夢の館

 森の奥深くに、私は研究所を持っておりました。大した施設ではございません。若いころに稼いだ貯金を資本にしまして、静かな安い土地を買い、なるべく質素に暮らしているのでございます。
加えて、研究といいましても、文献を披くことが主でありまして、一度写本を手に入れてしまえばそれほどのお金は必要ありません。会社勤めをしていたころも、家族もなければ趣味もなく、酒も賭け事もしませんでしたので、それなりにまとまったお金があるのでございます。
しかしながら私が無欲な人間というわけではございません。研究の素人ではございますが、若いころから私はこの研究に人生をかけようと考えておりましたゆえ、あのような生活をしていたのでございます。
わたくしの研究は、「自在に夢を見る」ためのものでございます。夢のような生活とはよく言ったものでございまして、夢の中では私たちはどれほど突拍子のないことであろうと体験可能でございます。そのなんと甘美なことか。
恥ずかしながら私の初恋というのも、夢の中の女性に対してでございました。彼女はその後もたびたび私の夢中に現れ、行為をしたこともございました。その素晴らしかったこと。思い出すだけでも胸が打ち震えます。
しかし、人を夢中に留めおかないためにか、はたまた神様のいたずらか。夢は常にわが手を離れ、時には私の命をも脅かしかねぬ脅威となるのでございます。
故に、私は過去の文献を洗い、さらい、精査して、その「夢」を手中に収めんと試みているのでございます。富も、女も、酒も、若さであっても、それらはすべて夢の中で手にすることができる。それらの宝に実体などいらないのです。私がそれらを得、それらによって充足を得るとき、はじめてそれらは宝となりうるのですから。
尽きぬ金に衰えぬ体、私を裏切らぬ美女による、飽くことのない酒池肉林。それだけを夢見た私の人生は、その手法の確立をもって、とうとう本日、報われるのでございます。

床に敷かれた魔法陣の中心に、白骨化した男が横たわっている。一度理想の夢の中に入った彼は、食事を摂りに目覚めることなどなかったようだ。それでも彼はまだ生き続けている。魔法陣が消えるまで、彼の夢の中で。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-02

CC BY-NC-ND
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