花火

 「可奈子遅れるって。」
 ケイタイのストラップを指に掛けてクルクル回しながら、不機嫌そうに幼馴染のリカが言った。
 今日は、今年初めての花火大会の夜。仲良し3人組の私達。私が密かに憧れるサッカー部の洋介先輩を誘って、花火大会に行く企画を立てたのは可奈子。おくてな私を見かねた可奈子が気を利かせてくれた。可奈子も花火を見に行くの久し振りだって、楽しみにしていた。
 「どうする?」
 「うん・・・どのくらい遅れるって?。」
 「わかんない。急な注文入って人足りないんだって。」
 可奈子の家はお弁当屋で、いつも忙しくなると可奈子が手伝っていた。それでも今日は絶対に行くからって約束したのに・・・。
 
 私と可奈子は中学で知り合った。二人とも吹奏楽部。私はフルート。可奈子はピアノ。全国大会にも出場して、この高校には推薦で入った。進学校ながら、吹奏楽は全国大会の常連校、練習はそれなりに厳しいけど、いつも加奈子がいるから楽しい。
 今年の春、二年生になってバスケットボールの地区予選の応援で洋介先輩をはじめて見た。一個上で今年が最後の大会。直向にボールを追いかける姿に一目惚れ。一番人気があるのはキャプテンの田島さん。でも、私にはまったく目に入らなかった。大会は二回戦敗退。それでも、試合後、観客席に向かって深々とお辞儀をしていた先輩の姿に、私の恋は確信に変わった。
 部活を引退した先輩と接点がまったく無く、声も掛けられない。普段はお調子者の私だけど、実は人見知り。リカは「フツーに、先輩!メルアド教えてください!って言えばいいじゃん。」と軽いノリ。それができたら何も苦労はない。人見知りな私には、第一声の言葉すら思いつかない。そんな時、お弁当を買いに来た洋介先輩に、みんなで花火を観に行かないかと、話を持ち掛けてくれたのが可奈子。話はトントン拍子で進んだ。先週のことだった。
ただ、この季節はお祭りやイベントも多く、可奈子の家は忙しい時期。毎年約束をしては、よくドタキャンされた。別に可奈子が悪いわけではないのは分かっている。むしろ、家族思いの可奈子の優しさは、私は大好き。でも、やっぱり一緒に行きたいし、せっかくの計画がキャンセルになるのは嬉しくない。今まで、ふてくされた事も何度かあった。その度に可奈子は、「ゴメン。今度は絶対一緒に行くから。」と誤ってくれる。
 今日も内心不安はあった。可奈子には何度も大丈夫かって聞いた。そしたら、今日は前もってパートさんを雇ったから人手が足りなくなることはない。絶対大丈夫。と約束してくれた。なのに。

洋介先輩と約束したのは7時。あと十分しかない。焦る気持ちが苛立ちに変わりつつあった。不意に、辺りの景色や街の雑踏がスーッと消えてゆくのを感じた。
 「いいよ。もう行こう。」
 「いいの?可奈子待たなくて。かわいそうじゃん。」
 リカの言葉に、私が言った。
「別にいいよ。」

洋介先輩と先輩の友達二人。私とリカの5人は堤防の土手に座り、夜空を華やかに染める花火に歓声を上げた。洋介先輩ともたくさん話ができた。思っていたとおり、優しくて、照れる仕草がちょっとカワイイ。花火を見上げる先輩の横顔をずっと見ていた。楽しかった。
「そう言えば、可奈子ちゃんだっけ?どうしたの?」
花火大会も佳境に入った頃洋介先輩が言った。
「家の仕事の手伝いで来れないんだって。」
リカが応えた。
「そうなんだ。残念だね。来られたら良かったのに。」
「別にいいじゃん。」
先輩の友達の一人が言った。とても冷酷な言葉だった。
その瞬間、花火の音が消えて、可奈子と待ち合わせをしていた、あの時の風景が蘇った。「別にいいよ。」私も同じ言葉を言った。あの時。自分のことしか考えないで。とても冷酷な言葉を、私は使った。

気が付いた時は、洋介先輩達やリカと別れた後だった。どうやって歩いて来たのかあまり覚えていない。家の近くの公園から、街を見下ろす場所にいた。
ケイタイが鳴っているのに気が付いた。可奈子からだった。
「由美?ごめん行けなくて。楽しかった?先輩と話できた?」
いつもと変わらない、可奈子の明るい声だった。
私のために先輩を誘ってくれたのに・・・自分のことしか考えないで可奈子を待ってあげなかったのに・・・。別にいいよなんて、ひどい事言ったのに・・・。可奈子はいつもと変わらず、私のことを心配してくれている。いつもの同じ優しい声で。
「ごめんね。可奈子・・・。」
声に詰まって、その一言を搾り出すのが精一杯だった。
ケイタイをギュッと握った。こみ上げる気持ちに、声と体が震えた。
顔を上げると、遠くの街の灯りが、揺れながら幾つにも増えてポトリと落ちた。何度も、何度も。
「可奈子。」
「んっ?」
「今度の花火大会、絶対一緒に行こうね。」

花火

花火

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted