教えて ほしい
「わたしは」
「わたしは 感じられるのだろうか」
「わたし自身の 意思 」
彼女が
彼を
口に含んだとき
彼は
声を 吐く
泣き出しそうな
声で
彼女の名前を
呼ぶ。
彼女は
ほくそえむような ふりで
歪んだ彼の顔を 仰ぎ
陰嚢に
手を あてがいながら
かすかに 一瞬
泣きたい ような 気持で
彼を
愛した。
ほどなく
彼の 部分が
捻り込まれる
彼女の なかへ。
ふしぎな 突起物
彼女の 表情を
いぶかしむように
うごく 突起物。
やみくもに
下腹部をぶつけ
精一杯 身体を押しつけるように
柔らかい肌の背を
指先まで力をこめ
かたく 硬質の腕でしがみつく。
彼は
苦しげに 泣くような
彼の名を呼ぶ 彼女が洩らす声に
安堵しながら
どうしようもない
熱さと
絶えることのない
乾きに
急かされるような
せつなさで 泣きたい気持ちを
弾けさせるようにして
彼女を砕くように
身体を これまでになく 硬直させて後
柔肌の二つの隆起へ
乳児のように
顔を沈ませた。
泣きたい気持ちで
彼はその時間 彼であることを忘れた。
泣きそうな気持ちで
彼女は瞬間 彼女であることを忘れた。
男と
女は
吐き出されるようにして
歩き出す
いつもの舗道。
なにもかもが 薄れて 消える。
汗も
声も
奇妙な律動も
せつなさの誘引も。
互いの 体温が 自分のものでなくなることの 予期しがたい不安 兆候。
彼女は
カフェに入る。
一人になって
反芻する。
あの
逃れがたく
いつものように
繰り返されていく
泣きそうな気持ちのこと。
泣き出しそうな男の声を
嘲りながら
決して 泣きたいのではなく
泣きそうな気持ちで
ほんの一瞬しか訪れない
彼を 飢餓する気持ち。
その
一瞬の
はかない はかない 短さのことを。
彼女に宿る 不確かさのことを。
カフェで
流れる
フランソワーズ・アルディ
媚もなく 呟く。
“Mais pour moi une explication voudrait mieux” ( でも私には 説明が ひとつでもあった方がいい)
彼女は
知りたかった。
ほんの一瞬の 刹那の瞬間のこと。
自分たちが どこにも
どこにも 感じられなくなる
あの 強迫的な忘失の時間。
陶酔のなかで
欺瞞を重ねて 相手を求める
あの 不可抗力な虚偽の一瞬。
ものがなしい ダイアローグ。
「教えて ほしい」
彼女は
ありふれた 愚問のように
尋ねたかった。
ひとが
古びた 仏蘭西映画のなかで
恋人に 囁く
あの
モノクロームに褪せた言葉の意味
それを告げる
本当の意味。
“Je t'aime”
「 わたしが いつか わたし自身に盲目ではなくなったとき わたしは 感じられてしまうのだろうか わたし自身の 意思 」
教えて ほしい
『さよならを教えて』というタイトルで投稿してあったが、構成をいろいろ変えたので改題して再投稿した。
作中のフランソワーズ・アルディの曲とは“Comment te dire adieu”(さよならを教えて)である。
10年以上も前に書いたものなので、どうして、どのように、この詩を書いたのか、全く憶えていない。
作者ツイッター https://twitter.com/2_vich