俺と姉の絶体絶命?
プロローグ
前作の「俺と姉の非日常」はユーザーページから見る事ができますので、ぜひそちらを読んでからこの作品を読んでくれると幸いです。
そこには土煙が霧のように掛かっている。
文字通り、ひどい有様となったのは俺の通う高校のグラウンドである。何かが焦げた匂いと捲れ上がった土の匂いが充満し、その上かなり呼吸し難い状況でもあった。
……なんてこった。まさかここまでしてくるとは流石に俺も流石に予想できなかった。
「だが、なんとか助かったみたいだな……」
何故こんな状況に陥っているのかと言うと、ズバリ、グラウンドの上空で“爆発”が起きたからだ。
急に爆発とか言われてもいまいちピンとこないかもしれないが、これは事実なのだからしょうがない。正直俺ですら信じられない。
俺の傍らには幼い容姿で紫の髪の少女――『天使』がまるで死んでしまったみたいに気絶のして横たわっている。(なお、『天使』とは比喩でなく、事実彼女は存在自体が『天使』なのだ)
そんな『天使』に俺と姉は救われた。確実に死が迫っていたであろう状況に彼女は希望の光を見出したのだ。
彼女の天使のみが持つ『能力』によって。
その『天使』の満身創痍の体は惨いもので、思わず目を背けてしまう。
視界がある程度晴れると、姉――鬼林心亜の姿が見えるようになってき、彼女の生傷が確認できるまでに土煙は四散していった。
姉の姿はやはり『天使』同様見るも無残な有様だ。いつも艶やかな黒髪も土や爆炎の影響でひどくすさんでしまっている。
このように上空で起きた“爆発”によって二人とも傷を負っている。しかし、この中で俺はひとり無傷なのだがそれは俺の――『能力』で避けた――と考えればすぐに分かる事だ。
能力――いつもまにかに供わってた「自分の存在を消せる」と言うかなり非現実じみたシロモノ。
それを活用して、爆発の瞬間に存在を消してパパッと攻撃をかわしていたのだ。ものすごく便利だろう?
無論、問題はそこではない。
問題はこの惨状を作り出した者が居る、と言う事だ。
「っ!?」
俺は思わず息を呑んだ。
突如にして、大樹を連想させるほど太くて大きい円柱状、否、炎柱状の火の柱が天を突き刺す勢いで放射されたからだ。
「しぶといのぉ……さっさと消し炭になれば楽になれたものを」
声の音源を見つけるのにそう時間は必要なかった。何故ならば、その声の主は“火柱の中”に居たからだ。何千度もあると思われる炎の中で顔色ひとつ変えずに。
火車、それがこの惨状を作り出した本人であり犯人。猛獣の様にがたいのいい大男で明らかに存在が異常を物語っている。
口を歪ませて嘲り笑う火車。
この状況に至るまでの話をどうやら俺は語らなくてはならないようだ。
その日は肌寒くなってき、秋の到来を感じさせるようなそんな日のことだった。
今思えば、今日は妙に騒がしかった気がする……。
第1章 妖怪火車――第五機関直属
1
「う―――――ん」
夜〇時過ぎ、俺はベットの中で唸りながら考え事をしていた。
俺の悩みの原因、それはここ数日で起こったフィクションとしか思えない(正しくは思えなかった)『現実』を目の当たりにしたことが大きく関連していた。
まあバッサリ言うと、その現実と言うのは『いきなり天使にスカウトされたり』『悪魔と戦ったり』『空から姉ちゃんが降ってきたり』『また悪魔と戦ったり』などにわかには信じ難いものばかりで、悩みのひとつやふたつあったって不思議じゃない。
そんな出来事にあった鬼林天人……と言うか俺は、先日悪魔とある約束をしたのだが、それがどうにもおかしいのだ。
おかしいと言うのは『悪魔サイド』が何故に俺が以前に“悪魔を倒した”という事実について追求して来なかったのか、と言うことだ。
それが気になってしょうがなくて眠るにも眠れなかった……。
ということで一時間ほど悩んで考えた結果「同じ屋根の下で一緒に暮らしているツンデレ悪魔こと鬼林心亜……姉ちゃんに朝になった聞いてみよう!」という結論になった!!
その後すぐに眠ってしまい、そして朝が来た。
「あー、その件? 気にしなくていいよ。その悪魔ウチら『悪魔サイド』の悪魔じゃないから」
姉が作った朝飯を一緒においしく頂きながら、俺の疑問はそう返された。
姉は朝早くに整えたのであろうポニーテール(最近毎日の様に髪形を変えているためこれが基本形ではない)をゆらりと揺らしなが肘をテーブルに付け、それで頭を支える。
「ウチらの悪魔じゃない……というと?」
億劫そう、と言うより眠そうな眼差しを黒光りする程の美しさを持つ漆黒の瞳でこちらを見据えられるが、気にせずに俺は頬杖を付く姉に問いかける。
聞いた姉は、朝早くに朝食と弁当をダブルでしかも俺の分も作って、かなり疲れているらしく、虚ろな表情で右手に持つ箸を俺の方にくるくると回しながら。
「あれよあれ、悪魔は悪魔でも別に「『悪魔サイド』という組織に所属しなきゃならない!」って義務があるってわけじゃなくってね。悪魔個人個人ははどーんな組織に所属しようと自由なんだよ」
……と言う事らしかった。つまりは人間で言う職業選択の自由と同じことだろう。ただ悪魔は『悪魔サイド』に所属しているものが多数を占めているだけであって全てではないのだ。
まあ結局のところ例の俺が交戦した悪魔は、どっかの謎の組織の悪魔であって、それは『悪魔サイド』からすればどうでもいい事であったと言うわけだ。
「じゃーあいつはなんで街を消そうとしたり、俺を勧誘しようとしてたんだ?」
もしかしたら街を消そうとしていた理由は、ただ俺を勧誘する上で人質的の様に使っていただけかも知れない。が、となるとますます分からなくなってくる。第一俺にそこまでする価値はあるのか?
やっぱり海風が言ってた『七大機関』ってのと何か関係があるのか?
「んー、どこの組織かは知らないけどさ。私たちを危険な目に合わせようとしていたのは事実よね」
流石の優等生の姉でも、当然、なんでも分かってしまう、なんて人外な事は不可能なのだ。分からないことは分からない。
「何で消そうとしてたんだ?」
「さあ、。天使の思惑を阻止する……みたいな?」
……天使計画、か?
天使計画、このことについて俺は『悪魔サイド』に一度騙された。海風に教えてもらわなければその事すら気づけなかっただろう。
悪魔も天使もいったい何がしたいんだ?
「そんな奴が何を起こそうとも、絶対私はそれを阻止する。そう決めたんだ」
……ったく、何言ってんだ。
「私『たち』、だろ?」
清清しく微笑みながら頬杖を解き、肩をすくめながら、うん、静かに姉は答えた。
「……っとぉ。もう時間ね。行かなきゃ」
「ああ、俺もだな。今日は天使の着任式だから気合入れてかないと」
九月二日 午前四時三五分。登校前、俺たち姉弟はそれぞれの職場へと向かう。
余談だが、以前に食した開花院の弁当(これが規格外にまずいんだ)があったからか、姉の作った朝食は三ツ星レストランのフルコース並の旨さに感じた。
「あ。もしかして開花院、今日も作ってきてるんじゃ」
朝から俺のテンションはリーマンショックばりに大暴落してしまった。
天使着任式、それは俺にとって意外と重いくのしかかるものがあった。言えってしまえばそれはプレッシャーだ。それに加えて緊張も上乗せされているため、今なら処刑寸前のキリストに嫌でも共感できてしまう。
「よう天人。今日は大天使様に挨拶な。間違っても無礼がないように」
と、忠告したのは先日デットウォッチ事件で一緒だった唯一面識のある天使、自称天使ことゼルフ=ライスだ。(ちなみに名前初公開!)
相変わらずだらしがなく、タキシードも全然着こなせてない。光沢のないさばさばした黄色の髪型も妙に不自然な形になっている。
「うっわー、面倒くさー」
ぼそっ、と愚痴った俺に対してゼルフは、
「あ!?」
と、ドスの利いた声を響かせ、狼が乗り移ったのかと思い込んでしまうほどに鋭い紅の瞳でキッと睨んできた。こわっ!
久しぶりのはずなのだが、なんだかそんな感じがしない。慣れたのか俺?
「はぁ……やらせていただきます」
つーかこんなやり取り前にもあった気がする……。
既視感を感じながらも俺とゼルフは大天使が控える大天使の間へとトコトコ向かって行った。
大天使の間 扉前
そんなこんなで大天使に挨拶すべく、俺とゼルフはこの三メートル近くあるであろう巨大な扉の前に佇んでいる。
中にはもちろん大天使がいる、らしい。
緊張してきた。おトイレ済ませておいた方がよかったかな。
「……ま、緊張するのも無理もないよな。だって相手は『神の御前』と呼ばれる『四大天使』のひとりなんだし、でもまあ、あんまり緊張すんな。リラックスリラックス!」
「全然フォローになってねーだけど、うっわー変な情報教えられて余計に不安になったわー」
俺が八つ当たり気味にゼルフのフォローとは言えないフォローに文句を言うと、ゼルフは怪訝そうに。
「ん、なんだって??????????????」
怪訝そうな作り笑いの笑顔に青筋まで立ててやがるよ。まさに撲殺スマイル!
なんて心では思っても決して口には出さずに、
「そんなに怒んなよ、ゼルフさーん」
「は? 怒ってねーよ。ただ『このガキぶっ潰されてーのか』と不意に思ってしまっただけさ」
「こわっ!」
それを怒ってるって言うんだよ! それに「不意に思ってしまう」ってどーゆー事だ。急に思い至ったとでも言うのか。
「よおし、じゃいくぞ新人」
撲殺スマイル全開で俺を促す。
指をパチン、と鳴らすと、目の前の巨大な扉は開かれた。
光。
扉を開けた瞬間に俺の瞳を最初に刺激したのは光だった。
「っまぶし!」
俺が右手で光を遮ろうとかざすと、
「ああ、そっかお前程度じゃあ、まともに直視することも叶わんのか、おーけーおーけー」
確かにゼルフの言う通り、大天使の姿は光のせいで全く確認できない。それに右手で光を少しでも遮らなきゃ眼がつぶれそううなくらい光は激しい。
太陽に近づきすぎて翼をもがれる鳥はこんなような気分だったのだろうか。
「ミカエルさーん、姿を人型にしてくださ?い。天人君、眩しくて見えないみたいだから」
ミカエルと呼ばれる、おそらく大天使であろう者にそう呼びかけたのは、紛れもないゼルフ。
「? なあゼルフ……、さん。あんたはミカエルさんとやらは見えんのかよ?」
言葉の途中でうっかりゼルフと呼び捨てるところだったが、その様子に向こうは気付く気配すらなく。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
簡潔にそう答える。
気づくとすでに光は消えていた。本当の姿ってのは俺なんかじゃ見えねーのかなあ?
と、そこへ。好青年のような面持ちで、肩まで掛かるその印象的な透き通る水のような銀色の髪、それがうっすらと掛かる瞳の色は美しい琥珀色。
二メートル以上はあるであろう大きな体に、聖職者のそれと変わらない服装を纏う、『彼』が誰であるのかは確かめるまでもなくすぐに分かった。
大天使、ミカエル。
神の御前と呼ばれ、四大天使の内のひとりでもある。
「やあ、はじめまして魔 天人くんだっけ? 良い名だね、お姉ちゃんは元気かい?」
「は、はぁ?」
家族構成を把握されている……。あらかじめ調べておいたのだろうか?
だとしたら姉が『悪魔サイド』の者だって分かっているんじゃないだろうか。
「まあそう硬くなるなよ。自然体でいろ、自然体で」
神々しい。まさにコイツのための言葉だ。そう思った。言語化が許されなさそうな雰囲気を自然とかもし出している。
「お久しぶりですね、ミカエル様。相変わらずお元気そうで何よりです」
そう言って一礼するゼルフ。こんなかしこまった姿を見るのは初めてだな。
……あれ? なんか頭下げながらもこっち睨んでる。
あー「早く挨拶をしやがれ」と。
「あ、あのご挨拶させていただきま――」
「いやいい。全てわかってるから」
あろうことか言葉を遮ったのは大天使ミカエル。
「……っ?!」
って全部…だと? おいおいおい、それじゃあまさか俺が『悪魔サイド』からスパイにきてるってばれちまってるんじゃ……。
てか第一それを何故知ってる、どっからどう知ったんだ!?
その瞬間、言葉の次に今度は俺の思考は遮られた。
「気づいてないかい? こ・こ・か・ら・知ったんだよ」
……そうだった、奴は、大天使は会ってから一度も口を開いてなかった。
奴の偉大さで気づくのがかなり遅れてしまった。コイツは自身の『心』から俺の『心』に話しかけている。おいおいじゃあマジで記憶やら心まで読まれたってわけですかぁ?
「鬼林天人。四月十四日の生まれで十六歳。二つ上の姉が居て一つ屋根の下で暮らしている。そして君の姉は――」
「わ、わかったから!」
大天使ミカエルはおそらく俺だけに心でそう話しかけただろう。恐ろしい…!
「これはお前の思考、記憶、性格、トラウマ、このような相手の脳に統合する情報を全て私は掌握できる」
「そしてお前は百合萌えだ」
「関係ねぇだろ!」
まさかこの大天使から「百合」だの「萌え」だのそういう単語が出てくるとは思いもしなかった。
プライバシーもクソもあったもんじゃねーな。
「じゃあ俺の記憶をまさぐって。俺の姉、つまり鬼林心亜について知り得たという事、であってるな?」
「いいや。君の姉については事前に――」
「えっと『思考掌握』中失礼ですが……そろそろ本題に入りましょうよ、ミカエルさん……」
「おっとすまんな。あまりにも悪魔と天使のハーフと言う『人種』が珍しくてね」
「! そうだったんですか?。驚いたなー」
と、感づき始めてたのか「やっぱり!」という感じでゼルフは返答。しかし、大天使の『人種』と言うのはどういうことだ? 俺は人間でもなければ、天使でも悪魔でもない。
ただの、
ただの『化物』なのに……。
「……いいんすか? 俺のなかには天使の血だけじゃなく、悪魔の血までも通っているんですよ?」
不安交じりに俺はミカエルへ尋ねかけるが、
「いいに決まってる。君はあくまで“人間”だ。何も気にすること無いさ」
大天使はあっさりとそう答える。まるであらかじめ台詞を用意していたかのように。
……そんな軽くていいのか天使業界!? かなりボダーラインだと思うのだが。
境界線(ボダーライン)――つまりは危険領域でもあるわけだ。
ってあれ、俺の思考や記憶を読んでいるのなら、悪魔サイドから引き受けてあるスパイのことは良いのか? 裏切りに等しいだろうし。
そうだ。それにそれだけじゃない。海風謙――人間サイドのトップと名乗り、俺の状況を説明してくれた上に力を貸してくれると言う、完全に生粋の人間であろうチャラそうな青年――の交渉うんぬんだって問題視されないのはおかしい。
と。
「そのことについてはいずれ分かるさ。今はただ俺たちの元で働いてくれればいい」
俺にだけ聞こえるように、そっと耳打ちするような声色で俺の心に伝えるに大天使。
いいのか……。まあともかくサンキューです。
2
ここでやっと本題へ。
本題、つまり着任式。なのだが……。
「はい、これで着任だ。受け取れ 魔 」
「あっ、どうも」
ポイッと手を軽く振ってこちらに何かを投げてきた。とっさに掴んだそれは……。
「勲章? と言うかバッチか」
そうミカエルから渡されたのは、ダイヤ型の直径二〇センチ程度のバッチ。表面には『E-Side』と彫刻された文字――に被さる一枚の白い羽根のイラスト。
「形だけだからさ、なくしても問題ないから自分の部屋にでも飾っておいて」
扱いが雑だな。さっきも投げて渡してきたし、数分前の緊張が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……あの、宜しくお願いします」
「あぁじゃあ早速だが仕事に行ってもらう」
「脈絡ないなぁ!」
「そんなもん当の昔に捨てたわ」
「大事だよ脈絡!? それに捨てれる様なもんだったっけ?」
はっはっは、と高笑いし「冗談冗談」と顔の前で手を二、三度振って自分の言葉を訂正する。
「だが仕事は頼もうと思ってたのは事実だ」
「そ、そうか。ずいぶんと急な話だなー。それならゼルフ……さん。俺に一言教えてくれりゃあ良かったじゃないですか」
訊くと「いやぁ」と前置きし。
「俺も今知った――と言うか絶対思い付きですよねー、ミカエルさん」
横目で大天使を見る。当の本人は罰の悪そうに口笛を吹いて誤魔化している。最初の威厳やら何やらはどこに置いてきてしまったんだろうか。
「まぁでもこれは結構重要な仕事だから、速く言ってほしいのが本心だな。初仕事なのにすまないが天使ってのはそんなモノなのだから勘弁して欲しい」
無茶苦茶だな、こっちの都合も少しは考えて欲しいものだ。
「…………」
……ん? 待てよ。何か忘れていないか。
あ。そうだ、一番忘れてはいけないことだったのにうっかりしていた。
「ちょっとまて! まった。仕事の前にひとつ聞きたいことがあったんだ。あのさぁ……お前等悪魔と敵対してんだろ。俺はその理由が知りたいんだ」
会話が終焉を迎える一歩手前の所で、かろうじて大天使に尋ねる。心からでなく、声で。
「ああ、敵対してる理由か? それはね……」
「――――」
「……お前、なん、て、言ったんだ、今?」
返答に戸惑い、つい途切れ途切れになってしまう。
答えはあっさりと返ってきたのだ。こちらも心からでなく、声で。
いや、もちろん。「なんて言ったんだ?」と言うのは文章自体が理解できないものだったと言うわけではなく、単純に信じ難い答えが耳に入って来たからである。
信じ難い理由。
ひとつ。大天使の答えのなかに聞き覚えのある(というかいくら嫌と言っても脳裏から離れてくれない)単語があり、事実ここ一週間俺はその単語にずっと悩まされ続けていたのだから。
ふたつ。その単語を“こいつら”つまり『天使サイド』が口にするとは全くの想定外であり、そしてその単語は“こいつら”が口にする筈のない言葉でもあったのだから。
最後に。大天使が言った「敵対している理由は」“こいつら”のものではなく、“あいつら”のものでもあったのだから。
…………。
そう、大天使は全く表情を変えずに……。
『――天使計画――が実行されたから、としか言いようがないな』
と。そう告げたのだ。
そう、この単語『天使計画』。
まさか俺の記憶を読んで、意図的にこの単語を選んだのか? だったらそこまでこの発言に対して重要視する必要はないのだろうが。
だがしかし、そんな必要など……ないのだ。言葉を偽り俺を惑わせる必要など。
つまり、これは紛れもない、事実。
証拠はないが、逆に嘘だと言う証拠もない。信じていいのか? 大天使ミカエルの言葉――否ミカエル本人を。
そこで。
「すまないが、君にはこの計画については話すことはできない。すまないが」
思考を遮る形で、声として確認をとってくる。
「……どうしてもですか?」
「ああ」
くそ。俺の考えが聞こえているにも関わらず、この発言。やられた。先手を取られた……これでこれ以上の詮索もできなくなった。
最重要機密『天使計画』このことについては誰も真実を語ろうとしない。
語れない。のではなくあえて語らないのだろう。そして――
悪魔が言う、天使と敵対する理由……『天使計画』。
天使が言う、悪魔と敵対する理由……『天使計画』。
つまり、つまり双方の目的は見事に……一致しているのだ。『人間サイド』の海風も『天使計画』についてなにか言っていた。
じゃあやはり、どちらかが嘘を付いているのか?
それ以前に『天使計画』がいつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうやって、何を思い実行したのかが完全にわからないと言うのが一番の問題だ。
「 魔 。君はまだこのことについて何も知らなくても良い事なんだ」
「…………」
「さて、いよいよ第二の本題だ。君にやってもらう仕事、それは?」
何もなかったかのように鷹揚に話し始め、話題を戻す。ちっ、掴めないやつだ。
そして。
「アルバイト第二弾! 第一回チキチキ『これでも食らえ悪者達!』なんとかこんとか対決ぅ?」
「「…………」」
そして、完全に外していた。うん、もろにスベッたの大天使ともあろうお方が。
「まあ、言った通り今回の仕事は妖怪退治(笑)だ」
「一体その仕事のどこに(笑)の要素があるんだよ。鬼太郎や猫娘が迎えてくれるってのか?」
「いや妖怪人間が……」
「ええっ!! あいつらくんの!? 『はやく人間になりた?い』って?」
「(笑)」
「もはや言葉にすらなってねーよ。小説だからいいものの、音声にしたら一体どうなるんだろうなっ」
「小説は便利だなー。絵も書かなくていいし、手間もなく楽ちんでさ?」
「全国の小説家さんに謝れ!」
それにお前の思っているほど小説作りは簡単なもんじゃねーよ。なめんな!
なんて。次元を超越したメタ発言もこの辺にして。
「ゼルフ。資料っ」
はいはいっと。と空気になりかけていた大天使の側近的ポジションに見えてくる(もちろん実際は違う)指示された資料をゼルフは何もない空間から、まるでレジからレシートが吐き出されたと錯覚してしまうくらいの動作できゅっと引っ張り手に取る。
ミカエルは指をパチンと鳴らし、それに合わせてゼルフの方も説明を開始する。
「妖怪火車の退治、それが君の今回の仕事。正規の仕事ではこれが初仕事になるわけだ。がんばって来い! じゃあな」
捨て台詞とばかりに、それだけ告げられると俺たちは使用人らしき喪服(?)を着た人物に部屋から退出させられた。
「がんばって来い言われても……」
「大丈夫さ、妖怪など種類にもよるが悪魔よりかは遥かにマシな方だ」
相変わらずのフォローになってないフォローを入れてくる。すまんが正直無駄ですよ? ゼルフ……さん。
あっ、思考の中までもさん付けする必要はなかったな、うん。
「…………」
そんなゼルフを俺はジト目で見据えていると、
「お前ならできる! きっと、多分、おそらく、な!」
まぁた。学習能力がないのかこの人は?
「ったく、ホントかよ。あと最後の一言ないらないから」
すると「あ、そうだそうだ」となにか思い出したらしく、ゼルフは懐からガチャガチャ鳴らして、その音源である黒い物体を差し出してきた。
ああ黒い物体って、拳銃ね。
「これ、持っとけなんかの役に立つ。はず、かな? う、うん」
「おい、こんなもん持ってたら銃刀法違反で刑務所行きだろーが。これでも俺前科は無くてだな、おい! 訊いてんのか!?」
うわぁ、どっかに消えてた。右見ても左見てもどこ見ても居ない。逃げ足が速いとは全くもって油断した。
あと、最後の一言はいらないって言うの忘れてた。どうでもいいが。
一応、弾の装填を確認してみる。何十発かは入ってようだ。もちろん使う気は毛頭ないが。
物騒なもん渡してくれたよ。黒光りするそれを色んな角度から見てみる。実物も対してモデルガンと違わないんだな。
そんな事を考えながら俺は天使サイドの本部から出た。
ああ、言い忘れていた。どうでも良いがやっぱり天使サイドの本部もでかくてビルのようだった。
ホントどうでも良い事だったな。
舞台裏to anoter
同日 午前四時四〇分
とある街中、男は車のアクセルを力の限りで踏みしめ、ターゲットを狙い轢き殺すべく時速八〇キロ程度で道路を走り抜いていた。
「えーっとターゲットの名前はー、……何だこれ、ホントに名前か!?」
男が資料を見て驚きを見せたのは資料に不備があったからではなく、ターゲットの名前が人間――少なくとも日本人――の名前と思えなかったからである。
「すぴーどちゅーん? へーんな名前だな、まあ俺にとっちゃ関係ないことだ。えーと容姿は……赤い髪に白い肌、身長は165センチ。ってガキかぁ?」
正直、彼は殺し屋であるからにはどんなものでも殺すという覚悟を決めているのだが……遠くない昔子供を持っていた身としては子供を轢き殺すのはどうしても気が引けてしまう。
男が殺し屋になった理由、それは三年前に原因不明の火事で自宅が全焼したと同時に家族が全員焼け死んでしまったあげく、同時期に仕事先からリストラされた。
そして何もかも失った男が路頭の末たどり着いた最後の仕事が……今の殺し屋だった。
それだけだった。ただ、明日を生きるために選んだ都合の良い仕事。
経緯はどうあれ、いたって普通の理由。
何もかも失った男の生きる理由。
「俺も腐っちまったもんだなぁ」
感慨に浸りそう呟く。が、吟味して逆に気分が悪くなる。忘れまいと思い、淡々とターゲットのいる目的地へと距離を縮めて行く。
「なんでったって、コイツは狙われてんだ? ……おっといかんいかん。あまり深追いするなと『上』が言ってたんだった」
そう言っている内に資料の示すターゲットの居ると思われる場所から距離が一〇〇メートルとなった。
手前にある無人ガソリンスタンドが目印になる通りの、その曲がり角で一旦停車。角の奥にターゲットが居るかを確かめるべくそっと外へ出て、確認。
幸運なことに無人ガソリンスタンドは、客すらいなく、本当の意味で無人になっていたため目撃者の心配はない。
「(いたいた)」
己にしか聞こえぬ程小さな声でそう呟き、
即座に車に再び乗り、少しバック距離をとり助走をつける。
前進、じょじょにスピードを出し曲がり角を派手なドリフトでカーブ。そこからさらに急加速。耳をつんざくタイヤと地面が擦れた高い音が響くが、男は気にしない。
「すまなねーが、死んでもらう」
速度は最高速となり、ターゲットの三〇メートル近くまで迫り、いまにも轢き殺せると言うところまで来た。
ターゲットは耳が悪いのか、前を向いたままこちらに気づいてない様子。
(よぉし、完全に殺したな)
男の車とターゲットの距離はわずか三メートル、衝突――
(――!?――)
「…………、へ?」
衝突――はしなかった。したかと男は思った。しかし車はターゲットに触れる寸前のところで“止まっていた”のだ。
当然男はブレーキなどかけてていない。
が、最高速全開で走っていた車は突然停止した。
「な、なにが、起き、たん、だ?」
男の声はパニックでブツ切れになっている。
「止まったんじゃねえよ。俺が“止めた”んだっつーの」
ターゲットの赤い髪の青年は静かにそう告げると、右の靴裏を前を向いたのままの姿勢で後ろの車の頭を踏みながら、
「これさ、実は止まってんじゃなくてすこーしずつ動いてんだぜ、まあ一時間に一ミリ位なんだけどさぁ」
はは。と嘲笑気味に笑い。「だからさ」と赤い髪の青年は前置き。
「今のがスローってんなら。今度は逆に高速――いや光速で動かしてやんよ。……バック走行でだけどな」
カンッ、と足の裏で車を蹴ると車は後ろ向きに動き始めた。遅かったのは一瞬だけ、その後には直線で光の速さに変わりだす。
車のバック走行はフェラーリでもない限り、それほどの速度は出ないのだ。そのため車の構造的には光速はおろか音速ですら絶対的に不可能。
しかし、赤い髪の青年はそれをやってのけた。高速にした、否、光速にした、否否、靴裏で車を『蹴った』のだ。
蹴られた車は一瞬にして後方へと向かう。
そう、男は忘れていた。その後方に何があるかを。何が“無人だった”のかを。
男は忘れていたのだ。……後ろには無人のガソリンスタンドがあるということを。
「っっっっ!!!!」
ぶつかった結果は、当然ガソリンに引火し爆発を起こす。
鼓膜が張り裂けそうな物凄い爆発音がしたが、青年はまるで無視。
結局青年は一度も振り向かず、ことを済ませた。
「まぁた、あいつらのお遊びか。あの男きっと真面目な仕事だと思って張り切ってたぞ? 遊ばれてるとも知らずに死ねなんて……それにしても……はぁーあ、ねみぃ」
赤い髪の青年のコードネームは『スピードチューン』。彼にとってはこれこそが日常だった。
続きを書いたら再うpします。
俺と姉の絶体絶命?