あの日の青空は。
…横に君がいる、うざい。
そんないつもの日々が、僕の誕生日に逆転するんだ。
いつから君を必要としていたのか…僕にはまだわからない。
少し大人で前を向いてる君は、
僕の憧れだったのかもしれない。
吉野龍太 (17) 西高校2年
前田愛子 (16) 西高校2年
記憶
今日はとても暑い土曜日だ。
まだ5月なのに、Tシャツを着たくなるような気温。
こんな日には冷たい麦茶が飲みたくなる。
冷蔵庫から麦茶を、冷凍庫からキンキンに冷えた氷を出し、グラスに3個ほど入れる。そして、溢れるくらいたくさん麦茶をグラスに注ぎ、喉に流し込む。
ふと冷蔵庫の横を見ると明日の日付に書かれている文字。
"龍太 お誕生日"
明日は龍太の17歳の誕生日である。
思春期盛りの龍太にとって誕生日は複雑なものだ。
今朝、母親に、明日は誕生日のご馳走を作ると言われてしまった。
誕生日を向かい入れるのはとても嬉しい。
大人の階段を登ったようで優越感に浸れる。
でも家族と過ごすのは嫌だ。
…明日の誕生日が無くなるような何かが怒らないかな。
もしかしたらこの考えが罰当たりだったのかもしれない。
さっきまで暑かった気温が徐々に下がっていく。
窓から外を覗くと、さっきまで出ていた日が陰り、
雨がふりはじめた。
それと同時に、一通の電話が家中に鳴り響いた。
恐る恐る出ると、
それは母親の声で、普段穏やかな母とは違い、焦っているように感じ取れた。
そこからの記憶はほとんど無い。
あれからどのくらい時間がたったのであろう。
確か昨日は土曜日で、冷たい麦茶を飲みたくなるような一日であったはず。
あれから三日ほど立っていた。
誕生日なんて浮かれていることは全くできず、
今は黒い服を身にまとった大人達と、学生服を着て涙ぐむ女子と、暗い顔を浮かべる男子を訳がわからず見つめている自分。
少しずつ土曜日の記憶が頭を過ぎる。
母からの電話は突然で、信じ難いものであった。
"愛子ちゃんが…交通事故に巻き込まれた。"
愛子とは幼稚園からの幼馴染みである。
最近は、つるむことも少なくなり、
話すことも無くなったが、小学校も、中学校も、高校も…全部一緒だからということもあり家族ぐるみの付き合いでもあった。
そんな愛子の訃報は、自分を狂わせる一つの出来事であった。
変化
あの日からというもの、
龍太は変わらず、愛子が死んだということを実感していなかった。
本人は至って普通に生活をしている様子だが、
周りから見ればあまりにも辛いものであった。
いくら最近はかかわりを持っていなかったとはいえ、
幼馴染みが急にいなくなるのは辛いものだ。
今日は龍太の心模様とは変わり、
雲一つない、綺麗に澄み渡る空が存在する。
何も無い空き地。
ここは、小学生の頃 愛子とよく遊んでいた場所だ。
龍太はただ一人、空を見上げながら、空き地の隅に椅子のように存在する切り株に腰をかけた。
「愛子…」
普段は呼ばない名前…
"愛子"と名前を呼べば、自分の元に…嫌、事故はなかったことになって戻って来てくれるのではないか。
まるで物語のようなことを考えながら目を瞑ると…
懐かしい声が聞こえたような気がした。
聞こえる
一日…また一日と、時は過ぎていく。
でもなぜだろう、
やはりどこかで声が聞こえるんだ。
どこか懐かしい、優しい声が聞こえる。
"りゅうた"
「誰?」
"りゅうた"
「…愛子。」
その声は正しく愛子の声だ。
ずっと聞きたかったこの声に、一つ…一つと目から涙が溢れる。
なぜだか心が、じんわりと温まる。
それは、愛子の優しさを感じたからかもしれない。
目を覚ますとそこは、思い出の空き地。
どうやら龍太は寝てしまっていたようだ。
毎日のようにこの空き地に来ては、うたた寝をしてしまう。
でもそれは、愛子に逢えるようで、ここ最近一番幸せと喜びに満ち溢れている。
龍太は、座っていた切り株から立ち上がる。
目の前には赤く燃え上がる太陽と、
一人の少女の姿がそこにはあった。
あの日の青空は。