女神が与えた力は蛇足でしかない

没作品

 いつからだろうか。この街が「はじまりのまち」なんて呼ばれるようになったのは。たしか、この街は長すぎず、覚えやすい名前だったと思う。とても平和で近くに生息するモンスターは人を襲うことが少ない温厚な性格が多い。水が豊富でそれゆえに農作物には困らない。なにより、魔王領から1番遠い街、この世界で最も平和な街だ。

 「はじまりのまち」なんて呼ばれる由縁にはこの街で何かを始めることにあるのだろう。何かを始める者達がいることにあるのだろう。たまたま、それらを始めるのにこの街が都合がよかったからなんて理由でこの街はいつしかそんな呼び名になったのだ。それすなわち本来の名前を忘れる程にこの呼び名を使う者達が多いことを示唆している。つまりそれだけこの街で始めるものが多いということ。
 いつしか世界一平和な街はデット・オア・アライブな死屍累々はびこる血生臭い物騒な街となってしまったのだ。この街に何が起こったのか?そんな問の答えは単純明解。魔王?モンスター?いいや違う。異世界転生勇者(チーター)だ。
 全く何の為に女神から力を授かっているのかと思う。「異世界転生者」はチートと呼ばれるのは女神から各々授けられる能力が強すぎるからだ。「異世界転生者」1人で四天王には匹敵しなくともそれといい勝負が出来る力を持っている。その上この世界で死んでも元の世界に戻るだけなんてふざけんなだ。こちとら命かかってんだよ!と叫びたい。
 まさに今、叫びたい。というか叫ぶ。

「ああ!、もうチート野郎3人で俺をいじめんなよ!卑怯だろ!俺は現世勇者なんだよ!お前らよりこの世界の先輩なの!だから......さあ、もっといたわれよ!」

 夜の街道で「異世界転生者」3人組に追いかけられ全力で逃げている最中だ。夜の街道は人っ子1人いない。それもそのはず、この街で夜に出歩きでもしたらこいつらのカモになる事は目に見えている。

「待てオラァ」
「卑怯だぞオラぁ」
「糞野郎オラァ」

 足には自身がある。あいつらの故郷の世界で干物のように生きてきたような奴らには身体能力で負ける筈がない。とりあえずこのまま走り続ければあっちの体力が切れて諦めてくれるだろう。
 そう思っていた。今日は実についていない。

「疾風迅雷!」

 視界の端を一筋の閃光が走る。慌てて足を止め正面に振り直せばそこには3人組の1人が立っていた。

「ふぁっ」

「俺からは逃げられないぜ」

 足を止めている間に後ろから2人が迫って来ている。このまま「異世界転生者」3人に囲まれたら勝機はない。とっさに建物の間に細い道が見えたのでそこに走り出した。

「お前ら勇者狩りなんてくだらないことやってないで真面目に冒険しろよ!」

 「勇者狩り」それがこの街で今風潮として挙げられる。彼らのような奴が異世界から勇者として召喚されるのがこのはじまりのまちだ。「異世界転生者」が増えすぎてパーリーしているのは事実。ひねくれた者もいて魔王を倒しに行かずにこの街に留まる者もいる。しかし、冒険しない限りは経験値は得られない。けれど、はじまりのまち付近の魔物は弱すぎて「異世界転生者」には経験値の足しにもならない。そこで彼らは同業殺しを実行し経験値を得る。

「ホント世知辛い世の中になったよ」

 建物の間の細道を走り続ける。度々躓き、転びそうになるがなるとかバランスを保つ。埃まみれになっていることなど気づかずにただ必死だった。

「疾風迅雷!」

 どうやら細道に逃げ込んだのは正解らしく、彼はその能力を使うとなにかに躓き転んだ。

「へっバーカバーカ自分の能力ぐらい把握しとけよ」、

「糞が」

 やがて細道を抜けた。後ろを振り向き細道から出てきた3人組を見ると皆埃まみれだ、けれどその中でもひとりは飛び抜けて汚れていた。しかし嗅覚を刺激する匂いから俺も十分汚れていると気づいた。

「疾風...........」

 それが聞こえると近くにあった街灯に石ころを投げつける。俺の周りは真っ暗になり、3人組の、視界から俺が消えた。

「迅雷!」

 閃光はあらぬ方向へ飛び、閃光の速さで建物にぶつかる。そのまま衝撃で気絶。

「よし」
 これで3人から二人に減り、おそらく唯一の機動力は失われた。このまま走り続ければ逃げきれるはず.........。

「ぐはっ」

 俺が街灯の明かりに照らされる時、すなわち再び彼ら視界に映る時、足につるような筋肉の痛み。痛みの度合いでいえばそれの数十倍が襲った。その場でど派手に転んだ。
 とっさに二人を見ると1人がこちらに何かを構えている。棒?筒?それが何か気づくには少し時間がかかった。銃だ。

「なんでそんな高価なもの持ってんだよ!」

 弾丸を受けた足に手が触れると、そこの筋肉がねじれていた。なるほど、弾丸か。
 状況は最悪。足がやられた為、もう走って逃げれない。敵は二人。真っ向から戦って勝てるわけがない。ましては「異世界転生者」なんかに。

「やっと追い詰めたぜ」

 2人は既に目の前にいる。万事休すだ。

「はは」

 もはや愛想笑いしかできない。しかし、俺にはまだ究極奥義が残っている。それは彼らの故郷に伝わると言われる最強のカタ。戦わずして戦いを終わらせる。それこそが.ーーー

「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁあ」

 手を地につけ腰は上げず、頭を地にこすりつける。これが究極奥義「DOGEZA」だ。ちなみに実践で使うのは初めてである。
 こんなことをしながらふと、われに帰る。そういえばどうしてこんなことになってるんだっけ.........。

※※※

 「はじまりの街」の1角そこには「陽気な酒場ボリス」がある。陽気な店主の人柄と安いながらも客に「うまい」と言わせる酒が売りの酒場。暗く建物が入り組んだ道沿いのある為、隠れた名店と言われていた。残念なことにそれは過去形で今では店主は追い出され荒くれ者達が集う場となっている。もはや面影は名前にしか残っていない。
 この酒場にいる荒くれ者のほとんどが「勇者」だなんて言ったところで一体何人が信じるだろうか。この世界の運命を委ねられた「勇者」が誰かの為でなく自分の為に勇者の使命も忘れて喧嘩や酒、同業殺しをしている。彼らに勇者の証を持つ意味があるのだろうかと思う。俺が思うに彼らは勇者であって勇者でないのだ。根本的なところから、根底から何かが違う。俺のような憧れから努力して勇者になった者とは違う、「異世界転生者」は。楽して勇者になったからかになったからか?そもそもこの世界の住民ではないから世界を救おうという意思はないのだろうか。でもまあ、それはいささかしょうがないかもしれない。「はじまりのまち」は魔王の根城から一番遠い、知らないのだ魔王の恐怖を。

「なあ、[勇者殺し]って知ってるか?」

「なんだそれ」

「聞いたことないのかよ、この街じゃ結構有名な噂だぜ」

「何なんだよ教えろよ」

「わかったわかった。まずこの街って勇者狩りが日常茶飯事だろ?」

「そうだな、あまり巻き込まれたくはないが」

「それは俺も同じだ。噂では勇者狩りを仕掛けた奴らが皆一撃でやられたって話だ」

「は?一撃?」

「ああ、そうだ。やられた人間は皆死んで現世に戻ったから話を聞くことは出来ないが。たまたま見てた奴が言っていたらしい。「拳1発だった」と。」

「そりゃすげえな。でそいつは一体誰なんだ?」

「おいおい焦るなよ。噂では[勇者殺し]は殺る前に的に慈悲を向けるらしい、「何か言い残すことはあるか?」だとか「現世で楽しく暮らせ」だとかな」

「それって慈悲か?」

「まあ、いい。でお前の質問に答えよう。その[勇者殺し]は......」

「この街のボス佐藤陸だ」
「美味しいところとるなよ。俺がせっかくかっこよくいおうと思ったのに。」

「悪い、そして遅れて悪い」

 俺はそんな、3人の会話を真横で聞いていた。[勇者殺し]?そんなふざけた能力でこの街のボスになれるわけがないだろう。使い勝手が悪い諸刃の剣で。

「ふふ」

 笑いが止まらなくなってしまった。さすがにやばいと思い。どうにかこらえようようとするが、声が漏れてしまう。

「ああ?」

 今日は厄日らしい。

「てめぇなに笑ってんだよ」

「いや、別に」

「あんだと聞こえねぇなぁ!」

 胸ぐらをつかまれる。なんとなく酒をのみに来ただけなのにこんな奴らに絡まれるなんてついてない。

「お前勇者か?」

「違う」

 原住民の勇者にとって「異世界転生者」は恐怖でしか無い。だったら嘘をつく方が得策だ。だかしかし今日は厄日らしい。隠していたペンダント、勇者の証がたまたま落ちた。

「勇者じゃねぇか」

 やばい。どうやって逃げよう。既に戦おうという気は無い。ただ逃げるだけだ。

「おい」

 1人がそう言うと2人が立ち上がり俺を囲む。
 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。俺死ぬかもしれない。

「丁度いい、お前俺らの経験値になれよ」

 考えるよりも先に体が動いていた。脳が「こいつらヤバイ」と体に伝えそれが俺の足を今動かしている。

「お代つけといて!」

 店主に向かってそれを言った後、全力疾走で三人の間を抜けて店を出た。

「ああ、もうなんでこうなるんだよ!」

 俺は夜の街道を3人に追われながらただひたすら走った。

※※※

「あぁん?ふざけてんのかてめぇ」

 左腕に覚えのある痛みが走る。さっきと同じ弾丸。左腕の筋肉がねじれた。

「いってええええ」

 究極奥義「DOGEZA」が聞かないだと?彼ら現世、いや日本ではこれをすれば誰でも心が洗われてどんなことでも許すと聞いたが!?。はっまさか、彼らは日本の心を忘れてしまったのか!?
 そんな悠長なことを考えている暇はない。この状況をどう打開するのかを考えなければ、デットエンドだ。左足と左腕をやられて残るは利き足、利き腕。これでどうしろと。どうやったってこれだけで目の前のふたりをどうにか出来るはずがない。利き腕と利き足だけ残ったって意味が無い。

「終わりだな」

 銃口が向けられる。ああ、終わったなと確信した。

「おい、トドメは俺にやらせてくれよ」

 もうひとりがそう言うと人は銃を収めた。

「いいぜ、派手にやってやれ」

 すこし死ぬまでの余地ができた。ワンチャンこいつだったらどうにか出来るんじゃないか?厄介な銃使い野郎は引っ込んだ、さあなんでも来やがれ。
 金属がこすれる音が聞こえる。これは鎖。そう思った時、時既に遅し。モーニングスターだ、

「フレイム」

 モーニングスターに炎が纏う。調子のってごめんなさい。ワンチャンいけるとか思ってごめんなさい参りました。助けてください。

「覚悟しておけ」

 モーニングスターが振り下ろされる。轟音。壊したのは俺ではなく地面だった。俺は右足で地面を思いっきり蹴り、逃れた。しかし次はないだろう。俺も、2人も。

※※※

「辛い。」

 ねじれた筋肉が痛む。どうにか立てるが、歩くのは辛い。ポーチから痛み止めを取り出して飲み込む。即効性のはずなのですぐに効いた。足取りはよろめいているが、どうにか歩くことが出来た。
 服は血で汚れてしまっている。全部自分で出した血かといえばそうではない。まあ、8割型俺だけど。

「疲れた」

 そこには俺しかいない。そこに残ったのは銃と、モーニングスターだけで静寂がそこにはあった。 

女神が与えた力は蛇足でしかない

女神が与えた力は蛇足でしかない

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-03

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