そんな弱々しい言葉だった。
「お前が選ぶ道は、3つある」
 帝王は指を3本立てた。
「1つ目は、お前が私を殺し、新たな呪いの帝王となり世界に君臨する道。世界を“呪い”の脅威から救うことはできるが、病に体は蝕まれ、救ったはずの人々からは憎まれる。お前は人々の為にその身を犠牲にしているのに、それには誰も気づかない。感謝などされはずもない。それはお前が思い描いていた英雄としてもてはやされる人生とは真逆の、孤独の道」
 帝王は指を1本折り曲げた。
「2つ目は、お前は私を討つのを諦め、国へ帰る道。呪いをもらうことはないが、私を討てなかったお前を、国中の人々はどんな目でみることになるか。それ以前に、真実を知ったお前を、王族どもが生かしておくかどうか」
 帝王は最後の1本を勇者の顔の前に突き付けた。
「最後の道は、このまま国はへ帰らず、誰もお前の事を知らない地へ逃げる道。これまで私を討とうとした勇者達は、全員がこの道を選んだがな」
「・・・」
 どうして過去の勇者たちが国へ帰って来なかったのか、勇者は初めてその真相を知った。
「・・・もしも、もしも俺が帝王にならない道を選んだら、あの“呪い”はどうなる?」
「簡単なこと。私が再び“呪い”引き受けるのみ」
「・・・」
 まるで当たり前のように言ってのける若者に、勇者は顔を上げることができなかった。
「・・・いつまで帝王を続けるつもりだ」
「無論。この体が朽ち果てるまで」
 見えない力に無理やりねじ伏せられているかのように、勇者の身体は重たく感じた。それはさっきのような魔法ではなく、目の前に佇む若者があまりにも偉大に見えたからだ。
 150年。この者は世界を思い、呪いをその身に抑え込みながら孤独の中で生きて来た。自分は到底この者に叶わない。この者こそが、真に勇気のある者だったのだ。
 勇者は力なく、剣を落とした。


お題【帝王の病気】にて

真に勇気のある者

真に勇気のある者

お前が真に勇気のある者ならば、さぁ、どうする?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted