風と思い
梅雨前のさわやかな風の吹く中、もう忘れかけた道をひたすら走る。最後にここを通ったのはいつだったか。たった二ヶ月前のことなのに、ずいぶん昔のことのようだ。道が思い出せない。母校へ向かう気持ちが空回りして、足が追いつかない。それでも私は立ち止まらない。あの図書室を目指して進む。通り過ぎた公園の時計が、私を見つめる。
久しぶりの校舎は、静けさが支配していた。職員室前の廊下を忍び足で通り、図書室へ向かう。カーテンからこぼれる電気の無機質な光は変わっていなくて、自然と顔が綻んだ。
そのまま歩いて、ドアの前へ。話し声一つしない落ち着いた空間を確認すると、緊張が走った。それもそのはずだ。もう、私は部外者なのだから。
すこし寂しい思いを感じ、目線が下へ行く。ふと目に入った外の長机には、新刊本の書評が並んでいた。ここ桜丘西中学校文学部、略称桜西中文学部の主な活動だ。毎月十冊ほど入荷する図書室の新刊本を誰よりも早く読み、書評を原稿用紙一枚ほどにまとめ、本とともに机に並べておく。それだけ。本が好きならば天国だが、嫌いならば地獄だろう。「毎月読書感想文書かされるなんて、まっぴらごめんだよ」と言っていた数少ない友人を思い出す。
そのまま書評を読んでいた私は、ふわりとした優しい風が頬を撫でることによって現実に引き戻された。すぐ周りが見えなくなるのが悪い癖である。振り向くと、窓がほんの少し開いている。閉めて上げよう。廊下の窓は高い位置にあるが、たぶん手は届くだろう。
背伸びをして伸ばした手は、テノールの声に遮られて。
「織香……先輩?」
「ゆ……悠くん?」
時が、止まった気がした。
長い、沈黙。
流れるのは、一陣の風のみ。
先に口を開いたのは、悠くんだった。
「今日は、高校お休みだったんですか?」
「あ……部活の顧問が出張で。そんなに熱心な訳でもないから、先輩が帰っていいよって」
懐かしの母校の制服に、「おむすび」というあだ名をつけられるために存在しているような丸っこさがかわいい悠くんは、文庫本を持っていた。心底驚いたと言うような感じでこちらを見た目は昔と変わっていなくて、一人安心する。
「新入部員も二人入って、みんなにぎやかです。織香先輩が来てくれるなら言っておけば良かったんですけど、なんだかんだ言って帰っちゃったんですよ」
「文学部は私がいた頃からゆるゆるだったから、仕方ないよ。それに、悠くんが悪いわけじゃないしね」
悠くんが本当に残念そうに言うので、私もつい笑ってしまう。また風が頬を撫でた。
それから私たちは、空が色づくまで話をした。
懐かしさという不思議な気持ちが、心を色づける。
悠くんのはにかんだ顔が、昔よりまぶしく見える。
緊張なんて、風とともに逃げ出した。
私たちの会話は、風になった。
風と思い
こんにちは。紅都です。今回学校の課題で書いた初めての小説を発表してみました。若干尻切れトンボ気味ですが、楽しんでいただければうれしいです。