時を越える推理  第四章

「なんだあ、ここ。」
千郷は驚き、そして、疑問を隠しては居られなかった。
改めて、周りを確認する。
周りは、本当に真っ暗だった。辺りにも何も見当たらず、見える物といえば自分の体だけだった。
千郷の体は、宙に浮いていた。いや、下や床、地面は確認できないけれども、脚をどんなに開いてもバランスが崩れない。足をいくら振っても、何も感じ取れない。この状態を確認すれば、たとえそうではなくてもそのように錯覚するのは無理ない。
千郷は自分の腕や、足を見る。
あの階段の高さから落ちたら、少なくともどこかに痣の一つや二つはあるはずだ。しかし黒く染まった後や、血が出た痕跡も無い。千郷は、確信した。(ああ、俺は、階段から落ちる前にこの空間に放り込まれたんだな。)と。待てよ・・・。そもそも、この空間てなんなんだ?
少なくとも、自分の家で無いことは確かだ。これだけは、はっきりと明言できる。じゃあ、やはりあの世なのか。先程は、否定していたが、ここがあの世だとすれば意外とつじつまが合う。
ここがあの世ならば、ここに何も無いのも頷ける。天使の輪は、無いようだが、落ちた直前に放り込まれる、というのがここの規律だとも考えられるだろう。
千郷は、またも、確信。
(ああ、俺は死んじまったのか。)
千郷は少し落胆。しかし、次にはこんな事を。
(じゃあここは、天国なのか。それとも地獄か?)
と、考え始めた。
ここは、何度も言うが暗い。ここが、仮に天国ならば、もうちょっと明るくなっていてもおかしくない筈だ。それに、あの世で、天子の輪を着けていなくても行く事の出来る地獄しかなくなる。確かに、言われてみれば地獄に葬られる口実は割とあった。
先ほども述べたが、千郷の担当した裁判は全て負けていた。その、千郷の担当した被告人が、もし無実ならかなり恨まれてもおかしくない。千郷は、ここに来て今更ながら反省した。
そして、これから、立ち向かう様々な試練を想像する。
「・・・・・・。」
千郷が妄想にふけっている中、空気も読まずに何か声がした。声の主は、勿論千郷ではない。
「お・・・・・・。」
この声が空間に響いたときに千郷はやっと声の存在に気付いた。
「ん?」
「おい・・・・・・。」
声は千郷に呼びかけているようだ。
千郷は直感した。
(ああコイツが閻魔大王なのか。)
だってそうだろう。地獄に放りこまれた俺を迎えにくるのは天国の天使様か、地獄の閻魔しかいない。
声はまだまだ千郷に呼びかける。
「おい、俺に気付いているだろう。しゃんと反応しろ。」
良かった。この閻魔は日本語がしゃべれるみたいだ。
「え~と、なんか用?」
「お前をこの世界に入れたのは他ではない。ある試練に臨んでもらうためだ。我の名は、ミノウン・リャドー。この世界の住人だ。」
「え?み、みのおあ・らどお?」
千郷は、明治訛りがある為横文字は上手く話せない。
「違う。ミノウン・リャドーだ。」
(ああ、ミノウン・ラドーね。)
当然先程まで、『みのおあ・らどお』とほざいていた明治訛りの人が急に完璧に習得出来る筈も無い。
(それにしても、無理して、横文字のかっこつけた名前をつけるなんてなかなかナルシストな閻魔だな。)
千郷は思った。
無理しているかどうかは判らないが、確かにかっこつけた名前だ。しかし、その思いは、いともあっさり裏切られた。
「言っておくが、俺は、閻魔などでもないし、ここは、地獄でもない。当然ナルシストでもない。」
(あ、そうなの?でも、それ以前に・・・。)
「何で俺が、その事を考えた事が判ったんだ?」
「判って当然さ。何故なら俺はお前の心の中に話しかけているんだから。」
(へえ、なかなか特殊能力を持った閻魔だな。)
「だから、閻魔などではない。」
またもや、否定。
「で、俺に何の試練を?」
「お前には、ある実際に起こった事件を解決してもらう。詳しい事は、言った先で考えろ。」
「おい、本当に解いてほしんだったら何の事件くらい、教えてくれよ。」
「あんずるな。お前にだって少しは、関係ある。野村谷 陽の事件だ。明治の世ではないがな。」
「おい、それってまさか・・・・・・。」
「では、健闘を祈る・・・。」
声はそれまでしか聞こえなかった。
「おい、待て、明治じゃないってどういう事だ!おい!!。」
-ギュイ~ン-
この音が聞こえた瞬間、辺りの景色が変わった。千郷の目に映ったのは今まで見ていた満天の青空だった。白い雲。青い空。煌びやかな太陽。目に移ったのは紛れも無くそれは偽り無く本物の物だった。
「へ?」
ドガッ、ゴッ、バキッ!
千郷の意識もそこで途絶えた。
(ああ、俺死ぬのかな・・・。)


千郷が目を覚ましたのは、それから数時間後だった。
自分の体は、ベッドに横たわっていて、左足に包帯を厚く巻いてあり軽く上げてある。
また、尾骨の辺りにも湿布の様な布が張ってあり、ヒンヤリと冷たかった。
辺りを見渡すと、病院の様だった。
中には、仰々しいほどに医療機器が置いてあり絶えず心拍音のような音を送り出している。
しかし、千郷はここが病院の中だという事が判るのにはしばらく時間がかかった。何故なら、明治の世の中に、ここまで高度な医療機器は置いてはいない。せいぜい、絆創膏に、包帯、聴診器くらいだ。やはりここは、ミノウン・リャドーという奴が言っていた通り、明治の世ではないのか。
その前に、自分は何故ここまで派手な怪我をしたのか、それが千郷にとって一番気になっていた。
想定できる事は、自分がどこかに落ちた事だ。あの時、千郷の目には本物の空が映っていた。だとすれば上を見ていたという事になる。顔を上げた感覚が無いのならば答えは一つ。高いとこから堕ちた、という事になる。では、どこから堕ちたのか。これに尽きる。これは想定の仕様が無い。

そこで、医者に聞くことにした。
「ビーチですよ。ビーチにあったパラソルの上に突然落ちてきたんですよ。」
若い医者はこう答えていた。
「それで、怪我の内容は?」
「結構ひどいですよ。何背、パラソルの上の先端部分に落ちてきたみたいですからね。足の骨折と、頭の強打によるこぶと、先端に刺さった時に尾骨を強く打っています。まあ、大体見積もって、早くて一ヶ月くらいじゃないですか。」
「はあ・・・。」
死にはしなかったが、俺はそんなに恥ずかしい堕ち方をしたのか。
(ちくしょう、あのヤロー。あんな所に落としやがって。)
千郷は半ば憎みながら、退室する事にした。椅子にずっとすがっていても尾骨が痛むだけだ。
部屋のドアノブをガチャリと捻ったときだった。同じく室内に居た看護師さんの声がした。
「先生、事件の捜査会議いつでしたっけ?」
千郷は一瞬手を止めた。
そして千郷は振り返り、その看護師さんに訊く。
「事件て?」
「あら、知りません?この裏宮先生、百年前に起こった殺人事件の捜査権をお持ちなんですよ。」
『この裏宮先生』というのは先ほどまで千郷の診察をしていた若い先生だった。
「その、百三十年前に起こった殺人事件というのは・・・。」
千郷は、心臓をバクバクさせながら恐る恐る尋ねる。
「え~と、誰が被害者でしたっけ。」
看護師は、さりげなくその医者に訊く。
「野村谷 陽ですよ。」
医者は答えた。その瞬間、千郷の胸ははじけ飛ぶような衝動に駆られた。
「それであなたは?」
その医者にまた尋ねる。
「私ですか?私は、その野村谷 陽の孫で、その殺人事件の捜査権を持つ裏宮 悠季(うらみや ゆうき)です。」
医者は、名を述べた。なるほど、陽の孫・・・。
(おいちょっと待て!何でここに陽の孫が居るんだよ!それにあの事件が百年前ってことは・・・、あの事件が1912年だから、ここは、2012年?)
千郷は疑問符の付く言葉を怒鳴るように内心感じていた。
(まさか、俺・・・。)
「未来に来ちまったのか!?」
千郷は思わず口に出してしまった。裏宮氏や、その隣の看護師は首を傾げながら千郷を見ている。
千郷は、ミノウン・リャドーの目論んだ意図を理解した。
(奴は、恐らく何が目的化は、知らないが、奴は陽の子孫であるこの裏宮にわざと会わせた。そして、この2012年でその事件の真相を解かせようとした。そうに違いない。)
千郷は、改めて確信した所で自分の病室に戻る。もちろん、今度は後戻りはしていない。

千郷は、病室に戻って考えふけっていた。
意図を理解した所だがここでまた悩みが浮かんだ。
事件を解こうにも、まずはあの裏宮医師との交流を深めないといけない。交流がなければ絶対に事件のヒントを得ることが出来ないし、恐らくそのまま明治に帰る事が出来ない。
しかし、今は患者と医師の関係。何とか話せる関係になるにはせめて事情を話さなければならないが、ここで大きな問題。自分が過去から来た事、そして、陽とどんな関係で、事件にどう関わっているかを説明せざるを得ない。これに困る。
言い訳をしようにも、良い言い訳が浮かびそうにも無い。しかし正直に話しても信じてもらえるだろうか。
千郷は、夜通しで悩み続けた。

結局答えは出ないまま、一夜が過ぎた。
その次の晩も、次も、そして明くる日も・・・。
日にちが刻々と過ぎ、千郷の心は焦りに燃えていた。
極力、自分の事情を他人には知られたくないが、やはり明治にも帰りたい。しかし、その為にはある一人の第三者に知らせねばならない。これほど難しい選択を千郷は初めて実感し、痛感した。
考えた末、やっぱり自分の事情を話す事にした。
決断した理由としては、自分の諸々のことは、陽の事件の真相を考えれば容易い事だと思ったからだ。

千郷は、裏宮医師を自分の病室に呼びつけた。事件に関して関係の無いあの看護師にはあまり知られたくなかったからだ。、
病室のドアが開く。
裏宮医師は何の疑いも無く話始める。
「どうしたんですか、どこか体の不都合でも?」
「いや、そうじゃない、今日は別の用件があって呼んだんだ。急な、話だが実は・・・。」
裏宮医師はいったんそこで話を止めた。
「その前に、そろそろ名前と住所くらい教えてもらえます?なんせ、身分証明書のような物を持っていなかったもので・・・。」
それもそのはず、当時の社会では身分証明書というものは発行しておらず、必要としてもいなかった。だから、その物がどのような物か何のこっちゃ判らなかったが、裏宮医師が必要としている物ぐらいは理解できた。
「ああ、それも話の内で話す。」
裏宮医師はおとなしく話を聞く体勢に入る。
千郷は、口を開く。
「実は、俺は、この時代の人間ではない。」
千郷は、こう切り出す。第一声は、あまりにも単刀直入すぎて、裏宮医師も明らかに疑問符を浮かべている。
その後、千郷は、世にいうタイムスリップの経緯を語り始めた。
「う~ん、なるほどねえ。」
裏宮医師は、半信半疑で聞き返す。
「でも、それが僕にとって何が関係あると、言うんです?」
「ああ、実は俺がまだ明治にいた頃の親友がお前の祖父である、陽の兄の公だったんだ。勿論、その陽の事もよく知っていたよ。そして、陽が死んで、俺と公は、捜査会議に呼ばれていたんだ。だから、俺はお前さんと関係ないどころか、関係大有りになる訳なのさ。」
裏宮医師は、感慨深そうに千郷の話を静かに聴いている。
「だから、俺はお前とだけではなくて、この事件自体にも関係しているんだ。その津銀の捜査会議にも呼んでもらえるように頼んでくれないか。」
千郷は手を合掌させて、裏宮医師にお願いする。最後の方がやや、図々しくなってしまった事を少し反省しながらも深く頭を下げた。それ以前にこんな非現実的な話がそう簡単に信じて貰えるかどうか。千郷は、半分諦めながらも、頭を下げる。
「なるほど、判りました。」
だが、裏宮医師は意外とあっさり理解した。
「え、なんで?」
千郷は、突然の承諾に驚きを隠せない様子。
「だってそうでしょう?確かに、現実感には少し欠けますけど、僕をこんな判り易い嘘で騙そうだなんて考えれませんし、仮にそうだったとしても、その後の話があまりにも思い付きだったとしたら、リアル過ぎますからね。」
千郷は更に驚いた。自分のこんな非現実的な話に、リアル(現実的)と言うお墨付きを貰えるなんて思っても見なかったからだ。
千郷には、この裏宮医師がまるで公のように見えた。やはり、野村谷の血が、混じっているからなのか。当然、そんな事、千郷は考えてはいない。(もしかしたら、この医師とも親しい仲になれるかも知れない。)ただ、それだけを考えていた。確かに、その方が千郷にとっては都合が良い。
裏宮医師は踵を返して、かつかつ歩き始めた。
「まあ、捜査会議に出たいのだったら、次の会議は、一ヵ月後なので、まずはその怪我を早く良くする事ですね。では、僕はここで。」
裏宮医師は、そう言って病室から出た。その皮肉ぶった口調も公と良く似ている。
千郷は、悩みが、吹っ切れたようで、その日の夜は、早く寝ることが出来た。
一途に思えてくるのは、公の捜査会議。ただ、それだけ。


そして、かれこれ一ヵ月後。
結局、全ての箇所を治すことは出来なかった。
しかも、完治と言うより更にひどくなった気もしてきた。
足の骨折は全治三ヶ月と言われていたので、ほとんど諦めていたのだが、問題は尾骨のひび。
やはり、軽い湿布ではダメだと、特殊な薬品を馴染ませた湿布を処方してくれたのだが、それほど変わらなかった。
尾骨となるとやはり尻の位置にあるので、激痛が走るのは座る時だ。
ゆっくりと椅子に腰掛けても下半身から徐々にギイ~ンという、痛みが伝わる。それでまた立ち上がってしまい、「あたた」と声を上げてしまうのだ。その千郷の哀れな姿を見た他の患者や医者が、「もしかして、痔ですか?」と言って余計な心配をかけたり、哀れむような目で見る。千郷は、この上ない羞恥に苛まれた。
とまあ、このように結局捜査会議には出れる状態ではなかったので、出席する裏宮医師を通して説明を聞くことになった。
話を聞く前に、一つ言っておく事がある。
今まで、裏宮医師のことを丁寧に「裏宮医師」と言っていたが、これからの話の中で、かなり重要な所に位置することに鳴るため、いちいち語尾に「医師」を付けていては面倒臭い。
そのため、これからは、「裏宮」と呼ばせてもらう。
では、話に戻る。
「千郷さん、今戻りました。」
捜査会議から帰ってきた裏宮が、やや乱暴にドアを開けて入ってきた。
「おお、お疲れさん。それで、どうだった?」
「ええ、それなりになるほどっていうところですね。
 その前にメンバーを紹介しますよ。
 まず、捜査会議の三代目担当の警部の、墨房 駿五(すみふさ しゅんご)警部。これがその人の写真。」
裏宮は、自分の鞄から写真を取り出すと、千郷のベッドの上に置いた。
口髭と、顎鬚を蓄えた四十代くらいのベテラン風の警部で、いくらか、明治の一日警部と似た部位もあった(勿論、一日警部と、血縁などは無い)。
「次に容疑者の子孫の人達。
 最初に第一容疑者の延藤 玄人氏の兄弟の孫である、桐生 今日斗(きりゅう きょうと)さん。
 次に第二容疑者の鐘里 省憲氏の従兄弟の孫の南海 弥生(みなみ やよい)さん。
 最後が、第三容疑者の穂平 信友さんの曾孫の風間 史秋(かざま ふみあき)君。」
裏宮は、順々に名を述べて、ベッドに写真を並べる。
最初の、桐生 今日斗氏は三十代より前か、後くらいの面長男性。
その横の、南海 弥生氏は、桐生氏と同世代の髪が長い美人女性。
更に、その横の風間 史秋氏は、髪が少し長めの、眼鏡をかけた、青少年だった。だから、裏宮は、彼だけを君付けしたのだ。
「次に関係者。
 第一発見者の虹岡 享氏の子孫、呉井木 聖樹(くれいぎ せいき)さん。
 そして、現場に、虹岡さんと一緒にいた、詞木 嶺鷹氏の子孫、詞木 一十(ことばき かずと)さん。
 そんで、証言者の中金 懸耶氏と、軸野 圭郎氏の子孫の、古ヶ谷 基晴(ふるがや もとはる)さんと、軸野 麗奈(じくの れいな)さんです。」
裏宮は、先程のように、具体的な説明は無かったが、同じ言い方で関係者の名前を挙げる。
それでは、こちらも、その人物の容姿についての説明は省こう。
「それで、事件のことについては?」
千郷が、胸を高鳴らせて聞く。
だが、千郷の期待は空しく、殆ど判っていた事だらけで、進展の方が少なかった。よくぞ、これで何回も会議続けられてきたものだ。
特に進展と言うと、遺体が発見されてから前後一日前は、雲ひとつ無いほど良く晴れていた、ということくらい。だが、はっきり言って、そんな事はどうでもいい。恐らく、あの時、一日警部はそれを承知していた上で話さなかったのだろう。今回の警部は落ちぶれたものだ。
結局、事件の謎について判った事もなく、ただの退屈凌ぎになってしまった。
裏宮も、苦笑を浮かべてそそくさと退室。
次の捜査会議は、一ヵ月後との事だが、今日の会議とそれほど内容は変わらないだろう。千郷は、一気に、会議についての意義をなくし、会議に出たい、という気持ちなくなってしまった。
あっという間に、夜になり、病院も消灯時刻を迎えた。
千郷も、あっという間にいびきを立て始め、捜査会議当日の夜だというのに最高に退屈な日になってしまった。
(ああ、いつまでこんな、退屈な夜が続くのだろう・・・。)
千郷は、最高に退屈な夜の中で、別の意味で思い更ける夜となった。

時を越える推理  第四章

時を越える推理  第四章

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-13

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