宙は今日も星屑を
『こちら第47星雲アントラ、日本基地。F401号の着陸を許可します。』
「了解」
基地からの応答に短く答え、手元のレバーを押し込む。遠くでガコン、と尾翼を切り替える音がして、エンジンが生き物のようにぶるりと震えた。
「総員、ベルトを着用しろ。」
「了解致しました。」
座席の配置上、各員の顔は見えないがベルトの装着音は人数分聞こえたから、大丈夫だろう。操作ディスプレイで着陸ステップの開始を命令し、あとはオート操作に任せてシートに座りなおす。ベルトの具合を確かめると、思わずこれからのことに思いを馳せてため息が漏れた。
「艦長、もしかして緊張してます?」
副館長のミランダが身を乗り出してきたのをしっしっと手で戻そうとしたが、彼女はお構いなしに意地悪な笑みを浮かべていた。
「まったくもー、離着陸が苦手なとこ、いつまでも変わらないんだから。飴ちゃんあげましょうか?」
「余計なお世話だバカ。」
こっちはいつあの衝撃が来るかと気が気じゃないというのに、お気楽なものだ。「気がまぎれると思ったのにー。」なんて頬を膨らまされても、今は彼女に構う余裕なんてない。ひじ掛けをつかむのに必死だ。
我ながら情けないと思うが、こればっかりは初めて宇宙船に乗ったときから変わらないから、もう諦めるしかない。
『第47星雲アントラ、人工大気圏確認。』
無情にも流れるF401号のアナウンス。ミランダのせいで心の準備が終わっていないというのに。
『突入します。』
慌てて歯を食いしばったが、踏ん張るのが遅れた。ぐんっ、と引っ張られるような衝撃に襲われ、座席に押し付けられる。
「ああああああ」
機体が壊れそうなほどにガタガタと揺れ、顔から血の気が引く。やっぱり無理だ、慣れるわけがないこんなもの。窓の外は巻き込んだ塵で煌々と輝いて、減光処理されていても目を開けていられない。目をつぶってひたすらに耐えるしか。
「ひゅーうっ、最高!」
ミランダの歓声が聞こえて、心底げんなりした。彼女にとってはお気に入りの絶叫マシン程度なんだろう。本当に、本ッ当に、理解に苦しむ。
『大気圏突破五秒前。四、三、……』
このカウントダウンの後に待っているのはさらに大きな揺れと、気持ちの悪い浮遊感と、着水の衝撃だ。嫌というほど経験してる。一瞬考えて出した結論としては――諦めてすべてを投げ出すことにした。わざわざ苦痛を甘受する必要もない。今なら、全力で逃げ出せる気がするし。
ということで。
「ミランダ、あとよろしく。」
『二、一、……』
「えっ何ですか聞こえ」
『零。』
大気圏を抜ける瞬間、俺はホワイトアウトした。
**********
「…んちょ、かーんちょ。」
ぺしぺしと頬を叩かれて目を覚ます。
「そんなにイヤだったんスか、着陸。」
顔を覗き込んでけらけらと笑っていたのは機関士のエドだった。金髪が目に痛い。目を細めてぼんやりとしていれば、徐々に意識を手放す前の記憶が戻ってきた。なんとか着陸の地獄は乗り切れたらしい。
「ほら、ぼけっとしてないで起きてくださいよ。姐さんが全部やってくれちゃってて、あとは艦長が動くだけなんで。あ、メッツィに頼んで背負ってもらってもいいんスけど。」
ぺらぺらと良く喋るエドに、緩慢に首を振る。
「いや、大丈夫だ、起きる。」
ふらふらと座っていた硬いベンチから立ち上がると、そこはもうF401号の中ではなかった。あとは動くだけ、と言いつつ既に誰かの手で運ばれていたらしく、訪星管理局のだだっ広い通路で審査待ちをしていたようだ。エドの隣にたたずむ色黒の大男を見上げれば、誰の手で運ばれたかは何となく察した。
「…すまん、メッツィ。」
彼は何でもないというように首を振り、ミランダの首ほどもある太い腕に巻かれた時計に目を落として眉間にしわを寄せた。あまり喋らない彼だが、エドが目敏くそれを見て「確かに遅いッスね、姐さん。」と呟いた。
「何か手続きに時間がかかってるのか? 着いたのはいつだ?」
着陸後は訪星審査や積み荷の検査が必須だが、そこまで時間がかかるものではない。だがエドは2時間以上も前の時刻を告げた。
「…さすがにかかりすぎだな。」
「やっぱそう思います? それで起こしたんスよね、様子見に行こうかなって。」
確かにその方がよさそうだ、何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない。副艦長では分からないことも僅かにだが有り得る。ここは艦長としての責任を果たさなければ。
そう思い急いで審査受付へ向かおうとした瞬間、俺はエドの表情が凍り付いていることに気付いた。ひくり、と口元に引き攣った笑みが浮かぶ。
「…かんちょ。行く必要、ないみたいッス。」
バキ、と俺の背後を見据えて拳を鳴らすメッツィを見て、振り返らずともおおよその事態を把握した。いや、せざるを得なかった。
メッツィを目で制し、ゆっくりと振り返る。そこには屈強な警備兵機を五機も従え、訪星管理局の制服を身にまとう女が立っていた。艶のある長い脚、強調されたくびれ、真っ赤な瞳。およそ人のものではないその眼が、俺を射抜く。
「F401号の艦長ソバタ、乗務員エドモント並びにメッツィでお間違いありませんか。」
耳慣れた合成音声。だというのに、この有無を言わさぬ圧力は何なのか。
ごくりと唾を飲む。本能は逃げろと言っているが、理性は逃げれば不利だと告げている。残念ながらこれは失神すれば済むような問題じゃなさそうだし、艦長は、責任を取るべきはどうあがいても俺だった。
「…その通りだ。」
仕方なく答えれば、女性型自律動体は口元に薄い笑みを浮かべた、気がした。
「大変申し訳ありませんが、現在この第47星雲アントラ日本基地は、我々自律動機連合の支配下にあります。したがって皆様の身柄は拘束させていただきます。」
にっこり。自律動体にプログラミングされた営業スマイルが悪びれもせずに咲いた。何が申し訳ありません、だ。
そう宣言された俺たちには拒否権どころか考える暇もなく、気が付けば目の前に移動していた警備兵機に警棒を押し付けられ、バチッという痛みを感じながら意識を闇に葬った。
宙は今日も星屑を