恩寵 ― メイ・ティン ― 11月
She carries me through days of apathy.
(無感動の日々の続くさなか)
She washes over me.
(彼女は僕を支え 僕を潤し)
She saved my life in a manner of speaking.
(いわば、命を救ってくれた)
When she gave me back the power to believe.
(希望を繋ぐ力を取り戻させてくれたことで)
ただひとりのことを思い出していた。
始まりと、いつかの終わり までを、すべて決めてしまった過程、その最初に起こった感情。
一番美しかったセックスと、一番醜悪な自分に駆られた日の衝動。
人生の極限の一瞬を、 開かない窓の隔離室から見える月を眺めて思い出していた。
アーリータイムス、
朝食 の ための 濃縮 オレンジジュース、 、
割る 半分、
Lady day ルー・リード
Chet Baker たいむ いず on my hands
絞っていく
音
余韻、
身体 支える、
本当に 一杯
だけ、 飲む
ベッド すぐそば 本棚
メモ帳、
ここ ない、
そこ も あるはずない
折れる 、 こころ、
街灯、
なつかしい 誰か みたい、
だ、
染み入る、 部屋 白塗り、 壁、
あの11月 筆談した メ イ・ティン
彼女の 字
ゆっくり 眺める
ページ 一枚ずつ。
眠れない ディスチミア患者
落ちていく、 いま、
午前2時54分
こんな 葬送。
“You love me more than your fatherland? haha”
「夕食を食べて、ふたりに何事も起こらず、離れ離れに。手を握りしめ続けるのに時間がかかって、あたしは何度も手を振った、しばらく遠ざかっていくふりをしながら、もう一度ふりかえって、雑踏に消え入る背中を盗み見る。再び会えても、会えなくても、ほんのわずか前まで確かに存在しえたこと、もしかすると会えなかったかもしれない人生を思い、これは決して哀切ではなく、その交錯の美しさ、ふとすべてを希望できる自分がそこにいた」
きみは日本の都市の夜に消されたふりをして、
ふりかえってもう一度 僕の背中を見た。
いずれ香港の夜の人影にきみが埋もれていくことを想像しながら、
一瞬だけきみと人生が交錯した奇跡を
反芻して僕はまたも混沌に沈む。
アディクションではない、本当のものを別々の都市で
愛しながら、誰のものでもないきみと、
他の誰でも自分でもない僕が、同じ夜にちぎれていく。
きみが愛するクンデラの小説のようには、生きられやしないんだからね。
いずれ、こんな影は、感熱紙に刻みこまれた詩のように、
かすれ、きえる。
それでも本当に人生は交錯しあったんだよと、
メイ・ティンの筆跡に、告げてみる。
「特別なものなんて、何一つありはしない。あなたにとって、あたしは差し替え可能で、あなたはどこまでもいつまでも、あたしの代わり、探し続けるんだろうね。あたしより賢い女もいなければ、あたし以上にバカな女だっていない。普通だってことは特別なんてないっていうこと。だから終わりが来れば、あなたはあたしがいなくても、この世界の広さに怯え続けずに、違うあたしのような始まりを見つけるんだろうし、あたしに似たありふれた終わりだって繰り返される。そしていつか、気がつかなくなるんだろうね、特別な過去だって、あなたの記憶の中で、あたしは何億回も改変され続けて来たんだってことを」
“I have also thought of you sometimes, maybe”
コップ 沈む ロヒプノール
蒸留酒 温度の中
報われたく ない
決して
と いう 信念
一緒 に
葬る
誰ひ とり 正しく愛せない 病
こうやって
夜
生き ている
たぶん
引きかえ せ な い
もう
ずっとずっとずっと
だ
か
ら
あの とき 頑張って
正しく 愛 した
ん
だ
よ
唐突 意識喪失、 ベッド 沈む
夢
魔
の
中
二度 反復し ない
恩寵 み たい だ った
奇跡
の
あの 11月。
She carried me through days of addiction.
(耽溺の日々を 彼女が運んできた)
She took over my remain.
(残りの僕を 買収した)
She stole my life in a manner of speaking.
(ある意味で 人生を盗んでいった)
When she gave me back from the despair to believe.
(僕が再び 信じることの絶望 取り戻したしたときに)
詩を読みながら、死に損なったあの日の延長でしかなかった瑣末の現況を知る。
歌を聴きながら、あの時沈殿した限界の悲惨を無限に再現し続けた連鎖を気づく。
あなただけは確かに愛し、あなたひとりのことが、僕が照射できる歌と詩のすべてだった。
唯一だったあなたの事実がコーダを奏でて、この人生が無に等しく緩慢に終わろうとしている。
恩寵 ― メイ・ティン ― 11月
メイ・ティンは中国人の女友達。一度だけ日本で会った。香港で目立たないモデルをやっていた。
この詩は彼女のことと、僕のいくつかの記憶をつなぎ合わせて作った。
幾つかの独立して作った詩をコラージュにかき混ぜた。
メイ・ティンのことは他にも幾つかの詩を書いてるが、作品によっては香港で会ったことに事実を変えてる。
キング・クリムゾンの“The Power to Believe II”をイメージして描いた。冒頭の英文のみ歌詞の引用。
ディスチミアとは鬱病の一種。ロヒプノールは睡眠薬の名前。
作者ツイッター https://twitter.com/2_vich