シャルティーロ
プロローグ
「夜に外へ出ることは好きではないのだ。」と古市勘太郎は不満を溢しながら玄関の扉を開いた。
玄関から外へ出ると、冬の厳しさを知らしめるように冷気が身体中を駆け巡る。一方空はチラチラと星が輝き、月の光に負けまいと一所懸命に瞬いている。
母、古市晶子の急遽「牛乳」を買ってきてほしいという「お願い」を勘太郎は断ることができなかった。それは断ると後々面倒なことになると身に染みて知っているからである。
しかしオーダーされた牛乳はスーパーにもコンビニエンスストアにも取り扱っていないもので、自宅から出て右へまっすぐ進み、突き当たりを左へ曲がり、さらにその道を突き当たりまで進んだ場所にある。
歩くたびに吐き出される湯気のような白い息は見るたびに冬であることを実感させられる。冬だけに許された特別な権利だと考えている勘太郎は、わざとらしく暖かな息を吐く。
勘太郎は「牛乳専門自動販売機」までたどり着くと、財布から320円を取り出し硬貨専用投入口へと手を伸ばす。
「牛乳のくせに高すぎるんだよな。」
その呟きに応えるかのように、硬貨を飲んだ自動販売機は牛の鳴き声を鳴らす。
取り出し口から「コトン」というまるで飲みきったペットボトルのような軽々しい音がした。
「おかしいな。いつもはビンだから重い音がするはずなのに...牛乳じゃなかったら業者に連絡しなければならないじゃないか。」
そう思いながら取り出し口に手を突っ込む。しかしその手に触れた物はあきらかに牛乳ではなかった。
硬い。
角ばっている。
勘太郎はその「牛乳ではないもの」を取り出すと、街灯に翳して観察してみる。
それは正方形をしており、色は白で面の1つに赤い色のボタンがちょこんと取り付けられている。
様々な角度で観察するも、正方形の箱に小さなボタンらしきものが取り付けられていること以外変わった所はない。
「どうして自動販売機からボタンが出てくるのか...新手のテロだったらどうしよう」
先日のニュースで、とある国で大規模なテロが発生したことを思い出す。
勘太郎の心内は不安と好奇心がジューサーでミックスされていたが、最終的に好奇心の味が強く出た。
「押したら死ぬかもしれない...でも押してみたい。でも死ぬかもしれない...でも押してみたい。でも死ぬかもしれない...死んだ時は死んだ時でいいか。押そう。」
スイッチを人差し指で強く、押した。
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勘太郎は玄関を開き、古市晶子にたった今帰ったことを報告する。
「あら勘太郎、おかえりなさい。随分と可愛いお土産を持って帰ってきたのね。」
勘太郎は困ったように笑うと、彼の腕に抱えられた子猫は愛らしく鳴いた。
シャルティーロ