本が好きなしろくま
しろくまのなまえは、不明だった。
不明だったが、しろくまは、本が好きなしろくまだった。
ぼくのとなりに、しろくまはいた。十四歳の頃だ。
教室の、ぼくの席のとなりに、しろくまはいたのだ。しろかった。しろくまだから。
すんでいるところも、不明だった。自分のことをひとつも語らない、しろくまだった。けれども、読んでいる本のこととなると、よくしゃべった。
「ダザイオサムっていいよ」
と、しろくまは言ったけれど、ぼくにはダザイオサムさんのなにがいいのか、よくわからなかった。しろくまが、ダザイオサムさんの文庫本を貸してくれたけれど、最後まで読まなかった。とちゅうまでは読んだけれど、しろくまのいう、いいところは、ひとつもないような気がした。ほんとうは、いいところがひとつくらいはあったのかもしれないけれど、ぼくにはどのあたりがいいところなのか、まるでわからなかった。しろくまは、
「ざんねん」
と、さびしそうにほほえんだ。
じゃあ、これはどうだいと、しろくまがもってきたのは、ミヤザワケンジさんの本だった。ダザイオサムさんも、ミヤザワケンジさんも、なまえだけは知っている人たちだった。ミヤザワケンジさんの方が、ダザイオサムさんの文章よりも、読みやすいような感じがした。けれども、しろくまに、
「おもしろかった?」
ときかれると、おもしろかった、と言えない自分がいるのだった。おもしろくなかったわけではないのだけれど、じゃあ、口からするっと、おもしろかった、という言葉がすべりおちてくるほど、おもしろかったのかといえば、それは、なんだか、ちがうような気がした。
でも、ぼくは、しろくまが、さびしそうに笑う顔を見るのがいやだったので、ミヤザワケンジさんのときは、なかなかよかったよ、と伝えたのだった。
しろくまは、うれしそうに笑った。それからミヤザワケンジさんの本について、いろいろ語ってくれたけれど、ぼくはしろくまの話はんぶんに、
(しろくまはいったい、どこからやって来たのか)
(おとうさんも、おかあさんも、しろくまなのだろうか)
(どうしてクラスのほかの人とは話をしないで、ぼくにばかり話しかけてくるのだろうか)
なんて考えていた。
高校にいったら文芸部に入るのだと、しろくまは言っていた。
ぼくたちの通っている中学には、文芸部はなかった。文芸部のなかった中学で、しろくまが何部に所属していたのかも、なぞだった。
「きみはいったいぜんたい、なにが好きなんだい」
しろくまに、そうきかれたことがある。
(好きなもの)
ぼくは、自分が好きなものについても、なにが好きなのか、すぐにこたえられなかった。
そもそも、ぼくはほんとうに、いったいぜんたい、なにが好きなのだろう。
音楽、は、あまりきかないし、なのでカラオケも、行かないし、テレビは観るけれど、それは電源をつけて、画面に映ったチャンネルの番組を流しておくばかりの、観る、というのとはちょっとちがうし、勉強も運動も、好きでもないし、嫌いでもない。パソコン部に所属しているけれど、べつに、パソコンに興味があって入ったわけではなくて、楽ちんそうだなと思っただけで、中学は部活に入らなくてはいけない決まりになっていたから、仕方なくって感じで、そんなんだから、ぼくは、好きなものというのがなにひとつ、頭に思い浮かばないのだった。
(なんだか、かわいそうな子とか、思われているかも)
好きなものについて、ううんだの、ええとだの言いよどむばかりのぼくを見るしろくまの表情が、だんだんとくもってゆくのが、わかった。
「なら、本を好きになればいいよ。またミヤザワケンジ貸してあげるから」
しろくまが、こまったようにほほえんだ。意外と顔に出るしろくまだなあと、ぼくは思った。
本が好き、というのも悪くはないけれど、ダザイオサムさんのよさも、ミヤザワケンジさんのおもしろさもわからないぼくが、はたして本好きになれるのだろうか。
ぼくは、そうなれるといいねと、あいまいにこたえた。
それからしろくまのことをすこしだけ、むかつくな、と思って、そんなふうに思ってしまった自分を、もっとむかつくな、と思った。
本が好きなしろくま